5話 苦笑
少女はうろたえ、その"わるい魔法使い"に襲われた時のことを話しこう主張した。
「……私に気配も感じさせずに会話できる距離まで近づけるんだぞ」
「そいつは魔法使いなんだろ?インビンシブルの魔法を使えるやつだって、そりゃいるさ」
「こーんなでっかい火の玉を即座に出せるんだぞ」
グリムは、細い腕を震わせながら精一杯両手を広げる。
「そんな大きい物を動かすには凄まじい魔力が必要なんだぜ。それほどデカい火の玉なら相当遅いはず。避けるのも訳ないさ」
「馬5頭はあろうかという穴を、前振りもなしに即座に作れるんだぞ!!あんな事されたら誰も避けきれ……」
「そんなもん、あらかじめ落とし穴でも掘ったんだろ?」
少女の瞳は見開かれ、口は大きく開いたまま、信じられないという表情で、まるで石像になったかのように動かなくなった。
「王様、あんたどの程度の魔法使いと戦ったことがある?」
「……炎を出すやつと氷を出すやつ、風を操ったり水を出したりする奴と……剣や鎧を強化する魔法を使う奴も居たな」
「うん、俺のほうが魔法に詳しそうだ。
おれはおそらく王様より高度な魔法を使う奴と戦ってきた。姿をくらましたり、空を飛んだりな。
でもな、インビンシブルの魔法は完全に姿を消せるほど便利なモノじゃない。
体が透けてうすーくなる程度だ。
気をつけていれば分かる」
エリックは続けた。
「まあ、"わるい魔法使い"を倒す前にその魔法の効果が切れたら出来高払いってところで頼むぜ。王様」
少女は考え込んでいるようだった。
「……グリムだ。私の名前はグリムだ」
「は?」
「グリム・スヴェン・フォレス。それが私の名前だ」
少女の瞳には輝きが戻っていた。
――さっきまで死にそうだったのに立ち直りが早いな。
中身がトロルってのは伊達じゃないってことだな。
「あと指輪の譲渡はなしだ」
「えー?グリム王様、そりゃないぜ。その指輪を売って足しにしようとしてたのに。残念」
エリックは、わざと残念そうな顔をする。
「たわけが!
あれはトロル族に代々受け継がれてきた宝だぞ!
一族の歴史そのものと言っても過言ではない。
そんなものを人間に渡せるか!」
グリム王はそう怒鳴り、大事そうに指輪を抱える。
「昨日は持っていいって言ったじゃないか」
エリックが放ったその言葉の裏には、もう一つの感情が隠されていた。
グリムが窮地を脱し、再びトロルとしての誇りを取り戻せるかもしれないという安堵感だ。
エリックはこの森で出会った少女……
いや、トロルの王であるグリムに、どこか惹かれていた。
ふかふかの猫耳としなやかな獣の尻尾が揺れる様は、まるで無邪気な猫耳の少女そのもの。
しかし彼女の瞳には、悠久の時を刻んだような深みが宿っていた。
かつて王として君臨していた頃の栄光と苦悩、そして孤独。
それが猫耳の少女という可愛らしい外見とのギャップを生み出し、エリックの心を強く揺さぶった。
――とは言ったものの、この"わるい魔法使い"が相当ヤバいやつには変わりない。
正直このレベルだと、俺のはした金で雇える範囲のギルドの連中はみんな断るだろうな。
トロルの国も、所詮森レベルだし人間の大国ほど裕福ではないだろう。
おそらく人間界で価値のあるものはほとんどない。
雇えるのは俺と、せいぜいあと一人ってところかな。
勢いで言っちまったが、やっぱりこんな提案はするべきじゃなかったかなぁ……
エリックは困難な状況にも関わらず、苦笑いを浮かべて前を見据えた。
需要ありますかね