現実と向き合う
「ふむ……なるほどのぅ……」
俺はシルヴィさんに俺の世界に事、何が起きたのかを説明をした。
そして、一緒にいたはずの娘の碧桜がいないこと。
最愛の妻である実歌がなぜ政府に連れて行かれたのか?
「しかし、彗星の話に、お主がいた地球を捨て去り、宇宙へと逃げる権力者達……よくもまぁそこまで情報の漏洩を防いでおったのぅ……そんな力があればもっと他にもやりようはあったろうに」
「結局は自分達さえ助かればいいという判断だったんでしょう。 ここ何年間、幾度も税金や、様々な名目で国民からお金を毟り取っていましたから……今思えば自分達が逃げるための資金にしていたんだと思います」
「人の欲は底知れんからのぅ……まぁワシのいる世界もそう変わらんがな」
「あ、あの、何度も聞いてしまって申し訳ないんですが、ここは本当に地球という星ではないんですか?」
「あぁ、ここは地球という星ではない」
そう言うとシルヴィさんは立ち上がる。
「着いてくるがよい」
「は、はぁ」
シルヴィさんと俺は外に出る。
シルヴィさんは俺の方を向くと手をこちらに向ける。
「飛翔」
「へ? うわあああああ⁈」
シルヴィさんが何か呟いた瞬間、俺の体は浮き上がる。
「大丈夫。ワシに身を任せるのじゃ」
「は、はい⁈ そ、そう言われても⁈」
俺の体は宙に浮き上がり、シルヴィさんと一緒に空へと上がっていく。
凄い速さで上がっていくので、俺は怖くて目を瞑ってしまう。
ほ、本当にこの世界には魔法が存在するんだ!
夢や映画などで見る魔法が今俺に作用している。
「心配せず、目を開けてみよ」
「えっ⁈ も、もういいんですか?」
「大丈夫じゃから目を開けてみぃ」
「わ、わかりました」
俺はシルヴィさんに言われ、ゆっくりと目を開いていく。
「うわぁ」
「どうじゃ? 中々壮大じゃろぅ?」
地上から何百m程上空に連れてこられ目を開けると、月が二つあり、オーロラがかかったような空には見知らぬ鳥が飛んでいる。
そして巨大な山にどこまでもひろがる森――
「ここは……俺が知っている世界ではない?」
「理解したか……お主は異世界より来た者、フォーリナーなのだ」
「じゃ、じゃぁ、ここはいったいどこなんですか?」
「ここは惑星イシス、そして今お主がいる場所はのぅ、人が入ればすぐに死を迎えると恐れられておる、死の森デスヴァルトじゃ」
「し、死の森⁈」
「ここからでもよう見えるじゃろ? ひしめき合っているモンスター共達が」
「ひしめき……合って?」
俺は下をよ~く見つめると、所々に凶悪そうなモンスターが蠢いていた。
「ひぃっ⁈」
「ここの森に巣食うモンスターはそんじょそこらのモンスターとは違う」
「ど、どう違うっていうんですか?」
「ここの森は魔素が強くてな。その魔素を吸収しモンスターは狂暴化しておるのじゃ」
「ま、魔素? 吸収して狂暴化⁈」
「お主は運が良い。お主はワシの家の近くで意識を失っておったのじゃ」
「意識を……そのまま放っといてくれれば……」
「はぁ……まだ言うか!」
ゴンッ
「い、痛いじゃないですか⁈」
シルヴィさんは俺の頭を強く殴る。
「はぁ……殴る方の身にもなれというんじゃ」
「叩いといて何なんですかその言い方は?」
シルヴィさんは俺の頭を叩いた手をブラブラと揺らしている。
「なんじゃ死にたかったのではなかったか?」
「それとこれとは意味が違います」
「はぁ……まぁよい……」
「なんでシルヴィさんがため息をつくんですか?」
