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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
22/208

18 森林のエレーナ・レーデン 3

 悲鳴の主は、案の定アイリア学園の生徒だった。

 特徴的な白い制服を土で汚し、4人が固まって武器を構えている。

 就寝中だったか目覚めてすぐか、朝ぼらけに襲撃してきた魔物の一団は、たとえ交代で見張りを立てていたとしても気付いたところで逃げられないほどの数だった。

 開けた場所で休んでいた彼らは、魔物からすれば、障害物となる木々の無い格好の獲物だったのだ。


 オマケに奇襲によって1人は肩に深い傷を負っている。

 すぐに治療しなければ合併症を引き起こすか、後遺症で腕が動かなくなる可能性もある傷だ。


 海千山千の豪商を父に持つパルラス・インフィーフィヴは、やられたのが第3クラスの聖剣氣を満足に使えない生徒だったことを不幸中の幸いだと思えるくらいのクレバーさと、すぐさま包囲を抜けるべきだという判断力を持つ、若き女傑だった。

 欠点があるとすれば、恋に盲目になって勝手に恋敵を作って勝手に陥れようとするところだろうか。


 第1クラスの人間は聖剣氣の保有量が多い。体の中にあることを認識するにも使うにも、覚えが早い傾向がある。

 パルラスもその例に漏れず、既に身体強化や聖剣氣を武器に纏わせる段階に至っている。

 必然的に自身が班を引っ張り、班員を守らねばならないことを自覚した。


「ジーニュはその子を背負って、ブンドは私の援護! 包囲を突破して騎士に押し付ける!」


 森を歩いている中で、度々騎士を見かけることがあった。

 おそらく緊急事態のための備えだと見たパルラスの考えは間違っていない。

 一刻も早く治療が必要な生徒がいるということは、緊急事態だ。彼らも動くだろう。

 騎士がどっちにいるかは分からないが、限られた人材をランダムに配置することはないだろう。どっちにでも行けばどこかにいるはず。


 寝袋をはじめとした支給品を放って、3人は駆け出した。

 狙うは包囲の薄そうな箇所。追いかけられたとしても、幸運にもいま動ける者は身体強化ができる生徒たちだ。追いつかれない勝算がある。

 賭けに近い判断ではあるが、パルラスも商人の娘。分の良い賭けだったはず。


「はぁっ!」


 聖剣氣を纏う細剣で遮る魔物を突く。

 避ければ逃がし、受ければ死ぬ。どっちにもいけなくなった魔物は反撃しようとし、僅差でパルラスの剣に敗れた。

 突かれた個所から聖剣氣が魔物の体を蝕み、その体はボロボロと崩れ去る。


「よし、これで――」


 しかし賭けは賭け。

 魔物という不特定要素の塊を相手に、パルラスたちの行く手は塞がれる。


 目の前を過ぎる巨大な何か。それは圧倒的な力で引き抜かれ投げられた木だった。

 パルラスたちの足が止まり、木を投げつけた存在がいるであろう方を向く。


「人……じゃない!?」

「なっ……んて……大きな……!」


 そこには、3mに届くほどの巨大な人型の生物がいた。

 しかし全身を覆う体毛が、人ではないことを証明している。猿ともゴリラともいえない類人猿型の魔物は、既に次の木を引き抜いている。


「まずい、みんな木を盾に!」

「ぐあっ、この!」

「ブンド!?」


 気付けば足を止めた隙に、あの木を持つ個体より小さな、人より少し小さいくらいの猿型魔物が接近していた。

 巨大魔物に気を取られて、攻撃すら許すほどに彼らは隙だらけだった。

 その攻撃は身体強化を施した生徒を倒すほどではなかったが、ブンドと呼ばれた第2クラスの男子が手傷を負わせられてしまう。


 たった数秒の出来事だったが、魔物たちはその間に包囲を狭めていく。

 ブンドが襲ってきた魔物を返り討ちにする時間で、巨大魔物も投擲の体勢を整える。


 すさまじい力で投げられる木。

 今度は当たる。いくら身体強化をしていても、無事で済むかどうかという恐怖が彼らを支配した。


 しかしその木は空中に現れた水の壁に飲み込まれ、勢いを失い彼らに届くことなく地面へと落ちた。

 続けざまに、いくつもの雷が魔物たちを貫いていく。


「魔法!?」


 突然空中に水が現れることも、快晴な天候の中で雷が発生するのも、自然現象ではない。

 そして彼らは、魔法を使える同級生を知っている。

 まさかと思ったが、現実はそのまさかだった。



