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猫耳と王冠  作者: クーアウコ
第一部
27/52

27話 フロート

 ゴブリンに姿を変えられた、元人間の女性であるフロート。

 彼女は姿を変えられた日から、水面を見る度に心臓が張り裂けそうになる思いだった。

 家のあらゆる家具や壁、床、品物はフロートの怒りの矛先となり、破壊されつくした。

 彼女には、もはや自分自身すらも認識できないほどの狂気が宿っていた。

 フロートから人が次々離れていったのは、その姿だけが原因ではないだろう。

 そんな中で久々に訪れた客人により、彼女は過去の話を蒸し返されイライラしていた。



 昨日と同じく穏やかな太陽が降り注ぐ昼間。

 薄暗い部屋で、フロートは窓の外の景色を眺めていた。

 穏やかでない彼女の耳に昨日と同じ声が響く。


「すまない、昨日訪ねた者だ。話がしたい」


 ――あのクソガキの声だ!!性懲りもなく……!!


 思わずドアを勢いよく開けたフロートの目には、ドアの前で土下座している猫耳少女の姿が写っていた。


「すまない、昨日のことは謝罪する。話を聞いてほしい」


「このクソガキィィィ!!」


 フロートの憎しみを込めた足が、少女の腹を蹴り上げた。

 少女はフロートの蹴りの衝撃に耐えきれず、丸まってうずくまった。

 その細い腕が激しく震え、唇からは小さな悲鳴が漏れる。


「王様!」「グリムちゃん!」


 うずくまりながらなんとか彼女はフロートの方を向き、青白い顔で声を絞り出す。 


「だ、大丈夫だ……聞いてくれ人間よ。

 私はトロルの王だった。

 誇れる民を引き連れ、鋼の肉体に勲章である傷跡だらけの体が、我が自慢だった。

 だが突如"わるい魔法使い"によって全てを奪い取られた。

 傷跡もなくなり、肉体は貧相となった。

 だからそれを取り戻したい。

 頼む、些細な情報でもいい。

 "わるい魔法使い"のことを知っていたら教えてほしい!」


「ク、クソガキ……ふざけんじゃないわよ!!何が『全て奪い取られた』よ!!

 その誰からも愛されるような姿でまだ何かを欲しがるの!?

 あたしが欲しいものを全部持ってるくせに!!

 しかも傷跡とやらを引き合いに出して哀れみを演出とか頭おかしいでしょあなた!!

 むしろそんな醜いモノ、なくなったほうがいいに決まってるじゃない!!

 もう自慢してるようにしか聞こえないのよ!!クソガキが!!」


 その時、少女の後ろに立っていた人間の男が口を開いた。


「なあ、アンタ……このトロルの王様は初めて会った時、死にそうになっていた」


 ――は?


「王様は……周りに果物がなっているにも関わらず、取ろうともしなかった。

 俺が数個床に転がしておいた果物も、1日経ってもそのままだった。

 大雨にも関わらず水分の摂取すらしなかったんだ。俺が助けなきゃ死んでいた」


 フロートは驚愕した。

 死にたい死にたいと口では言っても実際に行動に起こしたことはなかったからだ。


「なんでよ……なんで!!その見た目で死ぬなんてありえない!!」


「王様は俺が来た時、とても大切にしていた王家の指輪を渡して『それを持ってどっかに消えろ』と怒鳴ってきたんだ。そのまま果てる気だったんだろう」


「理解できない!!ブサイクなトロルからその姿に変わったというなら、むしろ喜ぶべき事よ!!

 なんで死ぬ必要があるの!?」


 ようやく痛みが落ち着いたのか、彼女は落ち着き払い語る。


「……価値観の相違だ……

 少なくとも最初はこの体は、おそらく今の貴方が感じているのと同じぐらい苦痛だった」


 冒険者風の男が補足する。


「本当だ。王様は耳も尻尾も引きちぎったり切断しようとしていた。

 ナイフに手を伸ばそうとしていたが、俺がなんとか止めた」


 フロートは自分の耳を疑った。

 いくら醜いとはいえ、彼女は自分の体に傷を付けるほど自暴自棄にはなれなかった。


「で、でも王様なんでしょ?

 何もないあたしと違って、今でも王様やれてるならそれでいいじゃない!!

 そりゃ王様にはあたしら庶民には分からない威厳や誇りとやらがあるんでしょうけど!!

