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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第一章 潜入編
3/208

2 逆捩のエレーナ・レーデン

「あっちの屋台も美味しそうよ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

「あら、お腹いっぱいなの? じゃあ……あの球当てなんか──」

「だから!」


 ミアは馬車から助けてくれた同学年のクレアと、お祭りを楽しんでいた。

 先ほどダメにしてしまったストリアを買いなおし、さらに他の屋台グルメも堪能し、露店でウィンドウショッピングに興じ、その都度クレアに怒られる。


「クレア、考えてもみなさい。もし奇跡が起きて私たちがまっすぐ王城に行けたとしても、その頃にはきっと入学式は終わってるわよ。誰もいない聖堂で入学ごっこでもやるつもり?」

「で、でもでも! 行かないのはどうかと思うよ……」

「だから行けるのが奇跡って言ってるでしょ。私たち、そもそも王城への道がわからないのだもの。というか、寮に帰るにも馬車の停留所を目指すにも道がわからないわね」

「うううぅ……」


 ミアは諦めることを選んだ。

 それにこれは悪いことばかりではない。

 このお祭りは入学式の前々日から3日間にかけて行われるが、入学準備や入寮で忙しい新入生には街を回る時間などなく、まともに楽しむことができないのだ。

 つまり他の生徒よりも1歩も2歩も先を行っていると言ってもいいだろう(?)。


「それに怒られるのは確定よ私たち。どうせ伝統だの格式だのにうるさいだろうし」

「うう……だよね」

「それを回避して、こうしてお祭りを楽しんでいるのよ。もはや勝ちと言っても過言ではないのではないかしら」

「過言だよ! どっちみち明日にでも怒られるよ!」

「じゃあ明日もバックレれば……」

「初日から不登校!?」


 クレアは真面目な少女のようで、あーだこーだとミアを連れ出そうとしている。

 しかしミアにはどこ吹く風であった。


「大丈夫よ。私もあなたも顔は良いから、なんとかなるわよ」

「急にどうしたの?」

「世の中ね、顔が良い人間がちょっと上目遣いすれば大抵のことは叶うものなの。現に王都に来るまでの旅ではそうやって衣食住を得てきたわ」

「詳しく聞きたいところだけど聞かないでおくね。今の言葉ごと」

「だから怒られても、『えーんごめんなさい許してください』ってウソ泣きすれば解決よ」


 クレアは普通に無理だろうと一蹴しようとして、うーんと考え込んでしまった。

 ミアの言葉には絶対的な自信がある。彼女の言葉が本当なら実績もある。お世辞でないならクレアはかわいい。

 もしかしたら本当になんとかなるのではないか。クレアの気持ちは傾いていた。


「そうなのかな……そうかも」

「そうなのよ(え、今の言葉信用するの? こういう子が詐欺に騙されるのね)」


 ミアは心の中で盛大に梯子を外した。



 □□□□□


 屋台を見て回っているうちに、日はすっかり高くなり、どうあがいても入学式には間に合わなくなったクレアはもう吹っ切れた。

 ミアと共に財布をどんどん軽くし、気付けばお祭りを楽しむ制服女子2人のできあがりだ。


「ふぉれふっほふほひひーへ!」

「クレア、行儀が悪いわよ。確かにこれは美味しいけど」


 あれよあれよと、道もろくに覚えずに屋台から屋台へ。

 冷静に戻ったのは2人して手持ちがすっからかんになってからだった。

「馬車に金を使うくらいなら歩く」と決意して寮を出たミアの金銭感覚は、食べ物の前には脆く崩れ去るらしい。


「ねぇミア、ここどこ?」

「どこかの路地裏ね。迷ったと思う?」

「ミア的に言えば、迷ったと思ってないから迷ってない! じゃない?」

「いや迷ってるわよ。正確には迷いっぱなしよ。迷ってるからこんな薄暗い路地裏に入っちゃうのよ」

「学園生活もお先真っ暗だもんね」

「2人なら怖くないわね」

「怖いよ」


 大通りの喧騒が遠く聞こえる路地裏には人っ子ひとりいない。

