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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第一章 潜入編
6/208

5 学園のエレーナ・レーデン 1

 勇者。

 それは人類の希望の象徴である。


 1000年前、人類大陸に侵攻した魔族の力は強く、人類は数年の間に大陸の3分の1を奪われるまでに苦戦を強いられていた。

 しかし、魔族を打ち滅ぼす強力な武器――聖剣氣を持った勇者アイリアの登場により戦局は一変。

 アイリアを筆頭とした人間たちに『魔王の騎士(デモンズナイト)』も次々討ち取られ、ついには魔王も討たれ、戦争は終結。

 魔族は人類大陸を手にすることができず、魔族大陸の崩壊によって歴史からも退場した。


 アイリアの死後、人々は悲しみ、彼の命日は1000年後にも死を悼む特別な日になっている。

 勇者がいないという状況は、連邦を設立し団結した人類ですら不安になるものだった。

 また魔族のような敵が侵攻してくるかもしれない。勇者という旗印があったからひとつになれたようなもので、勇者がいなければ連邦そのものが瓦解するかもしれない。


 早急に対策を立てなければならない各国首脳だったが、その心配も杞憂に終わることとなった。

 聖剣氣を持つ者が現れ始めたのだ。それも複数。

 人種、地域、男女も問わず。


 人類はそれを「アイリアが遺した聖剣氣を受け継いだ者がいる」とし、勇者の後継として祭り上げた。

 しかし聖剣氣を持っていても人間は人間。

 自分こそが真の勇者だと他の勇者を排斥しようと動くものも現れ始め、時には連邦内で内戦が勃発する事態になることもあった。


 そうして生まれたのが、勇者制度だ。

 国の公的機関が聖剣氣持ちを集めて育て、選抜を行い、最も勇者足り得る者を連邦として勇者に認める。


 一代に一人。連邦政府に勇者と認定された者が、その代の象徴となる。

 これにより人類は1000年もの間、勇者という象徴を欠くことはなかった。



 アイリア学園学園長、ラビス・キウラス。

 彼という存在と、彼が先代の勇者だというのは、この大陸に住むすべての人間が知っていることである。

 人並み外れた聖剣氣の量と、彼自身の人徳。

 まさに『勇者』と呼ぶにふさわしい――と世間は彼を評した。


 本来、勇者は死ぬまで勇者としてその生涯を象徴――神輿であることに費やす。代替わりはとても戦闘ができないような老人になってから行われるものだ。

 だが彼は初老に差し掛かると勇者を引退、早々に代替わりを済ませ、行進の育成に専念するために学園長の座についた。

 勇者が早くに引退することは異例であったが、その理念を人々や政府は受け入れ、彼は今の椅子に座っている。



 □□□□□


 連邦の大統領に次ぐ、あるいは匹敵するような人物がわざわざ訪れたという事実に、クレアは緊張のあまり吐きそうになっていた。

 確かに自分は聖剣氣を持っているが、ラビスと並ぶ人物かと言われたら首が取れるほど横に振るだろう。


 大陸に住む民として、常にラビスという『勇者』は見上げる存在なのだ。


「ら、らららららラビス様ァ!?」

「ああ、そう驚かなくていいよ。固くもならなくてもいい。同じ学園にいるのだから顔を合わせることはこれからもあるだろう」

「いやいやいやそんな……!」


 畏敬の念を抱くクレア、そしてオキも立ち上がって彼を迎え入れたが、ミアは違った。

 座ったまま「あら、何か増えたわね」とでも言うような顔をしている。

 いくら生きる偉人といっても、魔族であるミアにとってはさほど重要ではないのだ。こればかりは長い時間をかけて直していくしかない。

 この意識の違いが、魔族が人間に溶け込むのは難しいと言われる一因でもある。


「み、ミア! ラビス様だよ! 勇者だよ!」

「今は違うのでしょう?」

「ミアー!!」

「ははは、面白い子だ」

「が、学園長すみません……しかし何故ここに? 今は指導中なのですが」

「ああそれなんだがね」


 ラビスはおもむろにテーブルに近寄ると、2人の前にあった反省文用の紙(1枚を除きすべてくしゃくしゃ)を取り上げた。


「初日から授業に居ない者がいるのもね」

「しかし学園長、彼女たちは罰を受けるに相応なことをしました。償うべきです」

