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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
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第二章プロローグ

 天柱。

 いつからそこにあるかも分からない、大陸の南にある塔。

 かつては人類大陸の南部、地上から伸びていたが、『魔族大陸』崩壊により海水位が上昇。天柱周辺は海の中になってしまった。


 誰もが産まれた頃には既に存在する建物。

 人類がその塔を神の住まう場所だと信仰するのは、自然な成り行きだった。


 そして天柱にまつわる種族、天使も存在し、天使の上位には女神がいるとされている。

 『柱の国』を発祥とする天柱教の経典には、美しい天使と女神の絵も描かれているほどに周知されていることだ。


 その天柱にほど近い水際。かつては国が存在したが、海に呑まれた場所。

 長い年月をかけて砂浜となってしまった場所に、ひとりの少女が倒れていた。


「ん……んぅ……」


 寄せては返す波の音を聞きながら、少女はゆっくりと覚醒する。

 肩ほどで切りそろえられた黒髪にはところどころ砂が付着し、それなりな時間をここで過ごしたことが伺える。

 少女は透き通るような銀色の目で、辺りを見渡した。

 そして首を傾げる。


「ここ、は……?」


 彼女の記憶に、このような大自然はなかった。

 文明のぶの字も無いような、どこまでも続く砂浜と海。

 無人島にでも放り出されてしまったかのような感覚に陥る。


「私、誰だっけ……」


 その答えを返す人物は、ここにはいない。

 あるのは、少女が纏う白い衣服とも言えないような布きれと、手に握られた2つの道具のみ。

 持っている道具の使い方は分かる。

 ただ、自分のこと、これまでのこと、そのほかのこと、すべての記憶が抜け落ちていた。


 しばらく砂浜を歩く。

 裸足に柔らかい砂の感触が心地よい。

 これが夢などではない。次第に少女は自分の置かれた状況を確認していく。


 記憶――無い。

 体調――良い。

 現在地――不明。

 周りに誰か――いない。

 髪の具合――要ブラッシング。

 欲求――


「……お腹空いた。ハンバーガー食べたい」



 □□□□□


 その天使は囚われていた。

 冷たい牢獄の中で、冷たい首輪は鎖につながれ、ただただ冷たく時が流れるのを、死人のように目を瞑って見続ける。

 それが彼女の日常だった。


 長い銀髪は真ん中で分けられ、彼女自身がチャームポイントと称している額が露出しているが、それを褒める者は、誰もいない。誰かに褒められた思い出など、彼女には一度たりとも無い。


 彼女は何に気を取られることなく、置物のように鎮座していた。

 その牢獄の扉が開かれる、この時まで。


「出ろ、失敗作」


 首輪の鎖を引っ張られ、彼女は受け身もとらずに地面を引きずられる。

 ようやく、その目が開かれた。

 深紅の瞳が、鎖の先に待つ人物を捉える。


「喜べ。失敗作のお前にも、使命が与えられた」


 使命、彼女が何度も聞き、何度も果たした言葉。


「ふ、ふふふ……今度は誰を殺せばいいの?」

「殺しではない。救済だ」

「同じこと……」

「口を開くことを許してはいない」


 彼女の背中を、風の刃が斬りつける。彼女の「あぐっ」という呻き声が、静かな牢獄に響き渡った。

 この行為は、彼女に痛みを与える以外の効果は無い。

 風の魔法【風刃】によって切り裂かれた背は、みるみるうちに再生し、数秒も経てば何もなかったかのようになるのだから。

 彼女の口は耐えるように歪むが、すぐにいびつな笑みへと変わる。


「いたぁい……」

「黙れ。汚物が」


 彼女を斬りつける刃が増える。

 再生も追いつかないほどに、幾重にも重なる刃は、すぐさま原形も分からないようなミンチ肉を作り出すことなど容易だ。


 しばらくして残されたのは、纏ったボロが粉微塵になるほど刻まれた肉塊。

 ゆっくりと元の形を取り戻し、先ほどの彼女は一糸纏わぬ状態で元通りになった。


「お前がこれから発する言葉は何だ。失敗作」


 ついに笑みは声にも出る。クスクスと囁くような笑い声とともに、ゆっくりと彼女が立ち上がった。

 銀髪赤目の小柄な少女、それが彼女の姿だった。


「天使序列なし、失敗作のマァゼはぁ、喜んで使命を果たさせていただきまぁす」


 虚ろな目は、何も映していない。

 目の前の人物ですら、彼女の気にするところではない。


 言い渡される"使命"を果たしたところで、彼女を取り巻く何もかもが変わることはないのだから。

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