29話 わるい魔法使い
青空が広がる中……その廃墟の古城は荒れ果てていた。
石壁にはツタが絡まり道には草が生い茂り、窓ガラスは割れドアは破壊されていた。
長らく人が住んでいないのは明らかだ。
恐怖を誘うような様相にアンミストは震え上がりグリムにしがみつく。
「グ、グリムちゃん……怖い……」
そうは言いながら戻る気はないらしい。
グリムにしがみつきながら、震える体でなんとか城の中に入る。
3人は罠を警戒しながら慎重に城の中へと足を進めていった。
城の中央の大広間にたどり着く。
数十ものガラスが割れた窓から薄暗い光が差し込む。
その光の先に玉座があり、ソイツが座っていた。
紫のローブに身を包み、右手に杖を持ち、とんがった帽子をつけて白く長い髭を生やした老人だ。
グリムとアンミストは同時に叫ぶ。
「白ヒゲクソジジィ!」
「わるい……魔法使い!!」
二人がそれぞれ斧とナイフを構える。
――こいつがそうなのか……
エリックは警戒し剣を抜き臨戦態勢をとったが、老人は意に介さず、子供のような無邪気な笑顔と声でしゃべりだした。
「ようこそ3人とも。わしの名前はヴォルグラスじゃ。
まあ君たちとはこれっきりなのだから覚えなくても構わんが。
エリックくん、君には感謝している。よくぞ死にそうなグリムくんを救ってくれた」
――は?
思わずエリックは顔に出てしまった。
ヴォルグラスがそれを見て、ニヤついた顔で長い白ヒゲをいじりながら続ける。
「ワシが自分の子供の心配するのは当然じゃろう?
全てではないが監視魔法で君たちの様子は見ていたぞ。
君は命が消えかけるグリムくんを案じ、罠を仕掛け様々な推測をし彼を説得し救った。
あの状態のグリムくんを引き戻すなど簡単にできることではない。
ワシは君に感謝をしておる。だがー」
杖でガツンと地面をたたき怒りの形相となる。
「その後がいけない!!君とアンミストくんは何度も何度もグリムくんを支え、そしてついには立ち直らせてしまった!!」
ヴォルグラスの怒声は狂気をはらみ、目が血走っていた。
「その事でワシは君に苦情が言いたかった。
余計なことをしおって!!」
エリックは言葉を失った。
――まさかこいつが王様の体を交換したのは……こいつの目的は……!
「そう、ワシの趣味は精神を死なない程度に破壊し、壊れたかわいい子ども達の様子を観察することだ。これが唯一のワシの楽しみでなあ」
ヴォルグラスは再び、口が裂けんばかりに口を広げニンマリ笑った。
グリムが怨念めいた声で返す。
「そんなことで……そんなことで私やフロート、アンミストをこのような目に合わせ部下を連れ去ったのか……
民が10人も死んだんだぞ……
皆、お前のそのしょうもない趣味につきあわされ死んだというのか……!?」
グリムは復讐心を燃やしながらも、同時に深い疲労感に襲われているような、なんとも言えない顔立ちをしていた。
「苦しみ、泣き、叫び、コミュニティを失い、発狂する。
これまでに様々な人形を見てきたぞ。
価値観の相違程度で取り替えられた体に醜さを感じ、破滅していくのはいつ見ても滑稽で最高のショーじゃよ。
わしからすればどれもかわいい我が子なんじゃが」
ヴォルグラスはグリムの発言を半ば無視し、自身が行った残酷な数々の実験を思い出し、悦に浸っていた。
