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【一話完結】運命の旗手 ~異世界に召喚されたらそこは戦場でした。でも旗を振るう俺に敵はいなかった。「正々堂々戦え」と敵さんからは非難轟々です~

作者: 外波鳥

 これが『合衆国海兵隊記念碑』かぁ。実物を見るとやっぱり込み上げてくるものがあるな」


 大学の夏休みに思い切って旅行してみたけど来た甲斐があった。


 『合衆国海兵隊記念碑』はアメリカのバージニア州アーリントン国立墓地の外に建てられている。

別名『硫黄島記念碑』とも呼ばれ、『硫黄島の星条旗』の写真をもとに作成されたものである。

海兵隊員が戦場で必死に星条旗を掲揚しようとしている記念碑は旗の先まで含めると20mもの高さに至り、かなり迫力がある。


 俺はゆっくりと目を閉じ、黙祷した。

 アメリカと日本の双方の戦死者に対して敬意を胸に——


 第二次世界大戦における『硫黄島の戦い』は米海兵隊が経験した戦いの中で最も犠牲を出した戦いの一つとして知られている。

 硫黄島での激戦を乗り越えたことは海兵隊にとって誇りであり、精神的な象徴でもある。


 硫黄島は東西8km、南北4km程度の小さい島で、開戦前に米軍の指揮官は5日で攻略できると見立てていた。

 米軍の兵力差は5倍以上、完全に制海権を掌握し、戦艦で島を取り囲んでいた。島内に籠る日本軍には食料も物資の補給もない状態。勝敗は誰の目にも明らかであった。


 米軍はリアルバスターコールを発動し、雨あられのように艦砲射撃を行い、島全体が丸裸になってから上陸する。

 日本軍の反撃に合うも重砲陣地の場所を特定し、更に艦砲射撃。


「俺達用の日本兵は残っているのか?」

 アメリカ兵が戦友にそう尋ねたエピソードが残っている。いかに激しい砲撃が行われたかが伺える。


 しかし実際の日本軍の被害は米軍の予想だにしないものだった。栗林中将率いる日本軍は地下に3層にも及ぶ防空壕を構築しており95%が生き残っていた。そして必死の抵抗を見せ、ゲリラ戦にて米軍を苦しめたのだった。日本軍の目的は米軍に勝利することではなかった。敗北は目に見えていた。

 硫黄島が占拠されることの意味は重い。地理的に硫黄島は爆撃機の不沈空母となる。本土にいる家族を生き長らえさせるため、自らの命を費やし1日でも長く、1秒でも長く米軍の足を止めること。それが栗林中将率いる日本軍の目的だった。


 開戦から1週間後、海兵隊は摺鉢山という小高い丘のような山の頂上にようやく星条旗を立てることができた。小さな島の小さな山に旗を立てるのに1週間も費やされたのだ。そして組織的な戦闘の終結にはそこから1か月以上の時間が費やされたのである。食料や武器の補給もない状況でそれだけの時間圧倒的な戦力差の相手に戦い続けたのである。


 それが如何に激戦だったか。米軍にとってはどれほどの悪夢だったことか。戦死者の数がそれを物語っている。


 日本兵:戦死19900名、戦傷1033名

 アメリカ兵:戦死6821名、戦傷21865名


 アメリカ側は実にミッドウェー海戦の20倍以上の兵を失っている。

 太平洋戦争後期の上陸戦においてアメリカの戦死・戦傷者数が日本を上回った稀有な戦いだった。


 摺鉢山に星条旗が掲げられた2月23日は戦後、アメリカ海兵隊記念日として制定された。

 硫黄島には行ったことが無いが(と言うか自衛隊関係者でもなければ行けないが)俺のひい爺ちゃんは、数少ない『硫黄島の戦い』の生き残りだった。


 96%が戦死した日本軍の中において生き延びることが出来たのは幸運だったと言えるだろう。


 ひい爺ちゃんからは当時の話を色々と、……いや散々聞かされていた。

 そんなひい爺ちゃんも3年前に他界したんだが、爺ちゃんの代わりにここアーリントン国立墓地にやってきたわけだ。


 あと、個人的にもここに来てみたかった。

 大した理由ではないのだが、俺の名前の由来がこの記念碑と関係しているからだ。


 星条旗が摺鉢山に掲げられた翌24日の早朝、米軍に衝撃が走る。

 なぜって、山頂には日章旗が掲げられていたからだ。


 当然、再び星条旗が掲げられるのだが、25日の早朝、今度は日の丸の旗がはためいていた。


 ——これ、ひい爺ちゃんの仕業らしい。


 ネットで調べたら、ひい爺ちゃんの話と同じ内容が載っていたから恐らく本当なのだろう。


 んで、ひい爺ちゃんの偉業(?)にあやかって俺の名前は勇旗(ゆうき)と名付けられた。

 よくもまぁ、命を懸けてそんなことやったなたと思ったよ。


 ひい爺ちゃんが一歩間違えてたら俺この世に存在してないからね。


 ひい爺ちゃんは米兵に対し、戦時中は憎しみしか抱いてなかったようだが(捕虜とならないように鬼畜米兵と教育されていたらしい)、捕虜となり地獄から救ってもらったことで米兵に対する認識が大きく変わり、恩義を感じるようになっていったのだとか。敵として戦ったが、何も互いが憎くて戦争を始めたわけじゃない。政治家の命令で戦場に赴いた「兵士」という同じ立場の人間だということ実感したそうだ。そして平和な時代が長く続くうちに、あの地獄のような戦場を共有した戦友のように感じるようになっていったらしい。


 だから硫黄島の戦いの記憶を後世に残そうと元海兵隊員との交流会が開かれた際は積極的に参加していたし、出来ればアーリントン国立墓地も訪れてみたいとよく口にしていた。まぁ、英語がわからないひい爺ちゃんにはハードルが高すぎたようでそれは叶わなかったのだが。


 そんなこんなで、英霊に思いを馳せつつ黙祷していると、ひい爺ちゃんから教えてもらった戦闘の様子が頭の中でリアルに再現されていった。


 砲弾が降り注ぐ中、決死の想いで戦闘に身を捧げる若き日のひい爺ちゃんの姿がありありと目に浮かんでは消えていった。


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 今じゃ想像もつかない世界だけど、ひい爺ちゃんが駆け抜けた戦争は凄かったんだろうなぁ。


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 わざわざアメリカまで足を運んだせいか、やたらとリアルな戦闘風景が頭に浮かんでくる。


