四八 エカスドレル攻略戦――色ヲ塗ラナイデ
エレーナが消えた後のエルマー長城東端では趨勢が決まっていた。
あくまで保険として同行していた騎士が率先して防衛側の要である魔法使い部隊を全滅させ、この場の大将であるレッジ将軍を排除したのだ。関の前での攻防は言うまでもなく魔族が押し切る形に。
関の前に布陣する者たちは軍や傭兵問わず使い捨て。
敗北を悟った兵たちが開けてくれと叩いても、命あっての物種を誰よりも理解している傭兵が無理やり破壊しようとしても、彼らが文字通りの全滅をするまで門が開くことはない。
そのおかげとも言うべきか関の中や後ろにいた軍は滞りなく撤退することができた。
関が落ちたのは2日後。端とはいえエルマー長城を突破されるのはエカスドレルにとっても屈辱であり痛手。
しかし事態はエカスドレルの誇る軍師ドラクスの掌の上を出ない。
元々エルマー長城は時間稼ぎでもできれば御の字としか考えていない。真の防衛線はエカスドレルの国土を使った広い陣地防衛だ。
そのための時間は稼げている。長城そのものが落ちたわけではない。
おそらく敵は正面突破を諦め包囲にかかってくるはず。だから国境ギリギリまで延びた長城の端を攻めたのだ。
「(やはり敵には軍を大量に、それも長距離を一度に移動させる術がある……?)」
これまで攻め落とされ滅ぼされた国々の生き残りから集めた情報を継ぎ接ぎして見えてくる南からの脅威。
魔族とは種族ごとに固有魔法を持っている。あらゆる奇跡の手段を持っていてもおかしくない。
「(だがその移動手段を持っている種族の数は少ない……多ければより頻繁に移動させるはずだ。それに移動できると仮定しても、直接内地に来ないのは……一度行った場所にしか移動できない……)」
だとすればその種族を特定し排除することができれば魔族たちの機動力をかなり削ぐことができる……
「(まぁ、それもこの局面を凌げたらの話か……)」
エカスドレル南部の街にいるドラクスに東端の関が落ちたという報告が入ってきたのは昨日。早馬で来たものだから実際には1週間ほど前の出来事だろう。
となると西側の関やその近くにある町も……
「軍師様、西側の早馬が」
「そうか。通せ」
エルマー長城を陥落前提とした作戦、東側の報告は予想通りだった。
しかして西側には東とは別の報告が来ることを期待している。
西に向かわせたあの男――エイト・レイカーは、国の存亡を懸けたこの戦争の切り札のひとつなのだから。
「報告! エルマー長城西端の関が落とされました!」
「うむ。それで?」
「はっ……関を突破した魔族は近くの町にまで進軍。わが軍と傭兵らの混合部隊と相対し――」
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【コアシールド正常。緊急保護モードは40041sec後に解除されます】
【外部からのコア干渉を確認。通常プロトコルにて対応……………………外部からのコア干渉の停止を確認】
【コアシールド正常。緊急保護モードは39984sec後に解除されます】
……………………
…………
……
【コアシールド正常。通常保護モードへ移行完了】
【意識覚醒――エラー。無意識下での一時逃避を確認】
【通常睡眠と断定。全接続の通常モード運転を続行】
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ラブラミから話を聞いたイムグは、今すぐこのサキュバスに掴みかかりたくなるのを必死に堪えて眠り続ける少女を見る。
「なんで…………」
なんでそこまでして、と問いかけたつもりの言葉はラブラミにもその通りに聞こえる。
「それは騎士レーデンに直接訊いた方がいいですよ。ワタシは頼まれたから……って言ってもこうなっちゃった責任はあるんですけど」
「エレーナは、どうなってるの……」
「分からない……ってのが来ちゃいますね」
ラブラミは自身が意のままに操れるはずの眠れる少女に対し苦々しい顔を隠さない。