 □□□□□


水壁(すいへき)】が巨大魔物の投げた木を止め、【雷撃】が木々を縫って生徒たちを包囲していた魔物を一掃する。

 いくら()()()()()()()()といえど、対軍戦で遺憾なくその真髄を発揮するミアの同時魔法行使にはなす術がない。


「繁殖力が高く様々な土地に適応できる魔物は所詮、頭数ばかりの雑兵にしかならなかった愚かな兵器ね」


 魔物は数に物を言わせて人間たちを苦しめるが、魔法に対しては無防備だ。

 AMフィールド等の対策が無い相手は、所詮は的。

 彼らにはもう、次々と雷に打たれるくらいしかできることはない。

 場には雷鳴だけが響き、思わず耳を塞ぎたくなる。


「あのデカいのは、中々タフね」


 生徒を巻き込まないように威力を絞った【雷撃】を数発撃ちこんでも、ダメージは与えられても倒せはしていない。

 そこでミアは、使う魔法を変えた。


 【雷撃】の魔法陣に聖剣氣を注ぐ。魔力操作を得意とするミアにとって、聖剣氣と魔力を混ぜるのは朝飯前だ。

 入学初日にバーダリーに披露してから、実に2ヶ月以上ぶりに使う魔法。

 勇者アイリアが得意としていた技を自分が使うということに、口元が少し綻ぶ。

 魔法陣を使って撃つ以上、わざわざ口にする必要はないが、こうして呼ぶことによって、アイリアと少し近くなるようでつい口に出した。


「【アークライトニング】」


 そうして放たれる雷は、魔力に聖剣氣が混じり白に染まっている。

 巨大魔物は白い雷に打たれ、他の猿同様、塵ひとつ残さず消え去った。


「ふぅ、こんなもんでしょう……はーっ」


 ミアはほとほと自分のお節介に嫌気がさしていた。

 ここに駆けつけられたのは、悲鳴が聞こえるほど近かったからだ。

 仮に離れた場所で起こっていた場合、助けるどころか知ることもなかった。

 たまたま、たまたまだ。自己満足の人助け。それが自己嫌悪につながってしまうほどには、ミアは自分を卑下するひねくれ者だった。


 ひねくれ者らしく、生徒たちの無事も確認しない。魔物は全滅させたし、あとは自分たちでやってもらう。

 だから顔を合わせないように、森の中から攻撃したのだ。


「ッ、ミア! ミア・ブロンズ!」


 何やら正体を突き止めた輩が名を呼んでいるが、無視。

 背を向けると同時に、彼らのもとへ数人の誰かが向かっているのが見えた。

 大人の男、服装からして騎士だ。


「なんだ、いるんじゃないそういうの」



 □□□□□


「もーーー!! ミア!」

「ごめんなさいって」

「団体行動なんだよ! 怒るよ!」

「もう怒ってるわよね……」

「なに!?」

「いいえ……」


 自分の班に帰ってきた頃には、既に全員起きていた。クレアが何事かと思い起こしたのだろう。

 事情を一切話さずにただ出かけてきただけの体であるミアは、クレアの叱責をただただ受けた。


「ほ、ほらクレア……お土産」

「いらないよそんなキノコ!」


 せめてもの手土産に、美味しいが中々見つからないキノコを採ってきたが、怒りは静まらなかった。

 仕方なくしまう。あとで調理してお出しすれば機嫌を直すかもというミアの能天気な予想。


「それで、どうして急に散歩なんて? 君はそんな無責任とは思えないけど……」

「……こ、このキノコはとっても見つけにくいのよ。この時間帯じゃないと生えないし、みんなに美味しい思いを――」

「はぁ!?」

「ごめんなさい」


 これは完全にミアが自分の都合で周りに迷惑をかけた形だ。

 入学当初は赤の他人だからどうでもいいと思っていたが、今はどんなミスが事故につながるか分からない人類非生存圏の中。特にクレアにはこれまで甘えていたこともあり、いざ怒られると少しシュンとなってしまう。

 いつになく全面的に非を認めるミアの出来上がりだった。


 クレアも怒ってはいるが、団体行動を乱したというよりも心配だったという方が強い。

 他の2人も心配、というよりも疑問が先立っているようだ。

 ミアは有耶無耶にしてしまおうと思った。


「さ、さぁ! 準備しましょう。一番に抜けるつもりでいきましょう!」

「ミアー?」

「わ、わかってるわよ……今日はクレアの分も見張りするから、許して?」


 いつも傍若無人に振舞うミアの、らしからぬ態度に「絶対何かある」と嗅覚を発揮するクレアだが、何かあってなおそれを隠しているということは尊重したいし、かといって隠し事をされるのはムカつく。そんなごちゃ混ぜになった結果、クレアは折れた。


