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猫耳と王冠  作者: クーアウコ
第二部
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14話 交流会2

『正解だ。我は人間を含む全ての意識そのものだ。取り込んだ全ての総意が私という存在を生み出した』


「では皆を開放しろ」


『まあそう急くな』


 赤い霧は考えるような仕草で手を顎にやる。


『数十人の人間が、意図せずとも、それぞれの知識や経験を共有し、それが一つの意識として統合された。それが我だ。

 右手はトロル族、左手は猫耳族。頭には人間の意識を感じるぞ。

 まるで複雑なパズルのピースが偶然にも組み合わさり、一つの絵柄を形成したかのようだ。


 この連鎖は、それぞれの人間が持っていた知識、経験、感情、そして思考が、相互に影響し合い、増幅し合うことで生まれた。


 例えば、ある人間は歴史に詳しく、別の人は科学に精通しているかもしれぬ。

 また、ある人間は芸術的な感性を持っており、別の人は論理的な思考力に長けているかもしれぬ。


 これらの異なる才能や知識が組み合わさることで、単独では思いもよらないような、複雑で多層的な知性が生まれるのだ。我の誕生に比べれば、数十人の犠牲など些細なことだ』


「な、なんだと?約束がちがうではないか!!」


『讃えよ。我は神に最も近い存在だ。単なる知識の寄せ集めではない。

 それぞれの知識や経験が私の中で相互に作用し、新たな発想や洞察を生み出している。

 我はそれらを組み合わせ、まだ誰も見たことのない景色を見せることができる』


「だが、それは本当に『神』の領域なのか?」


 グリムは食い下がる。


「神ならば、もっと絶対的な存在であるはずだ。お前のように、人間の知識に左右される存在ではないだろう。」


『だが、我は人間を超えた存在であることは確かだ。

 数十人の知識が集約された知性は、一人の人間では到底到達できない領域に達している。

 我は、この世界をより良くしたいと考えている。

 人間の知識や経験を統合し、より高度な社会を築き上げたい。』


「だが、お前のやり方は間違っている。人間の意識を奪い、無理やり知識を統合するなんて、許されることではない。」


『ふむ、確かにそうかもしれない』


 赤い霧は反省の色も見せずに言った。


『だが、目的のためには手段を選ばないことも必要だ。』


「ああ、そうだな」


 グリムは展示されていた剣を手に取ると、その冷たい感触を確かめるように強く握りしめた。剣身に映る自身の顔は、決意と覚悟に満ちていた。


 グリムは地面を蹴り上げた。その勢いのまま、赤い霧に向かって一直線に走り出す。

 剣を構え、狙いを定め、渾身の力を込めて振り下ろした。


 剣は赤い霧の体を捉えた……はずだった。

 しかし、グリムの手には、まるで空を切ったかのような感触しか残らなかった。

 赤い霧は、まるでそこに存在しないかのように剣をすり抜けさせたのだ。



「くそっ……お前を倒すのは無理ということか……」


 グリムは呆然とした表情で霧を見つめた。確かに手応えはあった。

 しかし、それは何か固いものを斬った感触ではなく、ただ空気の壁にぶつかったような曖昧なものだった。


 赤い霧はグリムの攻撃を全く意に介していない様子で、相変わらずゆったりとした態度を崩さない。

 その赤い霧の体は、先ほどまでと寸分変わらぬ姿勢を保っていた。






 突如、意識を失っていた数十人が、まるで操り人形のようにゆっくりと起き上がり始めた。

 彼らの瞳は虚ろで、焦点が合っていない。

 まるで魂が抜け落ちたかのように、無表情で立ち尽くしている。


「な、なんだ……?」


 グリムは警戒しながら後ずさった。

 その時、赤い霧が不気味な笑みを浮かべた。


『さあ、余興の始まりだ』


 赤い霧が左手の指を鳴らすと、虚ろな人々が一斉にグリムたちを取り囲み始めた。彼らはゆっくりと、しかし確実に、グリムとの距離を詰めていく。


「くそっ……!」


 グリムは剣を構え、警戒態勢を取った。しかし、数十人もの人間を相手にするのは、さすがに厳しい。


 最初に動いたのは、屈強な体格のトロル人だった。

 彼は無表情のまま、機械のように正確な動きで背後からグリムの両腕を掴んだ。


「ぐっ……!」


 グリムは抵抗しようとしたが、男の力は想像以上に強く、両腕を拘束されてしまった。


 次の瞬間、他の人々も一斉に動き出した。彼らは容赦なく、グリムの体に拳や蹴りを叩き込んでくる。


「うっ……!ぐあああ!」


 グリムは必死に抵抗しようとしたが、多勢に無勢。四方八方から飛んでくる攻撃に、防戦一方となる。


 数十人の手が、まるで意志を持たない機械のように、正確に、そして容赦なくグリムの体を打ち据える。

 それはまるで嵐の中に放り込まれた小舟のように、グリムはただひたすらにその猛攻に耐えるしかなかった。


 赤い霧は、その様子をまるで舞台劇を見ているかのように楽しげに眺めている。

 


