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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
21/212

17 森林のエレーナ・レーデン 2

間違えて予約投稿せずに投稿してしまいました

 支給品は森全体の地図に寝袋に調理器具に食器に……中に保存食はあったものの、とても2週間毎日食べられるような量ではない。基本的に食材は現地調達だ。

 野営の準備に取り掛かった4人は、設営と狩りの二手に別れた。

 大森林とはいえ深く入り込まなければまだ合流は容易だろう。


 狩人のクレアと、狩りに興味があるというラルが森へ行くと言い出した時から、ミアは露骨に態度を悪くしていた。

 端的に言えば、ミアはリーパーのことが嫌いなのだ。


「そんなに彼女さんと離れるのが嫌だった?」

「あなたと2人という状況にいい思い出がないからよ」


 ミアはリーパーと共にキャンプ構築だ。

 といってもやることは開けた場所を見つけて焚火に使えそうなあれこれを集めて、といったもの。


「まぁ、君に避けられているのはわかっていたけどね。この2ヶ月、学園で顔を合わせることもほとんどなかったし」

「私が会いたくなかったからよ」

「僕の方は君に聞きたいことがあったから、今回の班分けは幸運だったと言えるかな」

「聞きたいこと?」

「前に図書館で、君が声を荒げたときのことをね」

「お断り。はいおしまい。手を動かす」

「えー、もうほとんど終わってるしあとは火をつけるだけじゃないか」


 火起こしは、他の班は苦労するかもしれないが魔法を使えばすぐだ。

 周りはそれをアテにしている節があるし、ミアも隠すつもりはない。

 指先を少し動かせば立派な焚火の出来上がり。


「はぁ……で、何?」

「君が勇者のことで、なんであんなに怒ったのかが気になって」

「弟さんはお兄様のご職業に対して敏感なようで」

「兄のことは関係ないよ。僕は僕で、勇者というものを真面目に考えているつもりだ」


 それで? とリーパーが追及を止めない。

 これは話すまで終わらないだろう。ミアは何度目かのため息をついた。


「あなたは勇者をどう思うの? 制度とかじゃなくて、勇者そのもの」

「また、曖昧な質問だね……僕は、勇者とは希望の象徴だと思っているよ」

「そう……だからお人好しなのかしら」

「だからこそ、困っている人を助けるのは、勇者の義務だ」


 図書館での会話を思い出す。

 ミアはリーパーの物言いに激昂したことがある。

 彼女にとって勇者という、個を捨てて人類のためにすべてを捧げる人柱のような存在に成り果てた言葉は、アイリアへの蔑称ですらあると考えていた。


「困ってる人を助けるのが義務、ね……」

「ああ。それが勇者だと、僕は考える。勇者アイリアだって――」

「あなたの考えにアイリアを引き合いに出すのをやめなさい」


 ミアは鋭い目つきで、今にも飛び掛かりそうなほどに凄んだ。

 なるほどこれが彼女の逆鱗かとリーパーは口を噤む。


 リーパーの中の勇者は、人類が持つ勇者への価値観そのものだ。

 そこには悪意などないだろう。ただ希望となった青年を称えて尊敬して、偉業を崇めている。

 ミアにはそれ自体が無自覚な悪意に見えた。


 誰もが勇者を羨望の眼差しで見る。誰もが勇者に期待する。

 勇者に対して『勇者』という曖昧な価値観を押し付ける。

 勝手な押し付けだ。彼らは勇者が勇者足り得ないと判断したらどうするのか。考えるのも鬱陶しい。


 勇者アイリアは1000年前の偉人。そこに好きな脚色や誇張で英雄譚を彩り、後世に伝えていく。

 その結果が現代だ。勇者アイリア本人を知る者はおらず、歴史でしかない。

 しかしミアにとって、アイリアは同じ時代を生きた個人。


 エレーナは勇者アイリアを知っている。人一倍知っているという自負もある。

 彼は優しい男だった。武器を持って誰かを傷つけるなど似合わない男だった。

 自分の知るアイリアと、歴史で語られる勇者アイリア。その違いに、ミアはいい気がしない。


 別に「アイリアが後世の自分の評価を見たらどう思うだろう」といった類の思いではない。彼女の中にあるのは、「アイリアのことは自分が一番知っているのに、何も知らない人間がデカい顔で彼のことを語っているのが気にくわない」というものだ。

 要は解釈違いを許せないというもの。


 リーパーの奉仕精神――『勇者』として……というのを否定するつもりはないが、その考えにアイリアを使うことが何よりも許せない。


 そのすべてをリーパーに言って聞かせてやるつもりはない。ないが故に、伝えるべきをどう言語化するか、時間がかかる。


「私は、あなたのように、彼を勝手に決めつけることを嫌う。だからあなたを嫌う」

「……君は……やはり『人格派』なのか」

「その人格派って何?」

「えっ」

「えっ?」


 図書館でも言われた単語だ。

 この時代で数年過ごしたミアでも聞き覚えのない言葉。


「え、ほら、勇者アイリアの『勇者』ではなく『アイリア』個人を崇拝する……」

「もしかして宗教?」

「まぁそんなところ。勇者も天柱教の中の存在だから、天柱教の中の一派閥って言った方がいいかな」


 『勇者には天柱の加護がある』などといった根も葉もないことが天柱教の経典に書かれている。

 天柱教には上から『天柱』『女神』『天使』という序列めいたものがある。1000年前に『勇者』という新たな信仰対象が出現し、さらにその勇者を崇める者の中でも色々いるということなのだとリーパーは説明した。

