閑話 騎士茶会決戦
エカスドレル攻略開始の直前の話です
『魔王の騎士』同士のお茶バトルの話なので読み飛ばしても問題ありません
騎士ラカミセリニウマ体内は普通の城と変わりない内装をしており、言われなければここがキャッスルゴーレムという巨大生命体の中だとは思えないだろう。
変わりない内装ということは、もちろん調理場があって食堂もある。兵や使用人らのためのものから会食を行うための場所まで。
使用に許可はいらず、出来上がった料理などの一口分をラカミセリニウマにお供えするという慣習さえ守っていればいい。そのため利用する者は多く、モーメントルーラーが運んできた魔族大陸の食材をここで調理する光景が昼夜問わずに見られる。
今日ここを利用――占拠しているのは魔族の中でも雲の上の存在、『魔王の騎士』である。
「騎士ボーデットか。何をしておる?」
「休息のための茶を淹れていた。騎士ヨーネもか」
「うむ」
ラブラミと共に魔法の研究を続けるボーデットが自らここまでやって来て雑用じみたことをする必要はない。
しかし骸骨男にも気分転換は必要。分身も使わずわざわざ自分で茶を淹れるのは散歩も兼ねて。
ヨーネが部下を使わず茶を淹れるのはよくあることである。
彼が元々治めていた国には「自分の茶は自分で淹れる」という文化があった。国が州となり王から騎士になった今でも続けている習慣だ。
男(?)2人が黙々と自分の茶を淹れる中に割って入ったのは銀の花。
近頃その無口さから『沈黙』と呼ばれている騎士である。
「騎士レーデンか。どうしたのだ?」
「お茶を探してる……」
いくつかの戸棚を開け首を傾げるエレーナの様子は、普段ここを使っていないのだろうなとすぐに分かるものだった。
「騎士ボーデットのと同じものか?」
沈黙が流れ、ヨーネは少し後悔する。エレーナとボーデットの仲が悪いのは誰もが知るところだ。
「いい?」
「フン……」
そんなこと知るかとばかりにエレーナが訊いたことで、ボーデットも渋々壺を差し出す。
中には赤い乾燥した葉。コレシュという茶葉だ。
「……違う」
「騎士レーデンはコレシュではないのか?」
魔族は種類が多く、食も嗜むものも異なるものが多い。故に多種多様な生活様式があるのだが、コレシュは魔族の4割が好んで飲む一般的な茶葉。人間のものとは違うがこちらでも紅茶と呼んでいる。
「紫色の……」
「ランクンか」
「それはどこ?」
「これだ。にしてもランクンとはずいぶんと高級志向のようだな。魔王様が好む茶だぞ」
「魔王に出すものだし」
「…………なに?」
ヨーネの動きが止まる。ランクンの入った壺はエレーナの手に渡る前に引っ込められた。
そこにボーデットが険しい声で加わる。
「貴殿はまさか、魔王様に茶を淹れようとしているのか?」
「そうだけど?」
「なん……だと……!?」
声がさらに険しくなる。ボーデットだけではない、ヨーネの雰囲気もまた変わった。
「お主が淹れるだと?」
「そう言ってるでしょ。早くちょうだい」
「ならぬ」
「は?」
「騎士ヨーネ、この者の教育はどうなっている!」
「むぅ……確かに教えていない余の責任か……」
「ちょっと、何言ってるの?」
「騎士ボーデット、分身で騎士全員を招集してくれぬか」
「うむ」
「ねぇちょっと」
すぐさまボーデットとまったく同じ姿をした骸骨が次々現れ調理場を出ていく。
あれよあれよという間にひとり、またひとりと騎士がやってきた。
「聞いたわよ! ついに来たのねこの時が!」
「突然だからびっくりしちゃったよー」
「ガーッハッハッハ! 今度は吾輩が勝つぞ!」
「騎士ラカミセリニウマは興奮の色を示しています」
サキュバス、スライム、サイクロプス、ゴーレム……魔族と同じく多種多様な『魔王の騎士』だが、ここにいる彼らには共通点があった。
「これより騎士茶会決戦を開始する!!」
闘志に満ち、自分が勝つと疑わないところだ。
□□□□□
食堂には騎士たちと副官たち、そして彼らを囲むようなギャラリーで一気に満員となった。
まるでお祭り騒ぎ。誰も彼もが闘技場にでも来たかのようだ。