「気にするな。それよりもお主、ワシからの提案なんじゃが、聞くか?」
「なんですか、提案って?」
シルヴィさんは俺よりも上に上がり、こちらを見下ろし、笑顔を見せる。
「お主、もし、元の世界……に戻れると言ったらどうする?」
「元の世界…………ほ、本当に……いや、さすがにそれは――」
「馬鹿げておると思うか? お主の世界には魔法という概念は存在せんのじゃろ?」
「そ、そう……です」
「して、お主は今空高くを飛んでおる。魔法のおかげでな。これは揺るがぬ証拠ではないか?」
「た、たしかに、俺は魔法のおかげで空を飛んでいます。ですが、いくら何でも魔法で元の世界に戻るなんてこと……それに、元の世界に戻っても破滅した地球に戻っても――」
「「はーはっはっは! お主の世界には魔法はないというのに、なぜ魔法では元の世界に戻れないと言い切れるのじゃ?」
「そ、それは――」
「何も言えんじゃろ? お主は魔法とは何なのか分かっておらんからな!」
「そ、そうです……」
「ふふ~ん。 ようやっと話を聞く気になったか? さっきお主が言いかけた言葉もそうじゃ。 元の世界に戻っても滅んだ世界に戻っても意味がないと思~とったじゃろぅ」
「う……はい」
俺の考えを見透かされ、項垂れる俺……
シルヴィさんは勝ち誇ったかのように、デカい胸を突き出す。
「なら時間を遡ればよいじゃろぅ?」
「じ、時間を遡るって⁈」
「できないと思う心を制す事ができんようなら、この先な~にをやってもうまくいかんぞ?」
「お、俺は現実的な事を考えて――」
「果たしてお主はちゃんと今、現実から目を背けずにいておるのか?」
「うっ」
シルヴィさんの言葉に胸が痛む。
「この世界を見て、お主はまだ現実を受け止めておらんじゃろ? 今を受け止められんようじゃ、この先は進めん。魔法もそうじゃ。魔法には限界は存在せん。現実を受け止め、且つ、その先を見つめられん者に、魔法は微笑まん」
「な、何が言いたいんですか?」
「ワシがお前に魔法を教えてやる」
「え、俺に魔法を?」
「そうじゃ。 そして、己自身で、元の世界に戻る事と、時間を遡る魔法を作り上げる程強くなるのじゃ」
「お、俺が、つ、作り上げる?」
「そうじゃ。それはきっとお主にしかできん……お主のその思う心がなければな」
「……俺にできるでしょうか?」
「人には限界が存在する。しかし、魔法には限界は存在せん。魔法には無限の可能性が秘められておる。お主が強くなればきっと可能であろう――」
「ほ、ほんとですか⁈」
「――と思う」
ガクッ
「か、確定じゃないんですか⁈」
「それはお主次第じゃ。どうじゃ? ここまで聞いてまだ死にたいと言えるか?」
シルヴィさんの話を聞き、頭を整理する。
シルヴィさんの話が本当なら、俺が過去に戻る事が可能かもしれないと。
しかし、それには俺が魔法を使えるようになり、強くならなければならない。
でもいったいどれぐらいの時間、月日を要するのだろうか?
俺が生きている間に成し遂げられるのだろうか?
考えれば考える程、難問が俺に立ち塞がってくる。
体が重く感じる。
パチィッ
「痛った⁈ 何をするんですか⁈」
「今はあれこれと考えるな。今必要なのはやるか、やらないかじゃ」
シルヴィさんは俺の額にデコピンをする。
そのおかげで思考がクリアになる。
「やるか、やらないか……」
そうだ! やらなければいけないんだ!
俺にはやらないという選択はない!