 不気味さすら感じる中、嫌な予感がしたクレアは間もなく予感が正しかったことを知る。


「クレア、止まって」

「へ? でも大通りに出ないと迷いっぱなしだよ?」

「向こうから2人、後ろから1人」

「???」


 ミアは勘付いていた。

 どうやら、前後から来る3人は自分たちに用があると。


「よう、見たところアイリア学園の生徒のようだが……迷子かい?」

「そうなんです!」

「クレア?」


 はぁ何真面目に答えてんだコイツという目でクレアを見るミア。

 残念ながらクレアが気付いていないのでツッコミの意味をなしていない。


「そうかそうか! じゃあ俺たちが送ってってやるよ」

「未来の勇者サマ候補だもんな」

「結構よ。間に合ってるわ」


 ミアは断るが、男たちは近付くのを止めない。

 男たちのナリはどう見ても堅気ではない。見える位置にナイフやら剣やらを下げ、大股で歩くのはかつて見たことのある野盗と同じだ。


「そうつれねぇこと言わねぇでくれや。2人とも出るとこは出てねぇが、上玉じゃねぇか」

「は?」

「分かりやすく言ってやるよ。痛い目を見たくなけりゃ、俺たちに付き合うのがオススメだぜ」「ぬへへ」


 正面から歩く2人のうち、ナイフを腰にさげた男の手がミアに伸びた。


「ミア、逃げよう……!」

「ハァ~……」

「逃げられるとは思わねぇこった。俺たちは魔物だって容易くぶっ殺せるツワモノ──ベバッ!?」


 ミアの左手が、ナイフ男の胸を押す。

 押しのけるようなアクションだったが、男は軽く吹っ飛び、転がりながら地面とのキスを果たした。


「なっ、なんだこのガキ!?」

「邪魔よ」


 再びミアの左手が動く。

 今度は剣を下げていた正面の男の頭を掴み、建物の壁に叩きつけた。

 クレアは一瞬目の前でトマトが潰れるような光景を覚悟したが、ただ壁にぶつかった男が悲鳴をあげて気絶するだけで済んだことに安堵する。


「テメェ!」


 後ろから迫っていた男は、走り寄りながら剣を抜こうとし──止まった。

 ミアが見えないほどの速度で腕を振ったかと思えば、次の瞬間には自分の足元にナイフが刺さっていたからだ。


 ミアはナイフを持ち歩くなどはしない。

 最初に突き飛ばした男の物を、空いた右手で素早く抜き取った。立ち止まった男にはそれがわかってしまった。長年つるんでいる仲間の得物を見間違えるわけがない。


「エスコートが必要に見えて?」

「ぐ……!」

「あ、そうだわ。いま私たちお金が無いのよ。貸してくれないかしら?」

「はぁ!? ミア!?」

「覚えてたら返すから、とりあえず1万ほど」


 絡まれたかと思えば絡んでいた謎の展開に困惑するクレア。

 それは男も同じだったようで、小馬鹿にされたと思ったのか剣を握る力が強まったように見える。

 しかし共に素寒貧だったクレアは思っていた。「本気で金を無心している」と。


「なにもお金は自分だけが持っているものじゃないものね」

「このガキ……!」

「はやく出して。出せないなら失せなさい。長くは待ってあげられないわよ。料理は冷めるものだから」


 ついに男が剣を抜いた。

 どうやら平和的に金を毟り取ることはできなさそうだと諦めたミアもまた、ため息と共に男に向き直る。



 そこにひとつの足音が訪れた。


「いやぁ、ハハ。派手にやったようだな」

「っ、ねぇミア、制服だよ!」


 足音の主はひとりの男。ミアやクレアと同じように、白い制服を着ていた。

 アイリア学園の生徒だ。


「またコスプレ? 間に合ってるんだけど」

「ミア、多分この場にコスプレはひとりもいないと思う。あとコスプレネタいつまで引きずるの?」

「味がしなくなるまで」

「そこまでしぶといネタでもないよ! もう既に滑ってるよ!」

「おいおい無視とはつれないな。せっかくコイツらを伸したことを誉めてやろうと思っているのに」


 男は倒れている2人を邪魔だと言わんばかりに足蹴にすると、自身が持つ剣のリーチのギリギリ外にミアたちを捉える距離で立ち止まった。


「……貴族ね」

「ほう、俺の顔を知っていたか」