「全員暇なの?」
「何を言う、元はお主が発端だろうに」
「いや、私はお茶を……」
「ガーッハッハッハ! まさかまた騎士茶会決戦ができるとはな! 思わず訓練を中断してしまったぞ!」
エレーナを無視するように騎士ごとに分けられたテーブルでそれぞれの茶器が用意されていく。
見かねたのかマクが近づいてきた。彼のテーブルでは小さなスライムたちがせっせと準備している。
「もしかして騎士レーデンは騎士茶会決戦を知らないのかな?」
「知らない」
「確かに最後にやったのって10年くらい前だし、知らないのも無理ないわね~」
「なに!? 知らずに宣戦布告したというのか! 剛毅であるな!」
ラブラミとザガノースは知っているようだ。というか以前もこのようなことがあったと説明してくれた。
「昔ね~、騎士の誰が魔王様にお茶を出すかって言い争いになったことがあるのよ」
「それだけで……?」
「ガハハ、"それだけ"とは言うではないか!」
「騎士レーデンは知らぬだろうが、我らにとって目上の者に茶を出すことは特別な意味があるのだ」
ヨーネが言うには、魔族が魔王にお茶を出すということはかなり栄誉あることらしい。どれほどかというと騎士に選ばれるのと同等だとか。
「え、でも魔王って普通にメイドの淹れたお茶を飲んでるけど」
「お主が当たり前のように目にしているメイドたちはただのメイドではない。魔族の中でも世話、管理、礼節、そして茶を究めた者たち……使用人という職業の頂点とも言えよう。魔族大陸最高の人材の集まりなのだ。ある意味で騎士より憧れているという者もいる」
視界の端にしか映していなかったあの使用人たちがそんな存在だったとは……エレーナはたいそう驚いた。感情抑制が無ければ顔に出していただろう。
「大陸広しといえど、魔王様に茶を出せるのはその者らのみ。木端者が同じことをすれば無礼千万、即死罪だ」
「ええええ……」
では何故騎士が茶を出すという話になり、そして何故こんな競うような真似をしているのかとも問えば答えは簡単。
「我らも魔族の端くれ。魔王様に茶を出す栄誉を味わってみたくなったのだ。『魔王の騎士』にも対抗心はある。魔王様に出すに値する茶を淹れられるのは自分だということになり……こうした品評の形になった」
「つまりお茶を淹れて誰のものが一番美味しいかを決めるってこと?」
「うむ。いかに武勇に優れても茶を淹れることに長けているとは言い難いからな。間違っても魔王様に出涸らしを出すわけにはいかぬ」
以前こうなった時は出来栄えの審査で揉めに揉め、ヒートアップして魔王城の食堂とその周りを吹き飛ばす事態にまでなったらしい。
怪我人多数。敵襲かと騒ぎになりその日の内政が停止したという。
「あの時の魔王様、ホント怖かったわ~……」
あの温厚なイムグ激怒し、二度とするなというお達しをしたとか。
エレーナは呆れ果てたが、彼らにとってそこまで熱を入れるほどに重要なことなのだ。
普段は温厚なマクもプルプルと闘志に燃えている。
「でもやるなって言われてるんでしょう? ならなんでまたやるのよ」
「お主が茶を出すなどと言うからだ!」
「抜け駆けだよねー」
「我ら騎士を代表して茶を出すのだ。まずは我らの中の最高を決めなくては魔王様に失礼であろうが」
「別に代表ってわけじゃ――」
「給茶開始ィィィーーーッ!!」
仰々しく開始の号令が出され、それぞれが思い思いに茶をこしらえる。
ヨーネはひとりで、ボーデットは分身と、マクはたくさんの自分が器用に、ラブラミはサキュバスたちと、ラカミセリニウマのゴーレムも複数で、ザガノースは……
「ガーッハッハッハッハッハ!!」
巨人らしい大きなボウルに土混じりの葉っぱをドサドサ入れ、ドバドバと熱湯を注ぎ、そこに手を突っ込んでガシガシとかき混ぜている。
「で、出たーーーっ! 騎士ザガノースの素手攪拌だーーっ!!」
いつの間にか実況のようなゴブリンが端っこで喚いていた。
「なにあれ……」
「あれがサイクロプスの『お茶』です」
「ローヌ? ってあなた達」
「にゅふふふふ……水臭いですぞ騎士レーデン。隊長の晴れ舞台を逃すなど我々の沽券にかかわる」