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 うーん、何たる迫力。イメージなのに、まるで衝撃や熱風を感じているかのようだ。


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 いや、何かうるさいし、焦げ臭いし、何か熱い。これ本当に熱いぞ——


 そう思って目を開けると……


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 ……そこは戦場だった。


「はっ?」


 戦場といっても、俺がイメージしていた『硫黄島の戦い』とは全然違う。

 まるで中世ヨーロッパのような世界観が目の前に再現されていた。


 俺には一瞬で理解できた。


「いつの間に撮影始まってたんだ?」


 そう言って辺りを見回すと、俺は脳天に、いや全身に衝撃を受けた。

 俺の目の前にはローブに身を包んだ金髪美少女がいる。


 そのあまりの美少女っぷりに、不躾とは思いつつも俺は彼女から目を離すことが出来なかった。


 最初はコスプレかと思ったが、同じようにコスプレしてる大人たちが何人もいるから、きっと映画かドラマか何かの撮影なんだろう。だからこの子は女優さんだ。俺が見惚れるのも当然だろう。俺は悪くない。


 その子の可愛さに思わず石化するかと思ったが、その表情はどこか悲壮感が漂っている。


 その表情に少し我に返った。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 ぐっ、なんてこった。

 声も可愛すぎる。


 ただ早口で何言ってるのかわかんない。

 くっそう。もっと英語勉強しときゃよかった。


 いつの間に撮影が始まったのか分からないけど、多分撮影の邪魔だからどけってことなんだろう。


 もしくは一般人をターゲットにしたドッキリの線もあるか?


「エ、エクスキューズミー」

 いずれにしろこの場は去る方が賢明だろう。目立つのは好きじゃないしね。


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 それにしてもこの爆発の演出、お金かけてるなぁ。

 今時CG使わないのは逆に珍しいよね。


 これだけ爆発させてるセットが俺のせいで台無しになったら、そりゃ悲壮感も漂うよな。


 撮影前に一言声かけてくれれば俺も移動したんだけど……。


 にしても、こんな記念碑のあるところで派手な撮影しなくても——


 そう思って『合衆国海兵隊記念碑』の方を振り返った俺は驚愕した。


「な、ない!……記念碑どこ行った!」


 振り返ってあたりを見回すが、記念碑はどこにもなかった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 何か、よく聞いたら、この美少女の話してる言葉って英語じゃなくね?


 それによく見たら監督とか撮影スタッフとか、撮影機材はないし、一般人の人影がない。


 どういうこと?


 まさか


 まさか、ここって異世界?


 オーケー、オーケー。落ち着け俺。


 こんなシチュエーション、漫画やアニメ、ラノベじゃありふれてるじゃないか。

 冷静に現状把握といこう。


 服装は……さっきまでと変わらない。


 と言うことは、ドッキリじゃなければ異世界召喚ってとこか。

 それも見た感じ、目の前の美少女は服装からして身分が高いことが伺える、よくあるパターンだとお姫様の可能性が高いか?


 となると、これは勇者召喚かな?


 ということは俺勇者? マジで?


 仮にそうだとしたら思わぬところで勝ち組路線に乗ったな。

 チートスキルで魔王を倒してこの世界のトップに君臨する路線でも、現代に帰還してチート生活を送る路線でも、どっちでも勝ち組確定じゃないか。


 あ、召喚者が悪意を持ってるパターンもよくあるから、その点は用心するとしよう。

 下手して奴隷みたいにこき使われるのは勘弁だからな。と言っても、彼女に騙されるなら俺は本望だけどな。


 いやぁ、我ながら見事な洞察と冷静な現状把握だな。

 異常事態にも的確に対応できる自分が恐ろしい。


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 うわっ。


 っていうか、さっきから何? この爆発音。

 まるで戦争でもしているような雰囲気なんですけど……。


 え、もしかして召喚早々、待ったなしで戦闘とかないよね?


「あの、これってどういう状況?」 


「■■■■……■■■■■■■■■■■■■■■?」


 目の前の美少女が俺の服を掴んだかと思ったら、突然泣き崩れた。

 俺何かした?


 あ、これはあれだ。

 俺に絶望したってのが何となくわかる。


 何か切羽詰まった状況っぽいし、勇者召喚で状況打開を狙ったのかな?


 でも、言葉も通じないし、戦力にならないと


 オーケー、オーケー。


 英語が苦手でもアメリカには来れたんだ。言葉が通じなくても何とかなるってところを見せてやろう。


「ユウキ、俺の名前はユウキだ」


 自分を指して『ユウキ』と連呼する。

 それで、美少女もピンと来たんだろう。


「ユウキ?」

 俺を指差して『ユウキ』と繰り返した。


「そうそう、ユウキ」


 意思が通じたことで美少女がほほ笑んだ。


「ソフィーナ、■■■■ソフィーナ。」


 今度は美少女が俺と同じように自分を指して『ソフィーナ』と連呼する。


「ソフィーナ!君はソフィーナって言うんだね」


 うんうんとソフィーナは嬉しそうに首を縦に振った。


 するとソフィーナはソフトボール大の光輝く水晶を指差して、それを地面に投げつけて壊せとジェスチャーで示してきた。それも結構焦った感じで。


 というか、指差されて気付いたけどいつの間に俺は光る玉を握っていたんだ?