「君は、昨日彼女たちが4年生に襲われたのを知っているかな?」

「……?」


 ミアとクレアの2人は揃って目を丸くした。

 どちらもバーダリー・ブレスと3人の悪漢に路地裏で絡まれたことは他言していない。

 2人は襲われた側だが、返り討ちにした挙句金品を奪ったのだ。過剰防衛だと言えなくもない。

 まして相手はこの国の子爵家だ。貴族相手に無礼どころではすまないことをしている。


 クレアは顔を青くした。

 やはりダメだったのか。反省文と社会奉仕だけでは済まない、生き地獄ともいえる罰が待ち受けているのではないかと震えた。


 ミアは「ああそんなこともあったな」という顔をした。

 ぶっちゃけ忘れていた。

 金品強奪は、彼らに意識が無かったのだから後から来た誰かが倒れてる彼らから奪ったのではないかと主張できるし特に問題ないだろうとすら思っていた。


「この2人は4年生のバーダリー・ブレス率いる者たちに襲われたそうだよ。返り討ちにしたとも聞いているね」

「なっ……!? そうなのですか!?」

「えっ!? あーー……そう、だったようなそうじゃない、ような……」

「忘れてました。そうでした」

「み、ミア……」


 昨日、ミアは彼らを殺さなかった。

 つまり意識が回復した彼らは証人になる。

 下手に嘘をつくより、気絶させたところまでは認めてしまっていいだろうとミアは考えた。


「昨日、入学式が終わって学園に戻った頃にね。ブレス君本人が訴えてきたよ」


 ラビスは彼が受けた話と、その対応を話し始めた。



 □□□□□


 入学式の日の夕方、「貴族である自分を路地裏で襲った不届き者がいる」という話をバーダリーはラビスに持って行った。

 バーダリーの思惑としては、これでミアたちに罰が降るようにしかったのだろうが、ラビスは話をそのまま受け取りはしなかった。


 ラビスには歳と共に人生経験も重ねている。

 前々からあったバーダリーの悪い噂、相手が女子であること、それらを踏まえ、口八丁でバーダリーに質問……尋問し、話の全貌を引き出したのだ。


「君は貴族の嫡子だ。多少好き勝手する権利がこの国ではあるのだろうが……学園では別だ」

「な、なにっ」

「アイリア学園にも確かに貴族と平民の区別はある。しかしそれはあくまで区別。上下は無いんだよ。君はただ、同じ学園の生徒に喧嘩で負けた。ただそれだけだろう」

「しかし! 俺はそのあと金を取られたんだぞ! 指輪やブローチも!」

「それについては当人たちに聞こう。聞けば君と、君の"友人"は数時間そこでノビていたんだろう? 通りがかった誰かの仕業かもしれない」

「ふざけるな! 奴らに決まっている! とっととあの2人を退学に――」


「それを決めるのは私……そして連邦だよ」


 怒り心頭で何度も机を叩くバーダリーを、ラビスは温和な、しかし鋭い目で制した。


「君は"友人"と共に路地裏で女子2人を襲い、返り討ちにされた。事実だけを見るなら、彼女らの正当防衛だとも思うがね」

「何を言っている! 俺を誰だか知らないのか学園長? 俺はこの国の貴族だ! 平民風情があんなことを……! 死刑に値する行為なんだぞ!」

「それはただの平民なら、の話だね。アイリア学園の生徒の在籍は『柱の国』ではないよ?」


 聖剣氣を持ち、勇者候補である生徒たちは、学園が所在する『柱の国』ではなく、連邦そのものの管轄に置かれる。

 つまり貴族相手に、政治的に不利でないということだ。対等どころか、ただの貴族相手ならば生徒の方が連邦的には格上として扱われるだろう。

 そして聖剣氣持ちに、貴族と平民という優劣は存在しない。それが人類の総意ともいえる連邦の決定だ。


 それをバーダリーは分かっていなかった。

『柱の国』で十数年しか生きていない彼はまだ、視野が狭かったのだ。


「クッ……! ならばもういい! 使えないな……!」

「おや、どこへ行くんだい?」

「学園でどうにもならないなら、他でどうにかするまでだ!」



 □□□□□


「――というわけで今朝方、彼の家……ブレス子爵家当主から直々に抗議の文書が送られてきたよ」

「それで、どうしたのですか?」

「ははは、ありがたいことに、この学園は連邦の機関として扱われる。連邦最大の国家である『柱の国』であっても、敷地内や生徒同士の出来事には治外法権が適用されるというわけでね」