「そう、ある人間の女はゴブリンと体を取り替えてやった。
ああ、思い出す。時折思い出したかのように叫び、鏡を見るたび発狂して割りだす。
水面には目をつぶって近づき、決して自分の姿を見ようとしない。
必死で精神崩壊をこらえておった。ワシからすれば目に入れたくなるほど可愛いのにのぅ……。
人間の女に変えられたゴブリンのほうは何が起きたかわからず発狂して地面に頭を打ち付けた上、崖から飛び降りおった。
馬鹿なやつじゃ。あやつは失敗作だった」
グリムが怒声を浴びせた。
「ヴォルグラス!貴様、明日無事で済むと思うな!!」
「グリムくん。
ワシは一回魔法を使ったこどもに直接的な危害は加えない主義なんじゃが、君をみていると再教育したくなるのう」
老人は邪悪な笑みをグリムに向け、思わず彼は視線から逃れるように飛び退いた。
「き、貴様……まだお人形遊びがしたいのか……」
弱気なグリムに変わり、エリックが言葉を遮る。
「……もういい。悪趣味な話に付き合うのはうんざりだ。
見せたいものというのは何だ?王様の大切な部下はどこだ?」
突如、仏頂面になった老人は淡々と話し出す。
「……そうじゃな。
ワシの一番可愛いゴブリンのこどもに尽くしてくれた礼もある。
そろそろ本題に入るとしよう。
見よ」
無表情になったヴォルグラスが杖をかざすと、王座より奥にある右側の扉が開く。
中には、グリムと同じくらいの背で長く茶色い髪をした猫耳の少女……それと、どこかで見たようなトロルがうつぶせで倒れていた。
地面には光った巨大な魔法陣が書かれており、その魔法陣から伸びた光る紐のようなものが二人を拘束している。
グリムが目を見開きヴォルグラスを睨む。
「ま……まさかヴォルグラス、貴様……」
トロルは聞き取れない言語で何かを必死に訴えていた。
茶色い髪の猫耳少女はグリムの方を向くと、
「お、王様……」
と力なく人間の言語で喋った。
「貴様!私の部下に身体交換の魔法を使ったな!」
ヴォルクルスはグリムの怒りを無視する。
「まあまて、もういくつか話がある。せっかくここまで来てもらった余興じゃ。見るがいい」
ヴォルグラスは杖をかざすと、今度は王座の奥の左の扉が開く。
そこには、先程右の扉で見たものとは別の文様で書かれた魔法陣が光っていた。
「そう、君らのゴールじゃ。せっかく来てもらったついでじゃ。たっぷり楽しんでもらいたい。
制限時間は30分。
その前にあの魔法陣にたどり着いたら魔法が発動し、君らは無事に元の体に戻れる。
ただしあの魔法陣は1回きりで消滅する。ワシの言ってることがわかるかな?使えるのは1組のみだ。
ワシの妨害を避けられるなら、元の体に戻った上でそこに倒れている君の部下を連れて逃げ帰っても良い。
ただしワシの攻撃を受けながら逃げるのは容易ではないぞ。
身体の欠損は避けられないだろうな。
それと他にも選択肢がある。
魔法陣に近づかないならば、無条件でそこの部下くんを連れて帰っても良い。
もちろんワシは君たちに何も危害は加えない。ククク……」
エリックは心の底から後悔していた。
――クソッ。マインドメルトさえあれば打開できたのに……うかつに王様に渡すんじゃなかった……!!