——ボン、バン、ドガ―――ン——


 うん、今の状況。何も分からない俺でも何となく察することは出来る。

 下手したら絶体絶命のピンチってやつだ。


 俺たちの周りにはソフィーナの仲間と思しき人たちが何人かいて、恐らく……いや、間違いなく魔法による結界が張られている。


 問題は、爆撃のようにドカドカと魔法の攻撃を受けていて、その結界が今にも崩壊しそうなほどヒビが入りまくっている。そう長く持ちそうに無い。


 ソフィーナのお仲間さん達は結界の維持に全力を注いでいる。っぽい。


 まぁ間違いなくそうだろう。

 たぶん、「もう限界だ!」とか言ってるのだろう。


 そんな切羽詰まった感じの雰囲気だ。


 そんな中、逃げるでもなく、敵に立ち向かおうとするのでもなく、ソフィーナが俺に指示したのは光る玉を割ること。

 恐らく彼女たちにとって、俺がこの玉を割ることが何よりも優先すべきことなんだろう。


 となると、この美少女の頼みを無碍には出来ない。


「これを壊せばいいの?」

 地面にたたきつけるジェスチャーをすると、うんうんうんとソフィーナの頭が小刻みに上下する。


 見た感じかなり値打ち物のような気がするが、今これを壊すことが必要なようだ。

 これが何なのかは分からないけど、重要なものだってのは直感で分かる。


 思い切り腕を振り、光る水晶を地面にたたきつけた。


——バリンッ——


 一瞬あたりがカッと光ったかと思うと、光は俺に吸い込まれていき、煙のように玉は消え失せていた。


「これ何だったんだ?」


 一瞬の間をおいて、ソフィーナの目が大きく見開いた。


「こ……」


「こ?」


「言葉が——」


 俺も驚いた。


「——言葉が通じる!」

「ああ……、俺も驚いた。急に言葉が通じるなんて……あの光る玉は一体何だったんだ?」


「あの玉は召喚されし者に力を与える玉だと言われてるんだけど……、ちょっと今それをゆっくり説明している時間が無いや。ユウキ!今手に入れた力で敵をやっつけて!」


 いや、切羽詰まった状況なのは分かるけど、もうちょっと説明してくれてもいいんじゃないか?

 力が手に入る? そう言われても全然実感ないんだけど……。


——ボン、バン、ドガ―――ン——

——バリィィィン——


 って、今の敵さんの攻撃で遂に結界が壊れてしまった。

 ソフィーナの言う通り時間がない。


「なぁ、俺にあの敵をやっつける力なんてあるのか? 魔法とか全く縁のない世界から召喚されたんだけど……」

「うん、それは間違いない。そういう召喚だから。ユウキなら造作もないはず!だからさっさと倒してきちゃって!」


「お、おう……わかったよ」


 破られた結界から数十人の兵隊さんが入ってきた。

 敵さん、めっちゃ屈強そう。


 一人一人が歴戦の勇士って感じだな。

 圧がヤバイ。


 当然ながら日本のヤンキーとかの比ではない。

 そして兵隊さん達の後ろには、魔法使いっぽい人たちも数十人いた。


 うーん。とても勝てそうな気がしない。

 気がしないというより、普通に考えたら勝てるわけがない。


 でもソフィーナが自信満々に言うのには理由があるんだろう。

 実感はイマイチないけど、あの白く輝く玉は俺に力を与えるものだって言ってたし。

 そして実際に言葉が通じるようになった。ファンタジーなアイテムなのは間違いない。


 自覚がないだけで、異世界転移定番のチートスキルが宿ってしまった可能性はある。

 あるというか、状況的にはそのはずだ。


 期待していいよね?


 となると俺に足りないのは、そう、自覚だけだ。


 多分。


 きっと驚くくらいぶっちぎりで勝ててしまうのだ。


 多分。


 仮に、仮にそうだとすると、力があるくせに『雑魚相手にビビる』って展開は避けたいところだ。

 ソフィーナにいいとこ見せないとな。


 9割くらい恐怖に支配されつつも、1割残った男の意地で何とかぐっとこらえ堂々と敵に向かって足を進めた。


 大勢の敵の前に一人仁王立ちする俺。

 なかなかいい感じじゃないか。地球にいたら一生こんなシーンには出会えなかっただろう。


 内心ビビりまくってるけども。


「な、なぁ、あんたら今大人しく帰るなら見逃してやってもいいぞ」


 そして雰囲気に流されてで強気な発言をしてしまう。

 いや、流されてと言うのも憚られる。単に演じているだけだ。強気な男を。


 正直ビビってます。


「ほう」


 そう言って、兵隊さん達とは明らかに装備も雰囲気も一段違う指揮官っぽい人が俺の前に進み出てきた。

 炎のように赤い鎧を身にまとっている。


 兵隊さん達が歴戦の勇士なら、この指揮官は百戦錬磨の将。

 下手したら【赤い彗星】とか二つ名があってもおかしくない程、強さがにじみ出ている。


 声を聴いただけで圧倒されそうな程の威圧感、いやもう殺気がズバズバ突き刺さってくる。

 今まで生きてきた中で感じたことは全く無かったけど、この突き刺さる感覚がきっと殺気というものなんだろう。


「若造が、大した自信だな」


 あまりの迫力に本当は膝を折りたくなるくらいブルっと震えたが何とか持ち堪える。

 うん、この人は俺と違って演じてない。


 素だ。

 素でこの迫力か。絶対にヤバイ人だよ。


「ハイランド帝国、四天将が一人、アレクシス・ゴーエン。面と向かって挑んでくる奴は何年振りか。名を聞いておこう」


「あの爆炎公がこんな辺境まで来ていたというの?」

 ソフィーナが驚愕の声を上げた。


 何となく伝わるがそれほど凄い奴なんだろう。


 その爆炎公とやらはソフィーナを意に介さず、俺を注視し続けている。

 それにしても自分から名乗ってくるあたり、好感が持てる性格だ。


 実力はあるけど高慢なやられキャラ、みたいなのとは違う。

 心技体全てを兼ね備えていて一分のつけ入る隙も無い。そう間違っても俺には勝てそうにもない相手。


 こっちゃ演技だからね。立ってるだけでも結構無理してますからね。


「俺の名は、ユウキ。山岡勇旗(やまおかゆうき)だ」


「我が威圧にも怯まず名乗れるとは中々見どころがある。……ユウキとやら、すぐに死んでくれるなよ。お前たち手は出すな」


 ゴーエン将軍はニヤリと口角を上げた。


 いや、もう怯んでますけどね。


 ——ゾクり——と悪寒が背を走る。


 何か急速に俺の周囲に力が収束していくのを感じた。

 その力に圧倒され膝が震える。


「『貫け、サラマンダーの牙』【炎槍(えんそう)】」


 俺の顔のすぐ横を圧倒的な熱量を伴った炎の槍が凄まじい速度で通り過ぎて行った。


 あまりの熱量に肌がヒリヒリしている。


 炎の槍は後方で瓦礫に当たり、空気を弾き轟音が響いた。

 後方からの爆風で背中が押される。


 おいおい、ミサイルかよ。


 今、目にしたものは紛れもなく魔法だろう。異世界定番の魔法。

 ただその威力は、当たれば即死間違いないし。


 この人に勝つとか絶対無理だって。

 ソフィーナの勘違いだよ、きっと!