「そもそも騎士レーデンにかけた【魅了】は解かれることを想定してないんです。どうなるかが私にも分からないから……騎士ボーデットが教えてくれた保護魔法陣もつけて、とにかく解けないようにしていました。なのに……」
「なんで、なんでこうなっちゃう魔法をかけたの……」
「こうならないようにしてたつもりなんです。まぁ今言っても……」
「エレーナは……元に戻るの?」
「そこは心配ないかもしれません」
足を組みなおして魔王を見たラブラミの手に浮かぶのは【魅了】の魔法陣。
「【魅了】をかける時、ワタシは心に入り込む深度を決めます……心で一番深いところってどこだと思います?」
「…………?」
「魂です。時間と相手が許せば、ワタシは他人の魂を自分のものにできちゃうんです。騎士レーデンもそれでいいからとにかく強いのをかけてくれって言ってました。でもできなかったんです」
エレーナへの実験はラブラミ自身も【魅了】と改めて向き合う良い機会だった。
魔力さえあれば他者を意のままに操れる、淫靡の女王種に与えられた規格外の力。当たり前に使っていた力が当たり前どころではない強さを持っていることを再認識した。
それでも、そんな力をもってしてもエレーナの魂に干渉することはできなかった。魂を掌握できれば彼女の求めるものは簡単に実現できた。
しかし魂に届かなかったから難航して色んな角度からのアプローチを余儀なくされ、結果として歪な形ですべての感情を抑制するに至ったのだ。
「まるで壁が阻んでるようで……逆に言えばその壁があるから騎士レーデンの魂――心は無事だと思いますよ」
魂とはその人の心や人格――すべての根幹を成すもの。
もし【魅了】が魂にまで到達した上でこのような解除があれば最悪の場合は魂が壊れ、抜け殻のような廃人になっていてもおかしくはなかった。
しかし実際にはそうなっていない。この強制的な解除……魔法の破壊による余波はそうでもないのだ。
とはいえそれは魂に限った話。エレーナは実際に心が壊れるほどに乱されたわけなのだが。
「だったら、いつ、目を覚ますの」
「それは……分かりません。数時間か数日か、さっきも言ったように強制解除なんて想定してないんですから」
「……違う、そういうんじゃない」
「え?」
エレーナの手を握っていた魔王が立ち上がり、まっすぐにラブラミを見る。
背はラブラミの方が高い。見上げられる形になるのだが……下から見られているだけで圧迫感が肺を潰し息をできなくさせてくる。
「エレーナは、いつ、目を覚ますの。答えて、今すぐに」
威圧と恐怖。
それがこのフクロウ少女からひとりの騎士に注がれている。数秒で胃の中どころか内臓すら全部吐き出してしまいそう。
彼女は間違いなく魔王だ。
普段見せない暴力的なまでの魔力。そのプレッシャーをお目にかかれる機会は滅多にない。ラブラミは必死に意識を繋ぎとめながら場違いに『貴重だ』とさえ思ってしまう。
ラブラミは折れそうな膝に力を籠め、背筋を伸ばす。
今イムグが求めている答えに理論的で合理的なものはきっと存在しない。なにせ術者自身にも分からないのだから。
「きっとすぐです。だって騎士レーデンは……魔王様のことを放って逃げるような子じゃありませんもの」
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その間にもエルマー長城を正面から攻める陽動作戦は続けられた。
今度は陥落させようなどという攻め方はしない。
飛行魔族は様子見のみ。地上を進み山を登る軍も城壁にまでは進まず、防衛軍の魔法が飛んでこないギリギリの場所に布陣。勾配に敷かれた陣地はまるで山岳に大きな集落が出来たようだったいう。
長城側では端の関が東西どちらも落ちたことが防衛軍指揮官ゼンペンクに伝わり、城の中を通って来られないよう端にほど近い部分を破壊。
これにより東西からの侵入は不可能。良くも悪くも出入り口は北側にしかなくなった。
「よし、敵の攻撃も散発的になってきた。予定通り兵を北に逃がせ」
「将軍もお逃げを」
「儂が逃げてどうする。大帝陛下に伝えるは儂の華々しい囮っぷりだけでじゅうぶんよ」
