五九 エカスドレル攻略戦──頑張リ過ギ注意
エカスドレルは帝都近郊の平野部で決戦をするつもりだ……そんな報が入り、魔族軍は東西に散らしていた戦力を帝都に集結させることにした。
なんでも帝国は北への避難民を帝都に集め、まとめて移送するらしい。
しかもこれまで得た魔族の情報を持っていく。
どの道これまで通り北上するのだから、人間の逃げなど遅かれ早かれだ……と言ってばかりもいられない。
人類国家に情報が広まるということは、魔族の色々な手の対策を打たれる可能性が高まるということ。許容できる事態ではない。
無論、それもまた遅かれ早かれなのだが、こちらの怠慢で被害が出るのはよろしくない。
出た結論は「北への難民団を排除する」こと。帝都を攻めるのとは別に組織した部隊で行う。
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さて、そのように魔族が得られる情報を手に入れてくるのは、ドッペルゲンガーとゲイザーからなる諜報部だ。
彼らはこれまでも人類国家に潜入し、様々な情報を持って帰り、それによって魔族は常に敵側の状態を把握しながら戦ってきた。
それはエカスドレル攻略でも活用されていたが、やはりこれまでの国のように容易くはいっていない。
端的に言えばガードが堅いのだ。
潜り込むとしても、町民や地方貴族の館の衛兵などである。
それだけでも敵方の動きは把握できる位置にいるので問題ないのだが、彼らは徐々に焦りを募らせた。
エカスドレルとの戦いは、度重なる後退戦術や特定個人の武によってこれまでにない被害が出ている。
それをドッペルゲンガーたちはこう捉えた。「自分たちがもっと情報を集められれば同胞の被害も少なくなるかもしれない」と。
ドッペルゲンガーもゲイザーも、自分たちは戦いにおいて大して強くない種族だという自覚はある。
だから諜報という面で活躍できているのは誉れであるし、魔王の覚えめでたい誇りもある。
故に……
「この国に侵攻してからこちらも被害が増えている……」
「どうしたら被害を減らせるだろう」
「もっと情報を」
「そうだ、もっと頑張ろう」
「そうだそうだ!」
「我々の情報でみんなを助けるんだ!」
「うおおおおおお!!」
仲間の助けになりたい、犠牲を減らしたい……そこに不純なものはひとつもない。
ただ、いかんせん熱くなりすぎた。
功を焦り、大胆に行動することで隙が出来てしまい……
結果、バレた。
帝都に潜り込み宮中や軍部の重要情報を得ようとして、何者かが人間に成り代わっているということに気付かれてしまったのだ。
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ドッペルゲンガーの出したボロを見逃さないのがドラクスであり、エカスドレルという国だ。
バレたのは帝都決戦の直前。北に向かうシスレスに「人間に化ける魔族がいる」という情報も持たせた。
もし無事逃げおおせられれば、大陸北部の国々はドッペルゲンガーについても対策をするようになるだろう。
成り代わりが露呈し、こちらの諜報を知られてしまった。とんでもない失態である。
しかし危険を冒したからこそ、帝都内部の状況や決戦にあたる陣容、さらには北への避難民といった情報を得ることができた。
さらに動機は「味方の被害を抑えるため」というもの。
報告を受けた大将軍ハグネイラルは開口一番「馬鹿者が!!」と一喝したものの、続けて責めるに責められなかった。
「北へ向かう一団……数は数千か。彼奴らが北部国家群に情報を運ぶのならば、捨て置けぬ」
帝都まであと少し。数日後には戦闘状態になる。
ハグネイラルはすぐさま難民団を叩くための別動隊を選定。4つの独立遊撃部隊が合同で追うことになった。
第2、第10、第11、そして第21。
「騎士レーデン、頼むぞ」
別動隊の大将は『魔王の騎士』であるエレーナが務める。
