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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第一章 潜入編
14/212

13 Like tears in rain 3

「分身を倒すことは我へのダメージにはならん。貴殿なら知っているだろう」


 知っていた。

 けど流石に新しい分身が出てくるまでにはタイムラグがあるだろうと考えていたから、少し焦る。

 攫われた生徒とボーデットの本体がいるであろう砦への行き方が分からない以上、しらみつぶしに探すしかない。

 その時間稼ぎすらさせてもらえないとなると、これは戦いながら探す長期戦になる。


「砦へは、ここから少し西の谷にある横穴を使えば行ける。貴殿の足ならすぐだろう。人間と我の本体はそこにある」

「……どういう風の吹き回し? 敵である私にそんなことを教えるなんて」

「なに、どのみち貴殿の目的は果たせないからな」


 目的、生徒たちの救出。

 それが果たせない。つまりボーデットの本体がクレアたちを【同化】してしまうということだ。


「貴殿は強い。実力が上の相手であろうと、何度殺されようと、何度でも復活し、結果的に勝利する。人間どもが『終着点』と称するのも頷けることだ」


 私の戦時中の異名、『終着点』。

 どんなに強くても、どんなに勝っても、何度もすぐに蘇り最終的には殺される。

 強さを求め、魔族を退け、戦いに生きた者の誰もが行き着く先、それが私と戦い、敗れること。

 私と戦った人間が畏怖を込めて、「出会ったら終わり」と付けた名だ。


 まぁ、事実私の戦い方はそういうものだ。

 相手がどれだけ強くても、先ほどボーデットにやったように攻撃後の硬直を狙うやり方で、大抵の敵は倒せた。

 普通なら攻略不可能な固有魔法を使う相手であろうと、何度も何度も死にながら最終的には勝ちを収めた。


 根気と悪あがきは、魔力量と並んで私が誰にも負けないと思っている武器だ。


「しかし貴殿の負けだ。理由は分かるな?」

「時間……ね」


 私の戦い方は時間がかかる。

 倒されながら攻略法を考え、思考し試行し、時にゴリ押しして、ようやく勝利する戦い方。

 その最大の弱点が時間だ。


 今でいうなら、ボーデットが生徒たちを取り込んでしまう。そのタイムリミットが私の敗北条件。

 そして、その時間はまもなく。


「卑劣な人質……そう思ってもらっていい。汚名は喜んで受けよう」

「思わないわ。状況を見るなら私はただ、あなたの邪魔をしているだけだし」

「感謝する。ならばこそ、諦めろ」


 私はその言葉にピクりと反応した。

「諦めろ」――これまで何度も聞いてきた言葉だ。強者は相手に対してその言葉を使いたがる。


「……断るわ。私は諦めない。あなたを止める」

「ふむ……その言葉、我にはこう聞こえる。『今貴殿を取り囲んでいる無数の我を倒し、砦へ向かい、【同化】するよりも早くあの人間たちを助け出す』とな。可能なのか? 今こうして分身に踊らされる貴殿に」


 その通りだ。

 私がボーデットに勝つ――目的を達するには、この大量の分身をどうにかし、本体がクレアたちを食べてしまうより前に砦に向かって救出しなければならない。


 普通ならまず無理。

 砦に向かうにも分身が邪魔をするし、倒しても倒しても無限に湧き出てくる。そしてボーデットの口ぶりから、彼は私と長く戦っているよりもクレアたちを【同化】することを優先する。

