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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
-1000 My detestable and dear memories
208/212

六六 ミア

 ボーデットの【分身】を他者に使う実験……その役割を買って出たのが、【魅了】の実験台にもなっているエレーナだ。

 これには彼女自身にも思惑があった。


 少女は弱かった。

 どれだけ騎士(ナイト)として強かろうと、魔王に仕えることで満たされていようと、初恋を諦めきれなかった。

 もしも自分が人間だったら……というたらればだって何度も何度も……

 心の奥底では後悔と間違いを抱えていた。


 表に出すことはしない。それはこれまでの自身の歩みそのものへの否定になるから。



 だから……自分でない自分、もしもの自分を求めるのは心の裏返し。


「気を付けろ、他人の完全分身体など初の試みだ。何が起きるかは……」

「気にしないで。始めて」


 魔王城にあるボーデットの研究室。いかにも怪しい実験をしていますといった部屋の中で行われるのは、やはり怪しい実験。

 悪そうな骸骨男が石のベッドに横になった少女に手を翳す……傍から見ればどう思われるだろうか。


「む……?」


 中断。行き詰った。


 完全分身体とは、本人とは違う存在を生み出す術。

 本人たちは繋がっているが、分身そのものが自我や人格を持っている。まさしく別人。


 それは魂ごと分割して作り出すから出来るものだ。なので完全分身体を作るには魂に干渉しなければならない。


 この魂というやつがまた複雑かつ厄介なのだが、ここでは割愛する。


 とにかくエレーナの魂への干渉ができない。それが実験を難航どころかストップさせた。


騎士(ナイト)レーデン? 寝ているのか?」

「う……ぅ、っ、うう……!」

「起きよ」


 骨の手が肩を揺らし、少女が目を開ける。

 ただ横になっていただけなのに、いつの間にか意識を失っていたらしい。


「なんか、変な夢を見たような……」

「うなされていたぞ。悪夢ではないか?」

「分からない……というか私はいつの間に寝ていたの?」


 色々置いといて、とりあえず失敗。それだけは分かった。


「もう一度やって」

「待つのだ。まずは失敗の原因と解決策をだな──」

「今度やったら成功するかもしれないでしょう」

「大雑把なことを言うな。魔法研究はさながら灯火も持たず闇の中を進むようなもので──」

「いいから」


 やるまでここから動かないぞという意味を込めて寝そべり続ける。

 折れたのはボーデットの方だ。骨だけに。


「ハァ……ならば5回ほど試してみよう。異常があればやめるぞ」

「よろしく」


 そしてエレーナは骨の手から放たれる魔力を浴び、無意識に目を閉じ、再び眠りの中へ。



【コアシールド正常。外部からの操作を受け付けていません】


【外部からの操作をする場合、本人もしくは管理者権限のある対象からの許可が必要です】


【──管理者権限での許可を確認。外部からの操作を反映します】



「……む?」


 ボーデットは再び困惑の声をあげる。

 失敗ではない。成功した。それもすんなりと。

 先ほどの現象は一体何だったのか、それを考察する余地すらなく成功した。


 エレーナの体から黒い靄が上がり、少女のシルエットだけを形作る。

 これが彼女の分身体だ。


騎士(ナイト)レーデン」

「…………ん、ぅ……?」

「起きよ。成功だ」


 目を開けたエレーナはまず自身の異変を感じた。

 なにか、ぽっかりと穴が開いたような感覚だ。


 それをボーデットにそのまま伝えると「完全分身体は魂ごと分ける。喪失感は自身の一部を切り離した故のものだ」という答えが来た。


「まぁ成功ならいいわ。なんだ簡単じゃない」

「我としては一度目にできなかった理由の方が気になるが……貴殿がそう言うのであればそれでいいか」

「それで、これからどうするの?」


 今の分身体はあくまで生成しただけ。まだ何の色もついていない状態だ。

 エレーナが求めるのは「外見と性格を自分で決めたい」というもの。


 もしも未来で出会う不思議な少女(ナギサ)なら「キャラメイクみたいだね」と言ったことだろう。


