23話 トロル排斥(はいせき)同盟
カンカンカン。
けたたましい金属音が、まるで森の心臓が破裂するような轟きを上げて静寂を打ち破った。
エリックはその音に、全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。
3人はその場に荷物を置き、森を守るために他のトロル達が向かっていく方向へと進んだ。
そこには火を付けた棒や剣を持ち、鎧に身を包んだ大勢の人間がいた。
最低でも、ここに集まったトロル族の1.5倍は居そうだ。
グリムはアンミストに、人間の言葉でこう叫んでほしいと頼んだ。
アンミストは大きく頷き、深呼吸をした。
そして、巨体から想像もできないような高く澄み切った声が森に響き渡った。
「聞け!トロル排斥同盟の悪人どもよ!私は17代目トロル王グリ厶・スヴェン・フォレスだ!!
私が帰ってきたからには貴様らの悪辣非道な行いをこれ以上見過ごすわけには行かない!!
去るが良い!!
去らぬなら私が相手になってやる!!」
トロル達と人間達は、トロル王が流暢な人間の言葉を操る姿に目を丸くして驚いた。
トロル達は雰囲気で王が何を言ったのか察したらしく、王への信頼と敬意を表すように大きな声で歓声を上げた。
だが人間達はすぐ落ち着きを取り戻し、
「おいおい、なんだその声は。
ふざけてるのか!?
まるで子供が喋ってるみたいだぜ。
威嚇にもなりゃしねえ。
大体、今の王なんざ怖くねえ。
俺たちが火をつけた時も、森を守るどころか隠れて逃げ回ってたくせによぉ!!
何がトロル王だ!!
やっちまえ」
その声と同時に人間たちは一斉に野獣の咆哮のような声を上げ、盾を突き出しながらトロルたちに襲いかかった。
彼らの目は血走っており、顔には憎悪の色が濃く浮かんでいた。
まるで長年の恨みを晴らすかのように、彼らは我先にとトロルたちめがけて突進していく。
地面が震え、木々が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
森全体が人間たちの怒りと殺気に包まれていた。
エリックは、鞘から素早く剣を抜き放った。
冷たく光る剣身が夕焼けの光を反射し、鋭い輝きを放つ。
対する相手の剣士は、荒い息を吐きながら剣を構えた。
彼の目は血走っており、憎悪に満ちていた。
二本の剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
鋭い金属音が森中に響き渡る。
エリックの剣はまるで生きているかのように相手の攻撃を巧みにかわす。
しかし相手の剣士も容易にひるむ気はない。
「やめろ!こんな事をしてアンタらになんの得がある!
双方に死者が出るだけだぞ!!」
「やかましい!なぜ人間がトロルの味方をする!?俺はなぁ、トロル共の醜い顔をみると反吐が出るんだよ。
大人しく猿みたいに森でウホウホ言っとけばいいものを、国を作って交易までしやがって。
あいつらが安く物を売るおかげで俺たちは今までの値段で物を売れなくなって安月給で生活するしかなくなった!!
許せねぇ!!」
「勝手なことを……!今までのアンタらが暴利を貪ってただけじゃないのか!?
これが人間でも同じことをしたというのか!!」
「トロルは人間じゃねえ!!殺しても許されるんだよ!!」
狂っている……!!エリックは相手の顔に狂気を見た。
グリムがアンミストに伝え、トロル語で叫んでもらった。
「聞けわが民達よ!!こいつらは可能なら生かして捕らえるのだ!!
捕らえて首謀者を吐かせ、出身の国に訴え断罪する!!
もう二度と森を焼かせないために!!」
トロル達が再び歓声を上げる。
次々とトロルと人間がぶつかり、当たり一面が血の海、炎の海に染まる。
アンミストは何人もの兵士に囲まれ、まるで嵐の中の一艘の船のように翻弄されていた。
慣れない巨躯で、尚且つ障害物の多い森での戦闘では防戦が精一杯だ。
ただし取り囲んでいる兵士もトロル王の攻撃を一撃でも食らえば致命傷になることを考慮してか、踏み込んだ攻撃はしてこない。
アンミストへの牽制が続いていた。
グリムは姿勢を低くして草に隠れながら、まるで狩りの獲物を追う獣のように戦場を駆けた。
彼の目は一点を見据え、鋭く光っていた。
両手に持ったそれぞれのナイフは彼の手に吸い付くように馴染み、まるで体の一部であるかのように自然に動いていた。
紐を袋から取り出し片手に巻き付けた。
以前はすぐバテていたが、しなやかで無駄のない所作とアンミストのトレーニングはグリムの今の持久力をこれまでより格段に引き上げていた。
この危機的状況と王としての使命感も、グリムの今の身体能力に関係しているのかもしれない。
「どこかにリーダーがいるはず……」
グリムは戦場を見渡した。王としての経験、敵の陣形と身なりを情報源としリーダーの位置を推測した。
エリックは、グリムが遠ざかる姿に焦りを感じ同行しようとしたが、相手の兵がそれを許さない。
エリックは兵に叫んだ。
「お前ら、このままだと犯罪者として裁かれるぞ!!残された家族はどうなる!!」
「お前らが死ねばそんなモノ関係ねぇ!!」
グリムは偉そうに命令しているリーダーに近付き叫んだ。
「おいそこのお前!!私に殺されたくなければ今すぐやめさせろ!!」
リーダーは場違いな猫耳の少女を見ると怪訝な表情をした。
まるで荒野に咲く一輪の花を見つけたような、奇妙な感覚に襲われた。
「なぜこんなところに猫耳の子供がいる……お嬢ちゃん。ここは危ない、森から逃げなさい」
グリムは再度警告する。
「聞こえなかったのか!!死にたくなければこのバカな騒乱を今すぐやめさせろ!!我が兵は強い!お前ら烏合など皆殺しだ!!」
長年の戦場で様々な光景を見てきたリーダーは、少女の言葉に一瞬我を忘れた。
無垢な少女に似つかわしくない怒声が響き、彼の心に不協和音が生まれた。
「ははぁ……お嬢ちゃん……あのトロル達に捕まって頭がおかしくなったんだね。かわいそうに。おい、そこのお前とお前!この子どもを抑えろ」
リーダーは、得意げに部下に命令を下した。
しかしその次の瞬間、少女の姿が視界から消えていた。
彼は周囲を見回したが、見当たらない。
不吉な予感がして、心臓がドキドキと鳴り始めた。
突如として彼の首筋にナイフが当たり、鋭く尖った氷のような声で最後の警告がなされた。
「……やめろと言っている」
グリムにより縄で縛られたリーダーの号令とともに戦いは終わり、人間の兵達は逃げ出した。
アンミストは戦いの終わりを告げられ地面にへたり込み、エリックは剣を地面に突き刺し肩で息をしていた。
人間は数人死亡、トロル側は十人もの多大な犠牲が出たが、リーダーは捕らえられ人間の兵も大勢捕まえた。
――これでトロル排斥同盟の過激派も終わりだ。
森に平和が訪れる。
夕焼けに沈む森の空を見上げながら、そうグリムは確信していた。