「ふふ、どうやら覚悟は決まった様じゃな」
「色々とお気遣いいただいた上に、助言までしていただきありがとうございました。おかげで覚悟が決まりました」
「ワ、ワシは特になにもしてはおらんよ。お主がただ覚悟を決めただけじゃよ」
シルヴィさんは顔を真っ赤にして顔を背ける。
「俺はどうしたらいいんでしょうか?」
「強くなるためのか?」
「はい」
覚悟は決まった。
だが、どうしたら強くなれるのかが分からない。
「お主は聞いておらんかったのか? ワシがお主に魔法を教えてやると言ったであろうが!」
「そ、それは聞いていましたが、俺に魔法が使えるでしょうか?」
「魔法はその者の強い心、覚悟に応えてくれる。お主の心が挫けねばきっと応えてくれよぅ」
「……俺には挫ける時間さえ惜しいです」
「ふっ、言うではないか。なら手を前に出してみぃ」
「こう、ですか?」
俺は言われた通り手を前に出す。
「まずはイメージじゃ。火でも水でもいいイメージしてみよ」
「イメージ……火……水……」
「イメージができたら、魔法が主の気持ちに応える形で具現化される。それを解き放つのじゃ」
「わ、分かりました」
俺は目を閉じ、火のイメージをする。
すると、彗星が地球に直撃した時の、すごい速さで迫ってきた炎の津波が頭を過る。
『あの時、押し寄せてきた炎の津波……これのせいで碧桜が⁈』
すると体の中が熱くなるのを感じる。
「むっ⁈ ちょ、ちょっと待つのじゃ――」
「イメージ……解き……放つっ!!」
「待て――」
ドガアアアアアアアアアアアア――
「な、なんじゃと⁈」
「はぁ、はぁ……ど、どうでした……か? お、俺上手くでき、まし、た……か?」
俺は上手く魔法を放てたのだろうか?
あ、あれ?
体が急に重くな――
「おっと! 魔力を使い果たし気を失ったか。……しかし、これは……」
シルヴィさんの声が遠のいてい……く……
「とう……」
う、う……ん?
「父……」
誰かが呼んでい……る?
「父ちゃ~ん!」
「うげっ⁈」
急に強い衝撃がお腹に当たる。
俺は何が起こったのか、目を開け確認する。
「父ちゃん、父ちゃんだ」
「み、み……お……碧桜、なのか?」
「うん! そうだよ。碧桜だよ」
「あ、ああ~、碧桜だ……ははは。やっぱりあれは現実じゃなかったんだな」
「ううん……父ちゃん、碧桜ね……死んじゃったんだ」
「な、何を言っているんだ? 碧桜は今ここにいるじゃないか?」
「あのね、白い人がね、ここで待っていれば、父ちゃんが来てくれるって言ってたの! そしたらね本当に父ちゃんが来てくれたの!」
「み、碧桜、白い人ってのはいったい?」
「あそこにいるよ。すっごく優しいんだよ」
碧桜が指を差す方を見ると、白く輝く人? がいた。
たしかに白い人だ。
白い人はこちらを見ている。
「父ちゃん行こうよ」
「あ、あぁ」
碧桜が俺の手を引っ張り、白い人の下へ連れて行く。
うん? 顔が見えない?
「ねぇねぇ、父ちゃん連れて来たよ~」
「あ、あの、うちの娘がお世話になったみたいで」
俺がそう言うと、白い人は首を横に振る。
あれ、もしかして喋れないのかな?
そう思っていたら、白い人はその場にしゃがみ込み、碧桜の方を向く。
「うんうん、分かった~」
「あ、碧桜⁈」
『碧桜さんいは少しの間だけお父さんと話をさせてとお願いしました』
「あ、喋れたんですね」
『はい。ただ、現世に繋がりがある方との会話には制限があります。長くは喋れないのでよく聞いてください』
「わ、わかりました」
『単刀直入に言わせていただきます。まずあなたは死んではおりません。しかし、あなたの娘さんである碧桜さんは死んでおり、私が碧桜さんをここに留めています』
白い人が現実を突き付けてきた。
『ここに碧桜さんを留めているのは、私なりの償いだと思ってください』
「な、なぜあなたが償わないといけないんですか?」
『それは…今は詳しくお話しはできません……ですが、これだけはお伝えできます……本来地球は消滅するはずではありませんでした』
「な、何を言っているんですか? 言っている意味がわかりませんよ」
『私の力の一部が奪われてしまいました……その力を使い、地球を滅ぼしたのです』
な、何を言っているんだ⁈
力の一部?
