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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
-1000 My detestable and dear memories
174/212

三五 A human. Shaken, not stirred

 まだサーネアは使える。血を流しすぎて死ぬ前に魔法で断面を炙って止血。少女はさらに悲鳴の音量を上げたかと思いきや、少しして糸が切れたように黙る。

 死んだのかと思ったけど息がある。気絶しているだけのようだ。まぁ死んでもよかったけど。


「あぁ頼む! 頼む……頼む、やめてくれ……! 頼む……!」


 ようやく状況が理解できたようでなにより。

 視線だけで私を殺せそうな殺気を向けていた辺境伯が項垂れ、同じ言葉を繰り返して懇願する。

 夫人もずっと咽び泣きながら「お願い……もうやめて……」と首を垂れる。


「次はどっちがいい、母親か? 赤ん坊か?」

「やめてくれ……お願いだ、何でもするから、頼む……やめてくれ……!」

「なら質問に答えろ。すべてだ」

「分かった、何でも答える……! だから、サーネアをもう解放してくれっ!」

「それはこれからの態度次第……まず第一に…………あれから何年経った?」

「は……?」

「私たちを処刑して、何年が経つと訊いている」


 割と真剣だ。あの島に長いこといて、魔族大陸でも短くない時間を過ごした。

 今がいつなのか、本当に分からない。


「ご、5年……いや6年、か」

「…………そう」


 そんなに長い、長い間……


「……なら次の質問。シェリアはどこにいる?」

「…………聞いてどうする」

「殺す」

「な、何故なんだ……お前たちは、仲が良かっただろう……恨んでいるのは、私だけでは……」

「は?」


 師匠から貰った首輪があってよかった。

 これは魔力暴走を感知すると私の魔力を無理やり吸い取って締め付ける不思議な首輪だ。

 体の力を首から引っこ抜かれる感触と締め付けの苦しみが私の頭を少し冷やす。


 でも感情の発散まではしてくれない。イライラのあまり奥歯を噛み砕いてしまいそうだ。

 奥歯の代わりに人間に当たることにした。大人のくせにずっと泣き続ける夫人のスカートに隠れた脚に魔力剣を突き刺す。


「ぎゃああぁぁぁっ! あっ、ああぁぁぁ……!」

「何を!? やめてくれ!」

「私にふざけた口をきいたからだ……学習する頭がないのか?」

「ふざけてなど! 事実だったではないか!」

「元々シェリアの暗殺の罪を私に着せたくせに、そんな態度をとるの? 脚だけじゃ足りないようね」

「たっ、頼む、分かった! 余計なことは言わない、だから妻を傷つけないでくれ!」

「ええいいでしょう。言葉は選ぶことね」


 辺境伯が力なく質問に答える。


 なんでも『教の国』にいるとか。アイリアも同じく。

 そういえばそんな話もあった。留学がどうとか。

 あの国は魔法に関しておそらく世界一の国。偉大な魔法使いとなるべくその学府に送り出したと。


「今年中には帰ってくることになっていた……本当だ、だからここには……」


 なんだ、もう少し遅い時期にここに来ていれば会えたのか。急ぎ過ぎたかな。


「いつ帰ってくる?」

「それは……『教の国』は遠いんだ。片道でも半年、いやそれ以上……」

「分かった。それじゃ次は仕事の話……領内の軍の配置と編成を――」


 ぶっちゃけ人間を皆殺しにするなら知らなくてもいいことだけど、こっちは私を入れて19人。効率を考える。

 辺境伯領はさすが国外と面している場所というべきか兵の数も多い。本拠である領都が比較的手薄なのは他に割いているからか。そもそも領都にいきなり敵が現れるとか考えないし。


