14話 7つの理由
冒険者エリックと猫耳少女のグリムは、青空が広がる草原に寝転び空を仰いでいた。
頭上には綿菓子のような雲がゆっくりと流れていく。
川の方からは、アンミストの楽しそうな歌声が聞こえてきた。
「なあ、王様……」
「……なんだ……」
自分の森の場所をバラされたことをまだ根に持っているのか、グリムが不機嫌そうに答える。
「……王様。俺はトロル語はほぼ理解できないから当て推量になる。アンミストに実際に喋ってもらった。おそらくトロル語を喋れるというのは本当だ。何故かトロルの体になった途端に喋れるようになったらしい」
「……それがなんだ」
「アンミストに通訳してもらって、魔法使いを倒すってのは……」
「却下だ。理由は7つある」
――おいおい、多いな。これは無理だな……
「エリック。まず第一にあの小僧は私をいたぶり楽しんでいる。
今でも臨界点の間際だ。
そんな奴にこれ以上私の自尊心を犠牲にして何かなど頼めない。
頼めばどんな代価を払わないと行けないか分かったものではない。
あれ以上は……ち、恥死する」
思い出したのかグリムは再び顔を真っ赤にする。
「第二に、民に私の今の姿を知られたくない。見せ物になるのはゴメンだ。
そして第三の理由は……我がトロルの民はたしかに力は強い。
持久力もある。速く走ることもできる。だが俊敏性はない。
トロルの頃の私もお前たち冒険者に比べるとそんなに俊敏ではないが、民はそれより遥かに低い。
体格もあり的がデカい。そこらの単純な魔法使いの魔法程度なら耐えられる。
だが、そんな民を引き連れ、もしあの強大な力を持つ魔法使いと戦闘となったら魔法を避けきれない。
撤退するにも容易ではなくなる。王に返り咲き民達を守る前に、その民を私が殺しては元も子もない。犠牲者はゼロにしたい。
第四に、我々にも生活がある。
お前がどれくらいの人数を想定しているのかは知らないが、どこにいるかも分からない魔法使いを探させそれなりの人数を引き連れると食料調達の問題が発生するし、こなさねばならぬ作業を放棄させて旅をさせると、その人数だけ畑や家畜の世話ができなくなり生産物も止まる。
私達の生産物をアテにしていた他国の信用を失うし、私達も交易品を手に入れられなくなる。私たちは今もギリギリなのだ。
第五に、多人数の民を引き連れるとトロル嫌いの国を刺激し、戦争の口実にされる危険がある。
特にトロルと数々の争いを繰り広げてきた北方の国シュトルムフェルトは、トロル達の気配を感じると動き出す国として有名だ。
そんな国に睨まれたら我が森はひとたまりも無い。
第六に、大勢でねり歩くと噂になり魔法使いに気づかれ、またいつぞやのように罠を張られる可能性がある。そしてー」
エリックは眉をひそめ、考え込んだ。
王様の言葉一つ一つに、重みが感じられた。
トロル族の置かれた状況、民への愛情、そして王としての矜持。
そしてグリムは声を張り上げ、今までの言葉の重みが脆くも崩れ去った。
「第七にあの小僧は私の復讐を見越して偽名を使いおった!
奴は名乗った時点で私をいたぶる気だったのだ。許せぬ。
元に戻ったらあの小僧だけは探し出して八つ裂きにしてやりたいと思っていたのにそれも叶わぬ!!悔しい!!
もしかしたらトロル排斥同盟の連中かもしれない!!!
あやつらは日々デマの流布やプロパガンダを行っておる。
デモや集会なども盛んだと聞く!!!
そんな奴に我が体を乗っ取られているとしたら、
我が民の前に連れていけば有ることないことを民に吹き込み、私と民との信頼をめちゃくちゃにするだろう!!」
グリムは拳を握りしめ、呼吸を荒くした。
エリックは思わず吹き出してしまった。
「……ぷっははははは!」
「なっ、何がおかしい!」
――偽名ねぇ。どうだろうなそれも。……しかし、王様は細かいところまで考える割に……




