氷の痛み
「鬼が人の言葉を喋ってる」
「そりゃ~喋る事もできますわ」
今までの鬼は俺を見る度に襲って来ていたので、てっきり意思疎通はできないもんだと思っていた。
「ちなみに私は正式に言えば、鬼であって鬼ではありませんの」
「なぞなぞですか?」
「はい? 別に隠すつもりはございませんので言わせていただきますが、私、元は雪の妖怪で、名を雪花と言います」
「はぁ……雪の妖怪……なんで妖怪が鬼に⁈」
どうゆう事だ?
何で妖怪が鬼に?
そもそも何でダンジョンに妖怪が?
あ、遠離さんもそうだったな。
ここには複雑なルールでもあるのかとふと感じた。
誰でも入れるかと言われればそうでもない。
かと思えば、こうして目の前に妖怪だと言う人もいる。
うん、やっぱり複雑だ。
「あなたはここに何をしに、いえ、遠離に言われ、ここを壊しに来たのでしょう」
「遠離さんをご存じ、いやそりゃそうか……妖怪なんだし」
「遠離は元気にしていますか?」
「はい、最近不眠症も回復したと言っていました」
「そぅ……どうやらあなたに託したのですね……ずるい子」
「はい?」
「なんでもありませんわ。 それより、あなたはここを壊すという考えは変わりませんか?」
「ここを壊すと約束をしたので」
「約束……そう、なら私はあなたを殺さなければなりませんね」
シュトッ
「なんですかいきなり?」
俺の背後には、鋭く尖った氷柱が刺さっていた。
その氷柱は俺めがけ飛ばされたが、難なく避ける。
「ご覧の通り、あなたを殺そうとしたのですが?」
雪花さんは顔色を変えず、ただただ俺を殺す事に戸惑いもないという口調で言い放つ。
「あなたは遠離さんのお仲間ではないんですか?」
「昔は仲間でした。 ですが、遠離と私の考えが合わず、こうして仲違いをしているのです」
「仲違い?」
「その反応からして、遠離から何も聞かされていないのですね」
なんだ?
遠離さんが俺に何を話していな……いや、そりゃそうだ……俺は何も知らない。
ただ、遠離さんにここを壊し、縁優さんを安らかに弔う手伝いをお願いされたこと以外、何も聞かされていない。
ここに、遠離さん以外がいる事も聞かされていない。
うん?
もしかして、ここには遠離さん、それに雪花さん以外にもいるのか?
「あの子ったら、縁優様に一番かわいがられていたからと言って、縁優様の考えを代弁していると勘違いしているのです」
「それってどういうことですか?」
「ふふ、あなたは遠離に言われ縁優様を弔ってくれと言われたのでしょう」
「はぁ」
「遠離は嘘をついています」
「何をですか?」
「縁優様は生きておられます」
「はぁ……はあっ⁈」
雪花さんの言葉は衝撃的なものだった。
現に俺も縁優さんの遺体は見たし、生きてはいなかった。
ジャズも確認済みだ。
それなのにも関わらず、雪花さんは縁優さんが生きていると言い放つ。
「いや、しかし、俺は現に縁優さんの遺体を確認しています」
「人間はすぐに騙される。 縁優様以外、本っ当に浅はかで、汚らしく、醜い……だから本質が見えていない……縁優様は頭脳明晰、容姿端麗、そして、最強の陰陽師! そんな方がこんな事で死ぬとか有り得ないし、それこそ縁優様の考えだって事をなぜ分からない!!あいつらもそう……縁優様が死んだと思い、ここを離れていった哀れな妖怪共も!!」
突如雪花さんの口調が荒くなる。
「縁優様は死んでいない。 私だけが縁優様がまだ生きていらっしゃる事を分かっている事……それ即ち、縁優様は私を一番に信頼し、そして、愛していらっしゃる証拠!」
な、なんだ?
なんかあんなかわいらしいと思っていた雪花さんが、怖く感じるぞ。
徐々に雪花さんに生えている角が、歪に伸びて行っている。
「はぁぁぁ……分かっております。 雪花はいつでも縁優様をお慕いしております。 ですからご安心ください」
雪花さんからとてつもない殺気が俺に向けられてくる。
「あなたには何の恨みはありません。 ですが、遠離に頼まれ、縁優様を殺しに来たというあなたを私は排除しなければなりません……どうか、恨むのなら遠離を恨んでくださいね」
雪花さんは歪んだ笑みを見せる。
怖っ!
それに重っ!!
率直な俺の感想がこれだ。
男なら思われる事に対して嬉しいとは思う。
だがこれは重過ぎる。
この歪んだ愛情感情をよく縁優さんは受け止めていたな。
つか浮き沈みが激しい。
生前から雪花さんはこういった浮き沈みが激しい方だったのか?