「初めて見るわ。でも貴族は分かるのよ。自然と他人を見下す感じ、板につきすぎ」

「ひえっ、き、貴族!?」

「ふん、生意気な奴だな。貴様、新入生か?」


 クレアの怯えたような反応はごく当たり前のものである。

 平民であるクレアにとって、貴族は国を支配する側の人間。まず逆らってはいけない対象だ。

 逆にミアの不遜な態度にこそクレアは問題があるのではないかとすら思うほどに。


「ば、バーダリーさん!」

「まったく使えない連中だ。遊ぶ女ひとり捕まえられないのか?」


 どうやら絡んできた連中とこの貴族を名乗る男は知り合いだと、ミアとクレアは理解し、思い至った。


「ふーん、ゴロツキ3人で女を引っかけてお遊びに興じる貴族、ね」

「ああ。お前たちのように聞き分けがない女は、俺が自ら声をかけるというわけだ。こうすれば平民はすぐに膝を折るからな」


 ちらりとクレアを見る。確かに平民はそうだろうとミアは目を閉じた。


「それで、何をして遊ぶの? カード?」

「ハンッ、たまにはお前らのようなガキで楽しもうとも思ったが気が変わった。学園の人間なら、これから俺に逆らえないよう徹底的に痛めつけて調教しようじゃないか」


 制服男が剣を抜き、後ろにいる男も形勢逆転だと口角を上げる。


「み、ミア! どうしよう!」

「どうするって、先輩の熱いご指導に胸をお借りするしかないのではなくて?」

「諦めるの!? うぅぅぅ……」

「お前のように貴族に反抗的な者もたまにはいたよ。まぁ、少し痛めつけたら泣いて許しを乞うてきたがな。せいぜい泣き喚け。女の悲鳴は俺のごちそうだからなァ」

「酷い性癖もあったものね」


 クレアは減らず口が留まらないミアを見ながら心底後悔していた。

 食べるのに夢中で馬車に轢かれかけるこの変な女を正義感から助けたのがケチのつきはじめだったと。

 せめて財布の中身が無くなる前に引きずってでも王城を目指すべきだったと。

 せめて裏路地に入る前に引き留めておけばと。


「『柱の国』ブレス子爵家が嫡子。4年のバーダリー・ブレスだ。卒業まで可愛がってやるぞッ!」


 バーダリーが踏み込み、剣を突き出す。

 ミアの右腕を狙った攻撃だ。

 当のミアは右足を浮かせ、左足を軸にまるでダンスのようなターン。

 一回転すると共に、浮いたままの右足の高さをさらに上げ、躱された突きの体勢のままのバーダリーの首目掛け、踵を叩きつける。


 バーダリーは避けられるとは、その上反撃を貰うとは思わなかったのか、「ガッ!?」と短く叫んで蹴りをくらい膝をつく。


「……不敬が極まったな、この女……!」


 そして怒気を隠すことなく、スッと立ち上がった。


「聖剣氣の身体強化……」

「ほう、予習はしているようだな」


 1000年前、人類は魔族の強靭な身体能力に苦戦を強いられていた。

 しかし勇者は聖剣氣の持つ特性のひとつ、身体能力強化を使い、人より遥かに勝る膂力を持つ魔族と対等に渡り合った。


 そして聖剣氣は、このバーダリーも持っている。

 彼の体を薄い光の膜が覆っているように見えるのがその証拠。

 聖剣氣を持つ者は、使い方を知るだけで常人より強くなれてしまうのだ。


「あなたのようなクズにも、勇者の力がばら撒かれていると思うとやるせないわね」

「力だけではない、ぞッ!」


 先ほどよりも速くなった剣が振るわれる。

 しかしミアには当たらない。必要最低限の動きで服にすら掠らせはしていない。


「クレア、離れていて。人質にとられたら諸共討たなければならなくなるわ」

「見捨てること前提なの!?」


 ミアは言葉をかけながらも、不要な心配だろうと考えた。

 自分を馬車から助けた時、彼女は聖剣氣の身体強化を使っていた。だからこそ、常人には不可能のスピードで助けることができた。

 クレアならばポツンと忘れられたように立ちつくす暴漢ひとりにうっかり人質にとられるということはないだろう。むしろ返り討ちにできるはずだ。


「いい判断だな。間違えて2人まとめて殺さずにすむ」

「あら、意外とお優しいのね」

「まずはお前をクレアとやらの前で楽しんでから、殺してくれと言うまで刻んでやろう。その後で赤毛を堪能するさ」


