稀な夫婦
「申し遅れました。元勇者のイーサン・ハートと言います」
「は、はぁ、よ、よろしくお願いします」
「そして、こちらが元大魔王であり、僕の妻シルヴィア・ハートです」
「妻です、フフッ」
フフッじゃねーよ……
なんなんだこの状況は……俺の目の前には、大魔王に勇者がいる。
大魔王と勇者って敵対関係のはずなのに、二人は夫婦であると公言している。
「なーはっはっは! しかし央雅よ、お主は面白い反応を見せるのぅ!」
「いや、普通の反応だと思いますがね……」
「無理もないさ。 だって大魔王と勇者が死の森であるデスヴァルトで夫婦としてここで暮らしてるんだもん」
「いや~、やっぱ知らない者に話すとこういった反応をするのじゃな!」
「ちゃんと央雅君に説明をしたのかい?」
「い、いえ、サラッと大魔王って言われただけです」
「シルヴィ~?」
勇者であるイーサンさんは師匠に詰め寄る。
「し、仕方がなかろぅ……なかなか言うタイミングが無かったんじゃから」
「ごめんね~、順を追って説明すればよかったんだけど、久々のお客さんだからシルヴィも舞い上がちゃってたみたいだ」
「いえいえ、俺は何も気にしてはいませんから! ま、まぁ、少し動揺はしましたが」
少しどころではない……メチャクチャ動揺した。
でも、こうでも言わないと、師匠がかわいそうだ。
見るからに気を落としてい――
「まぁ、小さい事は気にするだけ無駄じゃ! 何事も切り替えが大事――」
「開き直らない」
「はい、すいません」
――いなかった……ある意味切り替えが早い。
それに対し、イーサンさんはしっかりと突っ込む。
傍から見たらバランスの取れた良い夫婦ではないかと俺は思った。
「僕らはね、人間世界、魔族世界に嫌気が差してね」
「嫌……気ですか?」
「うむ……ワシらはいつも戦いに明け暮れておった。しかしのぅ、ワシは正直戦いは好かん」
「僕もね……でもさ、戦えだとか、領地がどうとか、お金がどうとか、命令に従えだとか、そんな毎日に嫌気が差しだし始めたんだ」
「そうじゃそうじゃ! ならお前らが戦えと言えば――」
「僕が勇者だから責任を持つべきだ――」
「大魔王なのじゃから、人間を殺すのが当たり前じゃーとか――」
「自分達の手は汚さないくせに、他人に無理難題を押し付け、私利私欲を満たす皇族や閣僚に貴族――」
「そういった奴らに嫌気を差していた時、ワシとイーサンは魔王城にて初めて出会う事になり――」
「お互いに初めて顔を合わせた僕は――」
「ワシは――」
「一目惚れしたんだ」「一目惚れしたんじゃ」
「お、おぉ……」
師匠とイーサンさんは、お互いに見つめ合い、なんだか良い雰囲気に包まれている。
正直、俺は気まずいぞ……
「僕とシルヴィは気が付いたら手を取り合っていたんだ」
「そして、その場で愛の告白を受け、ワシは受け入れた」
「今でもあの時の感動は忘れられないよ」
「ワシもじゃ、イーサン」
「シルヴィ」
二人が良い雰囲気の中、俺はただただ、視線を下に逸らす事しかできなかった。
「いや~、ごめんごめん。ついあの時の事を思い出しちゃうと、周りが見えなくなっちゃうんだよ」
イーサンさんは頭を搔きながら謝っている。
「あ、いや、お気になさらず」
「そう言ってくれると助かるよ。 それで、央雅君は強くなりたいんだよね?」
そう言った瞬間、先程まで優しそうだった目が、鋭い眼光へと変わる。
「はい。 俺は強くなって家族を助けたいんです」
「ふむ……」
イーサンさんは顎に手をやり、考え込む。
先程イーサンさんは師匠同様に、俺に指導してくれると言っていた。
もしかしたら気が変わってしまったのだろうか?
イーサンさんがもし、嫌だと言った場合、師匠もイーサンさんが嫌ならワシも嫌だと言いそうで何か怖くなってきた。
俺はチラッと師匠に視線を移す。
「うん? なんじゃ?」
「あ、いや、何でもありません」
「安心せい。 イーサンがダメと言ってもワシはお主を鍛えるつもりじゃからの」
「し、師匠⁈ お、俺は別に――」
「そんな眼差しで見つめられたら分かるに決まっておろうが」
「す、すいません……」
俺の考えを見透かされた様で、恥ずかしくて下を向く。
「うん、やっぱりこっちの方がいいね」
「はい?」
急にイーサンさんが口を開く。
視線をイーサンさんに戻すと、優しい顔に戻っていた。
今の表情だと、断られる事はないみたいだ。
「何がじゃ?」
師匠がイーサンさんに聞き直す。
「あぁ、僕はシルヴィ同様に、央雅君に教えられる事は何でも教えようとは思っている。けど、央雅君の話を聞くと、色々と備えた方がいいかなって思ったんだ」
「色々と備えて……ですか?」
「うん。 備えあれば何とやらだね」
「ほほぅ……もしや、あ奴らを呼ぶつもりじゃな~、イーサン」
師匠は不気味な笑みを見せる。
なんだ?
あ奴らって?
「そう……みんなを招集しようかと思う」
「み、みんなとは?」
俺がそう聞くと、座っていたイーサンさんが立ち上がる。
「僕達の仲間でもある、七人の覇片のみんなを呼ぼうと思う」