その力で地球が消滅しただって?
そんな話を――
『信じられないのも無理はありません。 しかし、今はその疑問に耳を傾けないでほしいのです』
「あ、あなたはいったい何なんですか? いきなり突拍子もない事を言って! たしかに娘を見てくれていた事は感謝しますが、俺には何がなんだか……」
『時間がありません。私の力の一部が奪われた事で、地球は消滅してしまうのです。あなたはイシスにて、シルヴィ達の下強くなり、どうか過去に戻る方法を見つけてください』
「か、過去に戻る方法はあるんですか⁈」
『シルヴィ達と共に見つけ出してください』
「あなたは知っているんですか? 過去に戻る方法を⁈」
『知っています……あなたを過去に戻す事もできます。しかし、それをやってしまったら、あなたが望む未来は無に帰すことになります』
「そ、そんな――」
『だから、シルヴィ達と協力をし、過去に戻る方法を自力で作り上げてください』
「な、なんで、なんで俺なんですか⁈ 俺じゃなくても他に人はいっぱいいるじゃないですか! 俺は娘と、碧桜と一緒にいたいんですよ⁈」
『もし、あなたがこの話を断ってしまうと、本当の死が訪れます』
「そ、それは脅しか何かですか⁈」
『そう聞こえてもおかしくはありませんね……しかし、脅しではありません。地球は滅びました。しかし、滅びた事で死んで逝った人の魂は天国へも地獄へも逝ってはいません』
「じゃ、じゃあどこに行ったというんですか⁈」
『無限の痛みが続く世界です……死にたい、殺してくれと懇願しても、死ぬ事のない痛みが続く世界に……それがどういう意味かわかりませんか?』
白い人はそう言うと、碧桜の方を向く。
俺はその意味を理解する。
そんな場所に娘を行かせてたまるか!
「分かりました……必ず過去に戻る方法を見つけてみせます。ですから、碧桜を――」
『私が責任を持って守ります。あなたの大事な碧桜さんを』
「あなたは一体……いや、今は聞かない事にします」
『えぇ、今はまだ名乗らない方がいいと思います。しかし、次に会う時は、必ず私の名をお教えします』
「わかりました。どうか、どうか碧桜をお願いします」
『私の命に代えても……』
すると、徐々に俺の体が透けていく。
『どうやらもう時間も残されていないみたいですね』
「あ、あの、何で俺なんですか? 俺は至って普通の人間ですよ。 そんな普通の人間にやれるでしょうか?」
そう言うと白い人は俺の目の前に指を向ける。
『……地球上にいる人々は、最後の最後、目を閉じ消えていきました。しかし、一人だけ、あの恐怖に最後まで目を閉じる事なく立ち向かった者がいます……それがあなたです。だからあなたに頼むのです』
「いやいや、地球の人口を知ってますか? 何億という人々がいて、たかが目を閉じなかっただけで俺が選ばれるとか、確率的におかしいとは思いませんか⁈」
『逆に言うなら、そのありえない確率と、世界の人々が目を背けたのにも関わらず、あなたは消える最後まで抗った……それだけで理由は十分だとは思いませんか?』
「俺が言いたいのは他にも――」
『あなたの他に誰もいませんでした。最後まで逃げ、間に合わないと見るや目を閉じる者、最愛の家族と抱き合い目を閉じる者、その他にも様々な者もいましたが、最後は必ず目を閉じるのです。あなたの様に最後まで目を閉じる事なく抗った者は、世界のどこを探してもいませんでしたよ』
「そんな見え透いた嘘を……本当に俺でいいんですか?」
「この先、あなたの心を踏みにじる者が必ず現れます。その時、挫けそうになった時、世界が崩壊した瞬間をあなたの体が全て覚えています……その瞬間を思い出してください。きっとその瞬間があなたに力を与えてくれます」