「貴殿の要望に沿うように我が魔法を操作し、やってみよう」


 またしてもボーデットにとって初めての試み。

 いつも完全分身体を作る時に外見を変えたりなどしたことはない。

 だが長年この魔法を使ってきたのだからなんとなく分かる。やってやれないことはない、と。


「なら外見からね。私に似てるけど私じゃない感じで」

「いきなり難しいことを言うな」

「庇護欲をそそるような可愛いやつにしましょう。その方が怪しまれないし好かれやすい」


 とはいえボーデットが他人にこの魔法を使うのは初めて。

 外見をこねくり回して形にするまで、何日もかかった。



「こ、こんな感じか……」

「おおー……」


 数日にわたる完全分身体の作成、流石のスケルトンロードにも疲れが見えた。

 だが疲れた分は望むものを得ることができたと言えよう。


 2人の目の前には、石のベッドに眠る少女。

 エレーナとは別人。だがかなり似ている。背丈やプロポーションといった肉体的なところはほぼ一緒だ。

 姉妹……妹と言っても誰もが信じるだろう。


「次は性格か……こちらは簡単だ」

「そうなの?」

「本体である貴殿が頭の中で思い浮かべよ。その思考を拾い、定着させる」

「えっと……思い浮かべればいいの?」

「難しい話を望むなら原理や方法も説明するが?」

「いえ、結構よ」

「できるだけ鮮明に想えば思うほど良い」


 言われた通り思い浮かべる。


 この分身体の性格……人格。


「(彼が好きになったのは、今の私じゃない……)」


 すべてが狂う前の、ただのニフュー家の娘だった自分を思い出す。鮮明にするために客観視。

 昔の自分は気弱で、オドオドしてて……


「(イライラする……)」


 何の力もない少女。ただ泣いて蹲るだけの、いとも簡単に手折られる人間。


「(駄目……)」


 過去の自分を作り出そうとして、やめた。

 もはや平和など無い。説得力を持たせなければ……


「まだかかりそうか?」

「ごめんなさい、少し……」


 結局これだという人物像を作るまで半日を要した。



 そうして出来上がったのが、ミアという少女だ。

 名前はテキトーに付けた。その辺にあった果物の名前か、昔読んだ本の登場人物か、それすらも思い出せない。


 容姿は元が元だ。言うまでもない。

 作り上げた人格と相まって、「庇護欲をそそる」という感じにはなっているだろう。

 髪と瞳の色も違う。それだけでもエレーナとは印象がだいぶ変わっている。


 人格もまた別物。昔のエレーナ・ニフューとも異なる。

 オドオドしてはいるが、魔族との戦争の只中に飛び込むのなら多少の胆力は必要だ。


「いい感じね。これならウケも良いでしょう」

「ようやく完成か……何はともあれ実験は成功だな。この魔法は他者にも通用する」

「不思議ね。目の前にいるのは別人なのに、彼女の全部が分かる」

「それが完全分身体だ。互いにすべてを共有できる。だが力の割合だけは最初に決めたものから動かぬ」


 力の割合……戦闘能力とかそういうものだ。

 純粋にその人物のスペックとも言える。

 単純に半々でもいいし、どちらかを大きくしてもう片方を小さくすることもできる。ただし本人が持つ力の総量の範囲で。

 ボーデットが自ら作る完全分身体が総じて非力なのは、分けすぎると本体の力が弱まるから。


 エレーナは半々を選んだ。

 魔力も膂力もすべてが半分。なので本人はかなり弱体化している。


 それでも単純を選んだのは、これまでの戦いの経験から。


 正直、人間を殺すのに本気を出す必要はあまり無い。

 あまりに簡単に出来過ぎる。


 人間は弱い。

 初歩の【雷撃】でも死ぬし、魔力剣で貫いても死ぬ。本気でやろうと思えば『掟の国』王都のように都市ごと滅ぼせてしまう。

 魚をさばくのに名剣を持ってくるようなものだ。


 体を切断したままくっつけられないだの、魔法そのものを消してしまう術だの、いやらしい手段さえ取られなければ負けは無い。

 そういう固有魔法の領分は、十全の状態で挑んでも勝てない時は勝てないものだ。割り切るしかない。


 なので力が半分になったとしても『魔王の騎士(デモンズナイト)』としての仕事に支障は無い。


「それと騎士(ナイト)レーデン。この分身体に貴殿の固有魔法は宿っておらぬようだ。他者へ使ったための弊害かは分からぬが、ミアとやらは怪我をすればそのままであり、死ねば死ぬ」


