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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
-1000 My detestable and dear memories
171/212

三二 A human. Shaken, not stirred

『楔の国』から北東の国に騎士(ナイト)マクがいる。


 そこには【水壁】を巨大にして丸くしたような物体がいた。なんというかまぁ、本当に大きい。

 ドンブルーギュンくらいある。

 これでも全部じゃないっていうんだから凄い。

 そんなものに食い破られた国はもはや誰かが住んでいた形跡すら見つけられない。


「あれー? 騎士(ナイト)レーデンだ」

「どうも。少しいい?」

「いいよー」


 見上げる首が痛くなるくらい巨大な塊から、小さいものがぽこんと飛び出た。これも彼だ。


「ちょうど次の侵攻に向けて軍が準備してるんだ。僕は暇してたからね。それで何かな?」

「何ってほどでもないんだけど、話をしたくて」

「話かぁ。いい天気だね」

「そうね」


 話は終わった。



 って、終わってどうする。


 それにしても騎士(ナイト)マクはなんというか……すごく柔らかそうだ。

 べちょっとする時もあればつるっとしてる時もあって、形は定まらない。

 触ったらどんな感じなんだろうという好奇心が出てくる。


「触ってみてもいい?」

「僕を? いいよー」


 体と同じく態度も柔らかくて助かる。

 触るのも立派な交流……よね?


「ちなみに触ったら溶けるってことは……?」

「溶けるのは魔法を使ってる時だけ。今の僕は無害なスライムだよ」

「じゃあ、失礼して…………おおー……」


 見た目通り柔らかい。

 プルプルしてて、ちょっとひんやり。暑い日とか彼をベッドにしたら気持ちよさそう。


「柔らかい」

「僕に触っていいか訊いてきたのは君で2人目だね」

「1人は?」

「魔王様」

「へー……もっといると思ってた」

騎士(ナイト)だからかな、皆やっぱりちょっと距離があるんだよ。【溶解】で溶けちゃったらどうしようとか思われてるかも」


 確かに戦場での彼を見ていると触れたものすべてを溶かす印象がある。

 私も同じものを抱いてたけど、最悪再生するしいいかなって触ろうと思ったら史上2人目になれた。



 私は座れそうな岩を見つけて腰かける。

 抱えてもいいかと尋ねると、小さな騎士(ナイト)マクは私の膝の上に乗ってきた。

 シェリアの部屋にあったぬいぐるみのよう…………余計なこと思い出したな。


 プルプルしてる状態ならちょっと可愛いかも。癒しを感じる。

 見た目通りの重さで、ぎゅうと潰すように抱いたらどんな心地だろうと思ったけど相手は騎士(ナイト)。やめておいた。


 騎士(ナイト)マクは気安いというか、接しやすい。だからここまで持ち込めたけど……話……話かぁ。

 さっきサキュバスからラブラミのことを聞いたし、同じようなことを聞くか。


騎士(ナイト)マクはどうして『魔王の騎士(デモンズナイト)』になったの?」

「僕かい? うーん、面白い話でもないけど……皆に訊いて回ってるの?」

「まぁそんな感じ……他の騎士(ナイト)と交流しろって言われたから」

「あはは、それで正直に交流してるんだ。真面目だね」


 姿勢を正すように膝の上でぶるぶると奮えた彼はどこか遠くを見ているようだった。目はないけど。


「僕はどこにでもいた。でも僕が僕になったのはつい最近……どれくらい前だったかな、魔王様がまだ大陸統一してないくらいだったから、それくらい」


 いつよ。


「スライムはほとんど不滅な生き物なんだ。形がないからね。ただそこに存在するだけの、本能のままに動植物を食べて生きてるだけのものだった。そこに彼女がやってきた」


 彼曰く、スライムはすべてが彼自身だそうだけど、それでも中心というか本体というか、コアというものがあるらしい。それを破壊されるとすべてのスライムが滅んでしまうとか。

 コアの場所は昔も今も変わらず魔族大陸のとある沼地にあって、イムグが彼に接触したのはその沼地だったという。


「僕は本能のままに彼女を食べようとした。でも本能だけで生きていたおかげで、彼女の圧倒的なまでの存在感に躊躇した。貫禄っていうのかな」


 貫禄……? あのイムグに?