 ラビスは纏う柔らかな空気を変えぬまま、言い放った。


「連邦法に則ってこう返したよ。『すっこんでろ』とね」


 ミアとクレアにとっては安堵すべきことだろう。

 ラビスの話を聞くに、貴族への無礼がお咎めなしになりそうだ。


「それに、調べてみたらブレス君はなかなかに悪いことをしていたね。彼のやっていることも、同じ封筒にリスト化して入れておいた。あとはあの家の問題だろう」

「学園長がそう仰るなら、ブレスさんにも指導が必要でしょうか」

「貴族の彼が素直に聞くとは思えないが……君に任せよう」


 さて……とラビスはこの話題を切り上げる。


「新入生には手荒い歓迎だったようだからね。反省文は流石に無しにしよう。けど、これは今回きり。次何かしたら、ちゃんとオーシー君の言うことを聞くようにね」

「は、はいっ!」


 チャラになるどころか反省文まで免除になり、クレアは心底ホッとした。


「当然よね。こっちは襲われたわけだし」

「ミア!」

「もうこの部屋とはおさらばしましょうか。私たちには勇者となるべくお勉強しなければならない義務があるのだものね」

「ははは、でも社会奉仕はしてもらうよ」

「は?」

「君たちが入学式に出ず、街を遊び歩いていたのは事実なのだからね」

「そうですよブロンズさん! プレトリアさん!」

「えっ、私!? あぁ……はい」


 今回ミアたちは、ちょっとした街の噂になるほど目立っていた。

 大げさな言い方をすると、それは勇者を育成するアイリア学園にとって、あってはならない悪評だ。

 つまり悪評の分、2人はボランティアでもしなさい。

 というのが学園側からの罰――社会奉仕だった。


「ちっ……」

「ああ言い忘れていました。ブロンズさん、あなたは今日の遅刻のこともあって一週間追加です」

「反省してまーす」

「ミア、心が籠ってないよ!」



 □□□□□


「さて、早速君たちのクラスを決めなければね」


 新入生は入学式の時に、聖剣氣の量を量る。

 聖剣氣の保有量は人それぞれであり、ピンキリである。

 基本的に聖剣氣の量が多いほど勇者としての資質に恵まれてるといわれるが、歴代勇者の中には少ない保有量で勇者となった者もいるので例外もある。


 そして人類全体の割合としては極少である勇者候補も、1クラスにまとめるほど少なくはない。

 そのクラス分けが、聖剣氣の保有量別ということになるのだ。



 ミアたちはラビスと共に、学園のとある部屋に来ていた。

 水晶室と呼ばれるそこは、聖剣氣の量を測定できる聖水晶とよばれる水晶玉が置かれる部屋だ。

 聖水晶は入学式時にのみ部屋から持ち出され、王城の勇者聖堂で新入生全員を測定するために使われるが、普段はここに置かれているのだという。


 聖剣氣の測定には学園長が監督する義務があるため、ラビスも同行しているというわけだ。


「ではまずプレトリア君、触れてみたまえ」

「は、はいっ」


 クレアが聖水晶に触れれば、その球体の中――底の方から徐々に、まるで水が溜まるように白く変色していった。

 その白は水晶の6分の1ほどまで上がると、そこで止まる。


「ふむ……プレトリア君は第3クラスだね」

「第3クラス……?」

「聖剣氣の保有量としては、残念ながら一番少ないクラスだよ」

「がーん……!」

「さて次はブロンズ君……個人的に、聖剣と同じ名を持つ君の測定はワクワクするね」


 聖剣と同じ名前というのは、アイリアが持っていた聖剣ミアのことだ。

 そのことに、ミアは少しだけ眉を八の字にした。


 ミアの指が水晶に触れる。

 クレアの時と同じように、水晶の底が白くなり始め……1cmほどで止まった。


「えっ……ミア……?」

「ふむ……?」

「…………」


 聖水晶の10分の1にも満たない。無論最低クラスと判別されたクレアよりはるかに少ない。

 それがミアの測定結果だった。


「これは、ある意味学園の新記録だね。プレトリア君と同じ第3クラスだ」

「そう……」


 ミアはこの結果に疑問を抱いていた。

 元々魔族である彼女が聖剣氣を持つに至ったのは、奇跡ともいえる偶然によるものだ。

 そんな状況で多くの保有量は別に期待などしていなかったが、彼女が不思議に思うことがひとつある。


 数秒の時間を要し、ミアは納得したように聖水晶から手を放した。


「(多分、これは……"私自身"の聖剣氣を量ったものね)」


「み、ミア! 落ち込むことないよ! 保有量が少なくても、勇者になれるかもだし!」

「そうだね。大事なのはその人物が勇者足り得るか、だよ」

「それにミアと同じクラスで嬉しいなっ!」

「別に落ち込んでないし、気にしてもいないわよ」


 励まして喜んで……忙しい奴だなという顔をミアがクレアに向けることはなく、冷静に肩を竦めた。


「それにミアは魔法の才能もあるんだし! 昨日やってたよね。アークライトニング……だっけ?」

「ほう……」

「……」


 ラビスが一気に興味深そうな目をした。


 魔法を使うには、生まれながらの魔法適性があるかどうかで決まる。

 魔力を感知し、操る才能のことだ。

 血筋も関係するが、やはり人類全体で見れば魔法を使える者は少ないと言えるだろう。


 人間であれば、聖剣氣と魔法適性の両方を備えた人物は本当に極稀だ。

 ミアはその超レアケースに該当した。


「(魔族なのだから魔法は使えて当然なのだけれどね)」


「なるほど、卒業後、勇者になる気がなければ聖剣氣を持つ魔法使いとして大成するかもしれないね」

「わぁぁ……! ミアすごいねっ!」

「といっても、学園には他にもブロンズ君のような魔法適性を持つ生徒もいる。彼女と話すのも、互いにいい刺激になるだろう」

「彼女?」

「君の先輩にあたるかな。2年生に1人ね……さて、そろそろ君たちを縛っておくのも悪いだろう。そろそろクラス担任に預けようか。授業中だけど、まぁいいだろう」


 そう言うとラビスは近くにいた教師を呼び止め、第3クラスの担任を呼び出すよう伝えるのだった。

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