4話 雨上がり
泣きじゃくる少女がとんでもないことを言った。
――このトロルとお嬢ちゃんが同一人物だと?
嘘を付く理由もない。
少なくとも本人は本当のことだと思い込んでるんだろう。
だが、姿を変える魔法など膨大な魔力が必要だ。
あっという間に魔力切れになって効果が無くなる。
どんなに持っても2時間が限度だろう。
悲観することはない。
正直指輪を持って去りたい必要はあるが、しかし……
エリックが言いかけようとすると少女は
「この姿になって100日以上だ!もう放っておいてくれ!!私はもうおしまいだ!!出てけ!!」
といい再び泣き出した。
少女の言葉には、深い絶望が込められていた。
エリックは、この少女がどれほどの苦しみを抱えているのかを想像した。
――馬鹿な。
100日間も寝ずに、そんな莫大な魔力をもち魔法をかけ続けられる人間などいるはずが……
ありえない。
やはり嘘をついてるのか……?
数時間ならともかく恒久的に作用する魔法など聞いたことがない。
この少女は魔法をかけられ自分がトロルだと思い込んでるのか?
しかし記憶操作にせよ持って半日がいいところのはず。
それに記憶操作ならあの指輪と肖像画は……
あの指輪が少女を惑わすために作られた偽物ならありえるか……?
その言葉はエリックの好奇心と探究心をくすぐった。
――そんな魔法を使う化け物がいるなら、会ってみたい。
そしてなぜ、その異次元の力をこのトロルと自称している少女に使ったのか。
「わかった。出ていくよ。だがなんか食べたほうがいいぜ」
エリックはそのへんの木から取った果物を5個ほど少女のそばに置き、大樹の穴から外に出た。
雨は止んでいた。
彼は大樹から離れて様子を見る。
ただし罠を張ることにした。
大樹の穴に細いロープを張り、触れたら音がなるという古典的な仕掛けだ。
――魔法は一度解除されたら遠隔で再びかけ直す事は不可能。
かけ直すには必ず少女に近づかなければならない。
俺に気づかれずに穴に入ることは不可能だ。
100歩譲って入れたとして、俺に全く気づかれず、物音を一切立てず、少女に一切の抵抗をさせず魔法をかけ直すのは更に不可能。
彼は1日見張る。
途中仮眠もとったが、なにか物音がしたらすぐ起きてしまう神経質なエリックにとっては問題ない。
改めて中に入ったが――
何も変わっていなかった。
置かれた果物もそのままで、少女はピクリとも動かなかった。
「おい!死んでないだろうな!起きろ!」
エリックは、少女を揺さぶりながら声をかけた。
「……出てけ……放っておいてくれ……」
少女は、意識がもうろうとしているのか、言葉がはっきりしない。
「おい!本当に死んじまうぞ!」
エリックは少女を起こし、自分の所有物の水筒を無理やり少女の口に突っ込んだ。
「げほっげほっ」
「おい、お前トロルなんだろ!トロルってのは強い生き物なんだろ!!この程度でなんだ!!」
「事情も知らないお前に……何がわかる……」
少女は、弱々しくそう言う。
「わかるさ!昨日お嬢ちゃん……いや、トロル王様がぜーんぶ話してくれたからな!」
――記憶操作にせよ変身魔法にせよ、この魔法の効果は最低21日……下手すれば永続される。
恐ろしい。
こんな魔法が存在するとは……。
俺の勘ではあの指輪は本物だ。
鑑定してもらえばはっきりするが、本物ならば掛けられているのは記憶ではなく、多分変身魔法のほうだ。
「王様」
「……」
「もし、俺が王様に魔法を掛けた"わるい魔法使い"を倒して、王様を元の地位に戻したら?」
「……なんだと?」
「たんまり報酬を弾んでくれるか?」