3-6
馬車に戻ると、御者は奴隷を連れている事を、
飛び上がる程驚いていたが、
深くは追及せず、屋敷へ馬車を走らせてくれた。
その馬車の中で、性別を偽っていた、
ネックレスを外す。
すると、奴隷の男は、かなり驚いた顔をしていた。
「詳しい事は言えないけど、
男の振りをしていたの、本当は女。
こんな事ができるのは二人だけの秘密よ」
そう言うと、こくりと頷く。
「その呪いも解けると思うわ」
そう言うと、信じられないと言う顔をする、
安心させるよう、笑顔を向けると、
奴隷の頬に涙がつたった。
御者にお願いをして、上着を奴隷の男に
かけている、屋敷の者にも、
奴隷である事はできるだけ隠しておくつもりだ。
そうして、屋敷に着くと、
予定よりずっと早い帰宅に、
使用人達は慌てているようだった。
「その男の方は?」
「街で出会ったの、困っている人には施しを、
女神マリアの教えに従って、
お連れしたの、まずは私の部屋に」
「なりません!お嬢様の部屋になど!」
「それなら、客室を用意して」
使用人達はあわてて、様々な準備をし始めた。
とりあえず、お風呂や食事の用意が
整う前に、解呪してしまいたい。
私は急いで部屋に戻り、魔石を用意する、
魔石の色は、一番容量が多くて青、
次に赤、少なくなるとオレンジ、
魔力が無くなると、透明になる。
一番青色が濃い魔石を用意し、
客間に向かう。
客間にいる奴隷を見て、
使用人達が、お風呂場に行っていたり、
料理を取りに行ったりで、
二人きりのタイミングを見図り、
魔石を発動させる。
刻印された文字は”解呪”
そのままだが、これが一番効果が高い。
ぱあっと白い光が奴隷を包む、
時間にして3秒程だろうか、ほんの一瞬の出来事。
奴隷は腕をゆっくり動かし、
手をにぎったりほどいたりしている。
どうやら解呪は成功したらしい。
「マリア様!」
奴隷は、そう叫ぶように言い、
その場に跪いて、私を祈るようにした。
ぎょっとした私だが、
使用人達はそんな奴隷を、
さぞ当然のように見ている。
「着替えの用意ができました、
まず、お風呂にお入りを」
「さ、お風呂入ってきて」
そう言うと、また泣いていたようで、
顔を覆うようにしながら、
よろよろと立ち、お風呂場へ向かっていく。
「客人はまともな食事をされていない
ようでしたので、スープや柔らかい物を
用意しております」
「ありがとう」
「客人の事は、旦那様にはお伝えしておきます」
「お願いね」
「あの方を雇うおつもりですか?」
「ええ、マリア様のお導きの通り」
女神の教えで、余裕のある者は、
苦しみの中にある者に手を差し伸べよと言う
ものがある。
手を差し伸べられた者は、
前世、善行を積んだ者の為、
その恵を与えられたと考えられるのだ。
お風呂場から出てきた奴隷は、
髭を剃り、髪も短くしていて、
上質な服に身を包んだ姿は、
良い家の貴公子を思わせるものだった。
青い瞳だけが、同一人物である事を
示していたが、そのまとう雰囲気がまるで違う。
貫禄が出て、どこか余裕すら感じさせた。
「えっと、食事を用意させるわね」
私の方がしどろもどろになりながら、
使用人に指示を出す。
話していた通り、胃に優しそうな料理が、
どんどん運ばれてきた。
「好きな物を、好きなだけ食べて頂戴」
「マリア様、感謝しかございません」
そういいながら、私を見つめる奴隷を、
さあ、食べて、と焦るように促す。
スープをスプーンにすくい、
口に運ぶのを見守る。
「美味しい?」
「はい、こんなに美味しい物は
食べた事がございません」
「そう、よかった、いっぱい食べてね」
奴隷はスープを口に運びながら、
また泣き出した。
本当によく泣くなと思いながら、
死の淵にいたのだから、仕方ないかとも思う。
「あなた、名前は?」
「過去の名前は捨てました、
マリア様が名付けては下さいませんか」
「私はマリアではなく、フェデリアなの
だけど、いいわ、ロイはどう?」
ロイは、女神マリアに従う騎士の名前。
「私は、貴方を私の護衛騎士にしたいの、
その筋肉と、手の剣だこからして、
相当の腕だと思うから」
「私のような素性の分からない者を、
雇って下さるのですか?」
「全ては女神マリアのお導きよ、
余程あなたは前世でいい行いをしたのね」
わざと軽い感じで言う。
普通なら解けないような呪いがかけられ、
奴隷の身分に落とされたのだ、
犯罪者か、それに近い者だとはうすうす感じている。
しかし、奴隷印の主である、私を守る以外に、
他人を傷つける事はできないし、
ロイのまとう雰囲気、話し方、態度、
食事のマナー一つとっても、
元々はそこそこの身分であった事は、容易に察せる。
事情は分からない、ロイが話したくなったら、
聞いてみてもいいかもしれない、
ただ、苦しい、嫌な思い出を、
無理に聞き出そうとも思わなかった。
「フェデリア様、貴方様こそマリア様です」
真剣な顔で告げるロイを見ながら、
彼を救えて、本当に良かったと心から思った。




