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三題噺もどき3

展示会

作者: 狐彪

三題噺もどき―ごひゃくじゅうきゅう。

 


 小さな囁き声がときおり聞こえる。


 しんとした空気の中。

 入り組んだような形に作られた通路を進んでいく。

「……」

 車で2、3時間ほどのところにある、美術館に来ていた。

 割と美術館や博物館というものは好きで、ここも学生をしていた頃はそれなりに来ていたんだが、なんだか久しぶりに来た気がする。

 こういう所の、空気というか、空間というかが、なんとなく好きなのだ。

「……」

 今日ここにきたのはまぁ、展示会を見に来たのだ。

 次女にあたるほうの妹が、学校でもらったか何かでチケットを持っていたらしく。

 もったいないから行きたいと言うので、連れてきた次第だ。

「……」

 当の本人は、あまり興味がなさそうに見える。私の数メートル先にいる。

 今回のは、名前だけは知っていると言うかんじだったから、ホントにたまたまもらったチケットで、このままいかずに行くのももったいないし、夏休みの思い出ということで一つ……なんていう、ホントに好きな人からしたら失礼極まりない理由で来たんだろう。

「……」

 そうは言いつつも、自分自身、この芸術家の事は名前すらも知らなかった。

 でも、これだけ大きな展示会をしていると言うことは、それなりに有名な人なんだろう。

 自分の興味のある分野以外のことへの関心がゼロに近い人間だから、知らない事ばかりの人生である。仕事を辞めてからニュースすら見なくなったので、最近の出来事とか全く知らない。たまにSNSで見かけるぐらいだ。

「……」

 まぁ、そんな自分の情報弱者ぶりはさておき。

 初めて見たし、初めて聞いた名前の人だが、この世界観はなかなかに。

 個人的にはかなり上位に入るくらいの、好みの世界観だった。

 ここでも、妹とは趣味が合わないらしい。

 まぁでも、この次女とは趣味が合うようで合わないからなぁ。アニメやゲームはお互い好きだけど、ジャンルが全く違うと言う感じ。共通のもあるけど、好きなキャラが違う。すれ違いまくりだな。

「……」

 全体的に、青で統一されている作品。

 その中に、別の色で混じる様々な何か。

「……」

 なんとなく、足が止まるのは。

 青の中に。

 黒がある作品。

「……」

 今目の前にあるのは。

 青の中に、黒で描かれた人影が居る作品。

「……」

 空中に投げ出されたのか。

 海中に流されているのか。

 落ちているのか。

 沈んでいるのか。

「……」

 自分自身を見ているようだ……なんて詩的なことは言いたくはないが。

 それまで、自分ではない第三者にすべてを任せ、流されていたくせに。突然社会という大きな何かに投げ出され、それでも抵抗の術もなく、もがくすべもなく、ただ落ちて沈んでいくだけの、今を見ている気分になる。

 意識しないと気づけない、自分の生き方のズレに気づかされているような。

「……」

 呼吸音のように、意識しないと気づけない。しかし、気づいたとたんに、意識してしまったとたんに、呼吸の仕方を忘れてしまう。

 知っていても知らないふりをしていたものに、無理やり視線を向けさせられている。

 気づいてしまってはいけない何かに触れてしまった。

「……」

 このまま。

 投げ出されたままに、流れて行って、落ちて沈んでいってしまうのが楽だろうけど。

 それで。

 ホントに良いのだろうかなんて考えだした途端に、苦しくなっていって。

 気づきたくもなかったのに、気づいてしまって。

「……」

 そんな。

 不安に駆られてしまう。

「……、」

 かなり長く足が止まってしまっていたのか、先を歩いていた妹に小声で呼ばれた。

 ちょっと体が跳ねてしまったような気がしたが、気のせいだろう。

 この展示ももう少しで終わりのようだし、さっさと見て帰ろう。

 これ以上、何かを見るのは疲れそうだ。








 お題:芸術家・呼吸音・空中

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