 それに他の領地のことも少しだけ。隣接してる他の貴族の領地なんかは連携をよくとるからか、だいたいのことは知っていた。

 中央のことは知らないようだった。離れているし仕方ない。



「あとは固有魔法……と言いたいけどだいたい分かってきてるのよね。魔法を封じるんでしょう?」

「…………封じるのではなく、破る……魔法陣も魔力も、何もかもを消す魔法……それが我がフライフル家の【砕魔】だ」

「効果範囲は?」

「目に見える相手に……目に見えなくとも、自分を中心に【砕魔】の空間を作ることも……」

「とんでもない隠し玉だこと」


 同じ魔法使いとして素直に恐ろしいと思う。

 なるほどこんな凄い固有魔法を持っていれば外からの防衛を任せられるのも頷ける。


 他にも彼が知っているこの国の魔法使いについて。特に危険なものはないようだ。こちらをいきなり即死させてくるような魔法とかがあったらどうしようかと思っていたから少し安心。



「よく答えてくれたわね。それじゃ家族には手を出さないでおきましょう……代わりにこの大量に転がっている人間を――」

「ま、待て……! 答えたのなら民も!」

「私に指図すると? 娘の残った腕も落としてほしいのか? 今度こそ死ぬかもね」

「っ…………!」

「あなた達、この場にいる人間のうち子供……小さいのだけ選んで真ん中に持ってきなさい」


 部下たちが言われた通りに子供だけを集めてくる。

 拘束されながら家族が連れていかれることに悲鳴をあげる民たち。中には兵の中からも。

 そっか、兵士にも家族がいるものね。


「どうするつもりだ!」

「決まってるでしょ、殺すのよ」

「なっ!? やめろ! やめ……!」


 集められた子供たちは多い。軽く三桁はいる。泣いて喚いて、うるさくて仕方がない。


「やめろおおぉぉぉぉ!!」

「ベンデス!?」「馬鹿動くな!」

「アンナ! アンナが!」

「くそっ、放っておけるか! 俺は行くぞ!」


 自分の子供がいることに気付いた兵士の一部が走り出す。

 なんという父の愛か。感動する、本当に。

 しかし愛だけで家族は守れない。残念ながらそれが現実なんだ。


騎士(ナイト)レーデン、ここは俺たちが」

「その必要はない。私がやるから」


 決死の力を振り絞る兵士たちはきっと普段より何倍も足が速い。私の指が彼らの全力を越えた速度ですら凌駕すると理解できるのは、同じ魔法使いである辺境伯と魔族たちだけだろう。


「【砕魔】を使えば娘を殺す」


 横目で釘を刺し、【雷撃】が放たれる。

 勇敢な兵士たちは一瞬のうちに命を失う。痛みは一瞬、それだけが私の与えられる愛への賛辞。


 仲間が即死させられているというのに、命が惜しくない情熱を秘めた兵たちは続々とこっちに来る。そうした者らへも同じ賛辞を。

 怖気づいてその場から動かない兵たちには、何もしない。1秒でも長く恐怖を味わうことを選択したのは彼らだ。


「集め終わりました!」


 丁寧にひとりずつ手を引いてやるわけがない。手足を動けなくさせられた子供は薪のように積み上げられていた。これは下にいる何人か死んでるな。まぁいい。


「ご苦労様、もしまた向かってくる兵がいたらあなた達に任せるわ」


 そして今度はその山から10人くらいを広場の中央――辺境伯の目の前――捕まった民たちによく見えるところ――とにかく目立つ場所に連れてくる。


「お前たちの中にも、私を覚えているのはいるでしょうね。あの時、あの処刑を見ていたのも、私たちに罵声と石をくれたのも……」


 民衆が恐怖に染まる。口を開く元気のある者が叫び始めた。


「ごっ、ごめんなさい!」「領主様が罪人だというから!」「謝ります! 私を殺してください! だからどうか息子だけはっ!」「やってないって思ってた! でもあんな状況で何か言えるわけなかった! 信じてくれ!」


 謝罪、懇願、言い訳……きっと私はそれに満足するべきなのかもしれない。


 でも私の心は何も変わらない。求めているのは名誉の回復ではないのだ。謝って命が返ってくるなら世話がない。


「お前たちは私の家族が奪われるのをただ見ているだけだった。心の内で何を思っていたとしても、それは変わらない…………だから今度は、自分の家族が奪われるのをただ見るがいい」


