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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
-1000 My detestable and dear memories
141/212

二 初恋ト痛ミ

 ニフュー一家が領都にやってきて4年。


 レオンは辺境伯の信頼を勝ち取るほどの仕事をいくつもこなし、すっかりお抱えデザイナーのような地位を得ていた。

 フライフル領は辺境の地なので外からやってくる客は少ないが、その少ない客の誰もが舌を巻くゲストハウスは王都でも噂になっているとか。



 9歳になったエレーナはといえば、相変わらず人見知りの子である。


「あたしの僕になるのなら勉強しなさい!」


 言われるがままにとりあえず勉強の日々。

 僕といっても種類は色々ある。傍に仕える従者、身の回りの世話をする侍女……さらに細分化された諸々。

 この4年の間に片っ端から適性を試してみたが、結果は散々。


 机に向かう勉強はそれなりにできるものの、人前で委縮してしまうのが致命的。

 さらに日を追うごとに可愛く綺麗になっていくエレーナは「下手に人前に出す仕事をさせたらトラブルを招くのでは?」とも思われてしまう。

 かといって女所帯のハウスメイドの中に放り込むと、その容姿から嫌がらせを受けて引きこもりになりかけた。メンタルが弱い。


 なによりエレーナが平民であることも邪魔をした。

 貴族社会はその家で雇っている者まで見られる世界だ。次期辺境伯に侍るのが平民というのは現実的ではない世界でもある。『掟の国』には使用人の階級にも『この役職にはこの身分以上の者でなければならない』という法律もあるから面倒。

 本来こんな勉強をさせてもらえるだけでも普通に暮らしていればありえないのだ。


 シェリアの「いつか仕えさせてあげる」は言った本人の思った以上に困難な道だった。

 なかなかうまくいかない日々である。


「本当に駄目ねあなた」

「ごめんねシェリア……私、全然役に立たない……」

「まぁ、いざとなったらあなたひとり養うくらい余裕なんだけど、領主として穀潰しを置くのは示しがつかないのよね」


 そもそも身分が違うシェリアを呼び捨てにしていい今の『友達』という状況がおかしくもある。

 扱いに困るという評価のまま宙ぶらりん。

 出会った時のシェリアと同じ年齢なのに……と自分で比較しては情けなくなった。



 そんな生活を潤わせるのが、アイリア・レンキュリーの存在である。

 レンキュリー男爵家は魔法使いの家系ではあるものの歴史のない武勲上がり。なので段々と家庭教師が多くなり教育に時間を取られるようになったシェリアと違い、アイリアには時間があった。


