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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
-1000 My detestable and dear memories
172/212

三三 Point of No Return

 クリャガーダーの背に乗り夜空を切る。

 眼下は真っ暗。そりゃ夜だから。


 影の形くらいしか分からない地上、フライフル辺境伯の領都は灯りをもって所在を教えてくれる。


「人間の街ですねぇ、かなりデカい」

「手始めに滅ぼすのはあそこよ」

「ひー、苦労しそうだ」

「まず魔法陣を設置するからあそこに降りて。ネズミ一匹逃がさないようにする」

「その表現ラットラント差別ですぜ」

「…………」


 魔族は種類が多岐にわたる上、動物や虫、植物に至るまで似てるものが多いから表現に気を付けないといけないのだ。



 領都を囲うように魔力をたっぷり込めた魔法陣を描いていく。

 ひとつ終わったら次、また次、といった感じに。

 闇夜はワイバーンの大きな体もごまかしてくれる。おかげで難なく設置できた。


「なんつー大規模な……やっぱすげえよあんた」


 魔力量にものを言わせた、繋げれば巨大な円を描く共鳴陣。これが人間たちを囲う檻になる。


 発動した【氷界】は誰に気付かれることもなく天高く伸び、逃げ場をなくす壁に。これで鳥以外のすべてを閉じ込めた。


「それじゃ、皆のところに戻すわね。少ししたら私も戻って今度は全員で領都の中に移動する」

「分かりました!」


 クリャガーダーを山に戻し、次に私も【転移】で飛ぶ。

 滅ぼす前に、見ておきたかった。



 □□□□□



「…………ああ、そう、か……」


 飛んだ先……私の目の前には何もなかった。


 私たちの家はとっくになくなっていた。


 予想できたことだ。当然と言えば当然だ。

 罪人扱いされて火あぶりにされた。罪人の家も燃やされたか壊されたか、罪人が住んでいた場所に誰も住みたくなかった。だから街中にあって不自然な更地。それだけだ。


 それだけ……なのにな……



 涙は出ない。


 でも、ただただ悲しかった。


 私たち家族の住んでいた証はどこにもなくて、全部なくなってて。

 お父さんもお母さんも、雨と泥に混じった灰は私の手に残ってるわけもなくて。

 本当に私たちはここにいたのか、今の私はなんなのだろうか。すべてが揺らぐ。


「お父さん……お母さん……」


 揺らぐ私を支えるのは……


「見ててね……2人の仇、取るから」


 力を得た。機会を得た。今ならできる。

 2人を殺したあの男……フライフル辺境伯への復讐が。


 シェリアはいるだろうか。アイリアはいるだろうか。


 シェリアは殺さなきゃ。絶対に。

 あの女が元凶なんだ。あの女がいなければ私もこうならず、お父さんもお母さんも死なずに済んだ。

 目の前で家族を殺されるのがどういう気分なのか、火で燃やされるのがどういうものなのか、あの女も味わえばいいんだ。


 アイリアは…………



「誰だ?」


 立ち尽くしていると、誰かに話しかけられた。

 見てみればひとりの兵士。巡回の人か。

 手に持った松明を私の方に向け、姿を確認しようとしてくる。


「ドレス……? どこかのお嬢様かい? 夜にひとりでこんなところにいたら危ないよ」


 松明……火……炎……煩わしい。

 人間が持つ炎が、憎い。


「っ、え、君は――」


 彼が何かを言う前に、黒い刃で松明ごと首を斬った。


 まだ燃えてる……【流水】で消した。


 落ちた首には、多分見覚えがあったんだと思う。


 大丈夫、やれる。大丈夫、殺せる。



 □□□□□



 魔族たちと共に降り立った領都の中心にある広場。

 夜だから人気は無い。音を気にして出てくる者がいたとしたら、そいつは幸運だ。すぐ死ねるのだから。


「しゃあっ! やってやりましょうぜ!」

「人間はどいつも家の中かな?」

「燃やして燻製にしたらうまそうだ」


 ちょうどよく巡回の兵も周りにいない。部下たちが騒がしくしても誰も何も言ってこない。


「作戦は簡単……というか無いわ。好きに動きなさい。ただし殺すのは半分くらい。残りは生かしてここに集めること」

「え、人間は皆殺しじゃ?」

「命令よ。兵士は皆殺しでもいい。特に身なりの良さそうな人間……あの大きな屋敷の人間は絶対殺さないで。あと金髪の少年と橙髪の少女がいたら必ず生かして私の前に連れてきなさい」


