五五 You can't handle me!
私のお父さんとお母さんは、フライフル辺境伯──シェリアの父親に殺された。
処刑だった。罪状は魔力の隠蔽と令嬢暗殺未遂。
よく覚えてる。忘れるわけがない。
あの日のことも、原因となった日のことも。
今ならなんとなく分かる。シェリアに反撃しようとした私が魔力暴走を引き起こして、それをシェリアが【砕魔】で止めた……だから私は意識を失って何日も目覚めなくて、シェリアとアイリアの出国まで寝ていたのだ。
辺境伯はそのすべてを知ってるみたいだった。
どうやって知った?
私が魔力暴走に陥った時、あの場には誰もいなかった。シェリアだけだった。
魔力を持っていること、暗殺の気はなくても危険な暴走を起こして危害を加えそうになったこと……それを知ってるのはシェリアだけなんだ。
だからシェリアが父親に言って、家族もろとも私を消しに来た。
アイリアを取ろうとする私が邪魔だから。いっそ罪人として処刑されれば何もかも思い通りだから。
そうとしか考えられない。他に可能性なんてない。
「なに、よ……それ、嘘、でしょ…………」
「とぼけるな!!」
「とぼけてなんか! だって、私は──」
うるさい、うるさいうるさいうるさい。
言い訳なんて聞きたくない。
ああそうだ、そうだよ、私はこの女を殺しに来たんだ。
魔法、くそ使えない。なら直接……
「っ、待て!」
「邪魔しないでよ!!」
あと少し、あと少しで手が届くのに届かない。
「ぐ……! なんて力だ……!」
殺す、殺してやる。
せっかく連れてきたこの場所で、全部終わらせてやる……!
そうすれば私はアイリアと……
「お前も同じようにしてやる! 殺してくれって叫ぶまで痛めつけて! お前のクズな父親と! 母親と妹と赤ん坊がどうやって死んだか聞かせてやる! 最後に火をつけて殺してやる!! ハハハハハ、あはは、は! シェリアアアァァ!!」
──……………………あああ……
痛い…………
「ぁ…………?」
あれ、どうなってるんだっけ、私は。
おかしいな……シェリアは腰を抜かして私を見上げてたような気がしたのに、なんで私が見上げる形になってるんだろう。
鼻がジンジンする。どろりと流れたものが口に入る。血だこれ。
ああ……そうか、殴られたんだった。シェリアに。思い切りグーで。
シェリアのくせに、力が強いじゃない。
こんなに痛いなんて……
「答えなさい…………」
胸ぐらを掴まれる。
「これを、やっ……た、のは……! あんたなの……!?」
「…………ふ、はははっ」
「みんなを……! 殺したのは!」
「ははははは……あははははは……!」
まったくおかしな話だ。
せっかく私の魔法を封じたのに、どうして自分から肉薄してくる?
余裕の表れ? 私みたいに魔力剣という近接攻撃手段を持っていないシェリアが、わざわざ距離という魔法使いの利点を潰してまで。
「答えろ!!」
「はー…………うるさい」
そして私の首を絞めることなく、胸ぐらを掴むだけに留めておいたのも何故?
