8話 疑惑
「王様。もう数日経ったんだから、例の忙しいとかいうインクのところに行きましょうよ。」
交流会の準備でアンミストや他のトロルと打ち合わせしているグリムに、フロートが話しかける。
「ああ、確かにそうだな…エリックを呼んで、また3人で行ってみるか」
後日、再びグリムたちは魔法書収集家インクの屋敷に向かった。
ところが返事はまたしても同じだった。
「主人は、急用で外出しておりまして……」
応対に出たのは、前回と全く同じ少年だった。
グリムは、またしても同じ返答にうんざりした。
「また同じことを言うのか。本当に急用なのか?」
グリムが少し強い口調で尋ねると、少年は少し怯んだ様子を見せた。
「は、はい。間違いなく急用で……」
「一体何の用事なんだ?数日経っても帰ってこないなんて、尋常じゃないだろう」
グリムはさらに詰め寄った。
少年はますます困った表情を浮かべ、視線を彷徨わせた。
「そ、それは……」
少年は言葉に詰まった。
その様子を見て、エリックが口を開いた。
「少し失礼だが、君は本当にインクさんの助手なのか?」
エリックの言葉に、少年は明らかに動揺した。
「も、もちろんそうです」
「実は君は女で、インクさんの変装だったりしないか?」
エリックはずっと疑問に思っていた仮説をぶつけてみた。
「……僕は男ですよ。確かめてみますか?」
少年はそう言いながら、自分の服のボタンを外し始めた。グリムたちは驚きで言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
慌ててエリックは静止に入る。
「いや、別にそういう意味で言ったんじゃないんだ。ただ、本当にインクの助手なのかどうか知りたかっただけで…」
そこにフロートが間に入る。
「ねえ、私達はマインドメルトって薬の本について見せてもらいたいんだけど……」
少年は少し考え込むような仕草を見せた後、奥の部屋へと入っていった。
1分後、少年は一冊の古びた本を持って戻ってきた。
「これです。汚さないでくださいよ。そこで読んでください。見終わったら返してください」
少年は本をエリックに手渡す。
「ありがとう」
エリックは本を受け取り、中身をパラパラと確認した。
「確かにマインドメルトについて書かれている…
『3分内に二人が服用しないと後述する副作用により無効となる。服用者は効果の有無に関わらず、魂と体を完全に固着させる副作用が現れるため、再使用不可』
例のインクさんの「二度は使えない」っていう話の出どころはこれだったのか。
たしかに分かりづらいな。
他には…どれどれ。
『固着時、気分不良となったら医者に相談を』
『気化しやすいため、使用後はすぐキャップを閉める。』
『直射日光が新た内容、涼しい場所で保管すること』
『小児の手の届かない場所で保管すること』
なんだか期待外れの内容だな…」
「そうね、この内容を読む限りだと特に目新しい情報はないわね……」
「ううむ、少しは期待したのだが…」
フロートもグリムも期待外れの内容にがっかりする。
もっと変わったこと、盲点をつくような内容が書いてあると思ったら、他の薬品の注意書きに書いてありそうなことばかりだった。
エリックたちは本を少年に返し、インクの屋敷を後にした。
その帰り道、エリックはふと疑問に思った。
――少年の決断が早すぎる。
主人に相談もなしに、あのような貴重な本を即決で一時的とはいえ俺達に渡していいものだろうか。
だがインクさんの変装でもない…?
まさか……インクさんはもうこの世にはおらず、屋敷ごと乗っ取られたか?
考えれば考えるほど事態は悪い方向に転がっている気がしてならない。――