 開始の合図のように魔法陣を描く。

 向ける先は、誰が住んでるかも分からない家。

 込める魔力は人間の致死量を軽く超える。外魔を倒した時と同じくらい。


 雷の轟音と共に建物は中の人間ごと消し炭になり、部下たちが鬨の声を上げる。


 虐殺の始まりだ。



 □□□□□



 悲鳴はすぐに聞こえてきた。18人しかいない魔族でも、彼らは戦闘能力に長けた集団。武器も持たず、ただ日常を過ごしていただけの町民はなす術なく殺され、あるいは手足を【氷結】で固定され動けなくさせられていく。


 私は【転移】で領都内にある兵舎の上空に出る。と同時に【雷墜】。

 まだ広場の騒ぎを聞きつけていない辺境伯軍を、一所に集まった蟻を潰すように魔法で踏みにじった。


 多分、知ってる人もいたんだろうな。



「なんだ、魔法!?」

「上だ! 何か落ちてくる!」


 流石は外国からの侵攻を幾度となく退けた辺境伯軍だ。生き残った兵もいる。そいつらも殺す。


 いくら戦に強くても人間は脆い。弱い。【雷撃】だけで焦げて死ぬのだから。


 近い敵には魔力剣。さっき殺した巡回兵の鎧で試したけど辺境伯軍は装備の質が良く、装甲部以外を狙う必要がある。


 脚を斬って、位置が崩れ落ちてきた首も斬る。


「子供!?」

「物陰に隠れろ! 魔法使いだ!」


 それでも討ち漏らしは出てくる。生きることに長けた優秀な兵士。


「領主様に急ぎ伝えろ! 敵はひとり!」

「そんな馬鹿な報告が……!」

「この有様だぞ! いいから走れ! ここは俺たちで食い止める!」


 彼らが話している間に【転移】の陣を描き終えた私は、その背後に出る。


「は……?」「なッ!?」


 まぁ、ここで彼らを殺したところで騒ぎはすぐ辺境伯の耳に入るだろう。


 それでも彼らは私の手で葬りたかった。

 彼らは命令を聞く忠実な兵士。だから私たちを殺したり火を絶やさず燃やし続けたのも仕事でやったこと。

 私だってもう何も知らない子供じゃない。それくらい頭では理解できる。


 頭では、ね。


「よし、粗方殺した……」


 兵舎はここだけではないから兵を全滅させたわけじゃない。でもここは一番大きな兵舎だ。かなり数を減らせた。


 拒否感はある。実際の人間を殺すのはまだ慣れない。でも動く。まだ動く。



 □□□□□



 どんな気分だろうか。なんでもない日の夜に化け物が自分たちの街に現れて、自分たちを殺すか捕まえてくるのは。

 少しでも私たちの気分を味わえただろうか。なんでもない日に突如捕まって理不尽に殺された気分が。


 部下たちは仕事が早い。既に広場には何人もの人間が転がって泣き喚いている。


「はい次ィ! はははっ、俺の方が多いな!」

「私も負けませんぞ。ほれ、この触手で一気に捕まえてご覧にいれましょう」


 手応えがなさすぎるからか競争する者まで現れる始末。

 これは夜襲だ。まだ残った各所の兵士たちが隊を成して向かってくるには早い。だから無力な民だけを相手にするだけになっている。


 しかし手傷を負った者がいた。リザードマンが私に走ってくる。


騎士(ナイト)レーデン、ひとりやたら強い人間が!」

「その傷はそいつにやられてたの?」

「はい……お恥ずかしい限りです」

「いいわ。手に余るなら私がやる」

「いえそんな! 俺たちでやります!」

「案内を。いいわね?」

「は……はい。こちらです」


 魔族に対抗できる人間? こっちは数も少ないし、特別武力に優れている者ならあり得るかもしれないけど……


 それにこの道……この先にある家は……


「あれです、騎士(ナイト)レーデン」

「ッ……まさか」


 そこには2人の魔族……オークとランドシャーク。


 対峙するのは……ひとりの人間。


「レンキュリー……男爵」


 アイリアの、父親。


 そうだ、ここは領都におけるレンキュリー男爵家のタウンハウス。

 何度も来た。懐かしさが一気にこみ上げ、家の前で剣を握る男を見て複雑な気持ちになる。


 男爵は領地を持っている。だからここにいない可能性もあった。領都に滞在している時期だったとは。

 ……いいや、遅かれ早かれだ。どの道だ。


「また新手か……ッ、な、に……?」

「……お久しぶりね、レンキュリー男爵」