 2人で遊ぶことは珍しくもなく、エレーナも恋心を自覚していなかったので恥ずかしがることもなく「一緒にいたい」という心に従いべったり。

 アイリアもまた彼女を妹のようにかわいがり、すぐ後ろをエレーナが歩くことを当たり前のように受け入れた。



 □□□□□



 魔法の授業は3人が一緒になって過ごせる時間である。

 といっても魔法を使えないエレーナは見てるだけ。それでも大好きなシェリアとアイリアと一緒にいられることを喜んだ。


「ほら見なさい! すごいでしょう」

「わぁ……おっきな炎」

「シェリア様は本当に才能に恵まれておられる……このオババにも底が見えぬほどです。もしかしたら歴史に名を刻む魔法使いになれるかもしれませんな」


 教師である老婆の魔法使いの言葉は本心であり、予言でもあった。

 魔法陣を描く正確さと速さ、潤沢な魔力量、単純なスペックでいえば誰もがシェリアを天才と崇めるだろう。


 一方アイリアも平均より劣っているわけではないのだが、一般的な魔法使いの域を出ない。シェリアと比べると雲泥の差と言わざるを得なかった。


「まぁ、ウチは剣の家だから……」

「あ……アイリアもすごい……! 魔法使えるだけですごい!」

「ははは……ありがとうエレーナ」

「ちょっと! エレーナの頭撫でてないでもっと練習するか私を褒めなさいよ!」

「そうだね。シェリアは凄いよ……頼れる領主様になりそうだ」

「ちょっ、あたしを撫でろなんて言ってない! やめ……うぅ……」


「(…………あれ?)」


 自分の頭から離れた手がシェリアへ向かう。そんな光景を見て、エレーナはチクリと胸が痛むのを感じた。


 目の前のやり取りを見れば見るほど、見たくなくなる。

 2人のことは大好きで、こうして3人で過ごせるのはこの上なく楽しいことのはずなのに。


 病気かとも思ったが、アイリアの手が止まって「僕も練習頑張るか……!」と意気込むのを見るとモヤモヤしたものはすぐに消える。

 後を引く感じもない。きっと気のせいだろうとエレーナは結論付けた。



 □□□□□



 レンキュリー家はフライフル領の一部を拝領しているが、アイリアが領都の別邸に住んでるため会いに行きやすい。エレーナは用事がなくても通った。

 別邸といってもフライフル家のような大きな屋敷ではなく、広い庭の一軒家だ。


「ごめんね、今日は剣の稽古をするから遊べないんだ」

「分かった。見てるね」

「暇じゃない?」

「ううん、剣振ってるアイリアかっこいい」


 年々可愛く育っていくエレーナのまっすぐな視線に、アイリアは顔を赤くして目を逸らした。


「ハハハ。アイリア、今日は格好悪いところは見せられないな」

「あっ、こ、こんにちは……!」


 その日はレンキュリー男爵――アイリアの父親もいる日だった。

 息子と同じ金髪碧眼、思わずおじさまと呼んでしまいそうな渋い雰囲気がある。

 アイリアも将来こんなガッシリした体格になるのかと想像するとエレーナはちょっともったいない気持ちになる。


「女の前でも手加減はせんぞ」

「分かってます、父上」


 武勲で爵位を賜るほどの男だ。レンキュリー男爵の剣の腕は並みのそれではない。エレーナにはもはや手元すら見えない。

 アイリアは簡単に木剣を落とされ、彼らの言う格好悪いところとなる。


「ぐっ……!」

「恐れるな。飛び込め。それではこの国を守れんぞ」

「もう一回、お願いします!」


 この時代の剣術はもっぱら実戦剣術。どう動けば生き残れるか、どう剣を振れば相手を殺せるか。結局のところ一番の学びは実戦。

 教える側もまた実戦しか知らないからこそ、訓練内容はシンプル。


「アイリアっ、頑張って」

「言われているぞ。一本取ってみせろ」

「わかり、ましたよ!」


 奮戦むなしくアイリアはこてんぱんに伸される。息子相手だからこそ厳しくする親であった。


「フム……今日はここまでとしよう」

「ありがとう、ございましたぁ……いっつつ」

「アイリア大丈夫? これ、冷えてるから当てて」


 レンキュリー男爵に稽古をつけられたアイリアがこうなるのはいつものことだ。エレーナも何度か同じ光景を見たことはある。

 体のどこかしらを打って赤くした姿もまた、最初は心配になるあまり見てるエレーナが泣き出すほどだった。


「…………駄目だな、僕は」

「えっ?」

「父上みたいな剣も、シェリアみたいな魔法もない。上ばかり見てとっくに首が痛い……強くなりたいのに、強くなった自分が想像できないんだ」


 アイリアは平凡の域を出ない少年だった。

 レンキュリーの血は継いでいる。剣も魔法もそこそこ使えて、それなりに強くなれる。しかし"それなり"止まり。


 父親も「5年して皮が剥ければいいが……」という評価だし、なにより本人が一番自覚している。

 身近でシェリアという天才がめきめきと頭角を現しているのも彼のコンプレックスを刺激していた。


「で、でも、かっこいいよ! 私はアイリアが世界一かっこいいと思う! 私は何もできなくてダメダメで、シェリアに怒られてる……から、かっこいいアイリアは、もっとかっこよくなって、えっと、あれ……?」

