費やした思い
俺は朝食を取り、外に出る。
外はいつもと変わらない様子なのだが、今日はいつもと感じ方が違い、清々しく感じる。
「ジャズ、起きてるか」
『おはようございます央雅様。 私はいつでも起きております』
今俺の頭の中で会話をしている相手は、俺のスキルの1つである【補佐】のジャズだ。
ジャズは俺のサポートをしてくれる優秀な相棒である。
「そうだったね。 それで、今日なんだけど」
『存じております。 昨夜から既に準備は整えております』
「それで、地球の座標は変わらずかな?」
『変わりはございません。 央雅様は全ての条件がクリアされております。 ですが……』
ジャズが口籠る……
『ですが、今回行われるこの魔法は事例がなく、さらには転移と同時に、過去へと戻る事になります。 どのような事態、リスクが考えられるのか、見当もつきません……が、やはり魔力が鍵になる恐れが……』
ジャズから心配そうな声が伺える。
確かにどれ程の魔力を消費するのか見当もつかない。
ましてや地球に戻るだけではなく、過去へと戻るのと並行して行わなければいけない。
「そうなんだよな……師匠達いわく、俺の魔力量は多いとは言っていた……けど、何故か心許ない気はする……届きそうで届かない……」
何度もイメージはした……けど、地球には戻れる……だが、戻ったとしても既に壊滅した状態の地球に戻っても意味がない。
それと魔力量が多いと言っていた師匠達がこんなことも言っていた。
魔力を入れる器の底が見えないらしい……だが、その器を満たす程の魔力量が追い付いていないとも。
それでも現時点での魔力量は相当なものだと言ってはくれていたけど、ここでやれる事は全てやり尽くした……これ以上時間はかけられない……
「やるしかないんだよジャズ……そのために、死に物狂いでここまでやってきたんだ」
『分かっております……央雅様が頑張ってきた姿を、私、ジャズはお傍で見ておりましたから……ジャズは央雅様を全力でサポートさせていただく所存でございます』
「ありがとう……ジャズ」
『いえいえ……では、私めは準備に取り掛かろうと思います』
「よろしく頼むよ」
ジャズとの会話を終え、後ろを振り返ると、いつの間にか『七人の覇片』のみなさん。
そして第一師匠であるシルヴィさんが俺を見つめていた。
「ほれ、央雅に挨拶をしてくるがよい」
「いやっ!」
シルヴィさんの足元で隠れながら駄々を捏ねている小さな子どもがいる。
「エヴァ、どうしたんだい?」
「やっ⁈」
俺が近寄るとサッと隠れてしまう。
エヴァはシルヴィさんとイーサンさんとの間に生まれたお子さんで、名前をエヴァという。
つか、昨日まではあんなに楽しく遊んでいたんだが……
「エヴァは、央雅が元の世界に行くのを嫌がっておるんじゃ」
「あらあら、かわいいじゃないのさ」
「こんなかわいい子を困らせる央雅は罪な男」
「イオさん、言い方が……」
俺が困っていると、涙を浮かべながら俺の下へと来てくれたエヴァ。
「これ、あげりゅ」
「え、俺に?」
エヴァは小さな手の平を見せると、手の平にはエメラルド色の宝石が埋め込まれたペンダントがあった。
俺はしゃがみ込み、エヴァが差しだしてくれたペンダントを手に持つ。
「すごい……これエヴァが作ってくれたのかい?」
「おねえちゃんとおにいちゃんたちに手伝ってもらったの」
「それでも凄いよ……大事にするね。 エヴァ、ありがとう」
「……またあえる?」
エヴァの言葉に、胸が痛む……
正直に言えば、また会えるかどうか分からない。
変に期待させる訳にもいかない……エヴァは嘘を見抜く力を持ち、そしてとても賢い子だ。
「大丈夫じゃて。 きっと、必ず会えるはずじゃ……のぅ央雅よ」
そう言って俺に助け舟を出してくれたのはガラハッドさんだ。
「ほんとぅ?」
「あぁ、ガラじいが嘘を言っている様に見えるかのぅエヴァや」
エヴァの目が淡く光る。
ガラハッドさんの目をジッと見つめると笑顔になる。
「うん! ガラじいウソついてない!」
「そうじゃろうそうじゃろう。 ガラじいはエヴァには嘘は付かんよ~ほっほっほ」
いったいどうやってエヴァの力を躱したんだ?