「その数なら私ひとりでも皆殺しにできるけど」と豪語する彼女に、大将軍は「殲滅力は今さら疑わぬが、どいつが情報を運んでいるか分からぬ。目と手は多い方が良い」と返す。
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数日後、両軍が帝都近郊でぶつかった。
地形は平地、しかし2つの砦を中心に防御態勢は整っている。
帝国軍は全領地からかき集めた軍と各国からの軍により約30万。
それに加え、各地から戦う意思のある者を募り、余った武器を持たせただけではあるが民兵として50万人が集結。
とても管理できる数ではない。人も物も。
散々戦争をしてきた帝国にとってもこれだけの数が一堂に会するなどとても拝めるものではない。
無論、指揮するにも完全とはいかない。たとえ帝国軍にはいざという時に中央の指揮下に入る法があっても、たとえ大帝自ら陣頭に立つとしても。
数日も維持できないだろう。だがそれでもいい。数日もすれば大半が死体となる。
「怯えるな! いかに強大な敵であっても、逃げ場などどこにもない! 負ければ最後、国も土地も家族も、何もかもが蹂躙されるのだ!」
士気は上々。というよりやけくそ。ここで負ければ本当に後がないのだから。
一方魔族軍も、従軍ローテーションを乱してまで魔族大陸から兵を引っ張り、30万もの魔族が前線に立っている。
数の差は絶望的、しかし彼らの士気も高い。
一部を除けば人間など雑魚、カカシでしかない。
魔王が居なくても気にすることはない。
なにより『魔王の騎士』が揃っている。
彼らひとりひとりが一騎当千、いや当万。入れ食いのように敵を屠るだろう。
「騎士ザガノースの首を思い出せ! 晒され、辱められた騎士の仇を討ち、魔王様に勝利を捧げるのだ!!」
騎士が共にいること、この戦いで一段落がつくこと、そして弔い合戦のため、人間どもを殺す。
戦術、計略、武……出し惜しみなどしない。両軍はすべてを出し尽くす勢いでぶつかった。
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戦闘が始まった頃、難民を乗せた長い馬車列は帝都から州ふたつ分は進んでいた。
空から追うのは2人の魔族。エレーナとクリャガーダーである。
「今頃あっちじゃ人間ぶっ殺し放題なんでしょうねー」
「こっちでもそうなるわよ」
「騎士レーデンは……そのー……もう大丈夫なんですよね?」
「それ何度目? 心配いらないわ」
「いやぁぶっ倒れるの見ちゃうとどうも」
「いつの話をしてるのよ」
作戦はシンプル。
目標に追いついたところで【転移】を使い、控えている味方を次々送り込むだけ。
「まぁ隊長が情緒不安定なのは今に始まったことじゃないが……」
「なんですって?」
「いや、その……一回ぱーっと遊んだらどうです? それか何もないところでぼーっとするとか。俺なんか年に一回は高い山の頂上まで飛んで雲をぼけーっと眺めたりして」
「見えてきたわ」
「空気読めねぇな人間ってやつは!」
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『朝日の槍』団長ジックスはここにいない2人のことを思っていた。
この戦いが始まってからの付き合いだが、ずっと行動を共にしてきた若い男女……アイリアとシェリアはあの要塞での戦闘で行方知れずとなってしまった。
あの少女の『魔王の騎士』に連れていかれたのだ。
死んだ前団長の仇……団員は誰もが復讐に駈け出そうとしたが、シェリアが大人しく従う方が早かった。
そして消えたまま、帰ってきていない。
死んだのか、見逃されたか、あの2人と魔族の間にどんな因縁があるかは聞いていない。ただ幼馴染であるとだけだ。
最悪の展開は2人が魔族側に寝返ることだが……これまで共に戦ってきた相手を疑うような結論は出なかった。
「団長、敵襲です!」
