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猫耳と王冠  作者: クーアウコ
第一部
7/52

7話 傷跡

 トロル王を自称する白い髮の猫耳少女グリムとエリックは、永続的な変身魔法を使う"わるい魔法使い"の情報を集めるため、日中……草原が広がる中、土で固められた道をたどり街に向かって歩き続けていた。


 グリムは背中と腰、それぞれに紐がつき茶色い古びた袋を装着して移動している。

 腰の袋には例の王家の指輪が入っていた。

 グリムは宝物でも扱うように、背中に背負っていた袋から出した紙を大切に抱えている。

 それをゆっくりと広げると、エリックが大樹の穴で見たトロル王の肖像画が現れた。

 栄光の象徴である肖像画を指し、彼は堂々たる説明を始める。


「私の肉体は、まさにトロル族の誇りそのものだ。

 見てくれ、この筋肉の隆起と力強さ。

 私の腕は、何度も戦いを繰り広げてきた証だ。

 どんな敵も、この腕の一撃で倒すことができるのだ」


 紐がついている、くたびれた緑の袋を背負いながら歩くエリックは、彼の語る物語に聞き入っていた。

 それは、まるで昔話のようだった。

 だがその昔話は、どこか切ない。


 彼は上腕の傷跡を指さした。


「……そう、これは忘れもしない2年と10日前。ワーグ共の群れが私達を襲ったのだ。

 多勢に無勢のこの状況で、避けることが不可能な状態。

 私はあえて急所を避け上腕にワーグの牙を受けた。そのときに出来たのがこの傷だ」


 彼は誇らしげに戦いの様子を語った。

 今度はまるで英雄譚を語るように、右の前腕を指した。


「この前腕の傷跡は、4年と297日前だ。足に怪我をした野犬がいてな。

 よろよろ歩いてるので家につれて帰ろうとして抱き抱えた。

 そのときに噛まれた傷だ。

 もうちょっと怖がらせないように配慮するべきだったと反省している。

 ちなみに今も我が愛犬アイアン・フィストは村で暮らしておる」


 エリックは苦笑いしながら聞いていた。


 ――王様って結構ナルシストなのかな。まあ王様ってのは大抵自画自賛したがるものか。その威厳の欠片もない可愛らしい姿で言われても滑稽だが。


「この肖像画は1年ほど前に書かれたものだから最近の傷は書かれてないな。

 我が愛犬アイアン・フィストはとても賢くてな。ワーグ共との戦闘を想定して訓練をしたときにここを……」


 グリムは服をめくり左の太ももを確認しようとしたが……何一つ傷跡がなかった。

 まるで彼の記憶が嘘をついているかのようだった。

 顔が一瞬、青ざめる。


「いや、こっちではなくここだったか」


 右の太ももにも傷跡は見当たらなかった。

 グリムは我に返ったように顔をゆがめ、今度は腹部を露にした。

 指先が震えながら皮膚をたぐり寄せ、僅かでも見逃さないように慎重に傷跡を探し求める。

 しかしそこにも、結局は何もなかった。

 そして背中にまで手を伸ばし、体中をくまなく調べたが結果は同じだった。


「そ、それはそうだ。私は今変身させられ仮初(かりそめ)の姿なのだ。無くて当然だ」


 グリムは、まるで自分に言い聞かせるように呟く。

 その声には、先程までの自信は影を潜め不安と焦りが混じり合っていた。


 エリックは、そんなグリム王の姿を見て、複雑な気持ちになる。

 かつて強大な力を持っていたトロルの王様が、消えてしまった過去の栄光にしがみついているように見えた。


 ――100日以上立ってるなら、用を足すときや服を洗う時などに傷跡の有無に気づきそうなものだが……今までそんな事にも気付けないほど余裕がなかったのか……


「……王様、大丈夫か?」


 エリックは、そう声をかけた。

 言ってからエリックは後悔する。


 ――大丈夫な訳が無い。


 それからグリムは喋らなくなってしまった。

 夕焼けが茜色に染まる草原を、彼はうつむき加減に歩いていく。

 力強かった足取りは今は重く、ゆっくりとしたものになっていた。

 とぼとぼあるく彼をエリックは励まそうとした。


「王様、"わるい魔法使い"を倒せば元に……」


「わかっている!!……わかっている……」