「ふ、普通は大事な人を思い出してと言いますが……いや、踏みにじるとはなんですか?」
『地球が消滅したのは彗星が引き金ですが、その引き金を引いた黒幕がいます。まだ、その者は気付いてはいませんが、いつか必ず、あなたに気付きます。ですから、シルヴィ達の下で強くなってください』
「そ、それはいったい誰なんですか⁈」
『申し訳ありません……それを喋るにはまだ時間が必要です』
「何が必要だって言うんですか⁈」
『今のあなたでは耐えられないのです。その名を聞けば、あなたは、あなたの心はまだそこまで強くなっていません。今は早く強くなってください。あなたならできるはずです。先程も言いましたが、シルヴィ達があなたの力になってくれ――」
「強く強くって言うが、俺は――」
俺の下半身は消え、上半身だけが残る。
嫌だ! まだ消えたくない! 碧桜ともっと喋りたい! 頼む! 俺に時間をくれ!
「父ちゃん!」
「み、碧桜⁈」
必死になり過ぎて、いつの間にか碧桜が俺の目の前に来ていた。
そして、力いっぱいに俺に抱き付く。
「父ちゃん、碧桜ね、ここでいい子にして待ってるね。あとこれあげる! それと……また碧桜に会いに来てね」
そう言うと碧桜が小指を出す。
俺はそれを見て、俺も小指を出す。
「ゆーびきりーげんまーんうそついたらはりせんぼんのーますー」
「指切った……あぁ、必ずまた会いに来る。父ちゃん、今度こそ約束を守るから!」
「うん、待ってる! 碧桜、良い子にして待ってるね! またね、またね、父ちゃん、父ちゃんまたねー!」
「碧桜ぉー! 碧桜ぉぉお! 父ちゃん、絶対に、必ず、必ず会いに来るから! 絶対に! 今度こそ約束を守るから! 碧桜ぉー! 碧桜ぉ―――!」
碧桜は大粒の涙を流しながら、両手を目一杯振り続ける。
俺も消える最後まで碧桜名前を叫び続けた。
「み……お……」
「おっ? ようやっと目を覚ましたか?」
横を見ると、シルヴィさんが座っていた。
「寝てまで涙を流すとは、怖い夢でも見たのか?」
「……いいえ……俺の心を奮い立たせてくれる、とても良い夢でした」
「ほぅ……そうか……それは良かったのぅ」
「はい」
俺はベッドから降り、シルヴィさんの前に土下座する。
「どうか、どうか! 俺に魔法を教えてください! 俺にはやらなければいけない事があ――」
「教えてやると言ったであろう」
「――るんで……いいんですか⁈」
「お主が気を失う前に言うたであろう。 教えてやると」
「いや、しかし、俺、シルヴィさんに言われた通りやりましたが魔法を発動できませんでしたし」
「誰がいつお主にそんな事を言った? ワシはそんな事一っ言も言った覚えはないぞ!」
「あ、あれ? そうでしたっけ?」
「はぁ……それにな、お主はちゃんと魔法を発動したぞ」
「えっ? 本当ですか?」
俺がそう言うと、シルヴィさんは立ち上がる。
「ついて来い」
「え、あ、はい」
俺とシルヴィさんは外に出ると、シルヴィさんは飛翔を俺にかけ、空を飛ぶ。
「どこに行くんですか?」
「先ほどと同じぐらいの高さまで上がるだけじゃ」
「は、はぁ……」
先程と同じ高さまで上がり止まる。
「ここでいったい何をするんですか?」
「おい! 逆じゃ! こっちを見ぃ」
「あ、すいませんでした……えっ⁈ な、何なんですかこれは⁈」
俺はシルヴィさんの方を振り向くと、先程まで森が茂っていた場所が広範囲に渡ってごっそりと黒炭になっており、地面が露わになっているのだ。
「いったい、俺が意識を失っていた間に何があったんですか⁈」
「……お主がやった」
「はい?」
い、今お主がやったって言ったか?