「避けた……だと?」


 いや、膝が震えて当たる前に体勢を崩しただけだから。


 しかし爆炎公とやらはそれを『避けた』と解釈したらしい。


 それは将軍のみならず敵さん皆がそう思ったようで、ざわざわと動揺が広がっていた。


「爆炎公、あんたの武勇もここまでね! ユウキの力の前にひれ伏すがいいわ!」


 そしてその勘違いはソフィーナも同じだったようだ。


 いや、ソフィーナさん。今の実力じゃなくて偶然だから!


「ユウキを召喚した時の魔法陣の大きさはあんたたちも見たんでしょ? 爆炎公と言えども勝てるわけないわよ!」


 いや、思ったより煽りスキル高くないですか⁉

 って魔法陣の大きさって何か関係あるのか? 良く分からんけど、俺になんか力が宿ってるようには思えないぞ!


「ほう、あの魔法陣、貴様を召喚するためのものか……。自信満々で俺の前に立ちはだかるのも頷ける。見たところ顔面蒼白のようだが、危うく演技に騙されて油断するところだったわ。ならば次はこれだ」


 いや、それは演技じゃないんですけどね。見た目通りですよ。

 少しは油断したり、手を緩めてくれていいんですよ。


 俺の心の叫びが完全に無視される。

 声に出していないのだから当然だが。


 そして、再度俺の周囲に目に見えない力が収束していくのを感じた。

 それもさっきとは比にならない規模で。


「『爆炎を操りし——」


 ヤバい!


 爆炎公が詠唱を始める前に目の前にいたソフィーナを突き飛ばしていた。


「ソフィーナ逃げて!」


 俺はソフィーナに背を向けて走り出していた。


「——灼熱に住まう炎の化身、偉大なるサラマンダーよ——」


 収束する力の具合から推測するに、今度の規模はさっきの比ではない。10倍くらい? 良く分からんけどとにかくヤバい!


「——汝の赤尾の一振りで彼の敵を薙ぎ払え』——」


 全力で逃げ去る俺に、笑みを浮かべる爆炎公。

 ヤバイ、これはヤバイ!


 少しでもソフィーナから離れないと——


「——【轟爆灰塵(ごうばくかいじん)】」


 爆炎公の詠唱が終わり、魔法が発動した。

 俺の背後から広範囲にわたって爆発が起こる。


 俺は爆発に吹き飛ばされ、上も下も分からないまま転げまわり何度も地面に叩きつけられた。

 そして自分がどうなったのか訳も分からないまま地面にうつ伏せになり、意識を手放した。






 轟爆灰塵(ごうばくかいじん)はその名の通り、爆炎によりおよそ50m四方を塵と化した。

 その余波でソフィーナたちも倒れたが、命を失ってはいなかった。

 

 それはユウキが距離をとったからであるのは言うまでもない。


 肝心のユウキはどうなったのか。その安否は粉塵により分からなかった。

 しかし徐々に視界が晴れていき、次第に人影が見えてくる。


「あぁっ……」


 地面に伏すユウキを見たソフィーナから、驚きと悲嘆の混じった声が漏れた。


 そして敵である爆炎公ことゴーエンもソフィーナと同様落胆していた。


「おい女、ユウキとやらはもうこれで終わりなのか?」

 ゴーエンはソフィーナに問いかけた。


 しかし、当のソフィーナは心身共に大きなダメージを受け、伏したままその問いには答えられなかった。


「ふむ、どうやら我の買い被りだったか」


 ソフィーナの様子に、今の現状がすべてを物語っていると理解したゴーエンは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「いや、【轟爆灰塵(ごうばくかいじん)】をくらい、五体を残していることをむしろ評すべきか」


 今ゴーエンが使った魔法は本来は個人に使用するような魔法ではない。


 五体を残している時点で只者ではないのだ。


 しかも、ユウキは魔法の範囲が広くなると察し、仲間に被害が及ばぬように距離を取った。

 その魔力感知能力からして只者ではないし、仲間を庇う姿にはゴーエンは気骨を感じずにはおれなかった。


 恐らくは【轟爆灰塵(ごうばくかいじん)】の攻撃範囲を瞬時に察し、障壁を張るにしても巻き込まれる仲間をすべて助けるのは不可能だと判断したのだろう。


 自分と仲間を秤にかけ、仲間を助ける方を選ぶ。


 とっさにその判断ができる相手に敵ながらゴーエンは敬意を抱いた。

 単に恐怖に駆られて逃げ出したという可能性は微塵も考えなかった。その程度の相手ならば初手の【炎槍】で燃え尽きているはずだからだ。


 恐らくは距離を取りつつも【轟爆灰塵(ごうばくかいじん)】に耐える策があり、反撃に転じるのだろうとゴーエンは予想していた。


 そして実際に、【轟爆灰塵(ごうばくかいじん)】に見事耐え、五体は残したようだが……残念ながら反撃にまでは至らなかったようだ。


「なれば武人として、生き恥をさらすことのないようにとどめを刺すのが礼儀であろう。『■■■■■■■■■■■■■■■』【炎槍(えんそう)】」


 勝利の喜びよりは、一抹の寂しさを覚えつつ。


 そうして放たれた炎槍は体の動かぬユウキを射抜き、燃え上がらせた。


「異世界から来たりしユウキよ。せめて、汝の魂に平安があらんことを——」


 ゴーエンがユウキへ言葉を贈る。








『おい、勇旗や。起きんか』


 真っ暗な中。名前を呼ぶ声がした。

 どこか聞き覚えのるある声だ。


『ん? あれ? ひいじいちゃん⁉』


 声の主が分かると暗闇の中からひい爺ちゃんの姿が浮かび上がった。


 死ぬ前とは似ても似つかない若々しい姿のひい爺いちゃん。

 でもそれがひい爺ちゃんであることは何故か直感で理解できた。


『ひい爺ちゃんがいるってことは、夢? それとも俺死んじゃった? はは?』


『何呑気なことを言うとる。自分の置かれた状況も分かっておらんとは情けない。とは言え当たらずとも遠からず。ちとやばいぞ勇旗。貴様は今火葬の真っ最中じゃ』


『へっ?』


 火葬ってどういうこと?


『って、おわっ!』


 突然地面に倒れ、炎に包まれている俺の姿が足元に現れた。


『え? ナニコレ? ヤバいっていうか、もうそんな段階じゃなくて俺死んじゃってるよね。え、つまり俺は今幽霊ってこと?』


 嘘でしょ。人生まだまだこれからだってのに。

 それに、異世界に召喚されて何かすごいことが始まりそうだったのに。


『落ち着け。まだ死んではおらん』

『死んでない? 無理だよ。仮にまだ生きてたとしてもこれもう助からないって! 俺死んじゃったんだって!』


 死んだら人はどうなるんだ? もう終わりなのか? それとも来世があるのか?