 バーダリーの雰囲気が変わる。

 白いオーラが、彼の持つ剣を包み込んだ。

 目に見えるほどの聖剣氣を剣に纏わせ、本気でミアを斬り刻むつもりだろう。


「勇者は武器に聖剣氣を纏わせ、魔族どもを倒した。これがその技だ!」


 大振りの横薙ぎ。

 まともに受ければ上半身と下半身がバイバイする剣筋だ。


「チッ……」


 聞こえた舌打ちはミアのものだ。

 クレアは今日初めてミアが不機嫌を態度に表したのを見た。


 次の瞬間、ミアは手を横に出し、振るわれる刃を受け止めた。

 誰もがコイツは馬鹿かと思っただろう。バーダリーが持つのは、そこらのゴロツキが持つようななまくらではない。素手で受け止めれば真っ二つだ。


 しかしそれでも、ミアは受け止めた。

 刃がめりこんだ手のひらから血を流しながら。


「な……っ!?」


 バーダリーも驚愕を隠せない。

 受け止められた剣はガシリと掴まれ、押そうにも引こうにも動かせない。


「聖剣氣は魔族特攻。人間に使っても意味はないわ」


 痛覚は無いのだろうか。周りにそう思わせるほど冷静に、何事もなかったかのようにミアが口を開く。


「そして勇者は……アイリアは、あなたのようにただ闇雲に聖剣氣を武器に纏わせて戦ったわけじゃない」


 バギリ、と、剣が砕けた。


「ひっ!? 剣が!?」

「あなたのように聖剣氣で身体強化をした……とでも思った? 手品の類は使ってないわよ」


 ポタポタと血が滴る手を、ミアが振りかざす。

 その手の先に、魔法文字の円陣が浮かび上がった。


「そして勇者には魔法の才能もあって、特に雷属性を好んで使っていたわ。ああ忌々しい……」

「まて、貴様何を!」

「魔法と聖剣氣を組み合わせて、魔族特攻魔法なんてものも作り出したのよ。こんな風にね」

「やめろ、手を出すつもりか!? 貴族の俺に!」


「【アークライトニング】」


 魔法陣から、雷が迸った。

 聖剣氣の混じる、白い雷。

 それはまさしく光の速度で目標に命中し、魔族や魔物であればいとも容易く致命傷を与えることができる魔法だ。

 人間であるバーダリーに使ったのは、デモンストレーションのつもりだろう。


「ギャアアアァァァァァッ!!!」

「ぐええええぇぇぇぇ!!?」


 放たれた【アークライトニング】はバーダリーと、ついでに後ろに立っていた残りの男を直撃した。

 受けた側はビリビリガクガクと全身を痙攣させながら、その場に倒れ伏す。


「安心して。殺してはいないから」


 ミアは涼しげに言うと、バーダリーのもとへと歩き、しゃがみこむ。


「み、ミア……?」

「やっぱり持ってた。さすが貴族。はいクレア」

「えっ?」


 ポイと投げられた袋を受け取るクレア。

 受け取った瞬間に理解した。

 ズッシリと感じるこの重さは、中身を簡単に想像させる。


「多分20万は入ってるわね。全部金貨でしょうし」

「ええええええぇぇぇぇ!?」

「このブローチは質屋で売れそうね」

「身に着けてる物まで!?」

「剣は……ダメね。クレア、そっちの3人から剥げる物は?」

「だ、駄目だよ!! 何言ってるの!」

「はぁ? あなたお人好し病の患者なの?」

「聞いたことない病名やめて! 普通に駄目でしょ! それに相手は貴族だよ!?」


 ミアはクレアと押し問答をしてる間に、きっちり4人から金目の物を奪っていた。


「っていうかミア、手! 血が……あれ?」


 慌ててミアの手を取ったクレアが見たのは、傷ひとつない白い手だった。

 スベスベと綺麗な肌は、とても先ほど剣撃を受け止めたものとは思えない。


「どうしたの?」

「え、いや、だってさっき……」

「さぁクレア、お祭りはこれからよ。まずは質屋で換金して、あぶく銭で豪遊しましょう」



 女子2人は路地裏を後にし、迷いながらも質屋を見つけ出し、使いきれないほどの金を持ち、屋台の海に消えていった。

 彼女たち(主に一名)が満足する頃には、既に陽が落ちかけていたという。

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