苦い記憶
『央雅様……そろそろお戻りになられた方がよろしいかと』
「あ、そうだな」
俺が物思いに老けていたら、いつの間にか陽が沈んでいた。
「さて……この頃の俺はっというと――」
『お爺様、おばあ様のご自宅で受験勉強のために、そちらに短期間住まわれております』
「あ、そうだったな! でも、俺は地面に埋められて今日一日帰る事ができなかったんだよな……」
俺には弟が2人いる。
とても血気盛んな弟達のせいで、ろくに受験勉強ができないって事で、受験勉強が終わるまで、じいちゃん、ばあちゃんちに住まわせてもらっていたんだ。
「けど、俺は当時毎日の様にいじめに遭っていたんだよなぁ……そんで、今日初めて地面に埋められて、次の日に掘り起こされ、じいちゃん、ばあちゃん、それに両親を心配させたんだ……あの時はいじめに遭っているって事は言わずに、中学を卒業するまで我慢して耐えようと決意したんだっけか……」
『いじめの原因は何だったのでしょうか?』
「あ~……多分だけど、俺にいつも話しかけてくる女子がいたんだ。 その子は学校で一番人気がある子でさ……それが気に食わなかったんだよ」
『意味がわかりませんね』
「いじめをやる奴の思考を考えるのは無駄さ。 気に食わなければ人を傷つけていいと思っているんだから」
『央雅様はよく耐え抜かれましたね』
「まぁ、高校に進学したらそいつとは縁が切れるからね。 それに、俺に話しかけてくる女子は芸能界に入るって言うんで、その手の学校に進学していったし、少し耐えればまた元の生活に戻れると考えていたんだよ。 だから耐えられた」
『そういった考えで耐えられるものでしょうか?』
「あと3ヶ月耐えればいいと思えば、なんとか心は折れずにいられるんだよ」
『耐えうる理由があると気持ちも壊れない……ある意味名言ですね』
「名言でもなんでもないさ。 ただ弱っちい自分の、悪あがきだよ」
俺は自分の荷物を探していた。
今の俺は靴が片方ないのと、ワイシャツ1枚羽織り、ズボンを履いているだけである。
今は12月の中旬である。
普通の人間ならこんな格好をしていたら最悪凍死してしまう。
今考えてみたら、こんな時期に、地面に埋められて耐えられたなと思う……
「まぁ、地面に埋められていて多少は防寒対策にでもなっていたのかな?」
今は平然としていられるのは、マナを吸収し、寒さを凌いでいるからだ。
こういった事もできるから、魔法って便利だよな~とつくづく思う。
そんなこんなで、ジャズに周辺を確認してもらっていると、俺の荷物が乱雑に置かれているのを発見する。
「当時はいつもみんなに悟られないよう自分で必死になって綺麗にしてたよなぁ」
俺はそう言うと、地面に落ちている物を拾い、着込んで行く。
地面に置いてあったので、泥だらけであり、若干湿っている。
「うん……修行をしていた事もあって、嫌な感じはしないな……けど、そうもいかんよな。 【クリア】」
俺の体が淡く光ると、一瞬で汚れが消え、綺麗になる。
「さて、綺麗になったところで、帰りますかね。じいちゃんとばあちゃんが心配すると思うし」
俺は夜空を見上げる。
「【飛翔】」
俺は一瞬で夜空へと舞い上がる。
「今日は満月か……月ってこんなにデカかったんだな」
下を見下ろすと、光り輝く街並みが鎮座している。
人や車が小さいながらも動き回っている。
「このぐらいの高度と夜空に乗じて行けばバレないだろう」
さて、どこにも寄らず、一直線で帰ろう。