□#10メタバース
静かなる食卓。
金属と金属が接触するカチャカチャという音だけが、大広間にたまに発生しては消えていく──まるで邦画の食事シーンそのものだ。
今、席に着いているのは私とママ……そしてパパ。
パパは予定通りに昼間には帰ってきた。
五年ぶりのパパとの再会は……別にって感じで特筆すべきものは何もない。
あ、別に家族仲が悪いわけじゃないよ。
パパは地球にいるパパそのままだったし(普通のサラリーマンのパパが貴族服着てたのには吹き出しそうになったけど)、パパで良かったと安心した(もしこれでパパが違う中年だったりしてたら色んな意味でメンタルやばかった)。けど、やっぱりママと違ってパパと年頃の娘がそんなに会話が弾むことはなく……それはどんな家庭でも割合一緒でしょ?
パパもパパで数年ぶりに会う成長した娘をどう扱うべきか手探りしてる感じで……ママはママで仲立ちするようなタイプじゃないから口を出さない──結果、こんな感じになった。
そして何より、数時間前にミコトちゃんから言われた言葉が頭から離れなくてパパとの会話どころじゃなくなってしまった。
【配信者】。
ご存知の通り、私の推しの剣牙の職業。
その配信形態は多種多様あれど自分で企画を練って動画にして視聴者を楽しませるエンターテイナーのこと。
この謎世界にも配信者という職業が存在していた事にはちょっと疑問が湧いたけど……まぁそこはいい。
【ムラサメミスイ】がライバーだったって事にも驚いたけど、それもまぁいいんだ。私が戦慄している原因の核はそこじゃない。
一番、問題なのは……かつて、私自身も【配信者】をやっていたという事実。
そして、その時に使用していた名前が【ムラサメミスイ】だった事 。
「………ねぇ、パパ、ママ」
両手に持ったフォークとナイフをテーブルに置き、味のしないパンを(別に異世界だからではない)ミルクで流し込んで私は静寂を切り裂くように二人に問いかける。私の発言を待っていたかのように、パパとママはすぐにこちらを向いて耳を傾けた。
「いっぱい聞きたい事があるの。ごく当たり前の事だらけで、心配かけるかも知れないけど……茶化したりしないで聞いてくれる?」
真剣だという事をアピールするために真っ直ぐに二人の眼差しを視界の中央に据える。
パパとママには本当の事を話そうかとも思ったけど、それはまず私がこの世界と現状を把握して事態を呑み込んでからにする。両者とも混乱しっぱなしじゃあ文字通り話しにならないからね。
パパとママは顔を見合わせて何かを言おうとしたけど、すぐに私に向き直って頷いてくれた。きっと胸中は凄く不安で逆に私に聞きたい事だらけな筈なのに……本当に、この世界にもパパとママがいて良かった。
まったく本当に恨むぞ、私を転生させたくせに何の説明もしない神様よ。
私は心の中を整理して、二人と話し始める。
「えっと、まずは─────」
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時間は跳んで──夕焼け空。
このヨーロッパめいた方のセカイの空はまともで、変に緑色とかになったりせず紅く染まってる。
話しを終えた私は一旦部屋へと戻り、バルコニーからの景色を眺めながら物思いに耽っていた。
とりあえず、頭の中の整理はつかないままだけど悩んでてもしょうがないからまずは語れるだけ語ろうと思う。
パパとママに聞いて解明されたこの世界の真実はこう。
私が最初に目覚めた季節ガン無視ハロウィンパレードが行わていた似非トーキョーのようなセカイ──あそこは【メタバース(東京)】っていうセカイらしい。
今いるここは【メタバース(欧)】っていう東京から派生した欧州セカイであくまで東京に属してるんだって。千葉にある東京ドイ◯村みたいな感じ?【メタバース(東京)】は様々なセカイと繋がっていて繋がりのある場所にはすぐに行けるらしい。