私はこうしてお前をいつでも殺せるのに。
「っ、か……はっ……!」
「なっ!? エレーナやめるんだ!」
こんな細い首……片手で折ることができてしまうんだ。
大人しくアイリアの手で引き剥がされたのは、それじゃ面白くないから。
さっきは手が出てしまいそうになったけど、私はシェリアを苦しめたい。だから楽には殺さない。
「私の魔力を封じて油断した? それとも私がまだあなたに手も足も出ない平民の小娘だと思った?」
「ゲホッ、ゲホッ……! えれ……なァ……!」
「アイリア、あなたはさっき私が洗脳されてるって言ったわね。私は何も偽ってないし強要もされていない。自分の意思でここにいる」
【魅了】はあくまで不快感を和らげるための処置。
私は一度だって操られたりなんかしていない。
「ここにいた人間たちも、この国も! 滅ぼしたのは私の意思だ!!」
2人の目がかつてないほどに開かれる。
一瞬だけ時間が止まり、吹き抜ける風の音で静寂が終わる。
「嘘……だ…………」
「嘘じゃない」
「嘘だ!!」
アイリアの否定が心地よい。まだ私の手が汚れていないと……手が汚れていようと根っこにあるものまではと思っていてくれている。
さっきの言葉の意味……「洗脳されているか確かめたい」と言っていたのは、きっとそれに賭けてくれていたのかも。
でも仕方がないもの。そうしなければ、こうならなければ私は今ここに生きていないのだから。
「シェリアぁ……私からの贈り物は見てくれた?」
彼女は頭がいい。昔から勉強ができたのを覚えている。
だから私の言葉をしっかり噛み砕いて、私の言わんとすることを理解してくれる。これも信頼のひとつだろうか。
「あなたの家族を磔にしたのよ。私たちがされたのと同じようにねぇ! サーネア、そうサーネアちゃん。その子の腕を目の前で斬り落としたらあの男……ふふっ、簡単に言うことを聞いたわ。アイツの目の前で兵士を殺して、領都の住民を殺して、あははは! 見せてあげたかった!」
口が止まらない。笑いが止まらない。
ずっとずっと突きつけてやりたかった。
「まずあなたの母親を殺した。胸を一突きにして……次に赤ん坊を殺した。【雷撃】で跡形もなく! 泣き声がうるさかったわぁ……うるさいといえば、あの男はずーーっと喚いてたわね。『もうやめてくれ、家族を解放してくれ』──くっ、はははは! 私がやめろと言ってもやめなかったくせに!」
シェリアからの反応は無い。
焦点の合ってなさそうな茶色が私を見つめてくるだけ。
「片腕だけになったサーネアの首を……こう、シュッてね、描き切ったの。辺境伯の顔に血が降りかかるようにね。ふふふふ……あれ? そういえばあなた、ずっと留学してたのならサーネアには会ったことあるのかしら? 可愛かったわよ、あなたに似ててね。赤ん坊の方も大きくなったら似たのかしら。もう会えないけど、プッ、くくくく!」
話しながらシェリアの様子が変わっていくのを確認する。
彼女の中に渦巻くものを感じる。それは彼女の体を突き破って今にも溢れてしまいそう。
「殺して殺して……全員殺して、最後に残った辺境伯は殺してくれとしか言えない状態で、お望み通り燃やしておしまい。あなたも炭になった父親を見たかしら? あ、死体見たのならサーネアとも会えたのか」
「────ッ!!」
来た……!
シェリアの体から黒いものが漏れ出す。
それを待っていたんだ。
私の言葉に絶句していたアイリアも気付くけど一歩遅い。
「シェリア! くっ、この前より強い……!」
近付けば巻き込まれる魔力の奔流に手出しできないのシェリアを救う方法なんて無い。
魔力暴走……彼女ほどの魔法使いならそうなると思っていた。
お前を殺すのは、他ならぬお前自身だ。
ほら、もっと怒って感情を振り切らせなさい。
「全部全部ぜーんぶ! シェリアに見てほしかったの、聞かせたかったの。だから頑張って生きたんだよ、頑張って殺したんだよ! 私たち友達だもんね! 私とあなたは同じになった……これで一緒だね……全部シェリアのせい。お父さんもお母さんも、あなたの家族も! 殺したのは私で、あなた!」
ははははは……
あはははは!
「ぐ……ぎ、あ、あ゛……ア゛ ア゛ !!」
「シェリア、駄目だ! 落ち着くんだ!」
「おち、つ……られ、るか ア! エ レエェ ナ アア!!」
はっはっははははっははっ!!
ようやく! ようやくシェリアの死にざまを見れる!!
…………変だな。いつになったら死ぬんだろう。
たった数秒、されど数秒。この短い時間の間の中に死んでいてもおかしくないのに。
騎士ヨーネを封じるために大きな【砕魔結界】を張ったからか、それ以前にあの戦いの中で魔法を多用していたか……とにかく残った魔力が少なかったのか? だから被害も比例して少なく?