「君は……!?」


 唐突な再会だった。

 言葉を交わすことになるとは。


「まさか、エレーナ……なのか……?」

「ええ、そうよ」

「どういうことだ……死んだと聞いていたが」

「ご覧の通り」


 あの日、レンキュリー男爵はあの場にいなかった。辺境伯からどう聞いているか知らないが、きっと私たちのことは処刑された犯罪者とでも思っていたのだろう。


「あなた達は他に行きなさい。こんなところでもたもたしてないで、人間はたくさんいるんだから」

「しかし……」

「いいから。この人間は私が」

「分かりました、頼みます!」


 部下たちを他に行かせ、彼と対峙するのは私ひとりとなる。


 灯りに照らされた彼は、思い出の中より少しだけ老けて見えた。


「君は……本当にあのエレーナ・ニフューなのか……?」

「そうよ。それだけ?」

「訊きたいことは山ほどあるが……あの化け物たちは?」

「魔族。こことは違う大陸に住む……まぁ化け物よね」

「何を言って……いや、そんなものが、いるのか……」

「そして私は、ここにいる魔族たちの頭。この『掟の国』を落とす部隊の隊長エレーナ・レーデン」


 男爵は驚き、さらに困惑を深める。

 この人もまた普通に暮らしてる時にこんなことになったのだ。混乱しても無理はない。


「もっと訊きたいことがあるのでしょうけど、私からもひとつだけ。アイリアはどこ?」

「アイリア……? 何故君がそんなことを……いや、君は……そうか……」

「ここにいるの?」

「……答えると思うか? 魔族かなにか知らないが、突然襲撃してきた者たちがいて、君はその者たちの長なのだろう」

「ええ。つまりは敵同士ね」


 なるほど、思ったより冷静だ。冷静に努めているといったところか。


「……何故だ」

「どういうことに対して? どうして生きてるのか? どうしてこんなことをしてるのか?」

「前者は今さらだ、ここにいる君がすべてなのだろう……後者を訊こう」

「答えは簡単。復讐よ」

「……そうか…………ならば私もこの国を守る剣として、無辜の民を脅かす者を討つ」


 しまった……昔のよしみでどうにかアイリアの居場所だけでもと思ってたんだけど……まぁそうよね。

 すっかり戦闘の雰囲気だ。


「左腕を怪我しているのに?」

「関係ない。片手でも剣は振れるッ!」


 人の家の軒先で戦いになってしまった。


 レンキュリー男爵はさっき部下たちと戦った時に負っただろう怪我をしているとは思えないほど速く、私なんかが咄嗟に対応できるはずもない。

 あっけなく肩を斬られて、痛みに少し後ずさる。

 私の部下が傷を負わされるほどの実力者……なるほど、厄介。


「お優しいのね、一撃で殺そうとしないなんて」


 ひとたび戦いになれば、男爵は少しのことで顔に出したりはしない。きっと内心では私がけろっとしていること、斬ったところがすぐに治っていることに驚いてるはず。


 男爵が再び斬りかかってくる。チッ、仕方ない。


「魔法……!?」


 ああそっちは顔に出すんだ。

 私が牽制に出した【雷撃】の魔法陣に目を見開いている。


「事実だったとは……!」

「何が?」


 魔法陣を描く指を手首から斬り落とされる。


「ニフュー家が魔力を隠して移住してきたことだ」


 後ろに跳んでも逃げきれない。さすがはアイリアのお父さん。


「……他には、なんて聞いてるの?」

「君が……シェリア様を殺そうとしたと」

「ああ、そう……」


 あの日、あの時、聞いたまんまだ。

 辺境伯が民衆に向けて言い放った私たちの罪。


 クソッタレめ。


「まぁ、今となっては間違ってないわ」

「逃がさぬ! 【風縛】!」


 っ、しまった。身動きが……そうだアイリアが魔法使いならこの人も魔法使いだった。


 でも無理やり動かせなくもない。俊敏な動きはできなくても、指先くらいは……


 私は男爵のその向こう――彼らの家へと向かって魔法陣を描く。

 このままでは勝てないから、弱みを狙う。


「ッ!!」


 すると男爵が今までにない速さで私の手を斬り、口を斬り、最後に胴体を真っ二つにした。


「へぇ……」


 やっぱり、家の中に家族がいるのか。

 もしかしてアイリアも?