気付けば第21独立遊撃部隊の面々が後ろに立っていた。
クリャガーダーは他のワイバーン部隊に混じって見回りでいないらしい。代表してコウモリ魔族のローヌが隣に立つ。
「サイクロプスは色々と豪快な種族……泥とその辺の草をお湯でかき混ぜたものを飲むんです」
「それ、出していいの?」
「よくないです」
「え」
ドンとボウルがそのままの形で置かれる。
「さぁたんと飲め!!」
ザガノースの向こう側に座るのは魔王軍きっての美食家であるオークの将軍。彼の舌は『魔王の騎士』も一目置き、こうした一大事の行く末を任されるほど。
「出来たそばから持っていくのね」
「時間はお茶にとっての宝……淹れたてがもっとも美味しく、冷めれば味も落ちるものですから」
「あなたそういうの詳しいの?」
「教養です」
ローヌの話を聞き流しながらオークの方を見る。
彼は眉間に皺を寄せボウルを見つめている。そして意を決したかのように口に含み……
「ブーーーーーーーーッ!!」
噴き出した。
「どうした! 美味すぎたか!」
「どうしたこうしたも! 飲めたものではないわい! よくもこんな文字通り泥水をワシに出してくれたな! 騎士といえど許さんぞ!! 失格!!」
「なにィーーーーーー!!?」
ザガノースが崩れ落ちる。
そりゃそうだろと呆れたエレーナの肘をローヌがつついた。
「我々も負けてはいられません。この戦いは時間との勝負……それは茶の温度だけではなく、後攻になるほど不利ということでもあります。なにせ胃袋の空きは有限……終わる頃には将軍のお腹もタポタポになっているでしょう」
「……やらなくていいんじゃない? こんな勝負」
「何を仰います。騎士レーデンの体液入り茶を魔王様も皆も待っていますぞにゅふふふ」
体液といえば――チョネリがサキュバスたちの方向を見る。
「騎士ラブラミは飲んだ者が昇天するような茶を出すと噂ですな」
「ラブラミの? どうせ【魅了】でも仕込んでいるのでしょう」
「聞こえたわよぉ~騎士レーデン! 前はそれやって失格になったけど今回は違うからね! ちゃーんと皆に監視されてる中で淹れてるんだから!」
やってたのかよ。
なんでも以前は普通のお茶を淹れ、飲む瞬間に【魅了】をかけ周りから総ツッコミされて失格になったという。
ラブラミの淹れたお茶はなにやらピンク色。これをお茶と呼んでいいのかと思うが、魔族大陸に飛ばされてから驚き続きだったエレーナは言葉を引っ込めた。
「さぁ出来たわよ! どうぞ~!」
「騎士ラブラミか……覚えているぞ、恥ずかしげもなくワシの前で【魅了】を使い優勝させようとしたことはな」
「今回は使わないわよ、離れてるから」
「ふむ、しからばいただこう」
匂いを嗅いだオークの目が見開かれる。かと思いきや口をつけ、一気に飲み干した。
「う、うまいぃ!! 優勝ーーーー!!」
「やったぁ!」
「おーっと騎士ラブラミが優勝だー! え、もう!?」
オークが思わず立ち上がって宣言したことで場が動揺に包まれる。まだ2人目なのに勝負が決まってしまったのだ。
「それじゃあ魔王様にはワ・タ・シ、のお茶を出すってことで――」
「待て、騎士ラブラミ」
ラブラミの勝利宣言を遮ったのはボーデット。
彼はオークを囲うように魔力を床に打ち付けていく。
「ちょ、ちょっと何よ。ワタシは魔法使ってないわよ~?」
「ここでは、な」
発動されるのはAMエリア。起点に囲まれた範囲の魔力をAMフィールド以上の減衰でほとんど無力化するものだ。
その中にいるオークはハッと我に返り、周りを見回した。
「わ、ワシは何を……」
「やはりな……騎士ラブラミよ、確かにお主は今は魔法は使っていない。しかしこの茶に【魅了】を籠めたのだろう。我には分かるぞ」
「ぐ……! 証拠はあるのかしら証拠は!」
「それは改めて貴殿が淹れなおし振舞えば分かることよ」
目に見えて動揺するラブラミに全員が思う。コイツはクロだと。
「ええい、ならこの場の全員を私のお茶の虜にするまでよ! みんな――」
「させぬッ」