 そう言われてはミアが何かの拍子にうっかり死ぬ方が問題だ。



「流石に疲れた。我は寝る」とボーデットが部屋を出て、エレーナは分身体に向き直る。


 正直、早速性格の違いというか仕込みが上手くいっているのを感じている。

 完成したミアは目覚めてからずっと怯える仕草をとっていた。確かにローブを纏った骸骨の大男など、人間の少女からすれば怖い以外の何物でもない。


「ミア、分かるわね? あなたのやること」

「う、うん……」

「アイリアと私が会えば、また戦わなくちゃならない……だから互いの位置は常に把握する。それと……」

「彼に……好かれる……」

「そう」


 早い話が、昔の自分に似た美少女を送りつけて、アタックして惚れさせてラブラブになろうというもの。

 そこにいるのはミアだが、エレーナもまた起きたことをリアルな記憶として共有できる。

 あわよくばシェリアの吠え面を拝めるかもしれない。


 だからまぁ、なんというか、頭の悪い試みだった。

 それを名案だと試してしまうほどに少女は擦り切れていたのかもしれない。


 しかし勇者と遭遇しないのが好都合なのもまた事実。

 人間の国々など、イレギュラーさえ発生しなければひとりでなんとかなるのだ。



 □□□□□



 かくしてミアは勇者が出没するという情報のある地域へと飛び、旧エカスドレル国境付近を彷徨った。


 この分身はエレーナとボーデットしか知らない。なので巡回する魔族の部隊に出会ったら普通に人間とみなされ襲われる。

 それを逆手に取り、実際に魔族と戦うことで自分が人間だと証明し、勇者一行と出会い彼らについていくことができたのだ。


 なおミアにはエレーナの力の半分があるものの、再生能力や【転移】といったものは使えない。

 どうしてか固有魔法は分割できないようだ。

 なので魔法使いが必ず持ち合わせている固有魔法を、ミアは持っていない。


 自意識は既に「ミア」という人間の少女だ。

 エレーナとしての記憶を持っているだけの別人。創造主に言われた任務を頑張って成し遂げるぞと意気込むひたむきな少女である。



「あ、あの……っ、私も一緒に戦わせてくださいっ!」


 勇者一行に連れられ聖都へとやって来た翌日、人類解放会の所有する敷地内でミアは部隊の面々に頭を下げた。


 彼らからすれば、ミアは正体不明の魔法使い。

 簡単に仲間にしてもらえるとは思いにくい。なので一芝居。


 カバーストーリーも考えてある。


 エカスドレルの南部出身で、村の魔法使いから魔法を教えられて育ってきた。

 魔族が攻めてきた際に応戦したが、自分以外は全滅……家族も師匠も無残に殺された。

 自分だけ命からがら逃げのび、その後は戦いを遠ざけるようにどんどん北へ逃げたが、とうとう帝国が滅亡。

 人里離れたところに隠れ潜みながら聖都を目指し、そこで()()()()魔族軍と戦う解放会の部隊を見かけ、助太刀した……


 とまぁこんな感じで『魔法の才能はあったからひとりでなんとか生き延びてきた避難民』を演じた。


 もちろんこんな穴だらけの話、つっこみどころも相応にあるのだが……「よく分かりません」「ひとりだったので」という言葉で何度も乗り切った。



「ううっ、なんて悲しい……! 今まで辛かったにゃあ!」


 なんか知らない女に泣きながら抱き着かれた。

 歳はシェリアと同じくらいだろうか。ネメニリと名乗った女はひとしきり馴れ馴れしく抱きしめた後「困ったことがあったらお姉さんを頼ってね!」と手を握ってきた。


「そのような悲しき村の顛末がまたひとつ、嘆く民がまたひとり……儂の贖うべき罪が増えたか……!」


 同じく涙を流したのは、服の上からでも分かるガタイの筋肉達磨。

 ムキム・キムッキーというらしい。元はエカスドレルの将軍だったが手勢と共に撤退した、自称国を捨てた臆病者。