「ここまでやって死なぬとは……それが君の固有魔法か」

「私のことについては大して聞いていないのね。そうよ……そして、続ければ死ぬのはあなたの方。レンキュリー男爵」


 どれだけ攻撃しても死なない私に、男爵は眉間の皺を深くする。


「取引をしましょう」

「何だと?」

「今こうしている間にも私の部下がこの領都を蹂躙している。兵の大半はもう殺した。ここにいる人間は……いいえ、この国の人間は皆殺しにする」


 けどね――


「でもあなたと、あなたの家族は特別に逃がしてもいい」


 彼の眉が揺れた。


「その代わり、アイリアがどこにいるか教えて。家の中? それとも辺境伯の屋敷?」

「息子をどうするつもりだ」


 どうする、か……

 それも含めてずっと考えていた。アイリアの家族まで殺すのは、流石に彼に悪いから逃がそうって。

 『掟の国』は滅ぼすしここから南の国は危ないから、ずっと北に逃げろって言うつもりだった。


 そうすればアイリアは感謝するかな。

 お互い好き合ってた。だからきっとまた会えば……アイリアは私のところに帰ってくる。



「また会って、今度はちゃんと私と結婚してもらうの」



 そうだよ、そう。だって私たちは結婚する約束をしたんだから。

 だめになったのはフライフル家の――シェリアのせいだ。

 あの女さえいなければ……それに男爵本人が昔言っていた。貴族だからどうとかって。


 貴族だとか責務だとか、そんなのは国さえなくなれば一緒に消える。縛るものはなくなる。あの女も殺して、邪魔者はいなくなって、私とアイリアがまた結ばれる。最高の筋書き。


「だから未来の家族を殺すのは……気が引けるでしょ?」

「何を……言ってるんだ……」


 もしかしたら男爵は立場の違いに悩んでいるのかもしれない。

 私は魔族、彼らは人間。侵略する側とされる側。


 あれね、仕事と家庭の両立ってやつね。まだここに住んでいた頃も、魔族大陸でさえも、そういう問題は耳を澄ませれば簡単に聞こえてくるから。万国共通の悩みなのだろう。


 確かに『魔王の騎士(デモンズナイト)』をやりながらアイリアと結婚すればそういう問題にも直面するかもしれない。結婚したら子供ができるんだから、子育てのこともある……騎士(ナイト)ってお休みできるのかな。

 子供かぁ……私がお母さんでアイリアがお父さん……私はお母さんになれるのかな。なりたいなぁ。


 彼もその家族も人間だけど、私の未来の家族だもの。イムグなら説得すれば分かってくれるでしょ。

 未来は決まってるからもう家族として見てもいいよね。


「ほら、教えて?」

「君は……君は自分が今どんな目を、どんな顔をしているか分かっているのか?」

「なに? そういうのいいから」

「……教えぬ。確かにこの背の後ろには家族がいる。だが通さん」

「家族の居場所教えてるじゃない。アイリアも一緒なの?」

「くどい! 敵と交わす言葉はこれ以上持ち合わせていない!」

「…………そういうのも、いいから……はやく」


 男爵が踏み込んでくる。


 どうして? 私は一番良い条件を出してるのに。あなたに勝ち目なんてないのに。


 男爵が斬りかかる。私の体に刃が食い込み……そこで止まる。

 両断される前に思いっきり全身に力を込めれば刃を止められるって知ってるから。


「いい加減ッ、教えろって言ってるんだッ!!」


 魔力剣を出す。切っ先が向かうのは彼の剣を持っている方――右肩。

 鎧もまともに着ていない彼の皮膚と骨は簡単に貫けた。


「ぐ……!」

「死にたくないでしょう? 私だってあなたに死んでほしくない。だってアイリアが悲しむもの」

「言ったはずだ……この身は国の剣! 確かにその提案に乗れば家族は助かるだろう……しかし家族だけではない。民も守らねば、私は賜ったこの爵位に顔向けができんのだ!!」

「ああもう!!」


 なにが爵位だ。鬱陶しい。


 もういい。分からず屋が過ぎる。

 こんなのは義理とはいえ私の父親に い   ら   な    い。



 □□□□□



「……………………ぁ……?」


 灰になった男を見て、私の頭が急速に冷える。


「あ……ちが、違うっ」


 これは、彼は、私が殺したのか……? そうだ、私が殺したんだ。


「こんな、こんなこと……するつもりじゃ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……違うの、私は……」