  ちなみに『勇者』の位は『天使』と同等とされている。一番下と言われればそうだが、人間にして『天使』と同等の尊敬を集めるのは通常ありえないことだ。


「まさか本当に知らなかった?」

「ええ……そんなアホみたいなものが出来ていたなんてね」


 ミアは無神論者を気取るほどではないが、経典を読み漁るほど天柱教に傾倒しているわけでもない。

 そもそも魔族は天柱教の女神や天使を否定することもないが、『魔王』という現人神ならぬ現魔族神を崇拝するものだ。


「でも人格派じゃないなら……どうしてアイリア個人にそんなに思い入れが?」

「話は今度こそ終わりよ」


 耳を澄ませれば、木々や茂みの間にこちらに向かってくる足音が聞こえる。

 他の班かクレアたちか、どちらにしろこれ以上話をするつもりはミアにはなかった。


「おまたせーー! ウサギとイノシシ狩ってきたよー!」

「ウサギは俺が仕留めたんだぜー!」


 リーパーはフッと苦笑し、2人を出迎えた。

 ウサギが3匹にイノシシが1頭。4人分の夕食にはじゅうぶんだろう。

 解体は経験のあるクレアに任せ、調理はミアが請け負った。



 □□□□□


「あー美味しかった!」

「そうか? 味気なかったなー」

「まぁ塩も香辛料も使っていないからね……でもこんな環境じゃ文句は言えないか」

「そうよ。魔物が多い場所に移れば動物なんていなくなるんだから、今のうちに肉を味わっておきなさい」


 かつて冒険者に教えてもらった焼き加減を試してみたが、意外と上手く焼けた。

 味付けこそないものの、腹は満たされる。


 食べ終わり、あとは寝るだけ。しかし元気な若者たちはまだ眠くないのか、自然と火を囲んで自己紹介の延長のように各々自分語りを始めていた。


「へぇ、ラルは騎士になりたいんだ」

「ああ。親父が『柱の国』の騎士だからよ。聖剣氣を持ってる騎士ってだけで騎士団内じゃ一目置かれるし、親父みたいに魔物とか悪い奴らとかからみんなを守る騎士になりてぇって思ってんだ」

「勇者にはならないのかい?」

「そりゃなりてぇけど、現実的じゃねーだろ? 現勇者のリーザック……リーパーの兄ちゃんだってまだ若いし」


 勇者の代替わりは基本的に老いてから行われる。

 初老のラビス・キウラスが引退するのでさえ早いと言われるのだから、普段はもっと遅いのだろう。

 つまり現勇者のリーザック・レイルシアと代替わりするには、世代が1つか2つ早いということだ。

 その点、騎士はたまに人類生存圏にやってくる魔物を迎え撃つ仕事をすることもある。聖剣氣持ちは貴重な戦力だ。


「私は冒険者とか、興味あるかなーって」

「マジかよ」

「意外だね。危険だと聞くけど」

「実家継いでもいいんだけど、色んなところ見てみたいってのがあるかな」

 

 クレアの夢は冒険者。

 リーパーの言う通り、冒険者とは危険な職業だ。

 魔物の蔓延る人類非生存圏を探索し、調査する。文字通りの冒険を生業とする。

 魔族という最大の外敵が消えた人類は、1000年の間に人口増加率が格段に上がった。気の長い話ではあるが、ゆくゆくは土地が足りないなんて事態になるかもしれない。そのために、人類は非生存圏の土地をいつか手に入れたいのだ。


 これまでにも人類非生存圏を解放して入植できた事例がある。それは当時の勇者が一帯の魔物を殲滅したからというのもあるが、冒険者が斥候としてその地域を調査しなければ、勇者とはいえおいそれと攻め込めない。

 故に冒険者は、危険であっても必要な仕事だった。


「ミアはどうするの? 卒業したら」

「私は実家に帰るわ」

「実家ってどこだ?」

「秘密」

「えー!」

「クレアにも言わないということは、卒業後はお別れなのかい?」

「お前ら仲良いもんな。まぁ良いっていうか付き合ってるのか。どっちかについて行ったりしないのか?」

「さぁ……未来のことはあまり考えてないわね」


 リーパーの言葉にミアとクレアの間に微妙な雰囲気が流れた。

 別に偽装なので別れてもいいのだが、クレアの志望的に今生の別れになりかねない。あまりドライにしすぎると疑われる可能性があったので、「あまり考えたくない」という顔をする。