俺がそんな事を思っていると、ガラハッドさんと目が合い、優しく俺に笑いかける。
俺はその顔を見て、ガラハッドさんには敵わないと悟る。
さすがはみんなのおじいちゃんだ。
俺はペンダントを身に着け、エヴァの頭を撫でる。
「また会えるよ。 その時は俺の娘と一緒に来るから、一緒に遊んでくれるかい?」
「うん! いっしょにあそぶー!」
エヴァに笑顔が戻ると、イーサンさんがエヴァを抱き上げる。
「僕たちができうる事を君に教えた。 もし、困難に負けそうになった時、僕たちの事を思い出すといい。 きっと央雅君の力になってくれるはずさ」
イーサンさんはそう言うと、俺に拳を突き出してくる。
俺も拳を突き出すと、横から拳が現れる。
師匠達の拳が俺の拳と付き合う形となると、最後にエヴァも私もと言わんばかりに自分の拳を俺の拳に合わせる。
その光景を見ると、みんな和やかな雰囲気になり、笑顔になる。
「それじゃ、景気よくあれをやりますか?」
「お、いいねぇ~」
「うむ、悪くない」
「久々に腹の底から声を出すのも運動になるじゃろうて」
「久しぶりですね~」
「あれ言うと耳がキィ―ンとなる……けど言う」
「えっ⁈ まさかあれを言うのか? ワシも言ってもいいかのぅ?」
「シルヴィも家族なんだから最後は一緒にね」
「っしゃああああああ! あれを皆と言う日が来るとは、練習をしておった甲斐があったもんじゃ」
え、何々? 何が始まるの?
みなさんいきなりやる気を出し始めておりますが?
あれ?
皆さんの顔付が変わって――
「央雅ちゃん、行くよ~」
「え、なんですガウェインさん?」
「央雅ちゃんに私達から気合の言葉を送らせていただきま~す! スゥ―――……『我らは民を天道へと導く者なり!』」
「いいっ⁈」
突如耳をつんざく程の声を発し始めたガウェインさん。
耳を覆おうとしたが腕が何故か皆さんと突き合わせた状態から離れない。
それと同時に、膨大な魔力が俺へと流れてきている。
「ジャ、ジャズ⁈」
『膨大な魔力が央雅様へと流れてきております』
いつも冷静沈着なジャズなのだが、声から興奮しているのが伺える。
「集中しな央雅!」
「は、はい!」
俺が狼狽えているとヘイスさんさんから注意が飛ぶ。
「まだまだここからだよ! 覚悟しな!!」
「え、えっ⁈」
ヘイスさんが俺を見て不敵な笑みを見せる。
ま、まさかまだ――
「『戦慄を前に臆するな!』」
「うお、おっ⁈」
ヘイスさんから勢いよく魔力が注がれてくる。
「央雅さん。 元の世界に行っても今のままの央雅さんでいてくださいね」
「エマさん……」
エマさんは優しい笑みを浮かべると同時に、エマさんから魔力が跳ね上がる。
「それでは私も――『恐怖よりも雄々しく叫べ!』」
「うおっ⁈」
エマさんからも魔力が勢いよく注がれてくる。
『央雅様、魔力の器が凄い速さで溜まっていきます!』
「わ、分かってる! けど、すごい勢いで注がれているのに、痛みを全然感じない」
「そうに決まっている。 私達は超越者。 魔力の質は一般の者達とは違うと共に、魔力を注ぐ調節は完璧に保たれているため、体には負担は無い」
「な、なるほど」
そう説明してくれたのはイオさん。
「私は口下手。 けど、そんな私に分け隔てなく話しかけてきてくれた……好きよ央雅」
「え、最後何って言った――」
「『何度でも幾度でも立ち上がれ!』」
「うおおっ⁈ え、今痛かった気が⁈」
「うるさい」
「は、はい!」
イオさんから魔力が注がれた瞬間痛みを感じたんだけど……え、だって、さっき自分で説明をしてくれてたのに……?