「どうすんだ? 勇者様」


 この男には見覚えがある。

 以前エレーナが襲い掛かった難民団を守っていた傭兵団の団長だ。


 彼に振られたアイリアは考え込む仕草を見せ、その傍らでは杖をついたシェリアがずっとミアを睨んでいる。


「……ミア、といったね。君はどうして解放会に入りたいんだい?」

「故郷を取り戻したいから……です。それに家族の仇も……!」

「…………分かった。よろしく頼むよ」

「っ、ありがとうございます!」


 嘘の境遇が刺さったのか、それともまた別の要因か。ともあれミアの潜入はひとまず上手くいった。

 ミアは彼らの目の前で魔族を何人か殺している。実力そのものは疑われていない。

 きっと戦力になると思われているはずだ。



「私は反対よ」


 しかし、杖を頼りにゆっくり歩み寄ってくる女は認めなかった。

 手が届く距離にまで近付き、鋭い目で見下ろされる。


「すまないみんな、ひとまず解散で。ジックスさんは残って」


 部屋にミア、アイリア、シェリア、ジックスの4人が残る。

 何が話されるのか、少女はなんとなく察した。

 ここにいるのはエレーナと戦ったことのある人間だけだ。


「シェリア、彼女はエレーナじゃないんだよ」

「でも……あなたも思ってるでしょう。まるで昔の……」

「分かってる。けど彼女は怪我をしてもすぐ治るわけでもないし、顔立ちも微妙に違うよ」

「あ、あの、そんなに似てますか? エレーナって、『魔王の騎士(デモンズナイト)』ですよね? 私は見たことないんですけど、人間の見た目をしてるっていう……」


 ミアはとぼけ通すことにした。


 ジックスも「うーん」と唸りながら居心地が悪そうな少女を眺めるも、やはり別人だろうと意見。

 彼もまた前団長をはじめ多くの仲間をエレーナに殺されている。そんな人間が「似てるというだけで優秀な魔法使いを逃がすのは惜しい」と言ったのは大きかった。


 それにシェリア自身、冷静な部分で分かっている。

 戦力なんていくらあっても足りない中、魔法という遠距離攻撃は貴重だと。

 自分が開けた穴を埋めてくれる人材は喉から手が出るほど欲しいと。


 それでも突っかかったのは、やはり冷静でない部分──本能や心といったところがエレーナの匂いを嗅ぎ分けているからかもしれない。



「…………分かったわよ。なら勝手にして」


 まだ何か言いたげだった彼女は、ため息と共に出ていった。

 去り際もゆっくりで、ミアは思わず肩を貸してしまいそうになり、ジックスに「やめときな」と止められる。


「シェリアの嬢ちゃんは勇者様以外に手を貸されるのをひどく嫌がるからな」

「そうなんですか……アイリアさんとシェリアさんのおふたりって、ご夫婦とかですか?」

「ううん、同郷の…………幼馴染。こんな世の中だからね、身を固めるのは……」

「あっ、す、すみません! はしたないことを……」

「いいよ。それに──」


 あんなに元気なシェリアは久しぶりだ──青年はどこか嬉しそうだった。


「足を悪くしてから、シェリアはずっと塞ぎこんでいたんだ……不謹慎だけど、君が元気を取り戻させてくれたのかも」


 ミアも自身が持つ記憶でしか知らないから内心驚いている。

 最後に会ったのは1年以上前、あの教会で戦った時。

 その時に比べて、これまでの記憶の中のシェリアに比べて、迫力や覇気のようなものがひどく弱弱しくなっていたのだ。


 あれから命拾いしたかと思えば、あんな風になっていたなんて。

 これをエレーナに共有したら、彼女はどう思うだろうか。


 ざまぁ見ろと哄笑するだろうか。腑抜けたなとがっかりするだろうか。

 それとも、ふざけるなと怒るだろうか……


 すべてを共有するミアにも、答えは予想できない。

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