 まぁ確かにたまに彼女は魔王然とした感じはあるけど、私の前ではそうでもない。

 面白いことを聞いた。


「それで彼女は言ったのさ。君と同じことをね」

「触ってもいいかって?」

「うん。といっても当時の僕は喋れなかったから、彼女は勝手に触ってきたんだけどね。そしてこうも言ってきたんだ。『私と一緒に来てほしい』てね」

「私も同じようなことを言われたわね」

「君も勧誘された口だったのか。道理でお気に入りだと思った」

「他の騎士(ナイト)は違うの?」

「だいたいはなんか……うーん、今までの働きを見て~って感じ。騎士(ナイト)はいずれもどこかの国の王や、種族で一番強かったりする」


 強い者――それに加えて忠誠心のある者をイムグは騎士(ナイト)にしてる。未来を見る彼女は、相手のこれからを見て『コイツなら裏切ることはない』というのを忠誠があると捉えているのだろう。


「それでなんというかねー、こう、真に受けたというか、僕も熱くなっちゃってね。彼女の目指す大陸統一、殺し合いではなく話し合いをすることのできる平和な世界……そういうのの実現のために僕の力が必要だって言われて、嬉しくなったんだ。誰かに必要とされる高揚感が僕の理由の起源かも」


 彼の声に喜色が混じる。こう聞いていると、まだ彼は幼い子供のような感覚だった。


「その時点で意思が芽生えたとかそんなんじゃないんだ。ただ何も考えずに生きていただけ。できるけどやらなかった……それをやれるようにしてくれたのが彼女なんだ。そして僕はただのスライムではなく、マクという名を貰って自分になった」

「名前……魔王がつけたの?」

「うん。古い言葉で『海』って意味なんだって」


 あいつ、人に古い言葉で名付けるの好きね。


「乱世も終わりに近づいて、最後は大国同士のぶつかり合いになった。相手は魔王様とどうしても相容れなかった。力で決めるしかなかった。僕は魔王様のため、未来のために協力した。そして本当に大陸を統べて……今がある」

「…………もしかして、騎士(ナイト)マクは今の状況、嫌?」

「どうしてそう思うんだい?」

「だって、あなたは魔王が対話を重んじる王だったからついていったんでしょう? 今は人間を問答無用で殺してる……思うところがあるのかなって」


 彼はしばし黙り込み、プルプルとベトベトの中間になったり身を震わせたりして口を開いた。ベトベトは勘弁してほしい。


「思うところがない……とは言えない。魔王様らしくないとは思う」

「…………」

「でも、どうしてだろうね……人間を前にすると、なんかどうでもよくなるんだ」

「どうでもって……」

「相手が魔族じゃないからなのかな……殺すことに抵抗はない。むしろ殺そうって思いが出てくる。それも君に訊かれるまで自覚しなかったくらいに無意識に」


騎士(ナイト)レーデンはどう?」って訊かれて、私も考え込む。

 いや、考えるまでもなく……私はそんな風に思ったことない。

 むしろ逆。戦えない。そんなこと口には出せないけど。


 マクがそう感じているのは戦に慣れている魔族だからなのか。スライムだからなのか。それとも本当に人間相手だと殺意が湧くのか。そんなことある?


「分からないわ……」

「そっか。まぁ僕的には『まぁいいか』だね。相手は殺しても何も思わない人間で、魔王様も殺せと言っている。なら騎士(ナイト)として殺すだけ」

「そっ、か……うん」

「納得できる答えだったかな?」

「ええ。騎士(ナイト)マクのこと、ちょっと分かった」


 彼は膝から降りて伸びをするように変形した。うにょんって。


「僕も話せて楽しかったよ。また時間があれば話そう。次は特製ゼリーをご馳走するよー」

「そうね――待って、そのゼリーって……」

「ふふふ……」


 最後に冗談なのか本気なのか分からないことを言って騎士(ナイト)マクはあの大きな方に戻っていった。

 遠慮しとくって言えばよかった……今度会う時が怖い。



 □□□□□



 そんなに時間取られなかったな。時間にして半日。日が沈んだ頃にラカミセリニウマに戻ってきた。


 結果的に寄り道したのは良かったのかもしれない。

 さっきの私は冷静じゃなかったんだと思う。今は心にちょっと余裕がある。


 城を出たところで自主的に模擬戦をしていた部下たちが私を見つけて集まってくる。本当に色んな種族がいるなぁ。

 ……怪我してる奴いるんだけど、大丈夫?


