17話 身体交換の薬「マインドメルト」
エリックはインクにグリムやアンミストの事情を話し、目的の魔法書を伝えた。しかしー
「残念だがエリックくん。私はそのような魔法書は知らないな。
そもそも、そんな永続的な効果を持つ魔法が書かれた本は、私のコレクションの中にはないんだ。
だけど…」
エリックは期待していた答えが出なかったことに、大きく肩を落とした。
――これほどの収集家でも知らないのか…
「方法がないわけでもない」
インクは奥の部屋に消え、小瓶を持って戻ってきた。
「…私は魔法の収集だけではなく、薬書の収集も行っている。
その成果がこれだよ。
受け取りたまえエリックくん。身体交換の薬だ。
マインドメルトという。
お金はいらないよ。
二人が3分以内に飲めばいいらしい。
小瓶に入っている液体を半分ずつ飲む必要はない。
すごく苦いらしいからどの道そんなには飲めないだろうけどね…
本によると1滴だろうと効果があるらしい。
薬書には『3分内に二人が服用しないと後述する副作用により無効となる。服用者は効果の有無に関わらず、魂と体を完全に固着させる副作用が現れるため、再使用不可』と書いてあった。
つまり1つの魂に付き1回しか交換できないって事だ。
さらに身体交換が行われなくても、一度飲めばもう使えなくなる。
気をつけるんだよ。動物実験は済ませてある」
「ありがとうインク…相当貴重なものだろ、これは」
「まあ多分君がよほどの仕事を請け負わない限りは、生涯稼ぐ通貨をすべて合わせても買える代物ではないだろうね」
エリックは思わず小瓶を二度見した。
エリックは、この貴重な薬を売却することで得られる莫大な富に心が揺さぶられる。
しかし、より大切なものを失ってしまうのではないかという不安が、彼の心を締め付けた。
彼は何度も何度も自問自答を繰り返し、懸命に邪な考えを振り払った。
「…大事に扱ってくれたまえ。原材料が希少過ぎて予備はない。
私にもう一度詰め寄られても困るからね。
エリックくんなら悪い事には使わないと信じてるよ。
使われたらまあ…私の見る目がなかっただけの事さ。
それで話の続きだが、もしかしたらその"わるい魔法使い"がグリムくんとアンミストくんにこれと同じものを飲ませた可能性があると思ったけど、数珠つなぎで身体交換が起こったというのならこの薬ではないのだろうね」
「…どういうことだ?」
「例えばAとBとCがいたとするだろう?3人数珠つなぎになるには、AとBが身体を交換したあと、さらにどちらかがCと体を交換しなければならないんだ。この薬では無理だね。
あと私の話を聞いて分かったと思うけど、魔法だけが身体交換の手段ではないよ。
相手はいかにも魔法使いのような格好をしていたらしいけど、相手の格好に騙されて先入観を持たないようにするんだよ」
インクは自分を指しながら言った。
騙していた張本人が言うと説得力があるな、とエリックは染み染み頷いていた。
「それと…これは言うまでもないとは思うが、この薬では君たちの問題を解決できないよ。
グリムくんとアンミストくんが仮にこの薬で身体交換を行ったとしよう。
グリムくんは良いだろうね。だがアンミストくんが元の体に戻るには後1回身体交換をしなければならない。
この薬はさっきも言ったように一人につき1回しか使用できないんだ。
そして下手をするとこの薬を使ったら魂と体が固着され、その"わるい魔法使い"をどうこうしようが別の魔法や薬を使おうが元に戻せない可能性がある」
エリックは「確かにそのその通りだ」と頷く。
しかし彼には別の考えがあった。
「エリックくん。そういう事情があるのに、よく私を信用してこれだけ話してくれたね。素敵な思いをありがとう。久しぶりに目頭が熱くなったよ。
それと、"わるい魔法使い"の事は知らないが、隣国のエルカという村にゴブリンに姿を変えられたと主張する女性が住んでいる。
一度行ってみたらどうだい?」
「ほ、本当か?」
「ああ、私も一度話を聞きに行ったが……すごい剣幕で追い返されたよ。
どうにも私は嫌われているらしい。ハハハ……」
インクは苦笑いをしながら話を続けた。
「似たような境遇のグリムくんとやらなら、あるいは彼女から情報を聞き出すことが可能かもしれないね」