 グリムは冷や汗を浮かべ、背中の袋から小さなナイフを取り出した。

 エリックが不審に思っていると、彼は唐突に自分の皮膚を裂こうとした。


「王様!アンタ何やってるんだ!!馬鹿野郎!!」


 ナイフを弾きグリムを後ろから羽交い締めにする。


「離せ!死のうとしたわけではない!!」


「わかってるよ!わかったうえで聞いてるんだ!王様!アンタ何をやろうとした!!」


「離せ!!傷跡は我が半生の証なんだ!!」


「元のトロルの体ならともかく、今の弱っちい体にその汚らしいナイフで傷をつけたらどうなるか分からないだろバカヤロー!!」


 すると、グリムの体から力を抜けていく。


「……エリック……お前たち人間には我らトロル族の価値観など分からない……」


「価値観とかどうでもいいんだよ!今のアンタはトロルじゃない!どちらかと言うと人間だ!アンタより人間歴の長い俺のアドバイスに従え!!そんな汚いナイフで傷をつけたら死ぬこともあるんだぞ!!子供ならなおさらだ!!」


 ――この王様は放っておくと何をするか分からない。

 危なさすぎる。

 一緒で正解だった。

 下手をすると依頼を受けている最中に死んで報酬がパーだ……


 エリックが損得勘定をしていると、消え入りそうな声でグリムが呟く。


「……トロルの王として、数々の歴史を紡いできた。その証が、傷跡だった……友とともに笑い喜び悲しみ、戦ってきた。数々の出会いや別れがあった……」


 力強いトロル王の肖像画と正反対に、今の少女は折れそうな小枝のように見えた。


「……お前たち人間は、ゴブリンの容姿をとても忌み嫌うらしいな」


 ――突然何だ……何を喋っている、王様


「私にとっての今の身体は、お前たち人間にとってのゴブリンなのだ」


 ――王様、何を言ってるんだ……王様……!?


 エリックは、グリムの言葉に衝撃を受けた。

 かつて強大な力を持っていたトロルの王様が今、自分の存在を否定している。

 それは、まるで歪んだ自分の姿を嘆いているようだった。


「この背が小さく醜い貧相な体も、この耳も!尻尾も!もう我慢ならない!!引きちぎりたい!!切り落としたい!!切断したい!!」


「王様暴れるな!!やめろ!!その考えは破滅する!!」


 それから力が続く限りグリムは喚いて暴れて泣き叫び、弾かれたナイフを取ろうとした。


 ……夕焼けの草原で、やがてグリムは地面に倒れ込み、両手で顔を覆った。

 茜色に染まる空の下で彼の体は震え、嗚咽が漏れる。

 その嗚咽も次第に小さくなり、肩で息をするような静かな啜り泣きに変わった。

 やがてその啜り泣きも途絶え、深い呼吸だけが響き渡るようになった。

 彼はゆっくりと呼吸を繰り返しながら、夢の世界へと旅立っていった。


 ――トロル王の精神をたった100日余りでここまで破壊するとは、"わるい魔法使い"さんよ。あんた何者だ……

 トロルは肉体もだが精神も非常にタフで、限界以上の力を出せる種族だ。

 人間なら諦めてしまう状況でも、トロルなら突き進んで状況を好転させる話もままあると聞く。

 姿形が変わっただけでこんな風になるわけが……



 エリックは正体不明の魔法使いに恐怖を抱いていた。


 ――俺も敗北したら、ゴブリンとかにされてぶっ壊れてしまうのか……?逃げるべきか……?


 しかしそこで泣きつかれて寝ている猫耳の少女を見ると、そんな気にはなれなかった。


 ――そうだよな。約束したもんな、王様と。


 エリックは弱気な考えを振り払う。

 猫耳の少女の姿は、エリックの心に突き刺さった。


 エリックは自分のマントを脱ぎ、グリムに掛けてやった。

 冷え切った体には、少しばかりの温もりが感じられただろうか。


 彼が目を覚ますまで、エリックはずっと見守るつもりだった。

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― 新着の感想 ―
日数も覚えているのは凄いですね。それだけ傷が誇りなのかなと思いました。 愛犬アイアンフィストとまた会えるといいなぁ。 それにしてもグリムは危なっかしいですね〜。
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