【転移】は一度行ったことのある場所にしか移動できないため、砦へ直接瞬間移動することはできない。

 詰んでいる。私にできるのはただクレアたちが喰われる間、ボーデットの分身に蹂躙されることだけ。


 1000年前の私を知っているからこそ、ボーデットは私にどうしようもできないことを知っていた。

 しかし、私はもう封印前の私ではない。彼の知らない私ならば、この状況を打開できる。

 だから私は、痛みを引きずりながら強がって笑うのだ。


「ええ。あなたの言う通りよ。私はここにいるあなたたち全員を消し去って、悠々と砦に行って人間を助ける。そしてあなたを終わらせる」

「ク、ハハハハハ……! 騎士(ナイト)レーデンよ、貴殿のことはよく知っている。強がりはよせ」

「私のことを知っているなら、このことも知ってるでしょう……私、諦めが悪いの」


 これ以上の御託は結構。そう言わんばかりに、ボーデットが動き始める。

 さっきと同じ。普通に相手にすれば勝てないし、広範囲に魔法を撃っても暖簾に腕押し。

 だから私は、普通に戦うことをやめた。


 魔力剣も魔力弾も魔法陣も出さない。迫りくるボーデットを眼前に捉えるだけ。

 彼らは一瞬訝しんだが、足を止めてくるなんてことはない。


 『最後の手段』を使う時が来た。

 右手を天へと掲げ、イメージする。あの姿を。

 そして呼ぶ。その名前を。



「ミア!!」



 白い聖剣氣が私の右手から湧き出て、ひとつの形を作り上げる。

 靄で出来たような魔力剣とは違う、まるで聖剣氣が違う物質になるように、しっかりと、がっちりとそれは形成されていく。


 現れるのは、私の身長よりも長く大きな剣。

 かつて勇者の手にあり、数々の魔族を――私や魔王でさえも打倒した剣。

 聖剣ミアとまったく同じ形の大剣が、私の手に顕現した。


 とはいえこれは本物の聖剣ミアではない。

 聖剣ミアは私と共に封印結晶に封印され、長い長い時をかけ、私に取り込まれた。もうミアは、あの子は存在しない。

 これは言うなれば模造聖剣。色だって、本物は金色だったけどこれは白一色。同じなのは形だけだ。


「なにっ」「ぬお……!」


 顕現してすぐに、その威力は発揮された。

 模造聖剣ミアから発された波動が岩場全体へと広がる。

 ボーデットの分身たちはそれだけで影響を受け、形を失い、崩れ去る。ものの数秒で私の周りには静寂が訪れた。


 魔を打ち払う剣。私の持つミアは、本物ではないものの紛れもない聖剣だと思う。


「これで、私の勝ちね」


 模造聖剣はそれ自体が多量な聖剣氣を持ち、使用者の意思で自在に放出できる力を持つが、これを顕現させるためには私自身の聖剣氣が必要だ。

 時間は無い。私はミアを引きずりながら、西へと歩き出した。



 □□□□□


「ここね」


 ボーデットの言葉は嘘ではなかった。確かに西に行けば谷があり、探せば洞窟のような穴もあった。

 さらに進めば、そこには瓦礫に埋もれるホロナス砦があった。

 光源など一切無い暗闇であるが、模造聖剣ミアの放つ聖剣氣が淡い光を放っているため視界は問題ない。


 砦の中は散々な有様だった。

 石造りの内部はところどころ崩れているし、1000年の間に何度も誰かしらがお宝か歴史的価値を目当てに侵入したのだろう、めぼしい物は何一つ無い。


「なるほど、魔法で隠された通路ってわけね。確かにこれは普通なら見つからないでしょうね」


 下へと続く階段があった。

 壁に刻まれた魔法陣は常時発動するもので、AMフィールドかさらに広いAMエリアでも使わない限り見破られることはない偽装が施されている。

 さらにダミーの保護魔法陣まである。仮にAMを使われても無事だったことだろう。

 まぁ今はその魔法陣もミアの効果で破壊されているから、ボーデットの言う隠し通路も簡単に見つかった。


 隠された区域は踏み荒らされた形跡がまったく無い。

 しばらく歩いていると、ひとつの部屋にクレアとバーダリーの姿を確認した。

 残念ながら、その2人しかいなかったけど。


「2人とも生きてるわね……なら後で大丈夫」


 無事を確認して次に向かうのは、砦の最奥とも言うべき部屋。

 騎士(ナイト)ボーデット、その本体は、そこにいた。


 半分ほど砕けた赤い封印結晶。その中に鎮座する1000年ぶりに見た同志は、触ったら崩れるような、枯れ木を思わせるほど弱弱しく脆そうな、古びた骨だった。

 あの分身たちは、全盛期の彼を再現した姿だったのか。


騎士(ナイト)……レー、デン……」

「これが、今のあなたなのね……」


 私を封印していた緑色の封印結晶は中の時間そのものを停止させるのか、私自身にも聖剣を取り込み聖剣氣を体に宿す以外の変化は無かった。

 しかしこれは違う物だ。


 戦う前、ボーデットは老いていくのを味わったと言っていた。つまりこの封印結晶は、動きを封じこそすれ、時間まで止めることはできなかったようだ。