 部下も5人ほど集めて指示を出す。痛みが続かないよう一撃で命を奪うよう言い聞かせて。


 まもなく自分のすぐ目の前で子供たちが殺される……辺境伯はそれに口出しできないほど心を折られたわけではないらしい。


「やめっ、やめてくれ! どうして子供たちばかりを!」

「これは私なりの慈悲よ。子供に怒りをぶつけても仕方ない……大切なものを奪われる痛みを与えるのは、あの時いた親たちだけ…………やりなさい」


 剣で、魔法で、魔族たちが小さな命を奪っていく。

 観念したとか悟ったとか、そういう子はいなかった。「はなして」「いやだ」「たすけておかあさん」……誰も彼も泣いて喚いて、無垢に生を求めながら殺されていった。


「ぁ……ぁぁぁ……なんて、ことを……!」

「なんてことを……ね……お前が彼らの前で同じような少女を殺した経験がなければ、私も『なんてこと』をすることはなかったでしょうね……次を連れてきなさい」

「数が多いんでまとめてやっちゃだめですかい?」

「悪いけどこのままで。時間がかかってもいいから」


 親たちは思うだろう。いつ自分の子が選ばれて殺されるのか。その時間が罰だ。その後で確実に殺されるのもまた罰。


 部下たちには文句ひとつ言わず、何度も何度も往復して殺し続けた。



 □□□□□



 本当に時間がかかった。いつまで続くか分からない夜に終わりが見えてきそうなほどに。


 助けを求める子供たちと助命を懇願する親たちの悲鳴は絶え間なく、この夜に静寂が訪れることはなかった。


 さっき動かなかった兵も、いざ子供が殺されるとなると勇敢さを取り戻した。けど控えていた私の部下にあっけなく殺されて……もうこの領都に兵力というものは残っていない。何人かは逃げ出したけど、どうせこの街から出ることは叶わない。