「ほっほっほ! 央雅よ、少しは乙女の心と言う物を理解せないかんぞぃ」
「ガラハッドさん?」
今度はガラハッドさんが話しかけてきたのだが、乙女心とは?
「イオだけではない。お前さんのこ――」
「「「ガラじい……」」」
「あ、後はお主自身で考えるんじゃて! え~っと、どこまでじゃったか? あ、そうそう! 『足掻け!』」
ヘイスさん、エマさん、イオさんの3人が一斉に鋭い眼差しでガラハッドさんを睨むと、ガラハッドさんは狼狽える。
「央雅よ。あちらの世界に行っても、鍛錬と、規則正しい生活を怠るんじゃないぞ」
「バージルさん……」
バージルさんはどことなく父親の様な存在に感じていた。
だからかな……父の事を思い出す事が増えた気がした。
「お前にはもう言う事はない。 私に息子がいたらお前みたいな子に育っただろうか」
「バージルさん……」
「ほら、あなた……央雅ちゃん……いえ、私達の息子が困ってるわよ。 笑顔で送り出すんでしょ」
まさか、バージルさんにガウェインさんまでも俺の事をそう思ってくれていたなんて……涙が零れそうになるが、必死に流すまいと我慢する。
「それに、私達の子はもう一人増えるわよ。私の中でスクスクと育ってるんだから」
「そうか……そうかそうだったな……私にもう一人子どもが……うん? い、今何って言ったんだウェイン? き、聞き間違いではなければ――」
バージルさんがそう言うと、ガウェインさんは片方の手で自分のお腹を優しくさする。
バージルさんは呆けた顔をしてガウェインさんのお腹へと視線を送る。
「おかしいでちゅね~。 パパのお顔がだらしなくなってまちゅよ~」
「わ、私が、私がパ、パパ……息子よすまん。 もっと話をしたかったんのだが、急ぎの用ができた。 急すぎてどこまで言った? あぁ、そうだ! 『運命に抗え!』」
「ははは。 兄さんがお父さんか。 こんなめでたい日に央雅君を送る事ができてよかったよ」
「イーサンさん……」
イーサンさんはいつも笑顔を絶やすことなく、俺を見ていてくれた。
今もそうだ。
優しい笑みを浮かべ、俺を見ていてくれている。
その横で、シルヴィさんも笑顔を見せている。
思えば、シルヴィさんに見つけてもらっていなければ、今の俺はいなかった。
「僕は君に全てを伝えた……あとは君自身だ」
「ワシもお主に言う事はない。 あ、そうそう! まだ死にたいと思っとるか?」
悪戯っぽい笑顔で俺に問いかけてきたシルヴィさん。
はは、最初に出会った時に発した事を覚えてたんだ。
「いいえ」
「うん。 ちゃんと力が籠ってる」
「良き良き」
「それじゃ、シルヴィ、一緒に」
「OKなのじゃ」
「「『獅子奮迅の如く姿を体現し見せよ!』」」
「「「「「「「「子羊が獅子へとなるまで!!!!!!!!」」」」」」」」
最後の言葉を全員で言い終えた瞬間、とてつもない魔力が俺へと注がれてきた。
それと同時に、俺の中で変化が起きる。
【瞬神の末裔】
「【瞬神の末裔】?」
「ほほぅ……央雅よ、お主時の神に気に入られた様じゃのぅ」
「時の神ですか?」
「シルヴィよ……やはり央雅は見られておるようじゃのぅ」
【瞬神の末裔】と口にすると、即座に反応したのはシルヴィさんとガラハッドさんの二人である。
見られているってどういう意味だ?