騎士(ナイト)レーデン遅いですよ! 俺たちぁいつになったらまた前線行けるんですか?」

「前線帰りの奴が言うんですよ、今回は何人殺したとか! 羨ましくて噛み砕く木が足りません!」

「もうずっと血を見てない……なので自分たちで血を流しました」

「馬鹿なの?」


 血気盛んな連中だ。それをずっと待機させていたのは悪いと思ってる。

 怪我は……うん、どれも軽傷。今夜動くのに問題はないだろう。


「待たせて悪かったわね。その分、今日はあなた達だけの戦場よ」


 今日、戦場……部下たちはそれで察して背筋を正した。


「今日ですか?」

「ええ、今日よ。夜襲よ」

「「「おお……!」」」

「して場所は? まさかもう落とした北の国々の討ち漏らしを狩るとかじゃないですよね?」

「もしそうだったら?」

「誠心誠意人間を殺し尽くします!」

「ああ、そう……」


 不満を漏らしてくるかと思ったけど、まぁやる気があるのはいいことだと思おう。



 さて、会議室では『飛行魔族の力を借りて空から向かう』と言ったわけだけど、私たちは誰に話しかけることもなく王都という名の廃墟街を出る。


「それじゃ、飛ぶから手をつないで」

「あれ? 行ったことある場所に飛ぶんです?」

「いいから」


 私が【転移】を使えることはそれなりに知れ渡っている。

 さりげなくチョネリが手に触れようとしてきたので避けてクリャガーダーの羽をつまんだ。


 全員がどこかしら触れているのを確認して【転移】を発動。結構慣れてきた。まだ戦闘で自在に使えるわけじゃないけど、もっと回数を重ねれば……



 □□□□□



 昔、師匠に「同じ大陸でも東と西で時間が異なる」というのを聞いたことある。

 魔族大陸でもそれは同じだとハイマも言っていた。

 私は今まさにそれを実感している。


 同じ人類大陸でも『楔の国』と『掟の国』では、地図での左右……つまり東西が離れている。元いた場所ではすっかり夜だったのに、飛んだ先ではそろそろ暗くなるという感じ。


 山の中であるこの場所は木々の影響もあって地上は薄暗く周囲は見渡せない。



「ここは……?」

「山ですか」


 『掟の国』で人間がいなさそうな場所、かつ私が訪れたことのある場所となると限られる。


 そこで選んだのが、かつて私が誘拐された時に来たこの山小屋だ。まさか再びこんなところに来るとは思ってもみなかった。


 今でも鮮明に浮かぶ。

 攫われて、袋に入れられて、閉じ込められて、逃げて……助けられたこと。


 あれから何年経ったのか……あの島で過ごした時間を数えていない私には分からない。

 もうならず者すら使っていないのだろう小屋はもはや建物とは呼べない有様だった。


 感傷というものは、思ったより簡単に浸れてしまう。


「ここは『掟の国』……『楔の国』からはるか遠くにある国よ」

「どれくらい遠いんですか?」

「『楔の国』からここに来るまでにいくつもの国があるくらい」

「そんな遠くに?」

「【転移】って便利ですねぇ」

「……ん? 俺が聞いた話じゃ、【転移】って一度行った場所にしか飛べないんじゃ?」


 まぁ、もう隠すことでもないか。


「この国は私の生まれ故郷よ」

「え!? ここが!?」

「人類大陸ですが……」

「ええ。私は人間だもの」


 魔族たちの間にどよめき。

 そんな馬鹿なというのがほとんど。いきなりのことで理解が及んでいないのかも。


「色々あって今こうなってる。これは魔王以外の誰も知らない事実……他言無用よ。変にナメられたくないから。明かしたのはあなた達が私の部下で、今から付き合ってもらうのは私の私怨だから。これは私なりの誠意」


 会議ではもっともらしいことを言ったしイムグも助け舟を出してくれたけど、結局のところそれだ。この国を滅ぼすのは、私怨なのだ。

 家族を殺されたから、殺し返すだけ。そうしなければ私は何もできない小娘のまま。


 それに付き合わせる……彼らには少しだけ申し訳なく思う。


「そのー、騎士(ナイト)レーデン」

「なに?」


 おずおずと前に出たのはクリャガーダー。隊の中で一番私と付き合いが長い。


「色々驚いちゃいますが、やっぱり無理ありますって」

「何が?」

「だって騎士(ナイト)レーデンが人間と似てるのは見た目だけじゃないすか」


 なんかものすごく失礼なことを言われている気がするわね……


「私は人間よ。見た目だけじゃなく中身も」

「でも人間は非力ですよ。騎士(ナイト)レーデンは見た目こそアレですが、そこの木とか殴って倒せるでしょ? 人間にはできないですって」

「失礼ね、できるわけないでしょこんな木――」


 試しに殴ってみた。倒せなかった。ほら。


 ……大きく揺れて幹にヒビが入っただけで。


「さて行くわよ」

「にゅふふ、お待ちを騎士(ナイト)レーデン。落とすといってもここには我らしかいないように思えますぞ」

「その通りよチョネリ。言ったでしょう? あなた達だけの戦場だと。ここにいる私と18人でこの国を地図から消す。皆の望んだ戦争よ」


 再びのどよめき。「戦いたいとは言ったが多勢に無勢をしたいというわけじゃない!」とか言う奴がいたら即除隊させてやる。


「じゃあ人間殺し放題ってことですね!?」

「え?」


 デーモンの言葉は皮切りだった。


「俺らだけで国を落としたとあっちゃ、すげぇ武勇伝になりそうだぜ!」

「手柄を取れば、あの子に振り向いてもらえるかも……」

「血! 血! 血の池で泳ぎたいぞ!」


 魔族って好戦的ね……こんな部隊に志願して実力で選抜されたような連中が非暴力主義なわけないか。

 彼らも騎士(ナイト)マクのように潜在意識で人間への殺意が溢れているのだろうか。


「日が完全に沈んだら行動に出る。まず私が領都上空を目指す」

「おっ、じゃあ俺の出番ですね!」

「そうね。お願い」



 戦いが始まる。


 故郷を滅ぼす戦い(ふくしゅう)が。

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