「しかし……あなたのような将を失うことは国にとっても――」
「国に必要なのはひとりでも多く生き残ることだ。この老骨と多くの若き将兵ら……比べるまでもなかろう」
無論、ゼンペンクはドラクスの作戦を知っている。
エルマー長城は敵に包囲され落とされる……軍師の描いた予想は敵の動きからして現実のものとなりそうだ。
ゼンペンクに与えられた務めは命に代えて一日でも長くこの長城を守ること。
ドラクスが頭を下げて命じたこの役目を、将軍は快諾した。死ぬと分かっていても国を守るため、この忠義を後世に伝えてほしいとだけ頼み、この死地へとやってきた。
「7割も逃がせたら万々歳だが……半数が限界か」
優先して撤退させるべきは魔法使い部隊。彼らは絶対数が少なく育成にも様々なものがかかっている。
だが彼らが一斉にいなくなれば敵もそれを隙とみなしてくる。過度に間引けば肝心の時間を稼げない。
これがただの城ならばなんとかなったが、ここは長城。山脈に沿ってそびえる長い壁は横並びの配置が重要。そこから引けばすぐにバレる。
結局は選ぶしかない。その人選はゼンペンクに一任されている。
自分と運命を共にする者を選ぶ、つまりは死を宣告する。それが彼にとってこの防衛線の……いや、人生においてもっとも重く長い時間だった。
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エレーナが戻ってきて意識を失ってから数日。
うなされる様子もなく、普通に眠っているだけに見える。普通というには日数がかかりすぎな気もするが、発狂し暴走する彼女を見ればこの状態はまだマシと思うだろう。
【魅了】による洗脳や催眠が何らかの要因で解かれてしまったとなれば、進めている研究が根底から台無しにされるかもしれない。
原因究明が急がれる中、ラブラミはボーデットを呼び出した。
「なるほど……保護魔法陣について訊いてきたのはそういうことか」
「ごめんね~、騎士レーデンに協力するためって言ったら手伝ってくれないと思って」
「貴殿はなにか勘違いしているようだな。【魅了】の限界性能を存分に検証できる対象がいるとなれば我とて乗るのはやぶさかではない」
いまだ目覚めぬエレーナは騎士ラカミセリニウマの客間に運ばれ、ベッドではなくテーブルに寝かされている。まるで死体検分のような雰囲気だ。
「にしても驚いたな……保護魔法陣ごとやられるとは。何をされたらこうなる?」
「考えられるのはAMエリアを何重にも張った中に飛び込んだ……って感じだけど、わざわざそんなことしてくる敵はいないわよねぇ」
AMエリアは強力だ。基本的にそれひとつだけでほとんどの魔法をかなり減衰できる。
それだけに使い手も限られる。
一般的には一流の魔法使いが数人がかりで作るものであり、もし1人で張れる者がいたならそれは最上位魔法を実戦で使えるような達人。
つまりAMエリアを何重にも張ること自体が無意味かつ無駄な行為であり、とても実戦で仕掛けるには現実的ではない。
「しかしそうでもなければ保護魔法陣を突破し【魅了】を破るなどできまい」
「なら人間の固有魔法? そうなると可能性が無限に出てきちゃうわ」
「いや、起こっている事象から考えれば――」
「【砕魔】…………」
眠っていた少女が口を開いた。
「っ、騎士レーデン!」
「目覚めたか……ひとつ進んだな」
「待っててね! 魔王様呼んでくるから!」
大急ぎでラブラミが出ていった後に残される気まずい2人……とはいかない。
目覚めたばかりのエレーナは早速顔を青くし、テーブルから転げ落ちる。
「動けぬなら無理をせぬほうがいい」
「ゴホッ、ゴホッ……! あ、これ……は……!?」
「貴殿のことは聞いた。今【魅了】はかかっておらぬ」
ぐるぐると頭と胸を往復する感情の濁流。
何の思いかは分からない。とにかく後遺症めいたものが続いていることは確か。
それでも眠る前よりは落ち着いている。吐き気に耐えられず胃液を口から垂れ流したり体が思うように動かないほどの倦怠感を覚えているだけだ。
