9話 鑑定
次の日、エリック達は鑑定屋の前に着いた。
グリムは指輪を心臓に押し当て、まるで溺れる藁を掴むように力強く握りしめていた。
蒼白な顔はまるで血を抜かれたかのように青白く、不安で大きく見開かれた瞳がこちらを見つめている。
神経質な猫のようにピクピクと震えるイカ耳が、彼の動揺を物語っていた。
尻尾はまるで鎧のように腰を覆い、不安げにぴょんぴょん跳ねている。
足は小鳥のように震え、彼は今にも倒れそうだった。
――王様、アンタ分かり易すぎるんだよ……
グリムのいかにも逃げ出しそうな気配を感じ、エリックは彼の服の後ろ襟を掴み引き留めた。
「王様!逃げるな!」
「離せっ!ただの武者震いだ!」
「王様、もう覚悟を決めてくれ」
グリムはまるで溺れる藁をつかむように指輪を握りしめ、エリックから離れようと必死に抵抗した。
エリックはそんなグリムの服を片腕で掴み続け、もう片方の手で店の引き戸を開けた。
薄暗い店内に差し込む光が、二人の影を大きく映し出す。
指輪を鑑定屋に預けると、エリックは待機用の椅子に座り隣にグリムを促した。
グリムは、まるで魂が抜けてしまったように椅子に深く腰掛けた。
蒼白な顔には汗が滲み、大きな瞳は不安げにこちらを見ている。
両手で顔を覆い肩を震わせながら、彼はエリックに聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟いた。
「もしも偽物だったら……」
鑑定士が緊張した面持ちで鑑定の終了を告げると、グリムの顔が更に青白く変色した。
その瞬間、彼はまるで猛禽類が獲物を捕らえるかのようにドアに向かって突進し、店の外へと飛び出していった。
店外に出ると物陰からグリムが現れ、まるで影のようにエリックに近づき、彼の手に握られていた指輪を強奪した。
「も、もういいだろう」
「……王様」
「うるさい黙れ!」
「ー王さ」
「黙れ!聞きたくない!」
「ーほんも」
「もういい!どうせ偽物だったとか言い出すのであろう!
あんなヤブ鑑定士の言う事なぞ信じられるか!
お前が私や指輪を偽物扱いしようとどうでもいい!
わ、私も指輪も自分が由緒正しき本物であることを知っている!
お前たち人間にこれ以上侮辱されるいわれはない!
お前との旅はここで終いだ!!
ここからは私一人で解決する!!
ではな!!」
「待てよ!」
言うが早いかそそくさと逃げ出そうとした彼の後ろ襟をむんずと掴み、体を浮かせた。
グリムは恐怖に震えながら両手で猫耳を覆い、まるで外界から遮断されたかのように目をぎゅっと閉じ、こう叫んだ。
「あーあー聞きたくない!
やめてくれ!離してくれー!
お前はいつもこうだ!私がお前に何をしたというのだ!
もうこれ以上嫌な事は何も知りたくない!
これ以上私をいじめるな!やめてくれえぇぇー……」
グリムはエリックに捕らえられ、まるで希望を失った子猫のように体を震わせた。
閉じた瞳からは絶望の涙が溢れ、彼は嗚咽を漏らした。
――またかよ何回目だよ。本当にこいつ、あの勇敢でタフと言われるトロル族の王様か……?
「本物だ王様!」
「……え?」
「……本物だよ王様!」
グリムはしばらく静止し、言葉の意味を飲み込もうとしているようだった。
やがて服で涙を脱ったと思ったら、
「……私を励まそうとして謀っているのではないだろうな」
まだ赤みの残る疑いの目でこちらをじっと見つめ、唇を尖らせた。
――全く。自分自身のことをどれだけ疑ってるんだよ王様。俺のほうがまだアンタを信じてるんじゃないのか?
「ここに鑑定書もある」
「……私は人間の文字が読めない」
「いつの間にか人間の言葉を理解しているんだ。今なら文字だって読めるかもしれないだろ王様。なんならアンタが鑑定士に直接聞けばいい」
グリムの前に鑑定書を突きつける。
「いいか王様。読み上げるぞ。
『この指輪の材質は、巨人石です。
トロルの森の深奥にある洞窟でしか産出されない極めて希少な鉱石です。
この鉱石は、その輝きは、まるで生きているかのように変化します。
太陽光の下では金赤、月の光の下では深青と、刻一刻と表情を変えるのです。
文様は、トロル族の王族に代々受け継がれてきた紋章です。
この紋章は不滅を象徴しており、トロル族の力を表しています。
熟練した職人により手作業で彫り込まれており、その細やかさはまさに芸術品です』」
グリムの目が潤んでいた。
まるで子供のように目を輝かせ、指輪を両手で何度も何度も確認した。
まるで、失われた宝物を取り戻したような、安堵と喜びに満ちた表情だ。
「……私は、本物の王だったんだ……ああ……」
そうつぶやきながら、彼は深呼吸をした。
長い間、心の奥底にしまい込んでいた王としての自尊心を取り戻したような、そんな様子だ。
「こ、ここの鑑定士は我が一族の秘宝の価値を理解してるのだな。人間にしてはよくやる方ではないか」
なにやら訳の分からない事を言ってるが、嬉しいらしい。
その表情は王としての誇りを回復した喜びで満ち溢れていた。
「さっさと北の魔法使いのところに行くぞ。早く来いエリック!」
エリックはそんなグリムの姿を見て、自分の決断が正しかったと確信した。