私は魔力切れというものを経験したことがないからその辺の加減が分からない。
だとすれば少し目算外れ……まぁそれはいい。
残っていた魔力が少なかろうが、シェリアは実際に暴走する魔力に体を壊されている。体の中を暴れ回る魔力に侵されて目や口や鼻……見える範囲の穴から血を流しているのだから。
あとは少し後押ししてやれば簡単に崩れる。命を摘める。
…………でも、二つ目の異変が私の手を止める。
私にかかった【砕魔】が消えていないのだ。
さっきエイト・レイカーにやられた【切断】されっぱなしな右手は【転移】すると効果を失っていた。ヨーネを相手にするので手一杯だったか、それとも対象が意識外に移動すると切れるのか……まぁ今考えることでもないか。
とにかく魔法は集中というか、魔法を使い続けることへの意識を切らせば効果も切れる。固有魔法だろうが何だろうが、どの魔法もそういう部分は共通しているはず。
……ならどうして私の【砕魔】が切れない?
シェリアの意識は、まだ私を──
「っ…………!」
目が合った。
私なんか見てる場合じゃない、それどころじゃないはずだ。体中が痛くて苦しくて今にも死にそうで、自力で立つことなどとてもできやしない。
私だって自壊に慣れたのは何度も経験してからだったのに。
なのにシェリアは立っている。私を睨み、あまつさえ手をこちらに向けようとしている。
「は…………はは、無駄な足掻きを──」
認めよう、私はたじろいだ。やっぱりシェリアは恐ろしい相手だ。
でも無駄だ。
魔力が足りないから暴走しても大した害を受けていない……という理屈が本当だとしよう。
本来の魔力暴走──『体から大量の魔力が溢れあっという間に崩壊する』というものに届いていないが、シェリアは間違いなく自分の魔力によって死に近付いている。それは紛れもない。
なら私がビビる必要はない……ゆっくり見物でもすれば……
「エ レ アアァ ァ!」
何も……しなくても…………
「なん……なの…………あなた…………」
シェリアの伸ばした手から噴き出す魔力が動く。
あの形は何だ……? 知っている……見慣れた形……
「エレーナああぁ ぁぁぁ ぁ!!」
完成した。シェリアの描く【雷撃】が。
魔力暴走で漏れた魔力を魔法陣の形にする……? 聞いたことがない。見たことがない。
私も思いつかない……あんな利用法が? こんな極限状態で? そんな真似を?
頭がおかしいんじゃないか。
なんだこの化け物は……
「ぁ……」
しまった、それどころじゃない。
【砕魔】を受けている今の私はAMフィールドも再生も使えない。
まぁあんなふざけた魔法陣から出てくる魔法なんてたかが知れているだろうけど──
「ッ──!?」
真逆。予想と真逆。
私が普段使うような、複数人を一気に消し炭にするような特大の雷が飛んできた。
見てから避けることなど不可能だ。
まんまとくらった。一瞬にして意識が途切れた。
□□□□□
「シェリア! シェリア、しっかりするんだ! 死ぬな!!」
………………あ……
ああ……【砕魔】が切れたのか。体が再生してるし自分の中に魔力を感じる。
ということは…………
「シェリアっ!! 目を、目を開けてくれ……シェリアぁっ!」
悲痛な声を聞きながら立ち上がる。
歩み寄って、見下ろす。
シェリアは倒れ伏していた。血だまり……とは言わないまでも、流れ出た血は少なくない。
それでも体が原形を保っている。
どうして体が原形を保っている?
魔力暴走を引き起こした者の末路は死体すら残らない終わり。
それなのにこれは、これはまるで魔力暴走が収束したみたいな……
死んでる……わよね……?