その時アンミストがふふんと鼻を鳴らし、いきなり勝ち誇った顔をした。
「残念だけどね、ボクらにはまだ方法がある!」
アンミストがバックパックから小瓶を高々と掲げた。
「じゃーん!マインドメルト!あなたを倒して、この小瓶でグリムちゃんの仲間もそこの女の子も無事に元へ戻す!!」
あるはずのない物体の存在にグリムの目は見開かれ、エリックは息を呑んだ。
――たしかにあの時は夜で、小瓶自体は見えなかったが……
ヴォルグラスは突如複雑な表情となり、重苦しい口調で語りだす。
「アンミストくん、君もグリムくんと同じで失敗作じゃ。
君は変化した容姿にさしてダメージを受けなかった。
ワシの需要を君は微塵も満たせなかった。
さらに君にはワシがなんの考えもなしにトロルの言葉を与えてしまい、その結果がトロル族とグリムくんを再び結びつけ国を救う結果となってしまった。
これはワシの落ち度じゃ。そのことで君らをどうこうするつもりはない。
ワシは君たちに色々学ばせてもらった」
老人は少女となったグリムの部下の方に視線を寄せると、部下はブルブル体を震わせ怯えた。
「確かにアンミスト君の言う通りワシの魔法には重大な欠陥がある。
君が所持しているマインドメルトとかいう薬、あれにはワシの魔法も太刀打ち出来ない。
二人がほぼ同時刻に液体を飲むんじゃったかな。
少しばかりあの薬を手に入れて実験したのじゃ。
ワシの魔法の後でもあの薬は問題なく機能したし、あの薬の後にワシの魔法は効かなかった」
老人は苦悩の表情を浮かべ、これまでの失敗を振り返っているかのようだ。
ところが突然明るくなる。
「だが失敗は成功のもとじゃよ」
老人は口が裂けんばかりの笑みを浮かべ、杖から炎を出す。
それはトロルの体に放出された。
拘束されているトロルは抵抗することも出来ず燃え盛り、近くにいるグリムの部下は張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。
「簡単なことじゃよ。これで戻せる体はなくなった。ああ、大丈夫じゃアンミストくん。君が薬を出さなくてもこうする予定じゃった。君に責任はない。
さあ、君の部下が誰かを犠牲にして元の種族に戻るというならばそれもまた良し!それもまた最高のショーじゃ!」
ヴォルグラスはこれからの"子どもたち"の行動を脳内でシミュレートし、妄想で満足している様子だ。
アンミストは顔が真っ青になっていた。
またもや老人は額に深いシワを刻み、複雑な表情を浮かべた。
「……実のところ、ワシは君らの行動が目障りだった。
可愛いこどもたちにこれ以上もしものことがあってはならない。
しかし何の理由もなくワシが直接手を下すのは主義に反する」
彼は額に人差し指を当て床を右往左往し、自分がどれほど悩んでいるか見せつけるかのように振る舞っていた。
だが次の瞬間狂気じみた笑みを浮かべる。
「だが、何も出来ないワシに突如天啓があったのじゃ。
そう……君等はワシの障害であり、可愛いこどもであり、師でもあったのだ。」
エリックはコロコロ表情を変え講釈を垂れる老人の演劇にそろそろうんざりしていた。
ふと老人の動きがとまる。
彼は得意気な笑みを浮かべ、顎をしゃくり上げていた。
「ワシが君たちから学んだ事じゃがね。
愉快に交流していたトロル族とグリムくんを見て思った。気持ちさえ通じれば言葉など要らない。そうじゃろ?」
グリムの顔が真っ赤になり、血管が浮き出ている。
彼は老人を睨みつけ、一歩前に踏み出した。
「ヴォルグラス……貴様一体何をする気だ!!」
老人はこれから始まるだろう残酷なショーについて語りだした。
「このままだとグリムくんと条件は同じじゃろ?
また誰かが余計なことをして立ち直らせてしまうじゃろうが!!
じゃがな……君らには感謝しておる。
お陰でワシはここまで来ることが出来た。ありがとう、エリックくん、グリムくん、アンミストくん」
老人の目は輝きを増し、溢れんばかりの涙が彼の頬を伝った。
「そう、グリムくんの部下には一切の言葉を失ってもらう。
文字も認識できないようにする。
君たちに見せたいものとは……
それはワシが試行錯誤の末、長い年月をかけて到達した真の境地じゃ!!
数々の失敗を糧に、今度は誰にも妨害されない最高傑作のこどもを作るのじゃ!!」
老人の口角は大きく上がり、歓喜に沸き立っている。
彼が杖を振りかざすと、部下とその床の魔法陣が光りだした。
部下が声にならない悲鳴を上げ苦しみだす。
グリムは背中に背負っていた袋を放りだし悲痛な叫び声を上げながら、2つのナイフを構えてヴォルグラスに飛びかかった。
猫が背中の毛を逆立てるように彼の髪は逆立ち、鋭い眼光を放っていた。
「やめろおおおおお!」