待って待って、色々突っ込みたいのはわかるけど私もまだ意味わかんないんだから突っ込むのはとりあえず待ってて。
そして、全世界の総称は【メタアース】。
今、メタアースには人に害を為す謎生物【アンチモンスター】ってのがいて、それに対抗しうるのが【ライバー】という存在。
ファンタジー世界における『冒険者』みたいな感じで【ライバー】は配信で人々から求心力を集めてそれを力とする魔法みたいな能力でアンチモンスターを倒したり、新たなセカイを創造してメタアースの消滅を食い止めてるんだとか。
うっわなにこれ書いてて頭痛してきた。
ユーザー置いてけぼりゲームの説明書かなにかなのこれ? ファ●スが●ージされてコ●ーンがどうやらみたいな。
まぁとにかく、結構ヤバめな世界だってこと。ここまではこの【メタアース】全体の世界図。
そして……それとは別に思い出したの。
この西洋セカイ──【メタバース(欧)】。
私は前にこの世界に居た事がある。この【メタバース(欧)】のセカイに。
女子高生時代、訳あって引きこもり気味になってた時にやってたネトゲ。
オンラインゲーム──そのセカイにそっくりなんだ。
うろ覚えだけど確か自分でアバターやホームを創るタイプのMMOなんたらってやつ。そこでも私は【ムラサメミスイ】って名前でどっぷり嵌まってたはず。
ほら、みんなも学生時代に一回は通らなかった? アバター作ってやる可愛い系オンゲ。お城みたいな家に、ランドセルとかの小物を置いて……パパとママも実際の両親そっくりに設定したり。
荒れてた時期だったからチャットとかでもかなり暴れてて……フレンドと喧嘩したりもしてた。
ここ、そのオンゲ世界そのものなんだ。
まさかだけど、私。
そのオンラインゲームの自分のワールドに転生しちゃった感じですか?
自分のネトゲ内に造り上げた設定を自分で体験しちゃってる感じなんですかね!?
「……………はぁ……マジか……………………」
負の時代の私の黒歴史に近い想い出が、アラサーの私に牙を剥くとは。
確かゲーム内設定では15歳の誕生日を迎えたら学院への入学資格アイテムが運営から貰えたはず……まるっきり一緒じゃん。
「でも……じゃあこれから先、色んな攻略が楽になるかな? ゲームの設定と一緒なら」
けど残念な事に、細かい設定とかそっから先をまっっったく覚えてないんだよね。なんせ10年以上前の事だし。
それに、ゲームと違うところもある。
【メタバース(東京)】なんて場所は絶対なかったし、登場人物も微妙に違う。ミコトちゃんみたいな可愛いキャラがいたら忘れるわけないし。
「………あ~~~っ! わけわかんないっ……謎が増えただけじゃんか………どうしたら良いんだよ私は……」
こんな時、剣牙の配信を見れたなら頑張れるのに。
テーブルに突っ伏し、もう推しの待ち受け画像すら消滅してしまったスマホのホーム画面に切り替えようとしたら……タイミング良いのか悪いのか着信表示が出た。
通話をタップしちゃったから相手が誰かもわからずにすぐに通話は開始される。
誰だろう? 会社の人間? そういえばやば、会社の事すっかり忘れてた。もう平日になってるよね? 異世界に来てまで上司の声聞きたくないんだけど。
『あー、もしもし? ミスイ?』
通話口から聴こえてきたのは、おっさんではなく(知らんけど)若そうな男の声だった。なんかチャラそうな感じで慣れなれしさ半端ない、たぶん大学生に成り立てな──って声だけでそこまで判断するって私ゃ念能力者か。
もしかしてまたミスイの知り合い?
だとすると迂闊に対応できない──と、応答に困り無言でいたにも関わらず大学生(仮)は気にせず続けた。
『わり、俺さぁ……なんつーか他に好きな娘出来たからお前との婚約解消するわ。そんだけ、じゃな』
プツッ──っと、通話と同時に私の中のなにかも切れた。
は?
────は?