 だって、ねぇ、仕方ない、じゃないか。



 レンキュリー男爵は、優しい大人だった。

 息子の友人として私を見てくれて、貴族って感じの人でもなかった。

 彼とアイリアの稽古を見に行った時も、気安く接してくれた。


 なのに、その人を……私が殺した。


 彼の右手は剣を掴んだままで、左腕も動かなかったから、私の指を阻めなかった。勝つには絶好の機会だった。

 だから私は……彼に……目の前で【雷墜】を……


「っ、オエエエェェェェッ!!」


 彼はずっと私を睨んでいた。自分を殺す魔法陣を目の前にしても、ずっと。

 彼にとって私は敵だった。義理の家族にすらならない、そんな目で……


「違う、私は……っぷ……!」


 奪ったのは私……違う、違う。この人が言うこと聞いてくれなかったから……


「違うの、アイリア……私じゃ、私は悪くない……!」


 だって、あなたのお父さんが、分からず屋だから……私たちにとって邪魔だったから……ねぇ、そうでしょ?


 私のこと好きだよね? ならお父さんがいなくなっても、大丈夫だよね? そうだよね?


 そうだ、家族、他の家族……確かレンキュリー家は、男爵の他にも夫人と、あとアイリアの弟がいた……



「どっせええぇぇぇい!!」


 偶然、そんな言葉で片付けられないほどの手遅れ。


 顔を上げた瞬間、かつて通い慣れた家が崩れて潰れた。

 何かが上から落ちてきて、それが家を破壊したのだ。


「ぁ…………」


 やったのは……私の部下だ。

 直立するカブトムシを人間より大きくしたようなずんぐりした虫型魔族、ダーパビートル。

 同じようなクワガタ魔族、スタッグビアラ。


「今のは俺だろ!」

「いいや俺だね! てかこの方法で本当にいいのかぁ?」

「何言ってんだ。家潰して死んだらそれまで、出てきた奴を捕まえる最強効率だろうが」

「どう見ても半分以上殺して……って、騎士(ナイト)レーデン!?」


 彼らはようやく家の前で立ち尽くす私に気付き、すぐに駆け寄ってくる。


「いや違うんですよ、ちゃんと殺すのは半分って意識はありますよ?」

「コイツが家ごと潰そうって言い始めて!」

「あっテメェ俺を売るなよ!」


 ああ、うるさいな……


「分かった……あなた達は他に行きなさい。まだまだ獲物は残ってる」

「はっ、はい!」

「待っててくださいすぐ全滅させてきます!」

「馬鹿、全滅させちゃダメなんだって」

「あっそうか、すぐ半分捕まえてきます!」


 2人は羽を煩くバタバタさせて夜の闇と炎の灯りが混じる空に飛んでいった。



 まだだ、まだ、生きてるかもしれない。彼らは生存確認をしてなかった。だから、崩れた家の中でまだ生きてる可能性もある。


 たかが家一軒分の瓦礫。どかせなくもない。

 平民のそれにくらべていくらか立派な家だけど、大部分は木造だから、まだ……


 アイリアのお父さんを殺してしまった。取り返しがつかない。

 でも母親と弟は…………



「……………………」


 見つかったのは、ぐちゃぐちゃになった女の死体と……それに抱きかかえられるように同じく潰れた幼い少年の死体だった。

 他にも、多分メイド。行けば必ずお茶を出してくれた、あの人。


 肉も皮も骨も関係なくて、中身が中身じゃなくなってて、柔らかい赤いものが瓦礫にべっとりくっついてて……


 その3人以外の肉は出てこない。

 生きてる者も、出てこない。


 アイリアはここにはいない。


「………………………………」


 まぁ……いっか、もう。


 仕方ないよ、事故だったんだもん。

 私のせいじゃない。

 レンキュリー男爵が大人しく言うことを聞いてくれれば、きっとこんなことにはならなかったから。


 だからアイリアも私を責めたりしない。


 会って事情を話して、悲しいねって……それで済むよ、きっと。


 だってアイリアは私のこと、好きだもんね。

 私『魔王の騎士(デモンズナイト)』だけど、あなたのお父さんを殺しちゃったけど、他の家族も死んじゃったけど、私だけいればいいよね。


 アイリアは私のこと、受け入れてくれるよね。

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