 やっぱり贅沢な悩みだわ!!」


「民とは……言葉が通じなくなり、私が王だと主張することすら出来ず、国を出ていかざるを得なくなった」


 フロートは言葉を失い、呆然と立ち尽くした。


「王様だったのに家すら無くなったの……あなた……あたしより病んでそうね……」





「なるほど、あなたも大変だったのね……」


 家の中に3人を上げ、事情を聞いたフロートはさらに驚いた。

 比喩ではなく死ぬほどに苦痛な姿に変えられ、言葉も通じなくなり、自分の王の時の記憶すら疑うほどに過去を信じられなくなり、挙句の果てに国が滅びかけていたとは夢にも思わなかっのだ。

 

 ――しかも、こんなにひどい目に遭ってるのに、この子はそれでも前に進み続けている……


 フロートは自分の浅はかな言動を反省する。

 人間の物差しでしか美醜を考えられず、トロル族だという彼女の心の傷に塩を塗り込むような言葉を投げかけてしまったのだ。


 ――もし自分がこの子のような目に遭っていたら……


「こんな事を今更言うのもなんだけど、本当にごめんなさいね……

 あたしなんかよりあなたのほうが遥かに大変なのに……」


 ――あたしはたかが体が変わっただけで、嘆いて周りに八つ当たりしていただけだった。

 一歩も先に進もうとはしなかった。

 水面に映る姿に顔をしかめ、自暴自棄に陥っていた日々。

 それにくらべて目の前のこの子は……


「最初の頃のグリムちゃんは本当に大変だったんですよフロートさん!!

 うるさいし、ほっとくとどこかに行っちゃうし、いじけるし、

 とーとつにおそわれる事も何度かありましたし」


 トロルは瞳をキラキラさせながら、体に似合わない甲高い声で語っていた。

 内容の割には彼は楽しい思い出のようだった。



「あ、アレはその……すまなかったなアンミスト……」


 少女の頬が紅潮し、うつむいたまま視線を泳がせていた。


 フロートはこの短いやりとりでもピンときた。


「アンミスト……とか言ったわね、あなた。

 あなたの元の姿は?」


「はい?人間の男ですよ?」


 深刻な内容の直後なのに、その答えに思わずフロートは吹き出してしまった。

 ゴブリンに体を変えられてから、初めてのことだった。

 口を開けて笑い、肩を震わせた。

 まるで子供のいたずらを見たような、温かい笑みが彼女の顔に広がった。


「ぷっ……あははは。あぁ、そういえば昨日そう言ってたっけ。

 で、本当は?」


 トロルはうろたえ、焦るような声で反論を試みる。


「フ、フロートさん。

 この体は魔法使いのクソジジイに声を変えられたんです。

 人間の男に見えないなら、そのせいですよ」


「ふふっ。あなたがどんな声を出そうが多分あたしは同じ事を言っていたと思うわ。

 ……いや、これ以上はやめておこうかな。

 あたしが言うことじゃないし。

 まあいいや、あなたたちを見てたら元気が出てきた。

 悪いんだけどあたしは大した情報は知らない。

 この村の周辺を歩いてたら、いかにもって格好をしたジジイに魔法で脅され、縄で縛られ目隠しをされて気づいたらこの姿ってわけ。

 意識が途切れる前には「転移」だとか「夢想」だとか、ブツブツ言ってたわね。

 正直殆ど覚えてないけど。

 あたしに言わせれば夢というより悪夢だわ……。

 ろくでもない情報しかなくてごめんなさいね」


 猫耳の少女はそれを聞くと、落胆するでもなくしばらく考え込んだ様子だったが、


「なあお主……トロル語は喋れるか?」


「喋れないけど、なんで?」


「実はトロルの森では木登りが得意だったり手先が器用な者が不足していてな。

 高木(こうぼく)()っている果物を採取したり、服などを編むのに苦労しておる。

 私達トロルにとってお主の見た目はおそらく、お主が私に感じているものと近い。

 来てくれるならたとえ言葉が通じずともトロル族はお主を歓迎する。

 お主さえ良ければ……」


 ――ああ……この子、良い子だ。

 あたしの居場所を作ろうとしてくれてる。だけど……


「お誘いはありがたいけど遠慮しておくわ。

 あたし、ここでまだやれそうなことがある気がするから。

 気が向いたら行かせてもらおうかな。

 あと、この魔法の解決の糸口が見つかったら教えてね。お願い」

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