21話 アンミスト式訓練
その日からグリムの森に向けて3人は移動し始めた。
「ほらグリムちゃん!まだ体が硬いよ!!」
「いたたたた……や、やめてくれ!!ひぃ……ひぃ……」
「強くなりたいんでしょ、我慢して」
「……わかった……」
グリムは道中で、トロルのときには味わったことのないストレッチトレーニングを受けていた。
彼は悲鳴をあげ言葉では中止を訴えるものの、足は自然と次の動作に移っていた。
走る時や木登り時、ターンの時のフォーム、爪の立て方、隠れ方。
様々な訓練を受けた。さすがはトロル王というべきか学習能力が高く、見違えるように成長していった。
アレだけ嫌がっていた尻尾を使ってのバランスの取り方も覚えていくグリム。
「こ、こうかな……」
グリムが素早くジャンプし木にしがみつく。
「そう!グリムちゃん凄い!カンペキ!」
そう言われ、まんざらでも無い様子だった。
トロルとしての硬くぎこちない大振りな動きから
猫耳族らしい、俊敏でしなやかな所作に変化していき、また横柄な言葉使いも随分やわらかくなった。
成功は自信となり、自信は力となり新たなプライドやアイデンティティを形成していった。
「グリムちゃん、大股じゃなくなってる!言葉遣いも!猫耳の女の子らしくなったね!えへへ」
グリムは小さくなり、顔を真っ赤にして、しかし案外悪くないというような顔で照れていた。
とある日、とある町にてグリムはそれを見つけると一目散に走っていった。
「アンミスト!!この店を見てくれ!!
我が王家の指輪が見事に本物だと見抜いた、素晴らしい鑑識眼を持った店主がいるんだ!!」
得意げに王家の指輪を見せびらかしながら、彼はそう説明する。
グリムの尻尾はまるで喜びを表現するように、軽やかに左右に揺れていた。
アンミストは説明を楽しげに聞いている。
「ひと目見たときからあの亭主はできる人間だと思っていた!!」
彼が興奮すると、ふさふさとした尻尾がまるで拍手をするように力強く上下に振られた。
――王様……アンタ鑑定結果を聞く前はヤブ鑑定士とか言ってただろ。
エリックは思わず苦笑してしまった。
つい最近の話だったのに遠い過去のように感じる。
それくらい今の王様は出会ったときとはかけ離れていた。
ふと、エリックは楽しそうに歩きながら会話している二人の姿を見て、とあることに気づいた。
「王様、スキップしてるな……」
何気なくつぶやいた独り言が、聴力に優れるグリムに届いてしまったのだろう。
「あっ……これは……その……」
グリムはうろたえた。王にあるまじき行動――
加えて、以前この町を出る前にアンミストがスキップをした事について「王の威厳がない」と怒ったことを思い出したのだろう。
「グリムちゃん。全然恥ずかしくないよ。
ボクは今のグリムちゃんがもっと見たい!!」
エリックもフォローをする。
「王様、今のアンタは身体に抵抗がない精神状態を保てている。
その姿を受け入れているんだ。
良い傾向だ。
ポジティブな精神は身体のポテンシャルにも影響するかもしれない。
前の王様は動作と身体が合ってなかった。
猫耳族の体でトロルの動きをしようとしていた。
以前は自分の姿に嫌悪感があり、いちいちそれが動きに悪影響を与えていたようにも見える。
だが今の王様は動作がとてもスムーズだ。
トロルの森の時にも少しだけ様子を見させてもらったが、最小限の動きで最大の成果を出せていたように思う。
自分がデカいトロルのつもりで動いてたらああいう結果はならなかっただろうな。
今の状態を保つべきだ」
グリムはこれ以上ないほど顔が真っ赤になり照れていた。
どう返せばいいのか分からない様子で黙りこくったままだ。
「グリムちゃん、これも訓練だよ!!さっきの動きをもう一度!!」
アンミストはグリムの腕にしがみつき、甘えるように何度も頼んだ。
――どうみても訓練は口実で、それを王様にやらせたいだけだろ……
エリックが冷めた目でアンミストを眺める中、グリムは……
「じゃ、じゃあ……訓練なら仕方ないな……」
と、顔を真っ赤にしながら遠慮がちにスキップをした。
「グリムちゃんかわいい!!」
とアンミストが抱きつく。
アンミストになすがままにされ、グリムは何とも言えない顔をして硬直していた。
トロルの王が、アンミストの前ではまるで子供のように無防備だった。
――あー、俺は何を見せられてるんだろうな。