「……ホント、駄目だな僕は…………ありがとうエレーナ、そう言ってくれて嬉しいよ」


 何を言いたいのか自分でもよく分かっていないエレーナを見て、アイリアは少し吹き出した。

 彼女が何をやってもうまくいかないのは知っている。

 それに比べれば自分はまだ……と一瞬でも思った彼は自分を責めた。下を見てはいけない。彼女を下と思ってはいけない。それは弱い心で、ダメダメでも頑張ってる彼女への冒涜だから。


「かなり時間経っちゃったね……暗くなる前に帰らないとじゃない?」

「あっ……うん」

「送っていくよ」

「えへへ……!」


 アイリアとお話できる。アイリアが家まで送ってくれる。それだけでもここに来てよかったと思える。

 次はいつ会えるだろう。そう思うと笑顔も零れた。



 □□□□□



「そういえば、シェリア様もそろそろ婚約者が決まる頃だね」


 夕食の席で、父レオンがそう切り出した。


「婚約者?」

「シェリア様が結婚する人をあらかじめ決めておくんだ」


 『掟の国』には貴族の婚姻に関しても色々と法で定められている。

 特に魔法使いの血筋は絶やしてはならないので、15歳までに婚約、18歳までに結婚、22歳までに第一子誕生という決まりになっている。

 王族や公爵といったもっと偉い立場の人間は幼い頃……下手をすれば産まれる前から決まるというが、現在13歳のシェリアはまだ婚約者が決まっていない。中央から離れた辺境伯はある程度家で色々と自由に決めることができた。