「魔族か!?」
「急に現れた! 他の傭兵団も慌ててる!」
「くそっ……! こっちには女子供も多いってのに……!」
「エイト・レイカーがすぐ応戦してるそうだが……」
「奴が前に出てるなら俺たちは──」
『朝日の槍』から状況を聞いたシスレスは「やっぱり……」と爪を噛んだ。
自分たち難民の存在が敵に知られたのはドラクスから聞いていた。
だがここまで帝都から離れればそうそう追っては来れないだろう……そんな願望を含んだ予想は簡単に壊される。
どこからともなく……としか言いようのない敵襲。
略奪や殲滅の途中だったとかではない。紛れもなくこの難民団を狙った襲撃により、数千人の一団はすぐさまパニックに陥る。
魔族の独立遊撃部隊は多くても100人に満たない隊ばかり。少数故の連携にかかれば、戦えない者が大半を占める人間など獲物でしかない。
「1人でも多く逃がすのよ! 私よりも他を──」
「敵はあんたの旦那がどうにかする! 奴と俺たちにとって一番重要なのはあんただお嬢さん!」
「あいつは旦那じゃないっての!」
やがて言い争っている暇もなくなった。
敵がシスレスの乗る馬車の近くまで来たのだ。
エイトは確実に魔族を屠るが、隊列を組んで密集しているわけでもなく攻めてくる方向もバラバラにしている部隊が相手ではどうしても取りこぼしが出た。
そのこぼれた分の中には、致命的な敵もいる。
強い雷鳴が轟き、それが魔法によるものだと理解した時、シスレスは馬車の窓から『魔王の騎士』を見る。
「危ねぇ! 馬車から出ろ!」
そう叫んだ傭兵が次の瞬間には【雷撃】の的になった。
目の前で一瞬にして命が消える光景……シスレスは故国でのそれを嫌でも思い出し、フラッシュバックで体が硬直する。
エレーナはまず取り巻く傭兵たちを、続けて馬車を狙った。
雷で破壊される馬車から間一髪、シスレスを助け出したのはまだ冷静だった『朝日の槍』のひとり。
「あいつは……!」
「ジックス、やるぞ!」
「団長の仇! 俺たちの手で!」
「待てお前ら! 勝てる相手じゃ──」
逸る誰かが飛び出し、簡単に返り討ちにされる。
見慣れたくない光景だが、何度も見てきたものだ。他ならぬあの少女の手によって。
これまでの戦いで数百人規模だった『朝日の槍』は半数以下にまで数を減らしている。これ以上失いたくない仲間を見て、ジックスは声を張り上げる。
「手を出すな!! とにかくお嬢さんを守って逃げるんだ!!」
「ジックス、けど──」
「あれと戦ってどうなるか、俺たちが一番よく知ってるはずだ……! 無駄に死ぬな、盾になって死ね!」
ジックスの言葉で少しは冷静さを取り戻したのか、むやみやたらに突っ込む者はいなくなった。少なくとも団長に従うという意識は残っていた。
馬車からシスレスを救出した者がそのまま手を引き、彼女を逃がす。『朝日の槍』の半数もそれに続いた。
残る半数はエレーナの足止めだが、稼ぎたかった時間は少ししか稼げなかった。
「化け物め! このままじゃ追いつかれるか……!」
「……ジックス、先に逝くぞ。後は頼むぜ団長」
「なっ、おい待て!」
傭兵たちが命がけでエレーナを止めようとして散った。
道中、逃げ惑う他の民たちは草花を踏み潰すように巻き込まれて死んだ。
「お嬢さん、あとはひとりで逃げろ」
「待って、あなたは──」
「仲間がやられまくってるのに、黙っちゃいられねぇ……!」
シスレスにぴったりくっついていた彼はそう言い残し、1秒ほどの時間を稼ぐために死んでいった。
『朝日の槍』はほとんど壊滅状態。誰が生き残ってて誰が死んでいるか、それすらも掴めない。
ただ言えるのは、シスレスに魔族の手が届いてしまったということだけ。
エレーナの放つ【風刃】がシスレスの右脚に当たり、脛から先を切り離す。
女は悲鳴をあげてゴロゴロと転び、ドクドクと血の流れる脚を手で押さえ付けようとして、意識が霞む。
「(ここまで、なの……?)」