分からない。死んでるはずだけどさっきの光景を見てしまったら彼女を常識に当てはめることができない。
確認、しないと……
「どいて、アイリア」
「エレーナッ……!」
え、あ……
なに、その……恨めし気な……そんな目、今まで見たことない。
「な……なに、よ……」
ゆらりと立ち上がる姿も様になる……なんて茶化せない。
「シェリア、は……どうなってるの……」
「君に……関係あるのか」
「っ、そんな言い方──」
「シェリアを殺すと言った君が!! みんなを殺した君が何を言ってるんだよ!!」
怒声と、今まで浴び慣れてきたものが私の体を縛る。
「僕の家族も……母さんもルトーもマーガレットも……」
マーガレット……? ああ、メイドの名前か。
「君が、殺したんだろう……!」
「あ、ちが……う……私は……」
「父上はどうしたんだ……」
「私のせいじゃ……」
「答えろッ!!」
やめてよ……そんな目で見ないでよ……そんな声を聞かせないでよ……
私はアイリアにそんな目を向けたことはないし、そんな気もさらさらないのに、なんでアイリアは私を……
「殺したのか! 父上はどこなんだ!!」
「わ、私のせいじゃない! だってあの人が、だって!」
そうだ、私のせいじゃない。
レンキュリー男爵には何度も言って聞かせようとしたし、他の家族だってそうだ。私が手を下そうと思ったわけじゃない。
「私とあなたの邪魔するからっ、言っても分からないから……」
「…………」
「だってアイリアのお父さん、分からず屋で、認めてくれないんだもの! 私たちのこと、結婚するって言ったのに、クズ辺境伯の言うことばかり聞いて!」
「…………………………は?」
「私だって義理の家族になる人を殺す気なんてなかった! 仕方ないじゃない……! 全然、言うこと聞いてくれないんだもの……! お母さんもルトーも、あとメイドも、あっちは本当に私じゃない! 部下が勝手に……あ、わ、分かった! そいつら殺したら怒るのやめてくれる? ねぇ──」
「ふざけるな!!」
思わず後ずさってしまう。そんな剣幕だった。
「君は本当に……本当に、君は…………君が、っ……信じたくなかったのに……!」
アイリアが……剣を抜いた。
「君が敵に……なる、なんて……っ、嘘だと言ってくれ! 全部誰か別の奴がやったことだと!!」
震える手で柄を握って、私に向けてきた。
行動の意図が分からない。
分かるけど、どうしてその意図に行きついたか、私には……
「や、やだ……」
「僕は君を……!」
嫌だ、やめて、続きを言わないで。
私を否定しないで──
□□□□□
「ん…………ぇぁ……?」
あれ………………………………?
私、何を……寝てた? 地べたで?
「あ……どこ……?」
ここ、どこだっけ。
ああそうだ、『掟の国』だ。領都だ。
…………それで、何してたんだっけ。
こんなところで、私はひとりで何を……
「っ、違う、っつ……! アイリア、シェリア…………どこ……」
思い出せ、私は何をしていた?
エカスドレルの要塞を攻めて、そこでアイリアたちを見つけて、ここに連れてきた。そうだ、間違いない。覚えてる。
シェリアが魔力暴走して……アイリアに怒られて……それで、剣を向けられて……
…………そこから、何があったんだっけ……
思い出せない。思い出すためのとっかかりすら掴めない。
何もなかった? まさかありえない。
2人がいなくて私は倒れてて、何かあったはずだ。2人はどこだ?
シェリアの生死……まぁあれは死んだだろうけど死体を見ないと安心できない。
アイリアは……きっと色々あってイライラしてたんだ。ちゃんと話し合えばまた……そのために見つけないと。
□□□□□
何日も領都とその周りを探し回った。
無事な建物は一軒一軒、蟻でさえ見逃さないくらいしっかり探した。
なのに見つからなかった。
まるで最初からここに居なかったかのように掻き消えている。
私は焦った。
ここにいないということは移動したということ。だとしたらまずい事態だ。
ここは『掟の国』。とっくに魔族軍が滅ぼしてて、ここから普通にエカスドレルまで行くのは現実的ではない。
たった2人で、ましてシェリアは動けないはず。
かつてないほどにクリャガーダーを呼びたい。そうだ、呼べばいいんだ。
部下だし、私の一声で背中に乗せてくれるだろう。
□□□□□
【転移】で戻ってみれば、とっくに戦闘は終わっていた。
騎士マクが蹂躙したのだ。まともな建物は残っていない、
魔族軍は更地となったそこに陣取り、フリク公爵領の領都を攻める態勢を整えているという。
「騎士レーデン!」
クリャガーダーはじめ第21独立遊撃部隊はすぐに見つかった。
戦闘中に、それも何日も行方をくらませたせいで騎士ヨーネが死ぬほど怒っているらしい。魔王も私を探してるとか。
申し訳ない気持ちになったが今は怒られてる時間なんて無い。すぐクリャガーダーを捕まえて再び『掟の国』に移動した。
それからまた3日ほど……空から目を皿にしたけど、人影も死体も、誰ひとり見つけることはできなかった。