 今日の家族団らんの話題はこの話である。


「本人は何か言ってたかい?」

「ううん、何も」

「シェリア様、初めて会った頃はまだ小さかったのに……時が経つのは早いわね。誰を婿に迎えるのかしら」

「誰だろうね……そういえばレンキュリー男爵のアイリア様は同い年だったか。案外その2人かもしれないね。シェリア様と特に仲が良い令息は彼くらいだろうし」

「えっ…………」


 エレーナは好物の焼き魚を食べる手を止めた。


 アイリアとシェリアが結婚する。つまり自分の両親みたいになる。

 仲の良い2人がそうなるのはいいことだ。いいことなのだ。


 なのにそれを想像すると、どうしようもなく嫌な気分になった。


 とにかく嫌で、でもなんで嫌なのかすら分からない。急に食欲が失せて癇癪を起こしそうになる。


「嫌……」

「でもアイリア様は魔力を継いでいるし、ないんじゃないかしら?」

「あー、そうか。忘れてた。いまだに魔法使いの血と継承のことは分からないことだらけだ」

「? エレーナ、何か言った?」

「えっ、ううん、なんでも……」


 リリィが『ない』と言って、ホッとした。

 どうして安堵したのかすら分からない。そのモヤモヤが不思議で不快で、エレーナは困惑することしかできない。


「エレーナ? お腹いっぱいかな?」

「あ……ううん、食べる」


 ホッとした途端また食べたくなった。魚は美味しい。

 とはいえ婚約という言葉が頭から離れることはない。


 明日もシェリアに会いに行く日だ。そこで訊いてみようと思い今は考えないことにした。

 しかしこの日、エレーナは悩むばかりで全然寝られなかった。



 □□□□□



 シェリアとは毎日会えるわけではない。

 最近は勉強で忙しそうだし、家の都合もあるし、他の令嬢の子たちの時間も取らなければならないし。

 将来が定まらない平民と貴族令嬢とでは日常が違うのだ。


 だからちょうど話せる日でよかったとエレーナは思う。

 とても自分が飲むべきではないような飲み慣れた高級なお茶を一口、尋ねてみた。


「ねぇシェリア、シェリアって結婚するんだよね?」

「いきなりどうしたのよ」

「えっと、婚約者……決めなくちゃいけないんでしょ?」

「ハァ……あんたもか……まぁそうね」

「もう決めてたりするの?」

「まぁ……ね」


 シェリアの顔が赤くなる。滅多に見れない顔だ。


「えっ、だ……誰なの?」

「その、言いふらさないって約束できる?」

「うん……」

「こんなこと話すの、エレーナが初めてなんだからね!?」


 強気な彼女のもじもじとしおらしい顔。

 その表情の意味が分からないまま、エレーナは思い出す。

 彼に頭を撫でられている時も、こんな顔をしていたな――と。


「…………アイリア、よ……」


 嘘だと叫びたくなった。

 話が違う。それじゃ本当に嫌な想像の通りになってしまうじゃないか。


「えっ!? で、でもアイリアは、魔法使えるからだめなんじゃないの?」

「まぁ、そうかも……だけど」

「じゃ……じゃあ婚約、しない?」

「っ、する! 婚約する! だって好きなんだもの!」

「す、き……?」


 好き、その言葉の意味は分かる。

 でもシェリアの言った好きとエレーナの知る好きの意味は、どこか違う気がする。


「なん、で?」

「なんでって……ずっと昔から一緒だったし、その、ああもうっ言わなきゃよかった……!」


 フライフルとレンキュリーは主と臣下。シェリアとアイリアもまた、エレーナがその輪に加わる前から、それこそ生まれた時から一緒だったような関係だった。


 エレーナが彼を好ましいと思っている要素――優しくて、かっこよくて、一緒にいて心が安らぐこと。

 それらはシェリアの方がエレーナより先に、エレーナより深く知っている。


 さらに彼女は『恋』というものを知っていた。

 知っていて今まで誰にも明かさなかったのは、単に恥ずかしいから。


 シェリアの強気で意地っ張りな気質とアイリアの穏やかな気質。シェリアの方から今さら気持ちを打ち明けるのは本人にとってかなり難しいことだった。

 それこそ周囲から早く婚約者を決めろとせっつかれて、今ようやくエレーナに漏らしてしまったのが初めてなほど。本人はおろか家族にも言っていない。


「でも、もう時間もないのよね……」


 婚約者を決める期限まであと2年。遅かれ早かれ、シェリアはこの気持ちを明かす必要があった。

 彼女は政略結婚より、恋心に従いたかった。


 一度誰かに明かして、好きだと口に出す。それは心をが固める効果があるものだ。

 こうしてエレーナに話してみると、自分の中ですんなり「そうしよう」と思える心が大きくなっていく。


「パパ――じゃなかった、お父様に言わなきゃ」

「それはっ、だめっ……!」

「なによ、なんでダメなのよ」

「あ、そ、それは…………アイリアだって、どう思ってるか……」

「レンキュリーは男爵家よ。ウチに言われて首を横に振るはずないわ」

「でも……っ」


 とにかくそうなってほしくない。

 それを伝えるのは簡単だったが、せっかくシェリアが本心を明かしてくれたのに正面から否定することはエレーナにはできない。


「……ねぇ、まさかと思うけどあんた……アイリアのこと好きじゃないわよね?」

「へっ? 好きだけど……?」

「そういうのじゃなくて、恋愛的に。アイリアに恋してるわけじゃないでしょって訊いてるの」


 シェリアの放つ圧に思わず震えて身を縮めてしまう。


「れん、あい……わたし、が……?」


 恋愛とはどんなものなのか。エレーナには分からない。


 ふと母親のことが頭に浮かんだ。

 たしかあれは、そう。一緒になった記念日だって言っていた日。レオンが仕事から帰るのを待つ母の姿。

 それがさっきのシェリアとどこかで重なる。


 両親が恋愛で結ばれて今があるのなら、恋愛とは一緒になりたいという欲求なのだろうか。


 その恋愛を、自分が?

 アイリアに恋をしている?