 あぁ、チクショウ。死ぬならその前にあの子に告っとけばよかった。


 いや、それは逆に無責任か? いや、そもそもあの子って誰だっけ?


『阿呆! 話を聞かんか!』


 ひい爺ちゃんの一括で我に返る。

 どうやら軽くテンパっていたらしい。


『まったく、何も覚えておらんのか? ワシもどうしてこうなったかよう分らんが、あの人間火炎放射器のような奴に吹き飛ばされ、燃やされとるんじゃよ』


 すると暗闇に赤い鎧を身にまとう渋いおっさんが現れた。


 そうだ。こいつゴーエンだ。


『そうだ、俺はこいつと戦って……というか逃げただけだけど、やっぱり負けたのか』


 まぁ、勝てるわけないよな。


『勝ち負けが生死によって決まるなら、まだ勝負はついておらん。さっきも言ったが貴様はまだ死んどらん。よく見てみい、服すら燃えとらんじゃろ』

『ウソだろ? ……マジだ。すげぇ。どうなってんだこれ? 燃えてるのに燃えてねぇ。』


『ワシもどうなっておるのかよう分らんが、貴様が燃えんように皆が守っておるからな


 ひい爺ちゃんがそう言った途端、周囲に大勢の人々が現れた。

 何人いるかわからないくらい大勢だ。


『なっ、なんだ?』

『ここにいるのはアーリントン墓地で貴様が黙祷を捧げていた相手……硫黄島で戦死したアメリカ兵。それに加え、同じく戦死した日本兵もおる』


 ってことは2~3万くらいの幽霊ってこと?


『何故かは知らんが、貴様と一緒にワシらもこの地に連れてこられた。(面白がって貴様に憑いてたらこうなった)……で、何故そんなことが出来るのか分らんがとりあえず貴様が燃えんように守っとる』


 よく見ると何人かの霊は不思議な力を発していて、それが俺を炎から守っているように見えた。


『多分ありゃあ、米兵に火炎放射器で焼かれた連中だな』


 サラッと言ってるけど重い。死因が俺の常識とかけ離れすぎて重すぎる。

 そして何だ? 火で焼かれ死んだら火炎耐性がつくとか言いたいのか? その力で俺を守ってる?


 っていうかそもそも今の状況に全然理解が追いつかない。


『で、分らんことだらけだがとにかく貴様は生きとる。ならば起きろ。あの子に悲しい顔をさせたくないのだろう?』


 すると今度は暗闇の中に悲嘆に暮れる美少女が浮かび上がる。


『ソフィーナ』


 そうつぶやいた途端に、辺りを覆っていた暗闇が消し飛び、気を失う前の景色が戻ってきた。


 そうだ。俺はソフィーナの期待に応えたかったんだ。

 あれだな。一目惚れってやつだ。

 好きな女の子にカッコつけたかったんだ。


 そのソフィーナが泣いている。


『ひい爺ちゃん。あと皆さん。守ってくれてありがとうございます。俺起きなきゃ。あの子を守んないと』

『おう、よく言った。それでこそワシのひ孫。それでこそ日本男児だ。彼我の戦力差は圧倒的。勝てる見込みなし。それでも惚れた女を守りたい。その意気や良し。潔く散ってこい』


 ええ~。いや言い方。

 そりゃ全く勝てる気はしないんだけども。


『わ、わかった。逝ってくる!』


 冗談交じりに覚悟を決める。


 何だろう。夢みたいに現実味がないからか。それとも臨死体験に近いものを経験したからかはわからない。


 死んだひい爺ちゃんの姿を見て、死への恐れが少し薄れたのかもしれない。


 死んだと思ったら生きていた。

 その拾った命はソフィーナのために使いたかった。


 自分にそんな一面があったことに驚きだけど、そのくらい今さっき会ったばかりのあの子に惚れているようだ。


 だって、星を超えて? 次元を超えて? とにかく世界を超えて出会った女の子だよ? もう運命でしょこれ。


 英霊たちに別れを告げると、俺は意識を取り戻した。





「なっ、貴様! あれだけ炎に焼かれて何故死なん! なぜ起き上がれる⁉」


 ゴーエンが吠える様に声を上げる。

 明らかに動揺が混じっている。


 ホコリを払うように軽く服をはたくと体を覆っていた炎は消え去っていった。


「さぁ、俺にも良く分からんけど、どうやらあんた程度の炎じゃ俺の服さえ燃えないらしい」


 そのことに驚きつつ口から出た言葉は、何か強キャラなセリフになってしまったかもしれない。

 でもまぁ、一回死んだようなもんだし、死んだ気になれば怖いもんはないか。


「くっははは。若造が言ってくれるじゃないか。それだけの大口を叩くからにはそれなりに楽しませてくれるんだろうな?」

「さぁ、どうかな?」


 そう言いつつ俺は右手に違和感を感じる。

 その手の中には、先ほどと同じ光輝く珠が握られていた。


「なっ、まさかそれは霊玉か!」

「ウソっ、二つ目? 有り得ないわ!」


 ゴーエンとソフィーナがそれぞれ目を見開いて驚く。


 これ霊玉っていうのか。

 これってあれだよな。叩き壊せばいいんだよな。


「成程な。まだ力を隠していたということか。しかも二つ目だと? 面白い。久々に血が滾ってきおったぞ!」


 どっせい。


——バリンッ——


 辺りが一瞬光に包まれ、そして光が俺に吸い込まれていくと、何故か俺は半透明の棒を握っていた。


 そしてその先端には半透明の布のようなものがついている。


「……旗?」


 うん、旗だ。どう見ても旗だな。これ。


「ふははは。何と凄まじい魔力だ。面白い。背筋に寒気が走りおる。予想を遥かに超える力を隠しておったか」


 確かに。言われてみれば旗からすごい力を感じる。旗なのに。


「ならば全力を尽くすのみ。『獄炎の覇者たるイフリートよ——」


 いや、ちょっと待って。

 何かヤバそうな詠唱が始まった。それと同時に凄まじい力が集約してくる。


 ってか、何だ?