 辺境伯から嗚咽が聞こえてくる。

 守るべき民を、未来ある子供たちを目の前でなす術なく殺されて……


 よかった。これはちゃんと彼への罰になった。


 夫人は「どうしてこんな目に……これは夢よ、悪い、夢……」と現実から逃避をしている。サーネアはいまだ目覚めない。


「何も……思わないのか……子供を殺して、親から奪って……何度も、何度も……それでも何も……!」

「…………ええ、思わない」


 嘘をついた。


 でもこんなところで「本当は私も心苦しい」なんて言ってもみっともないだけだ。

 たとえ吐き気が止まらなくても、涙が零れそうでも、悲鳴から耳を守りたくなっても、表に出すべきではない。

 部下の前でそんな真似ができるわけもないし、辺境伯に弱みを見せたくなかった。


 それに私は悪くない。


「思うべきはお前だ。私をこうしたのは誰だ? こうさせたのは誰だ? その結果が今なんだ。全部悪いのは――」

「そうだっ、私だ! わたしがっ、私が悪い! だからもう……お願いだ…………やめてくれ……私だけを殺してくれ…………」

「もう遅い。既に殺す子供が残っていないもの」

「あ……ああ…………あぁぁぁ…………」

騎士(ナイト)レーデン! まだ数匹残ってますよ!」


 はて、全員集めたんじゃなかったか。

 ……と思ってたらリザードマンが抱えてきたのは数人の赤子。


「持ち運びしやすいし柔らかいし、後で料理できるかなって思って取っておいたんです」

「…………」

「殺すんでしょう? 死体は食っても?」

「…………ええ、任せる、わ……ただ私の見えないところで」

「分かりました! おーい、焼くけど食う奴いるかー?」


 人間たちは言葉を失っていた。とてつもなく悍ましい。冒涜だ。多分そう思っているのだろう。私も思ってるし。


「人間って食えるのか?」

「成体の雄は硬くて最悪だが、産まれたばかりならめちゃ柔らかいからいけると思うぜ」

「臭みがあるって聞いたぞ」

「それも成体だからだな。まぁ試してみろって」


 会話のひとつひとつが今までやってきた見せしめのすべてを越えてきた気がする。


 だがまぁ、止めるほどでもない。人間たちに対して効果的だから。


「そこに転がってるのは食っていいんですか?」


 リザードマンが指さしたのはフライフル家の赤子。名前も性別も知らない、けどサーネアと同じくシェリアと同じ血を持っている。


「これは私の獲物。手出しは無用よ」


 助けてくれたと思ったのか、辺境伯が救われたような目を向けてきた。

 馬鹿ね、そもそもこんな目にあわせてるのは私なのに。



 さて、子供の次は親だ。親じゃないのも混じっているだろうけど関係ない。

 そもそもわざわざ人間たちを殺さずに捕まえていたのは辺境伯に見せつけるためだ。罰はまだ終わっていない。こんなに残ってる。


「下を向くな、見続けろ。お前の民が死んでいくのを」

「もう……やめてくれ……」

「同じことばかり……そんなにこの赤ん坊を食われたいの?」

「あ……わか、分かった、やめ……」

「なら見てろ!」


 【氷界】の魔法陣を描く。最上位魔法の中でもまだ操りやすいこれは望んだ場所だけを氷に閉じ込めることができる。

 といっても大変。広場に捕らえられた人間だけを氷漬けにするのはなかなか骨が折れる魔力操作が必要だ。


「(ッ……)」


 くそっ、まただ。

 描く途中の指が震える。まるで指に意思があって「殺したくない」とでも言うように。


 今の私を動かしたり止めたりしてるのはふたつの心だ。実際に分裂してるわけじゃないけど、自分の中で明確に対立してるものがある。


 相変わらず人間を殺したくないという不快感。

 今までそれを押し殺して動けたのは、怒りがあったから。

 不快感よりも怒りが勝っていたから。


 でも時間が経つにつれて不快感の方がどんどん大きくなって怒りを萎ませようとしてくる。

「こんなことをしてはいけない」「間違っている」――正論みたいなことをべらべらと。

 そんなもの分かっている。間違ったことをしないと復讐にならないんだ。


 止まるな馬鹿、まだやらなきゃいけないんだ。私は復讐のためにここに来たんだ、私が望んだことなんだ。

 私は悪くないんだから、悪いのは全部この男とあの女なんだから。


「ぐ……!」


 かつてないほど腕と指に力を込めて無理やり動かす。

 もう不快とか怒りとか関係なしに、何も考えずに、吐きそうになって歯を食いしばって、ようやく描けた。


「見続けろ、お前が守れなかった民を、守れないままの姿で」


 残ったのは屋敷の使用人。

 知った顔ばかり。中には私に呼び掛ける者もいた。

 彼らにはよくしてもらったと思ってる。だから勇ましさへ向けたものと同じく【雷撃】で一瞬の死を与える。


 もう夜明けだ。



 □□□□□



「おはようサーネア、どうしてこうなったか……分かる?」


 そのうち死ぬかもと思っていた6歳にもなっていない少女が目覚めた時、彼女がどう思っていたのか私には想像もつかない。


 傷口は塞いだけど痛みが消えるわけじゃない。すべてが悪い夢ではなく現実だと認識した少女は再び泣き出す。


「もうじゅうぶんだろう……娘を、妻を、解放してくれ……」

「そうね、あなたの反応もつまらなくなってきたし……」

「なら――」


 魔力剣を夫人の胸に突き刺した。


「えっ……」


 心が傷を負いすぎてなにも分からなかったのか、夫人は特に騒ぎ立てることなく絶命。断末魔のひとつもなかった。


「な――何故だ! 貴様ぁぁぁぁッ!!」


 おお、元気を取り戻したようだ。再び浴びる殺意はもっと心地よいかと思ったけど何も感じなかった。


 無視して赤ん坊を持ち上げ、彼の目の前に持ってくる。


「【砕魔】を使う?」

「頼む、もうやめてくれ! その子は関係ない――」

「【雷撃】」


 小さな命が手の中でなくなり、布と体はグズグズのボロボロになって辺境伯の膝の前に崩れて落ちる。


「がああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 血の涙を流す男は縄を引き千切ろうと必死にもがく。