「なッ、いつの間に分身を……! ちょっと放しなさいよ乙女の柔肌をそんなゴツゴツコツコツした指で触らないで!」
「騎士ラブラミ失格! あとこの茶を改めて飲んだが普通に不味いぞ!」
「んな……っ!?」
「やっぱり女王様の〇液を入れるべきだったんですぅ~!」
ボーデットの分身に拘束されたラブラミとサキュバスたちは膝をついた。
これで2人脱落。なんか勝手に自滅していってるように見える騎士たちにローヌはほくそ笑む。
「さぁ隊長、騎士レーデン。私たちも早く淹れましょう」
「でもお茶って淹れたことないのよね」
「そうだったんですか? それで魔王様にお出ししようとは……その恐れ知らずなところを尊敬します」
「馬鹿にしてる?」
「いえいえ。それに騎士レーデンは使う茶葉の目星がついている様子。ランクンですか」
ローヌが目を向ける先は「実は先ほどの騎士ヨーネと騎士ボーデットとの会話を聞いていたのです」と怖いことを言ってきたチョネリ――の触手に掴まれた壺。
中には紫色の乾燥した茶葉、ランクンが入っていた。
「にゅふ、さぁどうぞ」
「…………ローヌ、あなたは詳しそうだし茶壷を受け取る栄誉を与え――」
「嫌です。ねちょねちょして気持ち悪いので」
「命令よ」
「…………分かりました」
壺の外側がチョネリの粘液で濡れていようと、中に問題はない。
どうやらランクンの淹れ方を知っているらしいローヌの指導のもとエレーナがおっかなびっくり壺に匙を突っ込む。
「1人前ならその匙で2杯です」
「あ、ティーポットがない」
「そこからですか……」
「では僭越ながら――」
「そこの2人、その辺の棚からポットとカップを」
「「おっしゃあ!」」
後ろにいた部下――ダーパビートルとスタッグビアラの2人が「邪魔だ!」「それ俺が持ってく!」と言い争いながらテーブルに茶器を置いていく。割れそうでヒヤヒヤ。
「湯の温度は沸騰寸前、また注ぎ方も何度も分けて注ぐなどのコツが要ります」
「ずいぶん注文が多いのね」
「ランクンは希少なうえに抽出も難しい、成功と失敗でかなり出来が違ってくるまさしく茶の腕を試す葉……しかし注文の多い淹れ方を完璧に行えば飲む者に至福の時を与えるのです」
「ふーん」
そういえば……と思い出す。
イムグが自分で茶を淹れた時、まだ練習中と言っていた。お茶なんて葉っぱとお湯があれば誰でも作れるものだと思っていたエレーナは「お茶に練習?」と思ったものだが、確かにこれは練習が必要なやつだ。
もっともこれは練習の場ではない。誇りを懸けた決戦、一発勝負の本番だ。
「はい、これで2杯ね。楽勝よ」
「駄目です。すりきり2杯です」
「え……」
「もう一度」
「…………」
すりきり2杯。
たかだか葉っぱをポットの網に入れてるだけなのに隊員にじっと見られてやりにくい。
「これで文句ないでしょう。じゃあお湯はローヌが注ぎなさい」
「えっ」
「命令」
「しかし……それでは騎士レーデンが淹れたお茶とは呼べないのではないでしょうか」
「葉っぱ入れたでしょ」
「そんなのクリャガーダーでもできることです。他の騎士たちも部下に手伝わせてはいますが、肝心の注ぎは自分でやっておられます」
もたもたしている間に今度はマクがお茶を完成させ、将軍の前へと持っていく。
「できたよー、僕特製スライム茶」
「こ、これは……騎士マク自身では?」
「うん。僕の一部を沸騰させたんだ」
耳を疑いたくなる説明だったが審査員を引き受けた以上飲まないわけにもいかない。オークは顔を引き締めて透明な液体が入ったカップを持つ。
「一見してただのお湯……匂いも、しない……」
「ふふーん、だと思うでしょ。でも考えてみてよ、僕はこれまであらゆるものを食べて溶かしてきた。その中には野生の茶葉もあったはず。つまり僕の中には美味しいものがたくさん眠っているんだよ」
「なるほど……その説明を聞くとますます飲む気が失せますが、いただくとしよう…………ちなみに飲んで内側から溶かされるということは?」
「ないない。安心して、その僕はもう死んでるし」
「………………」
将軍はもはや意地みたいな心境でマクだったものを口にした。
