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猫耳と王冠  作者: クーアウコ
第一部
19/52

19話 火事

 アンミストが聞いたところによると、トロルの国の王様が行方不明になった噂が広まり、普段からトロル族をよく思わないトロル排斥(はいせき)同盟の過激派が絶好の機会とばかりにトロルの森に放火したらしい。

 なんとかトロル達は木を切り倒し延焼を防いだが被害は大きいらしく、燃えた家や畑もあるらしい。

 実行犯、計画犯の正体は不明とのことで、近隣諸国も捜査に乗り出している。

 その後町の掲示板に張り出された記事によると、



 ・トロル国は王の不在を否定している


 ・その裏で王を捜索しているような節が見られる


 ・この件に関係があるかはわからないが、トロル族はトロルの森で窃盗を働いた猫耳の少女を捜索しているらしい


 ・王の病死説や殺害説、事故死説や国外逃亡説、誘拐説などが書かれており、はてまた大病、大怪我等によりどこかで療養している説なども書かれている


 ・トロルの森では次の王を立てる話がリークされており、王候補が育ちきっておらず、どの候補も現トロル王ほどの政治力や統率力はない、と考察されている


 ・もし代わりの王を立てたとしても国の衰退は避けられないという考察記事がある



 そして、その下には『インク薬品店』とかいう名前の店の広告が乗っていた。

 アンミストにはとりあえず外を出歩くときはフードで顔を隠してもらうことにした。




 夜……薄暗い宿の一室で、三人は静かに座っていた。

 外の街の灯りが窓から差し込み、部屋を薄明かりで照らしている。

 静寂の中、グリムは突然両拳を握りしめ床を叩きつけた。

 その音は部屋中に響き渡り、静寂を破った。

 彼の額には青筋が浮かび上がり、目は血走っていた。

 グリムは怒りと悔しさ、そして無力感といった感情の渦中にいた。

 自らの無力さを嘆き、状況を打開できないもどかしさを感じている。

 エリックはグリムの行動に驚き彼の気持ちを察しながらも、言葉を見つけることができなかった。

 アンミストはグリムの苦悩を理解し彼を慰めようとするが、言葉が見つからない。


「クソッ、もう一刻の猶予もならない……まさか"わるい魔法使い"め、こうなる事を見越して……

 いや、あやつならあんな連中を使わないでも単独で我が国を……」


 思考を彷徨わせているグリムにエリックは進言する。


「王様、一回トロルの森に戻らないか?」


「そうだよグリムちゃん、そのほうがいいよ!」


「この体で戻って何をしろというのだ!言葉も通じないのに!!

 仮にアンミストのような人間の言葉を喋れるトロルを雇い通訳に立てたところで同じこと!

 人間一人にすら負けてしまうような口先だけの王が戻ったところは排斥はいせき同盟の連中をつけあがらせ、ますますエスカレートさせてしまう……」


 次の瞬間グリムは、まるで重りがついたかのようにゆっくりと頭を下げ、床にこすりつけた。

 彼の顔は蒼白となり、唇は噛みしめられていた。

 まるで自らの尊厳を地に叩きつけるようであった。

 彼の瞳には深い絶望と悔恨が宿っていた。

 部屋中に、彼の荒い呼吸だけが響き渡っていた。


「頼む小僧、いやアンミスト……後生だ!!この薬を飲んでくれ!!

 我々の国のピンチだ!!お主が元の体に戻れなくなる埋め合わせはする。

 頼むアンミスト!!」


 しかしアンミストの答えは――


「グリムちゃん。今すぐあなたの国がなくなるピンチってわけじゃないんでしょ……もう少し落ち着いて……」


「落ち着いてなぞ要られるか!