いやいや、俺の聞き間違いだきっと!
「現実逃避はするでない……もう一度言うが、お主がやった」
「お、俺が……これを……どうやって⁈」
「お主のイメージに魔法が応えたのじゃ。おかげでとんでもない物を見せられたわい」
「し、信じられない……俺がこれを……」
「死の森デスヴァルトの樹木はそんじょそこらの武器や魔法攻撃では傷が付かないほど強固なのじゃが、お主はそれを消し炭にしおった。それだけではない。デスヴァルトに潜んでおったモンスター共も、お主の放った魔法に巻き込まれる形で消し炭になった。そのおかげか、モンスター共は森の奥へと逃げ手行きおった。当面は静かになるであろうな」
「お、俺が……本当に……うん? なんだこれは?」
「それと、お主気を失ったであろう」
「はい」
「お主が放った魔法により、消滅した魔物がお主の経験値となったことで、大幅にレベルが上がり、それに耐えられずブラックアウトを起こしたのじゃ。ほれ、ステータスと声に出してもよいし、頭の中で唱えてみぃ」
「は、はぁ……ステータス」
ブゥン
「おわっ⁈」
「見れたかの? そのステータスはお主にしか見れん」
「そうなんですね」
俺の目の前に青白い画面が現れ、色々な事が書いてある。
「お主はデスヴァルトに潜んでおるモンスター共を偶然とはいえ倒したのだ。すごい数のモンスターを倒した……本当なら一気にレベルが上がってしまい、極度のレベル酔いを起こすのだが、ワシがお主に回復魔法をかけておるから、少しずつ順応していくであろう」
「レベルが上がるのか……まるでゲームの世界にいるみたいだ……」
「うん? ゲームとはなんじゃ?」
「あ、いえ、なんでもありません。あの、お気遣いありがとうございました」
「気にするでない。ワシももっと注意するべきではあったからのぅ……いったい何をイメージしたらこの様になるのか……ましてや、魔法の概念さえ無い世界から来たとゆうのに……」
「……彗星が衝突した瞬間を思い出してしまったんです」
「なるほどのぅ……その時のイメージがこれか……凄まじいものだったのだな……想像するだけでも身の毛がよだつ思いじゃ」
シルヴィさんはうんうんと頷く。
俺はもう一度消し炭状態の森を見る。
これは元に戻るのだろうか?
悪い事をしたなぁ……
「今度はこの状態を悪く思っておるのか?」
「あ、はい……」
「心配するだけ無駄じゃよ。 ここは魔素が濃いからのぅ。すぐに木も生えて来るわい」
「ほんとですか?」
「嘘をついてどうするんじゃ? 嘘をついたところでワシに何のメリットもなかろうが」
「そ、そうですね……でもすぐ生えると聞いて安心しました」
「お主は木にまで優しいのか」
「俺の世界だと、木々はとても貴重な資源なんです。だから……」
「なるほどのぅ……そういった考えもあるか……だが、今はそんなことを心配している余裕があるのかのぅ?」
「うっ⁈ そ、そうですね」
シルヴィさんの目つきが鋭くなる。
まずは自分の心配をしろという事であろう。
「シルヴィさん、いえ、師匠! こんなバカな男ですが、どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
俺はシルヴィさんに、いや、師匠に向け頭を下げる。
「し、師匠……う、うむ、よかろう……お主を弟子と認めようではないか」
「あ、ありがとうございます!」
「この大魔王が、お主を鍛え上げ、立派な男に育ててみせよう!」
「はいっ! よろしくお願いします、師匠!」
「うむっ! ワシは厳しいからのぅ、しっかりと付いて来るのじゃぞ、央雅よ!」
「はい! 一生懸命付いて行きます!」
「良い心がけじゃ!」
よし、ようやくスタートラインに立てた。
俺はここで師匠に色々な事を教わり、過去へ戻るために強くなるんだ。
待ってろよ碧桜!