 詠唱に伴って何かの頭が現れてきた。


 いや、イフリートって言ってるから、獄炎の覇者のイフリートさんの頭なんだろうけども。


 いや、これはヤバい。掛け値なしの全力の魔法なのは疑いようがない。

 慌てて後ろにいる敵さんの魔法使い達が結界を張っている。


 下手したらこの辺一帯が焼け野原になるぞこれ。


 いや、ホントちょっと待って。


 この旗から力は感じるんだけどどうやって使えばいいの?

 旗って武器じゃないよね。ちょっと使い方が分かんないんだって!


『落ち着け、勇旗』


 ひい爺ちゃん!


『旗の使い方なんぞ限られとる。振ったり立てたりすりゃいい(知らんけど)』


 ちょっと、最後ぼそっと「知らんけど」って言ってなかったか? 言ったよね?


 アンタも知らねぇのかよ!


「くそっ、こうなったら自棄だ!」


 ただ、ひい爺ちゃんの言っていることは的を得ている。

 ぼーっとしてたってやられるだけだ。


 この旗が俺の生命線なのは明らか。


 とりあえず振ったり立てたり、とにかく何でもいいから使ってみないと。


「ぐっ、ぬおおおおおお」


 って、重い!

 この旗、動かそうとしてみたら重い。というのはちょっと違うか。


 重さは全くはないんだけど全然動かない。


 まるで空間に固定されているかのようだ。


「——その咆哮は天を貫き、大地を揺るがし、川は干上がり、山々はその高きを失う——」


 その間にもゴーエンの詠唱は進む。そしてイフリートさんの顕現が進む。


 っていうか、詠唱の内容がヤバすぎませんか?

 ちょっと加減したほうがいいんじゃないっすか?


「ぬうううおおおおおおお」


 この旗、振るとかとんでもない。

 全身を使って何とか旗を立ち上げようとする。


 すると、少し。ほんの少し旗が持ち上がって傾いた。


「動いた!」


 よし。このまま旗を立てるのに賭ける。

 というかもう、それしか選択肢がない。立てればきっと何か起きると信じる(しかない)!


 感覚的にゴーエンの魔法の規模は広範囲すぎて逃げるのは無理。でも詠唱中のゴーエンを殴って倒すとかはもっと無理。


 向こうが接近戦を選ばないのは俺の未知の力を警戒しているからだ。


 だから詠唱に時間がかかっているのは俺にとって好機だと思う。


 イフリートさんが「こんにちは」する前に何とかしないと!


「——その振るう拳はすべてを滅し、耐えられる者はない。大地は灼熱と化し街は消え失せる——」


 イフリートさんはもう上半身が顕現している。

 その圧が半端ない。


 !!


 詠唱を続けるゴーエンの額から汗が流れ落ちるのが見えた。

 そうだよ。敵さんも必死なんだ。

 魔法の発動にすごい力を持ってかれてるだろうし、そしてこの旗から放たれているすさまじい力に気圧されている……はず。


 平然としていられるはずがない。


「よいしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 必死に力を加えると少しずつ旗は角度を変えて持ち上がっていく。


 それに伴って旗から放たれる力がさらに増し加わっている。


 不思議と「イケる」という感覚が強まる。


「——踏みしめられた大地はすべての生を拒む死の大地と化す——」


 っていうかホントに何その詠唱。核爆発でも起こすつもりっすか⁉

 膝まで顕現したイフリートさんの圧が半端なくて俺も冷や汗が止まらない。


 これはマジでヤバい。何とか止めないとソフィーナ達は間違いなく死ぬ。


「あがれぇぇぇえええええええええええ!」


 ただ、詠唱が長いお陰で俺の方が先に旗を立てられそうだ。


——ボキィィィ——


 力を振り絞って何とか旗を立てると何かが折れる音が響き渡った。


 ただ、誰もその音に反応しない。


 あれ? もしかして旗折っちゃった?

 旗を立てたかと思ったら、半透明の旗は消えてしまっていた。


「おいおい、ウソだろ」


 そして、やっとの思いで旗を立てた(?)のに、何かが起きた様子はない。


「——我と我が同胞を除くすべてに死の抱擁を』——ユウキよ、何かしていたようだがその様子からしてどうやら貴様の方は不発に終わったようだな。正直肝をつぶされたが、我の勝ちだ」


「ぐっ」


 ゴーエンの詠唱が終わったようだ。

 そして見透かされている。


 まぁ、当然か。旗が消えたことにより、旗が放っていたすさまじい力も同時に消えてしまっているのだから。


「貴様の名は忘れんよ」

「そりゃどうも」


 ごめんなソフィーナ。どうやら俺じゃ君を守れなかったらしい。

 期待に沿えなくてごめん。


 最後にソフィーナの方に目を向けると、彼女は気絶していた。

 必死で気付かなかったけど、力の奔流に当てられて気を失ったのかもしれない。


 恐怖も痛みも感じることなく最後を迎えるのはせめてもの救いだろうか。


「では、決着をつけよう。——【地爆抱めちゅ】」


 あ、噛んだ。

 最後噛んだぞ。


「んんっ。——【地爆抱めちゅ】」


 あ、噛んだ。

 言い直したけどまた噛んだ。


「んんっ。滅、滅、滅、よし。いける。——【地爆抱めちゅ】」


 おい、まただよ。

 なに、このおっさんわざとやってる?


 何だかんだ言って俺を殺したくない的な?


 いやまぁ、それならマジでありがたいけど。


「何故だ。何故発動句が唱えられん! 貴様一体何をしたのだ!」


 どうやらわざとじゃなかったらしい。

 そして何故か俺のせいにしてるし。


 どういうことだ?


『勇旗や、この勝負貴様の勝ちじゃ』


 ひい爺ちゃん。

 どういうこと?


『何が起きとるのかはワシにも分らん。が、勇旗が勝つということだけは分かる』


 ん?

 余計に意味不明なんだけど?


『旗とは勝者が立てるもの。貴様がさっき必死に立てた旗は「勝利の旗」。その旗が立つと同時に敵の「勝利の旗」はへし折れた。ワシに分るのはそれだけじゃ。何故敵が噛むのか。その理由までは分らん』


 んんん????


 つまり、どういうことだ?

 勝利の旗?


 その旗が立ってるから俺が勝つって?


 旗っていうかフラグか?

 フラグなのか?


 今の俺に勝利のフラグが立ってると?