 我が国の領土は森一つだ。

 今回はなんとかなったようだが、もし調子に乗った奴らが……奴らが……

 そのたった一つの森に大規模な焼き討ちなどしようものなら……ああ……」


 エリックはグリムの苦悩を目の当たりにし、何かしてやりたいという気持ちと、何もできないという現実とのギャップに苦しんでいた。


 ――アンミストにも人生がある。

 差し迫った危機でもないのに、会ったことのないトロル達のためにその身を犠牲にするのは……

 ……相当の抵抗があるはずだ。

 だが今の不安定な精神のグリムには余裕がない。

 これまでみたいに、どうにかならなければいいが……


 グリムは顔を地面につけたまま、声にならないうめき声を上げ続けた。




 深い眠りからエリックを覚めさせたのは、不穏な音だった。

 誰かが争うような声、物体がぶつかる音。



「やめ……やめて!グリムちゃん!!」


 グリムが勢いよくエリックの上に倒れかかる。

 エルボーがエリックのみぞおちを打ち抜き、彼は息を飲むような衝撃を受けた。

 激しい痛みと共に、意識が一瞬遠のいた。

 思わず嗄れた声で呻き声を漏らす。


「がはっ……、なんだこれは……」


 これが猫がよくやるとかいう、夜中の大運動会というやつか。

 寝起きとエルボーで意識が朦朧としていたエリックは、口に入ったグリムの尻尾の毛を味わいながらそう思った。


 グリムはまるで重力が変わったかのように、ゆっくりとエリックから離れた。

 その動きはどこか機械的で、感情が感じられないようだった。


「頼む……後生だ……」


 エリックは状況を理解しようと、声のする方を見渡した。

 なんとグリムが例の身体交換の小瓶、マインドメルトを右手に持ちながらアンミストに迫っていた。


「国が……同胞が……森が……」


 エリックは一瞬で状況を理解した。

 グリムがマインドメルトを寝ているアンミストに飲ませようとしたのだ。

 エリックは咄嗟に後ろからグリムを羽交い締めにする。


「やめろ王様……」


「離せ……離してくれ……」


 グリムは、以前のように激しく暴れることはなかった。まるで、大きなぬいぐるみのように、エリックの腕の中に収まっている。

 口では離せと言ってるが、多分離してくれない事くらい分かりきってるんだろう。

 彼の身体は、まるで魂が抜けてしまったかのように、重く、だらしなく、エリックの腕の中に沈み込んでいく。


 また長々とアンミストへの要求が始まるのかと思ったが、


「……わかった。諦める……」


 といい、エリックが手を離すとグリムはまるで砂時計の砂のように、ゆっくりと布団の中に沈んでいった。




 ――おかしい。素直すぎる。あれだけ諦めの悪いグリムがこんなに早くやめるなんて。


 エリックとアンミストは互いに顔を見合わせ、頷き合った。

 グリムの行動には、何か裏がある。

 そう確信した二人は、息を潜めて彼の様子を見守った。

 背中に袋を背負い、腰にも指輪が入った袋を付けているようだった。

 やがて彼は音を立てないように注意しながらドアに近づき、小瓶を掴んで部屋から出て行った。




 エリックは冷たく澄んだ夜空の下へと飛び出した。

 そこにはよろよろとトロルの森に向かって歩いていく、覇気のない彼の後ろ姿があった。

 肩はいつもより重そうに揺れていた。

 行かせるわけには行かない。

 エリックは深呼吸をして、グリムの肩に手を置く。


「王様……アンタ、今度は何をするつもりだ」


 エリックは確信していた。


「エリック……離せ……森に行くだけだ……」


「王様……アンタ、その小瓶を何に使うつもりだ」


「民を守りたい……だけだ……」


「王様、アンタあれだけトロルの民のことを想ってたのに……犠牲にするつもりか」


「大丈夫だ……飲んでくれた住民は、私が……守る……」


「王様。トロルの中でも精神が人一倍タフなアンタですら、その姿にされたあと俺がいなかったら死んでいた。同じことがアンタの国の人に起きたらどうなるか、アンタにだって想像がつくだろう。」


「……止めるから……」


「命は救えても精神は無理なんじゃないか?」


「……」


「……王様、アンタは先走りす……」


 とエリックが言いかけたが、予想外の台詞が後ろから聞こえてきた。


「グリムちゃん。そんなに思い詰めてるならボクは飲んでもいいよ。」


 アンミストがそこにいた。

 グリムは信じられない、ありえないという顔をした。


「ア、アンミスト貴様何を言ってるのだ……あれだけ嫌がって……」


「グリムちゃんがそんなに思い詰めてるなら、もういいの。飲んで、森を救ってきて。」


「う、うそだ。そんな事を言っていつものように私をからかってー」


アンミストはまるで壊れやすいガラス細工を扱うように、慎重にグリムの体を抱き寄せた。

温もりが、彼の心を溶かしていくようだった。

アンミストの大きな手が、グリムの頭を優しく撫でる。

そのリズムは、まるで子守唄のようだった。

グリムはアンミストの胸に顔を埋め、泣きじゃくっていた。






「……だけどね……!」


 アンミストがそう前置きした。


「やれることを全部やってからにして!!今のボクたちにできることを考えて!!グリムちゃん言ってたじゃない!!トロルは手も足も無くなっても可能性をあきらめないって!!」


 力強いその言葉はグリムの目に炎を灯し、肖像画に書かれていた誇り高きトロル王の鋭い眼光そっくりとなった。


 ――そうだ、王様はあまりに追い詰められて薬を使うことしか選択肢になかった。

 そのうえで半ばアンミストを敵視していたから、他の選択肢が見えてなかった。

 だが、今の王様なら……

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