 意識を持ったまま老いさらばえる。その生き地獄を味わったボーデットの精神は、今にも消えてしまいそうなほどに擦り減っているように見えた。


「それ、は……なん、だ……」

「あなたはミアを見たことがないのね。これは勇者の振るった聖剣ミア……その模造品」

「ミア……? っ、は、ハハ……! そういう、こと、か……!」


 ミアという名前に心当たりがあるようだ。まぁ当然だろう。

 私を元にした【完全分身】を作り出したのは、他でもない彼なのだから。


 なにやら合点がいったように笑い続けている。

 ()()()()()()()()()ことを覚悟したが、そこまでの言及は無かった。


「模造、で、その……力、か……何を、した」

「【砕魔結界】……聞いたことある?」

「はつ、耳……だ」


 まぁ無理もない。

 これはとある人間の固有魔法、そしてその血筋は、現代にはない。『失われた魔法(ロストマジック)』と呼ばれるものの一種だ。


「端的に言えば、あらゆる魔法を消し去る結界よ」

「なん、と……そうか……分身が、残らず、消えたのは……そういう、ことか」


 効果だけ見れば、AMフィールドやAMエリアの延長線上にあるものと考えられるが、私はまったく別のものだと思っている。

 AMは減衰、こちらは魔法の完全な破壊だ。


 【砕魔結界】は魔法陣や口頭魔法という形式に関わらず、固有魔法すら含めてすべてを無効化する空間を作り出す。

 おかげでこれを使っている間、私も【超速再生】や魔力剣をはじめとした魔法が封じられるが、魔族や魔法使いなど、魔法によりその強さを誇る相手との戦いであれば、この上ない効果を発揮する。今のように。


 今回、範囲を広く設定したので一回の発動でどうにか砦も範囲内に含めることができた。

 私の聖剣氣だとこの模造聖剣は一回の発動と維持で使い切ってしまう。使いどころを間違えることはできないのだ。

 聖剣氣の回復を待つと使えるのはおそらく一週間に一度くらい。

 実質、一度の戦闘で一度きりの切り札と言える。


「見事、だ……負けた、のは、我だった、か……」

「そうね……終わりよ、騎士(ナイト)ボーデット」

「う、む……」


 もうミアを維持することも難しくなってきた。

 魔法を無効化している間に、この本体を倒さなければ、彼を否定した意味がなくなる。


「ひと、つ……貴殿に……言わねば、ならぬ」

「……どうぞ。手短にね」

「数日、前、だ……我の、完全分身体が、天柱付近、へ、向かった……」


 天柱、人類大陸の南にある、天高くどこまでも伸びる塔だ。

 何故そちらへ行ったのか、おそらく情報収集のためか。

 本体はこうして今もここに囚われているのだから。


「そこ、で……天使、を……見た……何か、が、起こって、いる……」

「天使を……?」


 久しぶりに聞いた単語だった。

 天使――魔族と対になる種族。私自身も何度か戦ったことがある。

 あの種族の行動原理は特殊なものだ。天上に住むと言われる彼らがわざわざ下界でパトロールなどすることはないはず。


「貴殿が、何故、人間として……生きている、のか……それは聞かん……だ、が……気を……付けろ……」


 それは、彼なりの私への餞別のような言葉だった。

 敵対し、彼を否定した私だというのに、最後の最後に、同胞として。助言をくれた。

 それだけで、胸がいっぱいになる。

 そんな同胞を、私はこれから殺さなければならないのだ。


「ありがとう…………」

「ク、ハハ……よい」

「それじゃあ、もう」


 模造聖剣を逆手に持ち、思い切り振りかぶる。

 あとは突き刺すだけ。


騎士(ナイト)ボーデット、私は謝らないわ。あなたはもう、この時代にいてはいけない。こうして消えるしかない。だから……っ」

「同胞の、手で……逝けるなら、よい……」

「……さようなら」


 彼を倒し、彼の願いを否定したのは他でもない私。彼の無念を慮る資格はない。

 だから一思いに、突き刺した。

 模造聖剣ミアから放たれる聖剣氣が、封印結晶ごとボーデットを滅する。魔族である彼は、聖剣氣を受けて塵ひとつ残さず消えてなくなるのだ。

 彼はこれ以上何も言わずに、静かに逝った。


 同時に私の聖剣氣も尽き、維持できなくなったミアも消える。

 中に何もなくなった手が力なく下がった。


「そう……いてはいけない。あなたも、私も……」


 私は、一粒の水滴のようなものだ。

 たまたま雨から外れてしまった、はぐれものの一滴。

 また戻らなければならない。歴史という、過去の、終わったものの中に。

 雨の中に戻って、他の水滴と区別がつかなくなって、元からそんなものが無かったかのように、消えなければいけない。


 私の思いは、目覚めた時から変わっていない。

 私は探し続けている。死ぬ方法を。私というすべてを終わらせて、散っていった愛しい者たちと同じ場所に行くことを。

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