そして、実歌!
絶対にお前達を救ってみせる!
それまで、待たせてしまう事を許してくれ……
俺は碧桜を強く抱きしめた両手を見つめる。
碧桜を強く抱きしめた感覚が残っている。
両手を強く握り、胸元に両手を持って行く。
そして、この思いと、碧桜を強く抱きしめた感触を魂にを刻む。
「よしっ! まずは腹ごしらえといこうではないか! 腹が減っては思考が鈍るでな」
「あ、俺何か作りますよ」
「おぉ、よいのか? ならお主に任せるとしようではないか!」
「はい! 任せてください!」
俺と師匠は地上に降り、部屋へと入る。
「そこの中に食材と、調味料が揃っておる。あと、キッチンは――」
「ここですね。わかりました。夕食ができるまで師匠は寛いでいてください」
「おぉ~すまんな」
「いえいえ、これからお世話になるんですからこれぐらいど~って事ありませんよ」
俺は師匠に言われた場所から食材を取り出す。
「さ~て、何を作ろうか……な……うん?」
先程、何か重大な事を師匠は言ってた様な気が……?
気になるって事はとても重要な事に違いないのだが、師匠のノリとその場のノリでちゃんと師匠の言っていた事を聞いていなかった事に後悔する。
「たしか、師匠は……師匠ぉ~」
「うむ、なんじゃ? 何か足りない物でもあるのか?」
「あ、いえ、そうじゃないんですが、師匠が俺を弟子と認めようと言ってくれてたじゃないですか~」
「おう、言うたな~」
「その後に師匠続けて何か言いましたよね~」
「うむ、言うたな」
「その後に言った言葉を覚えてますか?」
「あぁ、この大魔王であるワシが、お主を強くしてやろうと言ったのじゃ! どうじゃ、心に響いたであろう」
「はい、すごく心に響きました! なんてたって大魔王である師匠に教えていただけるんですもん」
「そうじゃろそうじゃろ~」
「ははは、大魔王かぁ~! すげぇ~なぁ~、そうかぁ~、師匠は大魔王かぁ~、大魔お……う……今師匠大魔王って言いました?」
「うむ、言うたが、何か問題があるのか?」
「いやいや、大魔王って⁈ そんな話し聞いてませんって!」
「何を言うておる? 先ほど話したではないか?」
「いや、そんな――」
「ただいま~。いや~、今日はすっごい衝撃が森を駆け巡ったね~」
「おお~帰ってきおったか~?」
突然、入ってきた金髪のイケメン。
入ってきて早々に師匠と打ち解けている様子を見る限り、知り合いなのは間違いない。
「うん? 君は誰かな?」
「あ、初めまして! 自分は愛千 央雅といいます」
「こ奴はフォーリナーじゃ」
「フォーリナー? また珍しいお客様だねぇ~」
「そうじゃろそうじゃろ。ちなみに今日森を駆け巡った衝撃はこ奴が犯人じゃ」
「うわ~! それはすごいなぁ~。それで、央雅君はここで何をしてるのかな?」
「こ奴を今日からワシの弟子として鍛える事にしたのじゃ」
「へぇ~、君が弟子をねぇ~……今まで弟子を取らなかった君が、やる気を出す程の逸材って事かな?」
「まぁ、それは追々分かるとして、そうじゃ! イーサンも央雅を鍛えてやってはくれぬか?」
「僕がかい? 君が認めた人なら、僕が教えられる事は何でも教えるよ」
「よしっ! 決まりじゃ! 早速明日から訓練を開始といこうではないか!」
な、なんなんだ⁈
いきなり、また話に付いていけなくなったぞ!