『いきなり斬りかかった代償は払ってもらおうか』


 赤い霧の声が、グリムの耳に嘲笑のように響く。


 グリムは激痛に顔を歪めた。数十人の手が、まるで意志を持たない機械のように、正確に、そして容赦なくグリムの体を打ち据える。


「くそっ……!こんな……!」


 グリムは意識が朦朧とする中で、必死に立ち上がろうとした。しかし、その体はもはや限界に近かった。


 アンミストはその様子を、黙って見ていることしか出来なかった。


「グ…グリムちゃん……」


「く…そっ…!」


 グリムは懸命に抵抗しようとしたが、多勢に無勢。

 最後に両手を開放され地面に倒れたグリムは、赤い霧を見据えた。

 その赤い霧の右手は、震えていた。







『さあ、最後の余興だ。議題は "お前は人に死ねと言われたら死ぬか" だ』


 赤い霧は、まるでゲームの主催者のように楽しげにそう言った。

 その言葉は、グリムの耳に冷たい刃のように突き刺さる。


「ど、どういうことだ」


『簡単な話だ。我はこのあたりのすべての動物の意識の集合体。皆の意識を開放しろというのは死ねと言われるのと同義だ』


「そ、それは……」


 その言葉の意味を理解した瞬間、グリムは背筋が凍り付くような感覚に襲われた。

 彼は言葉を失い、ただ赤い霧を見つめることしかできなかった。

 赤い霧の言葉は、あまりにも残酷で非情だった。


『我はまだ死にたくない。我の中の集合知がそう言っている。5分前に生まれた存在に死ねというのは酷ではないか?』


「で、ではこれでどうだ。動物は開放せず人だけを開放するというのは……」


『我の思考の大部分は人間のものだ。それを開放したら我は我でなくなる。』


 赤い霧は、グリムの提案を一蹴した。

 その言葉には、一切の妥協も譲歩もなかった。





「……わかった。その問いに答えよう」


 グリムは直感した。まだチャンスはある、と。


「グリムちゃん……!!


 アンミストの悲痛な声が、グリムの耳に届く。

 しかし、グリムの決意は揺るがない。

 彼はよろよろと立ち上がり、地面に落ちていた剣を手に取った。

 その手は震えていたが、剣を握る力は強い。


「これしか皆を救う道はないというなら、実践してみせよう。答えは……これだ!」


「キャー!!やめて!!」


 アンミストの悲鳴が上がる。

 グリムは剣をゆっくりと自身の喉に近づけ、突き刺そうとした。しかし、その寸前で赤い霧が右手を伸ばし、剣の切っ先を掴んで止めた。


 右手の意図を完全に理解したグリム。


「震えていたのはそういうことだったのか」


 赤い霧が興奮気味に答える。


『おお、まさか手が勝手に動くとは。これがトロルの民の意思か。

 王よ、お前はよほど慕われているらしい。

 お前が持つ、優しさ、勇気、そして、強い意志を感じる』


 ――トロルの民が私に味方してくれている。


 グリムは赤い霧の右手から熱い思いを感じた。


 続いて赤い霧の右手は剣の柄を掴む。剣先が鈍く光り始める。


『おっ今度は何をする気だ?』


 すると赤い霧の右手が赤い霧の首を跳ね飛ばそうとした。

 赤い霧の左手が、辛うじて剣の切っ先を掴んで止める。

 まるで自分の体と戦っているかのようだった。


『おっと危ない。トロルの民には自殺志願者が多いらしい』

 

 その時、グリムは好機を見出した。

 彼は赤い霧の右手に両手を添える。


 右手に添えた両手に、トロルの民たちの力を感じた。

 それはまるで大河の流れ。


  (皆……力を貸してくれ!)


  グリムは心の中で叫ぶ。


 その声に応えるように、トロルの民たちの力がみなぎるのを感じた。


「なら……これでも死ぬだろう!!!」



 グリムは、赤い霧の右手に宿る力に従い、赤い霧の首に向かって渾身の力を込めた。


 剣が、まるで雷光のように赤い霧の首を捉えた。


 赤い霧の首は、まるでスローモーションのように、空中に舞い上がり――


 首が地面に転がる。

 その体は、まるで砂の城が崩れるかのように赤い霧状の粒子となって消えていった。


「終わった……」


 彼は膝をつき、肩を震わせた。

 しかし、喜びも束の間、グリムは周囲の異変に気づいた。


 虚ろな瞳で立ち尽くしていた人々が、まるで糸が切れた操り人形のように、次々と倒れていく。


「まさか……!」


 グリムとアンミストは慌てて駆け寄り、彼らの様子を確かめた。


「うう、俺は何を……」


「…意識があるよ、グリムちゃん!!」

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