カップを傾けるのがここまで躊躇われる飲み物もそうないだろう。
「これは……」
「どう? どう?」
「…………ただの熱湯ですな」
「えっ」
「そもそも騎士マクが体に取り込んだものは完全に消化されて御身の一部になるでしょう。それはもうただのあなたなのでは?」
「…………そっかぁ。じゃあこれはお茶じゃ……」
「ない、ですな……失格!」
これで3人脱落。基準が下がりすぎてもう多少不味くてもまともなお茶さえ出せば認めてもらえるのでは……と思ったエレーナにローヌが釘を刺す。
「油断するのはまだ早いですよ。というよりもここからが本番と言えましょう」
彼女の言葉通り、すごすご帰るマクと入れ替わって前に出たラカミセリニウマのゴーレムの茶が出される。
「おお騎士ラカミセリニウマ、ワシをはじめここにいる将兵がいつも馳走になっている」
「恐縮でございます。今回もお楽しみいただけるとよいのですが」
「いただこう」
オークの前に出される、ようやくまともなお茶。コレシュの赤色がここまで安心できる状況も珍しい。
「…………うむ、いつもと変わらぬ味だ。うまい」
「ありがとうございます」
「しかしこれは騎士茶会決戦……いつも我らが飲んでいるものを魔王様に出すのは話にならぬ」
「……! ああ、騎士ラカミセリニウマは『しまった』の色を示しています」
普通のお茶を出して普通にダメだった。なんというか地味な光景である。
「残っているのは騎士ヨーネに騎士ボーデット……魔王軍の中でも特に茶に一家言ある方たちです」
そういえば彼らはさっきも手ずから淹れていたしよっぽど上手なのかな、とエレーナは呑気に考える。
「騎士ヨーネ……ワシはいま幸せすら感じているかもしれぬ。あなたの茶を飲めるなど」
「世辞はよい。余は茶を出す以上誰に対しても全力を出すだけのこと」
ヨーネの差し出したカップの中には新緑の液体……摘みたての若い茶葉から抽出したものだ。
「これが音に聞くブレイドアーマーの若茶……普段飲む紅茶とはやはり香りからして違う」
「茶のことは茶が一番教えてくれる……余から言うことはない。楽しまれよ」
「しからば」
クイッとカップを傾け、口の中で泳がせるように味わい、堪能したところで喉を通す。
一連の流れが終わった瞬間、将軍の目がカッと開かれる。
目と耳と口から緑色の閃光が発せられ、周りは目がくらんだ。
「んごああぁぁ! この吹き抜けるような爽やかな若々しい香り、苦みの中に奥ゆかしく主張するふくよかな甘み、そして飲み込んだ後も残る後味……! どれをとっても非の打ち所がない! この茶を飲むためなら同じだけの黄金を積めと言われても首を縦に振るだろう!!」
おお……!――
ようやく出た将軍の絶賛。これまで種族の違いとかを言い訳にしても酷い出来のものばかりだったからか相対もあり評価は高い。
まだ2人残ってるというのにもう優勝したような雰囲気すら漂っている。
「まさしく王者の茶……これならば魔王様も顔を綻ばせるに違いない」
「フフフ……褒めすぎだ。しかし素直に受け取ろう。それだけの言葉を引き出す自信と自負が余にはあったのでな」
「待たれよ2人とも。まだ勝ちを決めるには早い」
水ならぬお茶を差すのはボーデット。
彼の手にあるカップからは誰もがハッとするような香りが漂っている。
「な……まさかっ」
「どうしたのよ」
鼻をひくつかせたローヌのこめかみに一筋の汗。
隣では試作品を飲んで「渋い……」「まずいっす」と遠慮のない感想を述べる部下たちが淹れた本人に睨まれている。
「ほう、ランクンか。まさか騎士ボーデットがこれを淹れられるほどの傑物だったとは」
「我は武や魔法のみにあらず。雅を愛するのだ」
出されたのは紫色のお茶。エレーナもいま格闘しているもの。
ローヌの顔には諦めが現れ始める。
「まさか同じ茶葉を使ってくるなんて……! これでは騎士レーデンが勝てる見込みは万に一つも……!」
「さっきから失礼じゃない?」