抑制されていない感情がそのまま心を動かす……久しぶりに味わう感覚に悪酔いしているのかもしれない。
「わたし、は……」
「すぐ魔王様と騎士ラブラミが来る。望むならそれまで意識を断つこともできるが?」
「い……や…………だいじょう、ぶ……」
這いつくばった状態からなんとかソファにしがみつくように上がり、それでも上体を起こすことができない。
体に力が入らない。幼少期にひどい風邪をひいたときと同じ苦しみだ。
「気遣いは魔王様がなさるだろう。悪いが我は遣う気を持ち合わせてはいない故、単刀直入に訊きたい。何があったか覚えているか?」
「…………ええ……ところどころは」
我を失うまでのことは覚えている。だから自分がシェリアの【砕魔結界】に入ったことで【魅了】が強制的に砕かれたことも。
その後のことは曖昧だ。周りが見えず、自分が何をしているのかも分からなかったし意識していなかった。
気付けば騎士ラカミセリニウマの聖堂にいて、気付けばイムグに噛みついていたとしか言えない。
「エレーナ!!」
扉を破る勢いでイムグが入ってきてエレーナは反射で体を跳ねさせてしまう。
ちょっとしたことで驚き怯える……まるで子供の頃に戻ってしまったみたいだと自覚し、感情を疎ましく思う。
「魔王……」
「大丈夫? どこか変じゃない?」
「っ、いやっ!」
伸ばされた手が咄嗟に弾かれる。
その衝撃に伸ばしたイムグも弾いたエレーナもきょとんとし、数秒遅れて弾いた方がわなわなと震え始める。
「あ……ご、ごめ……ぁ……」
その様子にますます心配を深めたイムグが再度手を伸ばしても、エレーナに触れることはできなかった。
弾く代わりに後ずさり。ソファの上で移動しても端の肘置きで行き止まり。
そんな短い距離であっても、両者の間は確実に開いている。
「エレーナ……?」
「ごめ……っ、私……」
エレーナは覚えている。噛みつき、血を流させてしまったことを。
戦闘を放り出してここに帰ってきてしまったことを。
この場にはイムグだけではない。ボーデットもラブラミもいる。さっきはゴーレムもいた。やらかしを他の騎士にすら見られてしまった。
イムグは心配してくれている。
それがまたいたたまれなくて、消えてしまいたくて、とにかく自分はこんなに心配されるような奴じゃないと自分で思って……
突発的に魔力剣を出し、自分に突き刺す。
「――か……ハッ」
「騎士レーデン!?」「何を……!?」
突然の暴挙。魔王の前で過ぎたる粗相。ラブラミのみならずボーデットまで声をあげたが、イムグは手で制した。
「……少しだけ、2人だけにして」
「しかし魔王様、騎士レーデンは錯乱しています」
「大丈夫――」
「だ、い……だいじょう、ぶ……」
イムグに被せるようにエレーナが声を絞り出す。
彼女を支配したのは、ずっと抱えていたもの。感情抑制で見て見ぬふりをできていたもの。
死にたいという欲求。楽になりたいという逃げ道。
でも他ならぬ彼女自身の能力がそれを妨げ、いつまでも生きて痛みを与え続ける。
その痛みのおかげか、エレーナは少しだけ冷静になれた。
目覚めてからの吐き気、抑えられない感情たちが好き勝手に内側で暴れる様を、致命傷の痛みでごまかす。
やるべきこと、まだ逃げられないことを思い出し、頭を動かすことができる。
「騎士ラブラミ……また、【魅了】……かけて……」
「……分かったわ」
□□□□□
一度は成功したものだ。二度目はスムーズにかけることができた。
「気分は?」
「前と……同じ……」
「なら成功ね」
さて……と誰もがイムグを見るが、魔王は大人しくしている。
その様子はどこか寂し気で、声をかけづらい雰囲気だ。
仕方ないので勝手に話を進めることにした。
「早速訊こうか。騎士レーデン、先ほど言っていた【砕魔】とは何だ?」
「人間の……固有魔法。そう、フライフルの……シェリア・フライフル…………!」
「っ、騎士レーデン落ち着いて!」
「騎士ラブラミよ、貴殿のかけた【魅了】は完璧なのだろうな?」
