40 大会のエレーナ・レーデン 3
楽器隊によるパフォーマンスが行われる少し前、別々に設けられた闘士用の入場口付近で、アイリア学園とシェリア魔法学園の面々が、それぞれ最後のやりとりを交わす。
アイリア学園側では、学園長のラビス・キウラスからの激励があった。
「この勇魔大会は歴史のある催しだけど、勝ち負けに拘らないでほしい。何回か負けてることもあるし、元々祭りのようなものだからね」
学園のトップであり前勇者である彼の言葉に、オーソーなんかは背筋をピンと伸ばして「はいっ!!」と返している。
ラビスはうんうんと頷くと、少し声をひそめ、生徒たちに耳打ちするように続ける。
「それと……怪我には気を付けること。今のシェリア魔法学園の学園長は、数年前に就任した人なんだが……なんというか、分かりやすく言えばこちらをやっかんでる人でね。向こうはこちらに全力で魔法を使ってくるだろうから、油断しないように」
ミアは先ほどのマァゼの言葉を思い出す。
生徒に『殺す気でかかれ殺しても構わん』みたいな指示を出していたという。明らかにヤバい奴だ。
「勇魔大会は大統領も観戦する一大行事だ。この前あったように、反連邦を謳う者がなにか行動を起こすかもしれない。警備は万全だし隣には勇者もいるから心配は無いと思いたいけど、もしもの時は君たちにも働いてもらうかもしれない。まぁ、そうならないようにするのが我々大人の仕事でもあるけれど、心の隅に置いてくれたまえ」
そう注意されたところで、入場口の向こうから割れんばかりの歓声と、楽器隊の演奏が聞こえてくる。
だいたいの流れはここから各校の代表が舞台に出て、大統領が挨拶し、勇者が挨拶し、来賓が挨拶し、試合を開始することになる。
「では、後は客席から見させてもらうよ。さぁ行っておいで」
白い制服に身を包んだ7人は、列を作り歩き出した。
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一方、シェリア魔法学園側では、学園長アザル・ジフィンが口から唾を飛ばす勢いで生徒たちに語りかける。
枯れ木を思わせる老婆だが、そのエネルギッシュさは年齢通りの印象を与えない。
「いいか! 敵を殺せ! お前たちは私が選んだ戦いの才を持つ者たちだ! 身体強化で距離を詰められるより前に魔法陣を描け!」
魔法学園の代表も7人。様々な国から集まった魔法使いの子供たちだ。
その中にはマァゼの姿もある。1年生の彼女は、見た目だけなら最年少。
他には息巻くゴリラみたいな男や虚空を見つめる少女など、曲者揃いという言葉が当てはまるだろう。
「せんせぇ、殺したら大問題ってさっき言われたのね」
「お黙り! 問題なんてあるものかい、聖剣氣持ちなんぞその辺から生えてくるようなものなんだからね!」
アザルの中には、アイリア学園への鬱憤が溜まっていた。
魔法使いは太古から人々の上に立ってきた人種だ。長い長い人類の歴史から見れば、聖剣氣などというものはポッと出に過ぎず、勇者などは人間にして天使と同じ位とされていることが烏滸がましい。
そう思う者は、魔法使いの中に少ないながらも存在する。アザルはそのひとりだった。
「それに死んだとしても、それはアイリア学園の生徒が弱いというだけのこと。大統領の前で無様を晒す方がよっぽど罪深いわい」
マァゼが「ふーん」と零し、ニタァと笑う。
他の生徒たちも、アザルの言葉を否定する者はいない。
「さぁ出ていきな! 英雄シェリアの名を冠する我らがいつまでもあの白服どもに土をつけられっぱなしだなんて、そんな歴史は昨日までだと思い知らせるんだ!」
相手は聖剣氣で身体強化をして襲い掛かってくる集団。
だが生徒たちの顔は自信に溢れ、負けるつもりなど微塵もないことが伺える。
彼ら彼女らは、この戦いを制すためにアザルの厳しい授業を受けてきたと言ってもいい。
アザルの授業はこれまでの『魔法の使い方はそこそこに、魔法使いとしての心構えを育てる』という貴族教育めいた学園方針から、より実戦的な魔法戦闘に比重を置いた方針を施した。
それはすべて、代表メンバーを選抜するためのもの。
学内で行われた選抜戦に残った彼らは、既に冒険者としてやっていけるほどの魔法戦闘の達人となっている。
マァゼだけは教育を受けずとも最初から強かったため、よく分からないままに戦っていたら代表になっていたという経緯があるが、また別の話だろう。
