■#04 推し
──なんにせよ、ここが異世界であろうと都市伝説的な世界だろうとこの世界がなんなのかを説明してくれる都合の良い『転生の神』やら『女神』やらが何処にもいないのも問題である。
あるのは転生前から持ち込んだのであろうスマホと財布と、前世のままの身体のみだ。まったく、異世界転生が飽和状態なので職務放棄でもしたのだろうか。
ふと時間を気にしてスマホの画面に目を見やると……スマホには謎のver.upが施されているようだった。
「なんだこれ?」
しかし、それを確認しようとしたら充電がもうほぼなかった。
簡易バッテリーなども当然持ち合わせてないし、正直なところ所持金もほとんどない。 頼みの綱はスマホの決済アプリのみなので現状をメモする以外はあまり使わないようにしよう。
だから街の広場のベンチでずっと放心している場合じゃねえ──と、とにかく動いてみようと重い腰をあげる。
はっきり言ってこんな目がチカチカする世界を冒険するなぞ全く心が踊らない。暗い洞窟から這い出て、ようやく見えた異世界がこんな悪趣味サイバー都市だとは。全くオブ●ビオンを見習って欲しいものである。が、背に腹は変えられない。空腹ゲージの管理不足で死ぬなんてのは御免だ。
「とりあえず、アパートに戻ってみるか」
現代日本を模しているのならば、元々あった俺の住処もあるかもしれないしな。ならば一旦、住居であるボロアパートを探してみよう──せっかく異世界転生したというのに、そんな夢も希望もない第一目標が俺の気分を更に低下させた。
「スカイツリーがあの距離ってことはまぁ歩いて帰れる距離だな。現代と変わりなければ」
よろよろと、鉛のような脚を動かして帰路へと向かう。このような地味な異世界転生のスタートを切った人間が俺以外にいるのだろうか。
「けど、何処かで見覚えがあるな……この世界」
誰に向けるでもなく発した独言は、紫色のアスファルトへと吸い込まれるように消えていった。一体誰がこのような意味のわからない色彩の舗装道路を許可したんだ、訴訟するぞこの野郎。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて──帰路にて眺める街の変わり果てた様子を語るのは少々目眩がしてきたから変わりに俺の自己紹介でもしていこう。俺の前世にて唯一『救い』だったものの話だ。
【Vアイドル】いわゆる【vtuber】だ──沼ったきっかけは長くなるから語らないが、配信を見ている時だけが非情なる現実を俺の体から取り払ってくれていた。
その中の一人──いわゆる『推し』というのであろう娘……【小湊みかずき】というvtuber。【小湊みかずき】は今でこそ視聴時間や登録者数ランキングの常に上位をキープする大人気Vアイドルとなってはいるが、デビューしたての頃は酷い有り様だった。
度を越した人見知りコミュ障であり、ライブ初配信の時なぞ一言も喋れずに五十二分も視聴者に無言を提供した事があるという伝説の黒歴史の持ち主である。放送事故だ。
だが俺はそんな彼女に沼った。視聴者が俺しかいなかった時代から見てきた。それまでvtuberに興味も無かった俺を見事に沼らせてくれたのだ。たぶんシンパシーかなにかを感じたのだろう、なんか放ってはおけなかった。
そのおかげなのかはわからんが彼女は引退することなく今日まで活動を続けている。コミュ障は変わらないが、徐々に明るくなって毎日欠かさずに配信を行ってるのだ。
「そういえば今日も配信があったな」
自宅までは残り数百メートル……たどり着けば何かわかるかもしれないという僅かな希望だけを胸に前へ進む。賑やかな喧騒から外れた、見慣れたはずの近所の風景は──どう表現したらいいかわからないほどに様変わりしている。
元々、郊外であり寂れた風景ではあったが──今は何故か、質の悪いポリゴンちっくになっていて余計に薄気味悪い雰囲気を醸し出している。
建物、道路、電柱、排水路、生えている木々や植物までも……それらすべてがなんか画々している。初代プレイ●テーションのゲーム画面のようだ。解像度が低くぼやけて見える。現実なのに解像度が低いとは一体どういう事なんだ。
外の風景を眺めるのはもうこりごりだと無心に歩くと何十年間と世話になっている寂れたアパートが見えてきた。見ても元気が湧いてくるような建物じゃあないが、今だけは変わらず存在してくれていた古びた住居に心から安堵する。ローポリ使様になってるけど。
「やっと休めそうだな」
残された気力を振り絞り、俺は自室の扉を開けた。