 そんな馬鹿な……と思いつつ、今の現象にどこか納得する。 


 少なくともそう思わせるだけ力をあの旗は放っていた。


 詠唱に失敗したからか、時間が来たからか、その辺は良く分からないけど獄炎の覇者のイフリートさんは半ばあきれ顔で消えていった。それと同時に辺りを覆っていたすさまじい力も消えている


「俺にも何が何やらさっぱりだが、どうやらこの勝負は俺の勝ちらしいな」

「何をほざく! 詠唱を封じたくらいで戦に勝てるなら苦労はしない。我が剣を前に同じことが言えるのか?」


 そう言ってゴーエンは腰の剣を鞘から抜いた——


「ふんっっっ! ぐぬぬ……抜けん! なぜ抜けんのだ⁉」


——いや、抜けてない。抜こうとしたけど抜けてないぞ。


 ゴーエンは必死に剣を鞘から抜こうとするが抜ける兆しが1ミリもない。

 その様子を見て冗談じみた勝利フラグ説への確信と謎が深まる。


 何らかの力がゴーエンに働いていることは間違いない。

 ただ何をどうしたらこうなるのか訳が分からない。


「分かったろ? (俺には分らんけど)この勝負は俺の勝ちなんだよ。できれば無駄な犠牲は出したくない。抵抗せずに降伏してくれるとありがたいんだけど」

「何の! 剣がダメでもまだ我が拳が残っておるわ!」


 あきらめの悪いおっさんだ。

 いや、俺が相手の立場ならこんな訳も分からない現象が起きてるからって負けを認めるはずがない。


 うん、おっさん。あんたは正しい。


 拳と拳を叩き合わせ、ゴーエンが近づいてくる。

 剣による一方的な殺戮よりはマシになったけど、正直このおっさんに殴り合いで勝てるとは思えない。


——ガシャンッ——


 あ、コケた。壮大にコケましたよ。


——ガシャンッ——


 慌てて立ち上がろうとしてまたコケました。


 うん。立ってるね。

 これ間違いなく俺に勝利フラグが立ってるね。


「貴様……ここまで我を……一騎討ちを愚弄するか!」

 うわぁ、怒ってる。コケながらめっちゃ怒ってるよ!


 そして敵の兵士たちもその様子を見て動揺してる。


「いや、これ以上無様な姿をさらしたくないなら降伏すればいいだろ。それと愚弄ってどういうことだ? 自分が負けそうだとそれを相手のせいにするのか?」


 いや、近寄るのはごめんだからね。

 挑発には乗りません。


「そもそも敵に負けを求めるとは何事だ? 我の首を取って勝鬨をあげればよかろう! 戦え! 戦って決着をつけろ!」


 どんだけ戦闘狂なのこのおっさん。

 流石に自分の身に起きてる現象が偶然だとは思っていないだろうに。負けたら死ぬんだぞ。自分の命より勝負の決着の方が大事なのか?


 俺は殺されるのはごめんだから近寄りたくないが、だからといって人を殺すのも嫌だ。そんな覚悟は到底持ち合わせていない。


「いや、戦っただろ?」

「何?」


「あんたが必死に詠唱している最中、俺も勝つために必死でもがいていた。そしてあんたにとっては不本意な形で決着がついただけだ。愚弄なんかしていない」


 まぁ、自分で言っといてなんだが、何言ってんだ俺。


「むっ……」

「あんたは確実に俺より強い、戦いの知識と経験も、魔法も、剣も、腕力も、間違いなく俺より上だろうな。ただ、俺に勝てない。勝つための行動をとることが出来ない。俺はそうなるような攻撃をあんたにしたってこと(多分)」


「ば、馬鹿な。そんな攻撃が有り得るのか? そんな戯言を信じろというのか?」

「現に、あんたの意に反して何故か魔法を唱えられないだろ? 剣は抜けないし、攻撃しよう近寄ると転ぶ。まぁ、そういう運命になってしまったとでも思ってくれ(多分)」


「う、運命を? 因果律を操ったとでもいうのか?」

「(その辺はよく分らんけど)さっきまで、それだけの力をあんたも感じ取ってただろ?」


 ハッタリ気味にそう言うとゴーエンは考え込むように黙ってしまった。


「むぅ。……成程な。納得はできんが一応筋は通っておる」

 俺自身も良く分かっていない説明に何か納得してくれたようだ。


「くっはっは。これは初めての経験だな。まるで実感はないが我が追い込まれているというのか? いいぞ、ユウキ。どんな形であれ我を苦境に立たせたことは称賛に値する」


 そしてそこから笑うだと?


「で、どうするのだ? 確かに我はまだ貴様に勝ててはおらんが負けてもおらんぞ?」

「んぐっ」


 そう言われて俺は言葉が出なかった。

 確かに勝つためにはこっちから攻撃しないとだよね。


 でも自分から近寄りたくはない。怖いから。


 ソフィーナ達は……ダメだみんな気絶してる。

 周りの援護は期待できない。


 よし、困ったときはひい爺ちゃんだ。


 ひい爺ちゃん! ひい爺ちゃん!

 ほんとに俺勝てるの? 大丈夫?


『知るか。ワシの言葉は絶対か? ワシが勝てると言えばどんな相手でも勝てるのか? 甘ったれるな(こんな変な能力ワシにも分らんわ)!』


 うわぁ、何か怒られた。


 まぁ確かに甘ったれであることは否めない。何でもひい爺ちゃんに頼る姿勢はよくなかったな。


 ただ、大の男が情けないと思うかもしれないけど、日本にいて命の取り合いを経験する人ってかなり少ないと思うんだよね。


 この状況でビビるのは仕方なくない?


『ただ、間違いなく貴様の頭上に「勝利の旗」は立っとる。それは信じろ』


 そっか。そうだね。

 やっぱ、ひい爺ちゃんかっこいいわ。


 この戦いは俺の戦いだ。勝っても負けても誰かほかの人のせいにはできない。しちゃいけない。


 負けたからって、それをひい爺ちゃんのせいにすることはできないんだ。


 あくまで自分の意志で戦わないといけない。

 でもちゃんとビビりな俺の背中を押してくれる。


 ありがてぇなぁ。


「ありがと、ひい爺ちゃん。ちょっと一発ぶちかましてくるわ」


『ああ、行ってこい。一発かましたれ!』

 そう言ってひい爺ちゃんは嬉しそうに笑った。


「行くぞゴーエン! 望み通り決着をつけよう!」

「来い、受けて立つ」


 もう立つことを諦めたゴーエンは寝ころんだまま俺を迎え撃つつもりのようだ。

 立てないのに何か偉そうだな。


「これでもくらぇぇえ」

 走り寄って拳を振り上げる。


——グギュルグギュルギュルルルギュルルル——


「ぐっ……、ぬおお、ま、待て、待たんか——」


 突然、ビックリするぐらい大きな音が響き渡った。

 一瞬何か分らなかったけど、これあれだね。

 腹の音だね。


 ゴーエンはお腹を抱えてうずくまっっていた。


「我の……負けだ。ま、負けを……認める」 


 その言葉を聞き、拳を振り上げたまま俺は固まるしかなかった。



 えええええ~? 