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オープニングアクトが終わり、各校の代表が入場し、舞台に上がり向き合う。
同時に【拡声】の魔法を使った司会が生徒たちの紹介をし始める。
まずアイリア学園側の紹介があり、次にシェリア魔法学園側の紹介。といっても名前だけを確認するような作業であったが、ミアが見るに、見た目のインパクトは相手に軍配が上がるだろうと考えた。
眉目秀麗な、クールですと言わんばかりの雰囲気を醸し出す細身の男、セイド・アンブスジッド。
身長が2mほどある筋骨隆々な褐色肌のゴリラのような大男、ドレッド・サラー。
ボーッと虚空を見つめ、本当に自分で歩けるのかと不安になるような少女、リセ・トロイ。
何が面白いのかずっとクツクツと笑い、口を半開きにしてヤバい目をしている女、キスノ・ローズ。
目を瞑り小声でブツブツと天柱教の経典の内容を唱えるスキンヘッドの男、カンジス・アムスス。
ニタァと口を歪め、爬虫類を想起させる顔つきの小柄なモヒカン男、ソーギス・ケンカン。
ミアと目が合う度に笑いかけてくる、見た目ならスーヤを抜いて最年少の少女、マァゼ。
相対しただけで、一癖も二癖もあるような連中だ。
ミアはさっさと帰りたい思いに駆られるが、横を見ればアイリア学園の生徒たちはやる気じゅうぶんな様子。
特に真面目なオーソーは、口を真一文字にキュッと締め、メラメラとしている。
ややあって、特別席に居る大統領が立ち上がり、演説用の壇へと向かう。
「こうして今回も勇魔大会を見ることができる、私は幸運だ。両校共に全力を尽くしてくれたまえ。今回は政治的な場ではないため、私の話もこれくらいにしておこう」
【拡声】で大統領の声が闘技場の中と外に響き、言葉が終わると共に、何度目かの大きな歓声が鳴る。
次に勇者が壇上へ。彼から発された言葉は「全力を尽くせ」の一言だけ。
短いうえに大統領と被っている、それでいいのかとミアは思うが、大統領の時と変わらない大きさの歓声が返された。
そして来賓、連邦や各国の偉い人が次々に挨拶していく。
最後にウェンユェが壇上に立つと、人々は魅了されたかのように彼女を注視する。
「最後というのは緊張しますが、こんにちは。『拳の国』のウェンユェ・シンウーと申します」
優雅に形式ばった挨拶を済ませ、話を続ける。
「さて、この度の勇魔大会について、私からひとつ提案があります。お時間をよろしいですか?」
ウェンユェが見る先は、司会や学園長たち、そして大統領。
大統領が片手で「どうぞ」の仕草をすると、ウェンユェはニッコリと笑い、続けた。
「戦いが行われるのはあの舞台……しかし、少し味気ないように感じてしまいます。そこでどうでしょう、私の魔法で、より楽しい舞台へと変えるというのは」
観客席から「おおっ」と期待するような声が上がる。
「説明するよりお見せした方が早いかと。では――」
舞台すべてを覆うような魔法陣がミアたちの足元に浮かび上がる。
そこからドーム状の空間が形成され、生徒たちは驚いている間に中へと閉じ込められ、周りにいくつもの建造物が生えていくのを見た。
「私の固有魔法は、舞台を作るというもの。空間を少し圧縮し、町ひとつぶんの広さをあの舞台に作り出します。その広い舞台――町の中で戦ってもらうという、というのが私の提案です。町並みが私の国のものというのは、ご容赦ください」
説明の間に、闘技場の舞台はすっかり様変わりしていた。
彼女の言う通り、現在あの舞台は空間に手が加えられ、『拳の国』の町を再現したような広さになっている。
「私の従者に、遠くを見る魔法を持つ者がいます。これを使えば……」
ウェンユェが控えていた女性に指示を出すと、まるで空中にいくつもの窓が浮かぶように、その魔法が展開された。
その窓は様々な角度から、舞台の中を映し出している。俯瞰したものから、代表生徒に近いアングルのものまで様々だ。
空中に別の場所を映し出す窓が現れる――前にヘブンズコートで天使長が見せたものと似ている、とミアが見ればそう思っただろうが、舞台の中から外の様子は伺い知れない。
「この魔法により、中から外への干渉はできなくなっていますので、間違えて客席に魔法が飛ぶなんてこともありません。私も芸の道を歩む者……これで皆様をより楽しませることができると出過ぎた真似をしてみましたが……いかがでしょうか?」