「気にするでない。それと、ワシ達が注いだ魔力は一時的なものじゃ。 はよせんと帰れなくなるぞぃ」
「あ、はい! そうでした! ジャズ!」
『既に済ませております。 地球への座標確認。 現レベルを消化しすると共に、過去へのジャンプを試みます……レベルが1へとなりました……航行可能な基準をクリア……央雅様、いつでも行けます』
ジャズからGOサインが出る。
「OK! 【ジャンパー】 発動!」
すると、目の前に亀裂が発生する。
その禍々しい亀裂こそ、俺が地球へと帰るゲートなのである。
【ジャンパー】とは俺が奇跡的に手に入れたスキルだ。
このスキルは自分が行き来した場所であったり、見た物や、頭に思い浮かべた場所だったりと行き来が可能になるスキルである。
しかしその距離によって、魔力を大幅に消費すると共に、その場所によっては捧げる者が異なっていくのである。
そして、俺の場合は地球に戻るだけではなく、過去へと戻る事も並行して行わなければいけない。
そこで、ジャズに【ジャンパー】を改変してもらう事を依頼すると、何と問題は解決するのだが、さらに問題が生じる。
その問題がレベルを捧げる事で、過去へと戻る事ができるというのだ。
しかし、過去へと戻るために必要なレベルをジャズから聞くと俺は驚愕する。
何と、レベルが100以上必要と告げられ、俺は愕然とする。
この世界ではレベルを100超えた者を超越者と呼ぶらしく、その超越者になればいいのではないかと思いがちではあるが、そうではない。
超越者とは誰しもがなれる訳ではなく、レベル99から先を超えるまでが至難の業との事だ。
そう……レベル99で止まる者もいるという事だ……
レベル100とは即ち、選ばれた者のみが行ける境地なのだ。
まぁ、今の俺はレベル100を超えているからこうしてレベルを捧げ、地球に戻り、過去へと行こうとしてはいるが、当時の俺は果たして大丈夫なのかと不安で不安でいっぱいだったんだよ……
これもここにいる師匠達のおかげでもある……本当に感謝してもしきれない程感謝している。
ちなみにこの世界にもこういった移動魔法があるみたいなのだが、俺程万能ではないらしい。
「ほれ、何をもたもたしておる。 徐々にゲートが縮まってきておるぞぃ」
「あ、ホントだっ⁈」
ガラハッドさんから声をかけられ、ゲートを見ると、徐々に小さくなっていく。
早く最後の言葉を、皆さんにお礼を伝えないといけないのに――
「あ、あの皆さん、今日まで色々とお世話になりました! あの、その……本当に……」
これで最後になるかもしれないと思うと上手く言葉が中々出てこない……どうしよ――
「こらこら今生の別れでもあるまい。 またきっと会えるじゃろうて。 それに――」
ガラハッドさんはエヴァに視線を向ける。
あぁ、そうだ……ここで別れの言葉は不味い……ならどう言えば――
「こういう時は元気よく『行ってきます』と言えばええんじゃよ」
「えっ⁈」
ガラハッドさんの言葉に呆気をとられる俺……
そうか……そうだよな……こんな簡単な言葉を思いつかないとは……言い慣れている言葉なのに……
そうだ、時間がかかっても必ずここに戻ってこよう。
ここはもう俺の故郷の一部なんだ。
俺は皆に視線を戻す。
そして――
「行ってきます!!」
力強く、響き渡る程の大声で叫び、ゲートへと入る。
みんなの声が聞こえる。
俺は振り向かず、前へ歩を進めるのであった。