自分を守ろうとする者が死んで、自分も逃げられない。
故郷を失った時もそうだった。あの時はエイトが助けてくれたが……
魔族と目が合う。噂通り、人間の少女にしか見ない。
「っ、ぐ……!」
残っていた意識をかき集めて、なんとか体を動かす。
ここまで来て死ねない。自分を守ろうとして死んでいった少なくない命のために、彼らが無駄死にだったなどと言わせないために。
エレーナの指が動く。いつも通り、これまで通り、何の感慨もなく魔法で殺すだけだ。
「(っ、エイト……グンタ…………!)」
自分を殺す魔法陣の完成を見て、シスレスは強く目を閉じる。
傭兵たちは蹴散らされ、エイトも別の場所で戦っている。頼りはない。剣のひとつも持っていない。
死はどうしようもなく、避けられもせず、万人にやってくる。
だがシスレスは認めない。最後の瞬間まで足掻いてみせる。みっともなくても、生きようとする意志だけは捨てない。
彼女の意思が呼び寄せたのか、偶然か、すべてをひっくるめて『運命』と呼ぶのか。
「っ……!?」
エレーナの目が見開かれる。
今まさに魔法を発動させようとしていた右腕が斬って落とされたのだ。
ボトリ、と生々しい音が自分から発されなかったことに驚いたシスレスは目を開き、目の前にいるのがエレーナでないことを知る。
「白……」
思わず呟いてしまうほどに白い光を纏った男……エイトではない、見覚えは……ある。
「なっ……!」
対するエレーナも声を出してしまう。
何かが近づいてくることに気付いてから、反応しきれなかった。人間とは思えないほどの速度だった。
それが知ってる顔で、彼が自分の腕を斬り落としたことに思考が止まる。
「アイリア……!?」
シスレスとエレーナの間に割って入った男──アイリアは表情から悲しみを取り除かないまま、剣を振るった。
エレーナは咄嗟に飛び退いて躱すも、自身が何かに侵されている感覚に陥る。
剣は避けたが、剣から出ていた白い光が当たった部分がボロボロと崩れていくのだ。
さらにすぐ再生するはずの右腕も、切断面からグズグズと白に侵食され崩壊していく。
「な、これ……は……!?」
「やっぱり……効いてしまうのか」
「アイリア、これ、は……何を……?」
「ずっと信じたくなかった……君は、魔族だ」
アイリアが踏み込む。およそ人間とは思えない速度で。
「なっ!?」
剣が振るわれる。
今度は肩。ドレスごと斬り裂かれ、再び白が身体を襲う。
「が、ぎ……ああぁ……!!」
「ごめん……せめて、一撃で──」
悲しい顔で、悲しい声で、苦しみ悶えるエレーナの頭上から剣を振り下ろさんとする男。
しかし彼の両腕に絡みついた触手により、その一撃は止められた。
「騎士レーデン! この人間はもらいますぞ!」
エレーナの部下である触手チョネリはキルスコア横取りのつもりでここまで来たつもりだった。
しかしすぐさま獲物である人間を掴む触手が崩壊し、馬鹿なと思いながら残りの触手で再度捕まえようとし……
「なっ──」
人間から発される白い光にすべてが消された。
それだけではない。魔族が見切れないほどの速度で距離を詰めるアイリアが振る剣に斬られたのだ。
「な……ア……ガ──」
斬られた箇所から崩壊が始まり、数秒もしないうちにチョネリは体のすべてが形を保てず、塵になって風に飛ばされた。
まるで初めからそこには誰もいなかったかのように。
「すごい……」
「大丈夫?」
「あ……確か、彼と一緒にいた」
「シェリアよ。いま血を止めるからね」
地に這いつくばったままそれを眺めていたシスレスを助けたのはオレンジ髪の女。
そうだ、一度だけだが面識はあった。エイトが気にかけていた2人だ。
「あれは……アイリア、よね? あの白いのは……?」
「魔族を殺す力よ」
人間がどうやっても勝てないような化け物。それをいとも簡単に殺した力。
男を取り巻く白いそれは、シスレスにとって……人類にとっての希望の光だった。