 降伏した?


 さっきまでの威勢はどこいった?


 後ろにいた敵さん達も驚いている。


「ただ、一騎打ちには敗れたが……お主一人では……この先どうしようもあるまい?」


 まぁ、味方っぽい人達は皆気絶してるし。あちらさんは元気なのがたくさんいる。

 当然俺一人で戦争するつもりは更々ない。っていうか無理だよね。


 ソフィーナ達の命が保証されればそれでいいと思う。


「戦そのものは……我らの勝ちだ」


——おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!——


 フラフラになりながらもゴーエンはそう宣言すると敵から勝鬨があがった。


——ぉぉぉううえええぇぇぇぇぇぇぇ——


 と思ったら、勝鬨から一転。敵さん達がみんな蹲る。


「何かそちらさん、みんな苦しそうだが大丈夫か?」


 おいおい凄いな勝利フラグ。


 ふらつきながらゴーエンは後ろを振り返ると目を見開いた。

「見事だ……。我だけでなく……我ら全てを相手取り……勝利を掴んでいたというのか。……見事だ」


 そう言うとゴーエンは地に伏して苦しみ始めた。

 どんだけ腹痛いんだろか?


 屈強な兵士たちがみんなうめき声をあげて蹲っている。

 ナニコレ。ある意味地獄絵図だな。


 思ってたのと大分違うけどこれで勝ったのか?

 そこでふと我に返り、ソフィーナへと駆け寄る。


「無事か? ソフィーナ」

「ん、んん」


 ソフィーナに声をかけると、すぐに意識を取り戻してくれた。

 良かった。良かったけど何か残念だ。……何がとは言うまい。


「ユウキ? ユウキ無事だったの? 死んじゃったかと思ったのに。良かった。本当に良かった」

「ああ、俺は無事だよ。ソフィーナも無事でよかった」


 ああ、笑顔のソフィーナ癒されるなぁ。

 恰好はボロボロだけど関係ない。めっちゃ癒される。


「あれ? 爆炎公は? 戦いはどうなったの?」

「う、うん。何とか勝てたよ(相手の腹痛で)。敵は全員うずくまってる。殺してはいないけど無力化した」


 ソフィーナは信じられないといった顔で周りを見回した。

「本当だ。本当に勝っちゃったんだ。勝てた……。勝てたんだ……」


 そう言うとソフィーナの目から次々と涙が零れ落ちる。

 俺には分らないけどいろいろあったんだろう。


 もしかしたら家族や親しい人たちが戦争の犠牲になっているのかもしれない。


 「しかも全員生かしたまま捕虜にするなんて。ユウキありがと~」


 そう言ってソフィーナがガバッと抱きついてきた。


 あぁ、これだよこれ。この瞬間のために俺は頑張ったんだよ。


 ありがとうございます。本当にありがとうございます。


「これで私の報酬がっぽがっぽ~」


 ん?


 あれ? 何かちがうなぁ。

 その反応は思ってたのと違うなぁ。


 と思ったら、ソフィーナは俺から離れてしまった。

 ああ、俺の至福の時間が……。


「ユウキ。これから私の召喚獣としてよろしくね?」



 んんん?


 

「あれ? 気のせいか『召喚獣』って言葉が聞こえた気がするんだけど? あれ? 俺って勇者召喚で呼ばれたんだよね?」


「あはは、何それ。勇者召喚て何? そんな魔法あるの?」


 んんん?


「ウソだろ⁉ ソフィーナはどっかの国のお姫様で、俺は窮地にたたされた国を助けるために召喚された勇者なんじゃないの?」

「ふふふ。ユウキって想像力豊かだね。まぁ何も説明できる状況じゃなかったから仕方ないか。残念だけど私はお姫様じゃなくて冒険者なの。借金の形に強制的に戦争に参加させられたんだけど、戦況をひっくり返した上にこれだけの捕虜を捕まえたんだから報酬はウハウハよ」



 そうか。何か思ってたのと大分違う……が、まぁいいか。

 何かお姫様にしてはフランクに話すなぁとは思ってたんだよな。


 これは異世界召喚への偏見を持ってしまっていた俺が悪い。


 まぁいい。

 ソフィーナが可愛いのは変わらないし。

 好きな子の借金返済に貢献できたなら男冥利につきるってもんだ。


 勇者じゃなくて召喚獣でも構わんさ。俺が俺であることに変りはない。肩書はなんでもいい。


「それはよかったな。ところで一つ聞いておきたいんだが召喚獣扱いなら俺は元の世界には戻れるのか?」

「……さぁ? 分かんない。召喚したのは私も初めてだし、知り合いに召喚ができる人なんていないし——あ、何かできるかも?」


「ほんとに?」


 俺のイメージ(ゲームとか)だと召喚獣は戦闘が終わったら勝手に消えるってイメージがある。


 獄炎の覇者のイフリートさんは普通に消えていったけど、俺は戦闘が終わっても消えるような気配さえない。


 まぁ、その辺は魔法の種類が違うと言われればそれまでだけどな。


 ただ、ソフィーナに惚れてるとは言え帰れるものなら帰って親には一言言っておきたい。


「——うん。スキルに【送還】ていうのがあるけど……もう帰っちゃう?」


 そう言ってソフィーナは少し困った顔をする。


そんなソフィーナを見ていると、帰るのは今すぐでなくてもいいかと思えてしまう。そういうスキルがあるなら何かいつでも帰れそうな感じだし。


「まぁ、せっかくだしもう少しソフィーナと一緒にいるようかな……」

「ふふ。ありがと。そう言ってくれて良かった。心強いよ」


 その時のソフィーナの笑顔は破壊力抜群だった。

 その笑顔を俺は生涯忘れないだろう。


 まぁ、まだ戦争自体が終わったわけじゃないんだし。召喚獣なら一緒にいて守ってあげないとだよな。


 うんうん。



 こうして、俺の召喚獣としての生活が始まったのだった。



読んでくださってありがとうございます。

一話完結です。


何故か急に短編を書きたくなってしまいました。

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