「こうなったら付加価値作戦でいきましょう! 幸いここにはヒト型魔族も多い……圧倒的美少女が淹れたお茶というだけで大枚はたいてでも欲しがる者は多いはず……! 隊長、出す時にちょっと可愛い仕草とかしてください」
「それならば触手に絡まれあられもない姿となった騎士レーデンが恥じらいながらも頑張ってお茶を出すという劇場型はどうですかな? 触手ならいつでもお貸ししますぞ」
幸いギャラリーの注目はボーデットの淹れたランクンに集まっていたためエレーナのみっともないお茶がバレることはなかった。
「ランクンを完璧に淹れられると……魔族でも一握りの中に入ると申すか、騎士ボーデット!」
「貴殿の言葉を借りるなら、茶のことは茶がもっとも雄弁に語るだろう。我は待つとしよう、我が身に浴びせられる賞賛と優勝の言葉を」
【雷撃】でも撃ち合っているかのようなバチバチを幻視したオークは目の前のカップに目を落とす。
「この色、この香り……まさしくランクン。しかして味は――」
ズズ……ゴクリ…………
「こっ、これはあぁぁぁッ!!!! ブヒイイィィィィィーーー!!」
将軍の体から紫色の閃光が発された。
「なっ!? あまりの感動に将軍がブタになったぞ!」
「あの光り具合……久しぶりに見たぜ!」
オークは光りながら震える手でなんとかカップの中身を死守する。
「味、香り、温度……何もかもが王城で飲んだものと変わらぬぅ!! これぞランクン! 茶の王よ!!」
光り輝く将軍を中心にオーディエンスのボルテージも最高潮。
強すぎる光によって濃くなった影でエレーナはせっせと試作を重ねる。
「駄目です。勢いが強すぎます。茶葉が暴れ回って渋みが出てしまうのです」
「でもチョロチョロ入れてたらいつまでかかるか……」
「騎士ボーデットがこの順番になったのはそのチョロチョロをしっかりやったからです。さぁ新しく作りましょう」
「あのー……もうくっそ不味いお茶飲みたくないんですけど」
「証拠隠滅は部下の仕事です」
「ローヌも飲めや!! チョネリを見ろ! 飲みすぎて触手が紫色になっちまったぞ!」
一通り光り倒したところで、決着をつけなければならない。
もはや頂上決戦。若茶とランクン、ヨーネとボーデット。
どちらが魔王に出すに相応しい茶か、勝負の行く末はオークの舌のみが知る。
だが彼は悩む。どちらも甲乙つけがたいほどの絶品、優劣や値段をつけることすらおこがましく思えてしまう。
「むむむ……これは難しい…………ワシが生きてきた中でもっとも難しい決断よ……これに比べればあの時どちらの女を妻に娶るか悩んだことなど夕飯決めの如し……」
「待たれよ、まだひとり残っておるではないか」
そういえば……まだ出していない騎士がいると全員がこれまで影を薄くしていたエレーナのテーブルを見る。
「騎士レーデンよ、此度の戦いは貴殿から始まったこと……無論、我らのものを上回る極上にして至上の茶を出すのであろうな?」
意地悪な声色……ボーデットは分かっているのだ。エレーナがズブの素人だと。
見抜かれたことでローヌの焦りが増す。
急かすように目くばせをすれば、当の本人は集中してお湯を注いでいた。
「(これは……騎士レーデンがかつてないほどに真剣に……!)」
魔法使いというのは元から集中力が重要な人種。加えて感情抑制で余計なことを考えずに目の前のことに集中できる。エレーナの人生でここまで茶に向き合うのは後にも先にも無いだろう。
言われた通りに茶葉を暴れさせないよう優しくお湯を注ぎ、ティーポットの中を紫色の液体で満たしていく。
この淹れ方が1000年後にコーヒーを淹れる時のコツに繋がるとは本人も予想だにしていない。
「この匂い……まさか騎士レーデンもランクンか!」
「騎士ボーデットと同じ、ってことは直接対決だ!」
「なんて挑戦的な! あの評価をされたランクンに真正面からとは!」
果たして新参騎士の茶がボーデットとヨーネのそれを越えるのか。誰もが少女の手の中に注目する。
ごくり……誰かが唾をのむ音。
ぽたり……ポットの中身がすべて出た音。
「…………出来た」
「騎士レーデンのランクンが出来たぞ!」
「道を開けろ!」