 疑問を照らし合わせてみると、すんなりと呑み込める自分がいた。


「(これ、恋……なの……?)」


 恋など分からない。誰もその気持ちについて教えてくれなかった。知らないものを認識することはできない。

 これは恋なのか、違うものなのか。

 でも当てはまってしまう。


 シェリアのことは好きだ。

 でもアイリアに対するそれとは違う。両親のように、一緒になりたい。

 なるほど確かに、『好き』の種類が違う。


 適正はなくてもお勉強はできたエレーナの頭が次々に点と点を結んでしまう。


「(私は、アイリアが……好き……一緒になりたい……恋、してる……)」


 急激に体温が上がるのを感じ、頭の中を熱い思いが渦巻く。


 直後に目の前まで迫ったシェリアの目を見て、一気に冷えた。


「ひっ……!」

「まぁどっちでもいいけど、駄目よ」

「え……?」


「あんたがアイリアを好きになることは、許さない」


 シェリアもまた、冷えている。冷えているのに、その声の芯に触れられないほどの熱さを感じる。


「なんで……」

「アイリアは私のもの。私、自分のものを誰かに取られるのが死ぬほど嫌なの。分けるのも嫌。アイリアは私だけのものなの」


 エレーナは言い返せない。

 大人から見ればたかが13歳の小娘の詰め寄りでも、エレーナにとっては何よりも強く怖く感じる。



 そう、怖い。


 シェリアが怖い。


 初めてだった。彼女を怖いと思ってしまうなんて。



「ねぇ、あんたは取らないわよね?」

「わ、わ……わらひ……っ」


 怖くて、涙が出てくる。

 言葉も上手く出せない。

 寒い。逃げたい。隠れたい。


「私はあんたの主なのよ。私が言ったことはなんでも聞くの。だから言いなさい、アイリアを好きにならないって」


 なんでこんなに、怒られているような気持になるのだろう。

 ただ人を好きだと、恋していると自覚しただけなのに。

 これは悪いことだったのだろうか。


「ぁ…………」


 言えなかった。ポロポロと出てくるのは涙ばかり。

 自覚した想いを自分の口で否定させられる……無垢な子供にさせるには酷な要求。

 でもシェリアが怖い。従わないと。嫌われたくない。

 エレーナは軽いパニックを起こす。



「シェリア様、そろそろお時間です。教師の方が……あら?」

「……もうそんな時間? すぐ行くわ」


 使用人が部屋に来たのは幸いだった。

 シェリアは忙しい。教師を待たせることはできない。


「とにかく、許さないからね」


 シェリアが離れようやく解放された。震えは止まらないが、少しだけ落ち着く。


 彼女が部屋から出ていき、残されたエレーナは使用人に追い出されるように屋敷を後にした。

 エレーナはシェリアのいないところでは針の筵である。この使用人もまたどこかの貴族。平民であるエレーナを見下し、容姿に嫉妬して嫌がらせする側の人間だ。


 今まではシェリアが一緒にいることで守られていた。

 でもその彼女がもし自分を嫌ったら? 想像したくもない。

 これまでの生活ですっかり甘ったれた根性が育まれていたエレーナはもはや彼女に依存していると言ってもいい。

 アイリアへの恋心を否定されるのも辛いが、それよりもシェリアに見捨てられることを思うことがもっと辛く、怖い。



 □□□□□



「う……ひっく……うぅ……」


 夕暮れの帰り道をトボトボと歩く。

 さっきのシェリアを思い出すだけで怖くて泣いてしまうのに、頭から離れてくれない。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」


 誰かに話しかけられた。男の人、知らない人。

 ただでさえ弱っている今、知らない大人に話しかけられるなんて追い打ちでしかない。


「迷子かな? おじさんが家まで送ってあげるよ」

「オイオイ、何いい人ぶってんだ」

「さっさと済ませるぞ。こんだけの上玉なガキは滅多にいねぇんだからよ」


 近付いてきてるのはひとりだけではなかった。

 3人の男に道を塞がれて恐怖がピークに達する。


「ひっ、いやぁ……!」

「あっオイ逃げんな!」


 どこか彼らのいない場所へ。

 パニックになって闇雲に逃げる。

 だが子供の発想は単純。角を曲がって逃げたつもりになろうと人気のない入り組んだ路地に入ってしまう。

 おぼつかない足で大人から逃げられるはずもなく、簡単に捕まった。


「口塞げ!」「袋入れるぞ」


 非力なエレーナは抵抗もできず、ただ泣くことしかできなかった。

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