 ミアは卒業までになんとか本来の目的――人類側が魔族を認知しているか、またしていた場合攻め込む意思があるのか、その確認をするつもりだ。

 それが果たされれば、もう用はない。魔族大陸に戻り、その後は――


「(その後は死ぬ方法でも探して回る……なんて、言っても仕方ないわね)」


「それで、勇者様の弟は卒業したらどうすんだよ」

「ラルみたいに騎士とか?」

「いや……僕はなりたいものが、いや、なるものがあるんだ」


 もったいぶった言いようのリーパーに全員が注目する。


「僕は、勇者になる」


 一同はあっけにとられた。

 彼の表情は真面目そのもの。冗談を言っている雰囲気ではないし、「なんてね」などと続くこともない。


「おいおい、そりゃ……」

「ラルが言った通り、兄がいるから代替わりなんて現実的じゃないけどね」


 はははと笑うリーパーであるが、撤回はしていない。

 つまり彼は、勇者になる気なのだろう。


「でもどうやってなるの? おじいさんになってから?」

「いや。まぁ、この話はもういいじゃないか」

「あらあら、人には深く入り込むくせに、自分のことはひた隠し?」

「そういじめないでくれよ」


 リーパーの苦笑と共に、クレアが「え、どういうこと!?」と聞き、ミアが「さぁ」ととぼけ、ラルが「おっ、嫉妬か?」と茶化す。

 狙ったかどうかは定かではないが、ミアのからかいはリーパーへの助け舟となった。



 □□□□□


 深夜であっても活動する魔物はいる。寝込みを襲われないためにも見張りは必要だ。

 4人は話し合い、交代制で見張ることにした。

 順番はラル、リーパー、クレア、ミア。

 ミアが起きるには時間がかかるため、出発時には既に起きているよう最後の番にされた。起こせるようクレアがその前につく。


 運よく、魔物の夜襲はなかった。

 クレアの当番時間が終わり、彼女にとって本番ともいえるミア起こしという仕事にとりかかる。

 案の定手こずった。


 ただでさえ朝に弱いミアを、いつもよりずっと早い時間に起こすことが容易なわけがない。

 リーパーとラルを起こさないようにミアを起こすのは困難であったが、結果的にクレアはなんとかやりとげ、妙な満足感を得た。それと同時にこれから毎日コレをしなければならないと思うとげんなりした。


「ふわぁぁ……ミア、寝ないでよー」

「ふわ……えぇ……寝ない、わ……」


 クレアは不安の中で眠気に負けた。ミアも負けそうである。

 幸か不幸か、寝起きのミアでもわかる気配が近づいていた。


「ん……魔物?」


 まだ距離があるが、動物にしては大きく、人間にしては小さい。

 気配のもとへ歩いてみれば、やはりそこには魔物がいた。昨日遭遇したのと同じ、狼型だ。


「はぐれかしら……傷?」


 手負いの魔物は「ガァッ!」と声をあげ、襲い掛かろうとし、飛び上がった直後に雷に焼かれた。

 魔物の予備動作は、寝起きのミアが魔法陣を構築するよりも遅かったのだ。

 【雷撃】で魔物を消し炭にしたミアは他にも気配がないか耳を澄ませるが、特に何もいない。


「コイツは群れで行動するはずだったけど……」


 その時、遠くからの悲鳴を聞いた。

 人間、女のものだ。

 この森にいるのは生徒のみ。2ヶ月ではあるが訓練を受け、聖剣氣を持った者が悲鳴をあげるほどの事態が起きている。


 瞬間、ミアの体が硬直した。

 なんらかの干渉や恐怖からではない。

 葛藤。躊躇。それがミアの足を止める。


「(助けに……行くべきか……)」


 これはあくまで班別のサバイバル。班の被害は自己責任。助けに行く義理はないし、見張りという役割を放り出すわけにもいかない。

 行かない理由はいくらでも出てくる。しかし、ミアは舌打ちをした。

 彼女の班は森で誰ともすれ違っていないが故に、騎士が配置されていることを知らないのだ。


「誰の影響よ……!」


 そんな自問に答える者はいない。

 昨日アイリアの話をしたからか、同じ場所に長く居すぎたせいか、聖剣氣を持ってお人好し病にかかったのか。それはわからない。


 ミアは一旦戻り、クレアを起こした。自分が不在の間、代わりの見張りが必要だ。

 寝たばかりで起こすのも気が引けるが、他2人よりミアの方が遠慮しなくていい。

 小声や揺さぶりでは起きなかったため、口に指を突っ込む。

 異物が入った不快感にクレアが目を覚ます。


「んぇ、ミア……?」

「ちょっと出かけてくるわ」

「ん、あ、どこに……ミア!?」


 答えは聞かなかった。2人を起こすということもしない。

 未だ寝ぼけて頭に「?」を浮かべるクレアをよそに、ミアは走り出すのだった。

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