「昔の私はこんなに浮き沈みの激しい女ではなかったんですよぉ」
「⁈」
「その顔を見れば何を考えているのか分かりますわ」
俺の表情を見て判断したのか……気を付けよう。
「私ってどちらかというと、内気で、地味で、意思疎通の取れない女でした。まぁ、昔の事なんですけどねぇ……けれど、そういったコンプレックスを持ち続けていると偶然にも、喋っていなくとも顔の表情を見るだけで相手が何を考えているのか機敏に感じ取れるのです」
「あ、そ、そうですか」
「ですから、そういった顔をする人間を嬲るのが好きなんです」
雪花さんはニカァッと歪な笑みを見せた瞬間、俺の目の前に歪な笑みの雪花さんの顔が現れる。
その瞬間、咄嗟に俺は腕をクロスにする。
ドゴオオオオ―――ンッ!!!!
重い音と共に、俺の腕にもの凄い衝撃が伝わる。
「クッ⁈」
「あれぇ?」
これは驚いた。
あんな華奢な体で、とんでもない速さに加え、この威力!
腕を強化していなかったら、体が吹き飛んでいた。
別に油断していた訳ではないが、少し奢っていたのかもしれない。
ここまで順調にきていたからか……父さんが言っていたっけ……『物事がうまく進んでいると思った時こそ疑いなさい』って言っていたのを思い出す。
ここで気付けてよかった。
心の中でそう悟り、今攻撃を受けているという状況へとすぐに移行する。
だが、追撃が来ると思って、待ち構えていたが来ない。
雪花さんを見ると、その場に止まっていた。
自身の拳を見つめながら。
「……今何をしたのですか?」
「はい? ただ、防いだだけですけど?」
「ありえません」
「はい?」
「私を受け止めてくれる方は縁優様しかいません」
「なっ⁈」
雪花さんはそう言うと、俺に向かってくる。
そして拳を握りしめ、その拳を俺に振るう。
だが、先程とは違い、動きが見える。
うん?
心なしか、角が縮んでいる?
雪花さんの拳は難なく躱す俺は、攻撃を受けているのにも関わらず、あの縮んだ角が気になって仕方がなかった。
「ジャズ、雪花さんの額に生えている角、あれはどういった原理で生えているんだ?」
『あの角は鬼の力を取り込み、その影響で生えた可能性があります』
「大体そんな感じだとは思った。 雪花さんには似合わない角がどうしても不自然に感じていた。 それに自分で妖怪だって言っていたし、だが、鬼の力を妖怪が取り組む事が可能なのか?」
『鬼と妖怪は似ていない様で、似ている所が多々ございます。 ですが、恐らく鬼が雪花様に適合できたのも、雪花様の欲に反応した事により、上手く取り込めたのでしょう……が、先程まで安定していたのが、不安定となっております』
「先程の会話で相当動揺していたみたいだけど、意味が分からん」
『どうやら縁優様の事と、央雅様を比べておられるのでしょう』
「俺と縁優さんを比べる?」
「有り得ない……有り得ない……あり得ない……私を受け止めてくれるのは縁優様だけ……お前じゃない……お前じゃなあああああああいっ!!」
雪花さんは大声を出しながら、俺に向かってくる。
角は元の先ほどよりも大きく膨らんでいる。
「ああアアアアアアアアアアアア――ッ!!」
ドガアアアアアアアアアアアア
雪花さんの拳を避ける。
雪花さんの拳は床にメリ込むと、その場は爆散する。
「このままじゃ埒が明かない! 一旦意識を刈り取るぞ!」
俺は【身体強化】を発動し、一気に雪花さんの懐に入り込む。
「すいません! 痛いのは一瞬ですから!!」
俺はそう言い、雪花さんのお腹を殴る。
ガキィィィィィィン⁈
「なっ⁈」
「やはりお前は縁優様ではない」
俺の拳は雪花さんのお腹に届いた――様に見えたが、俺の拳は何かに阻まれて、雪花さんのお腹のギリギリで止まっていた。
「お前は縁優様ではない……縁優様は唯一無二の存在! お前は受け止める事しかできない偽物!!」
ヤバい⁈
この場から早く逃げないと!
だが――
「なっ⁈ あ、足が動かな――」
「【氷殴雪腕】」
俺の足元はいつの間にか凍ってしまい、足が動かなくなっていた。
そして、そんな俺を逃がさんと、殺すと言わんばかりの目つきのせいで俺の思考が一瞬遅れる。
雪花さんの拳は一瞬で大きくなり、そして、俺に向け振り下ろされた。