「完璧よ! 完璧な私の魔法で抑えきれないくらい、騎士レーデンの感情が……」
「ふむ……騎士レーデン、怒るのもいいが説明を求める。その人間の固有魔法で保護魔法陣ごと【魅了】が破られたのか?」
「…………そうよ」
にわかには信じがたい。ありとあらゆる魔法を消し去ってしまう魔法など。
人間ごときがそんなものを持っていていいのかとすら思える、恐ろしく強力すぎる力だ。
「危険だな……我らの中には戦闘能力を魔法に依存している種も多い。『魔王の騎士』でさえ個々の強みを魔法で成り立たせている者もいる」
「そうねぇ……ワタシもその人間とは当たりたくないわ」
「だが所詮は人間。騎士ザガノースあたりならば魔法を封じられても容易く潰せるだろう」
「駄目よ……」
研究者2人のまっとうな考察にエレーナは真っ向から食って掛かる。
「あの女を殺すのは私……私じゃなきゃ駄目なの。他の誰でもない……私がこの手でぐちゃぐちゃにして、あいつの血も肉も全部全部……くくく、はははは……」
「……騎士ラブラミ」
「無理よ。これ以上は抑制できない」
「思い出すだけでこれか……ならば実際にまみえた時の様子は想像に難くないな」
ともあれ原因は分かった。
対策は……どうしようもない。頭の痛いことである。
人類側の切り札――要警戒とも呼べる人材をひとつ知れただけでも収穫と考えるべきか。
これ以上は考えようがない。【魅了】はかけ直した。後は保護魔法陣をかけて戦場にでも送り返すべきか……
だんまりの魔王に判断を仰ごうとしたところで、部屋の扉が叩かれる。
叩いたのはゴーレム。一声の後に部屋に入り、その後ろには引っ込み思案なモーメントルーラーがいる。
東側の軍に同行していたロウマだった。
「ロウマ殿がお戻りになられたので、直接ご報告をと」
「あ……あの……って、騎士レーデン……! ご無事だったんですね!」
「ロウマ……無事でなにより…………と言えた義理じゃないわね。ごめんなさい、あなたの護衛を放り出して勝手に……」
「い、いえ! 部隊のの皆さんがいてくれましたから……! っと、す、すみません! 魔王様にご報告……いいですか?」
全員が魔王を見るが、声をかけられても彼女は俯いたまま。
「魔王様、ロウマ殿が」
「………………あ? あ、うん。おかえり」
ボーデットに近くで声をかけられ、ようやく我に返ったようなイムグが顔を上げた。
□□□□□
ロウマの報告は勝利のそれ。
東側の別動隊は関を突破後、もっとも近い町を占領した。
ただ、関の向こう側に敵はいなかったという。軍どころか、その町の住民も。
「動きが読まれていたか……エルマー長城そのものが時間稼ぎであることも考えられるな」
ボーデットは敵ながらやるなと舌を巻いた。
おそらくエカスドレルはこの戦いが始まってから――いや、始まる前から長城の軍と近隣の土地を捨て石にすることを計画していたのだろう。
魔族はこれからエルマー長城を包囲して攻めなければならない。退路と補給路を断つことができるようになったのだから容易に落ちるだろうが、それでも時間はかかる。
その間にエカスドレルは防備を固めるつもりだ。
「ロウマ、よくやったと将兵に伝えてほしい。疲れているところ悪いけど、軍の【転移】を。敵の狙いが時間稼ぎなら、その時間を少しでも奪う。その後はいつも通り兵糧の運搬を。魔力が足りなかったら休みながらでいいから」
「は、はいっ! あ、あのー……」
「ごめんなさいね~、騎士レーデンはもうちょっと借りたいから」
「わ、分かりました……じゃあ、部隊のみなさんは引き続き……ということで……!」
すぐに【転移】でロウマが消える。
今日中には占領した町に追加の軍が飛び、数日中には東側からの包囲が出来上がるだろう。
「そういえばハイマ……西側は?」
エレーナの問いラブラミが首を横に振り、ボーデットがため息をつく。
「騎士ザガノースのことだ。大方、ハイマ殿が飛ぶ暇もないほど連れまわしているのだろう」
「町ひとつどころか、その周りまで攻めてそうだものね~」
「この作戦は時間が鍵だというのに、まったく……」