「もう、じゃあそれで許してあげる」

「ありがとうクレア(やっぱりチョロいわねこの子)」

「何か言った?」

「いいえ」

「むーーー……!」


 許してはいるが、心の内はまだささくれ立っているらしい。

 ミアはまた交渉カードを切らざるを得なくなる。


「わ、わかったわよ。戦闘も頑張るから」

「ミア役に立たないんでしょ!」

「多少は役に立つわよ。多少は」

「あんま無理すんなよー? 聖剣氣使えない俺がいうことじゃねぇが、変に飛び出してもケガするだけだぜ?」


 頑張るといっても、威力を極限まで絞った魔法で牽制するにとどめることにした。


 一行はキャンプを引き払うと、再び森を歩き始める。

 ルートは一気に突っ切る形をとるが、方向感覚の狂う森では地図があろうとままならないものだ。「気楽にいこう」と言うリーパーに、全員が頷いた。



 □□□□□


 数日が経ち、他の班とすれ違うこともあった。

「あの班のあの子、怪我したんだって」

「でもすぐ騎士の人が手当てしたから無事だったらしいよ」

 といった話を聞いたときは、ミアも隠れて安堵した。


「僕らは北の町から入ってきたから一気に南に抜けたいけど、流石に最深部は避けようか」

「だな。俺もようやく身体強化ができるようにはなったが足手まといになりそうだ」


 最深部とは、エデミナ大森林の中央に位置する山の周りの森を指す。

 鬱蒼とした森が広がり、出てくる魔物は強くなる。

 初心者向けだといっても、ひよっこ数人で人類非生存圏の最奥に挑むのは無謀というものだ。


「最深部に騎士を配置するのも難しいだろうし、元々僕ら生徒が向かうのは想定していないだろうね」

「じゃあこの辺りはグルッと迂回?」

「そうだね。おそらく他の班も同じ道を通ってるんじゃないかな」


 地図通りに進んでいるなら、既にいまいる場所は外縁部ではない。どちらかというと中央に近い場所だ。

 魔物と遭遇する頻度も増えてきたし、旅行気分はどこかへ消え失せている。

 おそらく他の班もそうだろうが、リーパーたち3人は、ピリピリと周りを警戒することを怠らなくなった。


 だから、自分たちと合流するかのような動きを見せている複数の動きも察知できる。

 魔物を警戒したが、その主は人間だった。


「やっと見つけたわ! ミア・ブロンズ!」

「は?」

「パルラス?」

「っ、リーパー……! や、やっと会えた……」


 数日前にミアが窮地を助けたパルラス・インフィーフィヴの班だった。彼女に続く班員の中には、ミアは知らないが大掛かりな包帯を巻いた生徒もいる。

 パルラスは思い人のリーパーを見て、顔を赤くして衣服に乱れがないかチェックした。森を抜けているのだから所々乱れてはいるのだが、乙女的チェックは大切だ。

 出発前は大富豪の娘らしく美しく整えられていたブロンドヘアーは、サバイバルを経て少し乱れているが、貴族とはまた違う上から目線な雰囲気は一片も失われていない。


「お、第1クラスの金持ちさんか」


 ラルの言い様に一瞬ギロリと目を光らせるパルラスだが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりにミアへと詰め寄る。


「何よ」

「…………」


 ミアや班員側からすれば、理由が一切分からないままメンチを切られている形だ。


「先日のことは、礼を言うわ。あなたがいなければ、私やウチの班員は大怪我を……最悪死んでいたかもしれない」

「ナンノコトカサッパリー」

「馬鹿にしないでちょうだい!」


 礼を言われているはずなのに、胸倉を掴まれた。


「私はあなたが嫌いよミア・ブロンズ……でも恩は恩。班をまとめる者として、ありがとう」

「ありがとうございます!」「ありがとう!」

「……なんでわかったのよ」


 パルラスどころか、後ろに控える班員まで頭を下げる。

 ボソッと呟くミアだが、あれだけ派手に魔法を使ったのだから仕方ないのかもと自己完結する。


「パルラス? いったい何の話なんだい?」

「私の班が――」

「ふんっ!」

「いっっっったぁ!!?」


 ミアはパルラスの手の甲を抓ることで言葉を遮った。

 突然のことに胸倉を掴んでいた手が離れる。


「なにすんの!!」

「ミア!?」

「ふん、パなんとかなる無礼者の手を払っただけよ」


 一気に一触即発な空気になるが、ミアとパルラス以外の面々は何がどうして2人がトゲトゲし合っているのかが分からない。

 その中でも空気が読めると評判のブンドという男子は、いち早くパルラスに耳打ちをする。


「きっと恥ずかしいんじゃないんスか?」

「はぁ?」


 まさかと思ったパルラスだったが、確かに謝罪を素直に受けないのは、嫌いか照れているかだ。

 パルラスは一方的にミアを嫌っているが、ミアからすればほとんど初対面のはず。

 ブンドの言い分が正しい気がしないでもなかった。


 ミアの胸中としては、当たらずとも遠からずといった感じである。

 突発的な人助けで軽い自己嫌悪に陥るメンタルのミアは、それを蒸し返して感謝されても困るし、喧伝されるのも困る、烏滸がましいと思っているのだ。


「……フンッ、まぁいいわ。ミア・ブロンズ! 感謝はすれど、私はあなたを認めないし、騙されないから!」

「何の話?」

「知らなくていい話よ! 行くわよみんな!」

「えっ本当に何の話?」


 嵐のように現れては過ぎ去ったパルラス。

 クレアたちは突然のことにどういうことかミアに聞こうとしたが、肝心のミアは追及を避けるために先に進み、「危ないよ!」と追いかけるのがやっとだった

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