「貴様ッ、貴様ァッ! キサマァァァァァぁぁ!!」

「分かったか、お前がやったことが」

「貴様だけはッ、アアアァアァァァアアアアア!!」


 きっと彼も私と同じところに立ってくれたと思う。

 でもまだ足りない。


 蹲って泣くサーネアの残った右手を引いて父親と対面させてやる。

 これが彼への最後の罰だ。


「サーネアっ、大丈夫だ、生きられる! たのむ、この子だけはぁ!」

「おとうさま、なんなの……なんなのぉ……!」

「とっても家族想いで感動……と言いたいところだけど……サーネア、これはすべてあなたのお父様のせいなのよ」


 自分でもびっくりするくらい優しい手つきでサーネアの頭を撫で頬を撫で、自分でもびっくりするくらい優しい声で彼女の耳元で囁く。


「いたい……いたいぃ……おてて、どこ、なんでぇ……」

「あなたのお父様が私の家族を殺した。だから今こうなってる。これは仕返し。痛いわよね、つらいわよね、苦しくてもう全部嫌になって……あなたをそうさせたのは目の前の父親。この男が愚かな真似をしなければ、あなたのお母さんも産まれたばかりの子も死なずに済んだ……見て、あなたが今踏んでるのは、あなたの弟か妹だったものよ」


 下を向かせて、夫人の方も向かせる。

 何が起きてるのか、何をされたのか、原因は何かを刷り込み、再び少女の目が父親を捉える。


「っ……! ちがっ、サーネア……!」


 彼女の目に何が秘められていたのか……まだ泣いているのか、泣き止んでいたのか、それすら私は見なかった。

 でも辺境伯の反応が教えてくれる。

 少女は幼いなりに点と点を結ぶことができる聡明な子なのだろう。シェリアと同じく……


「ごめんなさいね」


 指先ほどの小さな魔力剣で小さな首を横に切る。


 血が噴き出し、父親の顔にかかり、少女の体から力が抜けた。


「ぁ………………ぁ、ぁぁぁぁ………………」


 辺境伯は放心。一気に何十歳も老けたように見えた。


 これでもう、生きているのは彼だけだ。私の復讐はこれで……半分が終わった。


「安心して、シェリアもすぐ後を追わせてやるから」

「………………」

「これがお前の末路……お前自身のせいでこうなったのよ。家族を奪われる苦しみを存分に味わえたかしら?」

「……………………し、て……くれ……」

「言われなくても」


 使うのはこれがきっと最後。彼に使うために覚えたといっても過言ではない。

 普段は間違っても使えない。あの日のことを思い出してしまうから。

 でも……この男だけは、これで殺さないとだめなんだ。


「【炎柱】」


 辺境伯の足元から燃え上がり、炎があっという間に全身を包む。


 どれだけ心が壊れても炎に巻かれれば自然と悲鳴が出る。男の断末魔を聞きながら、私は焼死体が朝日に照らされるまでそこにいた。


「全員、生き残りがいないか探索。逃げた者も探し出して殺しなさい。散って」



 □□□□□



「…………………………くく、クククク」


 殺した。殺し尽くした。


 やり遂げたんだ、私は。


「あはははは、あっはははははは……!」


 仇をとった。


「お父さん……お母さん……やったよ……はは、殺したよ……」


 誰もいない。ここにはもうだれも。


「私、がんばったんだよ……つよくなって、かえってきて、ぜんぶぜんぶ、やったよ……」


 私たちをいじめる人はもういないんだ。


「だから…………」


 なのに…………


「どこにいるの…………おとうさん……おかあさん……」


 2人もいない。

 頭を撫でてくれる人も、褒めてくれる人も、料理を作ってくれる人も、一緒に食べてくれる人も。

 朝起きて「おはよう」って言って、夜眠るときに「おやすみ」って言ってくれる、お父さんとお母さんは……どこにもいない。


「かえって、きてよ……ただいまって、いってよ…………おなか……すいたよ……おさかな、たべたいよ……」


 頭では分かってるんだ。


「わたしじゃ、おりょうり……できないよ……」


 何をしても、2人は帰ってこないってことくらい。



「……………………………………っ、ぐ……?」


 何かが私の胸を貫いていた。


 見慣れた刃、黒い刃……魔力剣。

 それを持つのは私の手。私に向けたのも私の手。


 刺したのは私自身だった。


「いた、い……」


 無意識に私は自分を刺していた。何故?

 自分のことだ。少しして理由が分かった。


「……どうやったら、死ねるのかな」


 死のうとしたのか、私は。

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