26話 価値観
家から追い出されたエリック達。
思うところがあるエリックは、アンミストには少しの間離れてもらってグリムと二人で話をした。
「き、聞いてくれ。私は褒めただけだ。
だがあのゴブリンはそれを私の身体への侮辱で返し、しかも10倍にしてきた。
全く訳が分からない。むしろ被害者は私だ」
「王様……一応言うが、彼女はあんたの容姿自体は褒めてたんだぞ……」
エリックは頭を抱えていた。
――ああ、説明するのが面倒だ。
「私の弱点をいちいちあげつらえただけではないか。アレでどう褒めてるのだ」
「王様……アンタはトロルの子どもをみて、可愛いだとか愛くるしいだとか思わないのか?」
「もちろん思うぞ。我々成人のトロルには叶わないが片鱗は見えるからな。
仮に将来的に戦力にならなかったり才能がなかったとしても、努力しているものを貶す道理はない。
子は等しく可愛いものだ」
「……鳥などの小動物をみて、どう思う?」
「小さいながらもその身に詰まった機能美には感嘆する。
そういう意味では最近はこの体にも、所々に同じものを感じている」
――ああダメだ、この王様はすべてを戦力で見ている……
「王様……アンタに人の価値観をいきなり理解しろと言われても無理かもしれない……
だから別のアプローチで行く。
アンミストがアンタに好意を抱いているのはなんとなく分かるか?」
もちろん、と言った感じでグリムは力強く頷く。
「短いながらも共に旅をしてきた仲だからな。
親善と呼べるものが芽生えても不思議ではない。
私もエリックとアンミストに同じものを感じている。
もしくは、私の体になにか戦力の伸びしろを感じたのかもしれないな。
実際にアンミストの訓練を受けて前より体が軽くなった気がする。
今にして思えば、あの恥辱の日々は私の心身を鍛えるためのアンミストなりの配慮だったのだろう」
そのあまりに的はずれな答えに、エリックは盛大にずっこけた。
「違うわ!!」
このバカ!!思わずそう言いかけたが寸前で言葉を飲み込む。
「王様……トロル達の恋愛を想像してほしいんだが。
例えば男女が互いに愛情で結ばれた関係……
アンタの親にもそういう物が発生してるんじゃないか?
それとも王族には、そういう関係性は無いのか?」
「ふむ……トロルには性別が無い。
私たちに親子という概念は存在しない。
強いて言えばあの森が親だな。
人間は体から子が生まれるようだが、我々トロルは森から生まれるのだ。
故に恋愛とやらがどういうものか、私には分からないな」
――なんだと?
エリックは合点がいった。
てっきり姿が違うだけで、やってる事は人間と同じようなものだと思っていた。
しかしどうやら勘違いだったようだ。
根本的に人間とトロルの価値観が合わない原因が今はっきり分かった。
――そういえば王様は、そもそも一度も自分のことを男だとは言わなかった……
トロルにとって王族というのは、人間とは意味合いが違うんだろうな。
「……なるほど。
王様、今のアンタに俺がどれだけ言葉で伝えても、人間の価値観自体を理解することは出来ない。
だから理屈で伝える。アンタがゴブリンに感じた機能美や肉体の強さとやらなんて彼女には何の価値もない。
多くの人間の女性は筋肉ではなく、どちらかと言うと体のしなやかさの方に重点を置いている。
彼女にとってのゴブリンの価値が0、あるいはマイナスだとして今のアンタは10だ。
自身の価値をその程度に捉えている彼女に「羨ましい」なんて言ったら、どうなるか想像つかないか?」
グリムは少しばかり考えてるようだった。
エリックは補足する。
「こう考えてくれ。俺がアンタと最初に出会った頃の……
つまり大樹の穴で寝ていた、"わるい魔法使い"に肉体も地位も民も国も何もかも奪い取られたトロルの王。
その状態の、半ばおかしくなっていたアンタに俺はこう言ったとしよう。
"王様、アンタのその体、機能美が凄いな。羨ましいなあ"」
グリムの顔に衝撃が走った。
「……それは……きついだろうな……」
そのときを思い出したのだろう。
グリムは眉間に深いしわを寄せ、唇を噛み締めていた。
その表情はただ単に難しいというよりも、複雑な感情が渦巻いていることを物語っていた。
「……エリック、もう一度だけあの者に会ってみたい」