エレーナの表情は勝ちを求めるものでも焦りを感じるものでもない。ただただ無表情。今しがた淹れた茶にも興味がないかのよう。
引き換えにローヌは焦る。
先ほどのボーデットのランクンを見れば分かる、これでは勝てない。
まるで処刑されに行くようなものだ。エレーナの足が進む度に、将軍に近付くごとに、心臓が縄で締め付けられているみたいだ。
「あの2人の後だってのに全然物怖じしてねぇぞ……!」
「さすがは騎士レーデンだ!」
「誰が勝つんだぁ!?」
「俺は騎士ヨーネに賭けるぜ!」
今からでも遅くはない、やはり媚び媚び作戦でいくべき……
ローヌが小さな背中を追おうとした時、アガりにアガる食堂に冷たい声が響き渡った。
「何してるの?」
その声の主を無視する者などこの場にはいない。
見えない【氷界】にでもかけられたかのように全員の声と動きが停止する。
「ま、魔王様……」
食堂に入り口にちょこんと立ちながらもその存在感は圧倒的。魔王イムグその人である。
「魔王様、これは……」
「騎士ヨーネがいながら……『魔王の騎士』全員が、私に隠れて、何を、やっているの?」
来てはならない者が来てしまった。
このままでは確実にまずい。
いち早く我に返りイムグの足元を通り過ぎるようにそろそろ移動する小さなスライムがひとり。
「騎士マク」
「あーーーーー! 捕まったーーー!! あっちょっ僕まで――」
だがイムグの描いた【氷結】により床が凍り、マクも巻き込まれて氷漬けになった。
「騎士だけでなく将軍も……教えてほしい、何をしていたのか」
「騎士茶会決戦である!」
「騎士ザガノーーーーース!!」
その言葉は言ってはならないものだった。魔王にとって禁句だった。
言わなければまだごくわずかな可能性とはいえ穏便に済むかもしれなかった。しかし言ってしまった。とてつもない裏切り……いや自爆。
「何を隠す必要がある! これは我ら騎士の忠誠を見せる場でもあろうに!」
「大馬鹿者がぁぁッ!」
「よせ騎士ボーデット! 腰の布が脱げるではないか!」
イムグの威圧が頂点に達する。
彼女の周りに黒い靄を幻視するほどのプレッシャー。魔力が渦巻いて弾けそうだ。
それだけで何人かが気絶した。
「10秒あげる……全員、解散……騎士は全員あとで聖堂に」
「は、はいぃぃーー!!」
誰もが覚えている、かつての怒りようを。言うことを聞かなければ今度は魔王の手によって食堂が破壊される。
魔族たちが一斉に動き、本当に10秒ほどで食堂はガラガラになった。
□□□□□
第21独立遊撃部隊も魔王が怖くて逃げだした。隊長は置き去り。ひとりポツンと残っている。
「エレーナ……お茶淹れてくるって言ってなんでこうなったの」
「さぁ」
イムグの不機嫌は治らない。
彼女にとって10年前の記憶は新しい。城の一部が吹っ飛んで怪我人が多く出たのはイムグが明確に怒った数少ない事件だった。
「そんなに嫌なら事前に止めればよかったのに。見れるんでしょ」
「こんなくだらないものを見るために【未来視】があるわけじゃない」
今回、「お茶飲む? 淹れてくるわよ」と言われた時点でイムグは10年前を思い出していた。
最初は止めようとしたがエレーナが珍しく……というか初めてしてきた提案にワクワクし、欲に負けた。
まさか調理場にヨーネとボーデットがいるとは思わずそのまま向かわせてしまった。
そしていつまで経っても戻って来ないことを不審に思い出向いてみればこれだ。
「それで、それがエレーナが淹れたやつ?」
「そうだけど……飲まなくていいわよ。まともに出来なかったから」
「別に、いい」
無表情の中で少しだけ恥じらいを見せながら隠そうとしたカップはイムグにひったくられてしまう。
ランクンは美味しく淹れるのが難しい。いま淹れたのもボーデットのように上手く出来ているわけがない。
練習で出来たのを飲んだ部下たちも苦い顔をしていた。そんなものを飲ませるわけにはいかない……エレーナは取り戻そうと手を伸ばし……
それでもやっぱり初めて作ったお茶の感想が聞きたくて魔王が一口傾けるのを見る。
「…………どう?」
イムグはクスッと笑った。
「渋い」