師匠が大魔王って聞いて動揺しているのに、突然現れたこちらのイケメンさんまで俺に訓練をしてくれるって事になった……
俺は横にいる金髪のイケメンさんに視線を戻す。
「よろしくね、央雅君」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
いや、すっごく優しく、礼儀正しいんだけど、あなたは誰⁈
「何を不満そうな顔をしておる?」
「あ、いや、あの、こちらの方……は?」
「あぁ、ごめんなさい。僕はこちらにいるシルヴィの旦那で、イーサンといいます」
「し、師匠の旦那さん⁈ だ、大魔王の旦那さん⁈」
「そうじゃ! そして、私の旦那は勇者なのじゃ」
「へぇ~、師匠の旦那様は勇者なんですね~。へぇ~それはすごい。へぇ~、しかもイケメンな上に勇者……ゆう……しゃ……勇者ああ⁈」
「そうじゃ。さっきからそう言ってるであろうが! のう、イーサン」
「あはは。 いきなり言われたら、そりゃ驚くよね。こう見えて一応勇者を名乗らせてもらっています」
「だ、大魔王に、勇者……その二人が――」
「夫婦なのじゃ!」
「夫婦なんです」
「は、はは……は、嘘だろ」
――白い世界――
「ひっく、ひっく……」
『行ってしまわれましたね』
白い人は碧桜の肩に手を優しく置く。
「ひっく、ひっく……」
『寂しいでしょうが、必ずあなたのお父様はここにあなたを迎えに来てくれます』
「と、ひっく、父ちゃんは、き、来て、くぇる?」
『えぇ、必ず。あなたのお父様は約束を守ってくれます』
「う、うん! 父ちゃんは絶対に来る! だって、約束してくれたもん」
白い人の言葉を聞き、碧桜は徐々に元気を取り戻していく。
『碧桜さん』
「なぁ~にぃ?」
『碧桜さんはお父様の力になりたくはありませんか?』
「うん! 父ちゃんの力になりたい!」
碧桜は大きな声で答える。
その姿を見た白い人は微笑ましく感じる。
『なら、お父様が碧桜さんをお迎えに来る間、私とお勉強をしませんか?』
「うん! するー! 碧桜ねぇ、今度小学校1年生になるんだ!」
『おぉ~! そうでしたか! それならば一緒にお勉強をして、お父様を驚かせませんか?』
「愕かせるぅ?」
『えぇ……碧桜さんがどれだけ勉強をして、覚えた事を見せるのです。きっとお父様も驚くほど喜ばれると思いますよ』
「やるやる~! いっぱいお勉強をして、父ちゃんを喜ばせるぅ~!」
『その意気です。それではまずは――』
「うんうん!」
白い人は央雅と碧桜に対し、申し訳なさでいっぱいだった。
央雅には無理を言い、碧桜には寂しい思いをさせている。
央雅はあちらの世界に戻り、やる気を出している。
だが、碧桜はまだ6歳……だが、6歳なのにも関わらず、父のためにこんなに我慢をしている。
不安で不安で仕方がない状態なのに……
そこで白い人は考えた。
寂しい思いを紛らわせるために、勉強という名目で碧桜を成長させようと。
いずれ、央雅は窮地に立たされる可能性が高い。
央雅の弱点は家族。
そこを突かれたら央雅は何も手出しができないはず……
央雅が過去に戻れるまでには時間がかかる。
その間にできる事をやろうと白い人は考えたのだ。
こうして、碧桜は白い人に勉強を教えてもらう事になる。
いったい、何の勉強をするのか?
それは、ここにいる二人にしか分からない……