観客席から歓声が飛んだ。
さらに闘技場の外でも歓声が上がる。こちらの空中にも同じように窓が現れ、立ち見とはいえ勇魔大会を見ることができるのだ。
司会者は内心大慌てで学園長席や大統領席を見る。ウェンユェ本人が言うように、これはあまりに出過ぎた真似だ。大統領をはじめとしたトップが首を横に振れば認められないし、不敬であると非難されるかもしれない。
しかし心配をよそに、大統領は満足そうに頷いた。
「よろしい。ウェンユェ・シンウーの提案を取り入れよう。それでは開始の合図を」
これまでも王都の一画を使った勇魔大会はあったが、あくまで祭りなど、安全なものだった。
こうした市街地を舞台とする試合が行われるのは初めてのことであり、その新鮮さに、大統領の寛容さに民衆は湧いた。
「これより勇魔大会、御前試合を開始します! 一定時間が過ぎるか、どちらかが全滅すればそこで終了です! 脱落条件は気絶か降参、時間切れとなった場合には残った人数で勝敗を決します! それでは、はじめ!!」
開始の合図と何度目になるか分からない歓声は、舞台の中にいる生徒たちにも響き、それぞれが動き出す。
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まさかこんなことになるとは、というのがミアや他の生徒たちの感想だった。
広いとはいえ端から端までが見える舞台だった場所は、ウェンユェの固有魔法により町と化した。
『拳の国』のものをモチーフにしたという町並みは、これまで見たことのない独特な建物で溢れている。
そして、空間圧縮の影響か、先ほどまですぐ隣にいた生徒たちはバラバラの場所に飛ばされていたのだ。
全員がランダムの場所に振り分けられ、ひとりからのスタートになる。
そうなると、オーソーが口を酸っぱくして言っていた2人1組の作戦が意味をなさない。
ミアはまず、自分のペアであるそのオーソーを探して歩いた。
意外と言うべきか、彼はすぐに見つかった。
「ミア君! 無事だったか!」
「ええ。それにしても、まさかこんなことになるなんて……」
「確かに予想外だった。しかし他の者も同じように合流してくれていることを祈ろう。僕たちは変わらず動くぞ!」
ミアとオーソーの組は敵を各個撃破するという役割がある。
今もこの作戦が生きているか分からないが、とりあえずミアはオーソーの背中を追うことにした。
「え、ちょ、走るの?」
「当然だ! 他がどうなっているか分からない以上、僕らが活躍せねば! 君にも期待しているぞ、魔法使い!」
「はぁ……まぁ、目立たない程度に頑張り――ッ!?」
突如、ミアの脚がガクンと崩れ落ちる。
それはオーソーも同じだったようで、ふたりして異国の町の路上で倒れることになった。
「な、んだ……!?」
「足が……」
足が動かない。どれだけ力を込めても、込めているつもりでも、微動だにしない。
それどころか、足の感覚がほとんど無い。
「なんだ、何かの魔法なのか!?」
「これは……麻痺?」
「正解……」
ハッとして顔を上げると、道の向こう側から歩いてくる人影があった。
フラフラと、ボーッと、幽霊のように幽かな雰囲気を纏う緑色の髪をハーフツインにした少女。
その黒い制服は、間違いなくシェリア魔法学園のものだ。
「はじめまして……リセ・トロイ……です……」
小さな声と共に、彼女の服の下から何かの粉が撒かれる。
「固有魔法か……!」
「正解……私の固有魔法は……【薬品生成】……今のは……麻痺薬……」
そんなことを聞いてしまえば、撒かれた粉を吸い込むわけにはいかない。
しかしいつまでも呼吸を止めることはできず、たまらずミアとオーソーは再び吸い込んでしまう。
今度は下半身全体の感覚が鈍くなった。
「(これだから人間相手は……!)」
魔族の固有魔法が種族ごとにあるように、人間はその血筋ごとに固有魔法を有する。
つまり、人間にはバリエーションに富んだ固有魔法がいくつもあるのだ。
先ほどのウェンユェの魔法も、この【薬品生成】も、ミアにとっても初めて見る魔法だった。
「薬は過ぎれば毒になる……まず2人……」
クレアやアデジアに格好いいところを見せるとか言ってる場合ではない。
始まって早々、ミアは脱落しようとしていた。




