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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第一章 潜入編
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12 Like tears in rain 2

 説得でどうにかなるなら、私だってそれを望んだ。

 ボーデットが私の言葉に頷き、復讐心を捨てて大陸残滓で静かに暮らすということを選んだのなら、この戦いは無かった。


 しかし彼は『魔王の騎士(デモンズナイト)』。彼の意思を捻じ曲げてまで従わせることができるのは、今は亡き魔王イムグのみ。同僚の私の言葉は、今の彼には届かない。


 私の考えは、大陸残滓に生きる魔族たちの思いを汲んでいる。

 現魔王アデジアをはじめとした彼らは、細々と生きていくことを望んでいる。

 その願いに、私も同調した。

 ボーデットがこれからしようとしていることは、端的に言ってしまえば残った魔族たちにとって迷惑なのだ。


 今もなお人間への復讐を望むボーデットと、種族間の干渉を望まない私。

 妥協も折り合いも折衷案も存在しない私たちの考えは、こうして武力行使という形で決着をつけるしかない。どちらかを排除するまで終わらない。

 野蛮だろうが、もうどうしようもないのだから。



 まず始まったのは、地味な攻防。

 私は魔力剣を、ボーデットは大剣を。互いの体に当てようと振り合う。


 私は人間でいえば14歳ほどの外見をしている。比較的小柄な私と、2mに届く巨漢の彼の戦いは、懐に飛び込んで手数を駆使する側とそれをいなす側に分かれた。

 黒い靄を固めて作ったような魔力剣では、龍の尾骨を加工して作られた大剣と斬り結ぶなどという芸当はできない。

 しかし魔力剣はその不定形さから、ある程度リーチの応用が利く。


「ぬっ……」


 時に短剣ほどの、時に槍ほどの長さの魔力剣を出しては消し出しては消し、小手先の技で翻弄を目論む。パンチする瞬間にだけグローブを出現させるような曲芸じみたやり方で斬りつけていく。

 引き出せたのはボーデットが眉間にしわを寄せたような声。それだけ。


 相手は私と同じ『魔王の騎士(デモンズナイト)』。同格どころか、単純なスペックでは、私は彼に劣っている。

 私の素の実力は、ハッキリ言って『魔王の騎士(デモンズナイト)』の中でも最弱と言っていい。こうして魔法も使わずにちゃんばらを演じれば私はボーデットに敵わない。


 事実、私の振るう剣をボーデットは巧みに躱している。

 まったくこの巨体でどうやっているのか。器用に回避しながらも、大剣を私に振ることも忘れていない。

 そして大剣の軌道も、どれもこれもが私に当たるようになっている。

 相手の苦手なリーチと踏んでインファイトを仕掛けたのに、有利どころか少し押され気味だというのは情けない。


 そう、私は本来、現魔王アデジアに師匠と言われるほど強くないのだ。

 彼は彼でおそろしく戦闘向きな力を持っているし。


 聖剣氣で身体強化してもいいが、私の保有する聖剣氣は少ない。

 『最後の手段』のためにも、温存しておかなければ。


 私の剣が放つ風切り音と、彼の大剣が地面を穿つ音。しばらくはそれらのみがこの岩場に響き渡った。

 しかし次第に、その時間にも終わりが近づいてくる。


 ボーデットが数歩退いたかと思えば、大剣を地面に思い切り打ち付けた。

 その破壊力たるや、粉々になった地面が私に飛んでくるほどだ。


「目くらましなど……!」


 私は敢えて踏み込んだ。

 地面の破片と土煙で視界を遮られているのは相手も同じだ。黙って攻撃されるのを待つ選択は私には無い。


 空間ごと割くように、両手に魔力剣を出して振る。

 手ごたえは無く、空を切るだけ。その瞬間に誘いだったと気付いた。


「変わらぬな。いくら死なぬとはいえ、簡単に術中にハマる」


 その言葉が終わる頃には、私の意識は一瞬途切れていた。

 いつの間にか私の横に移動していたボーデットが、大剣を振り下ろしたのだ。

 それだけで私の体はグチャリと潰れ、肉塊と化した。


 死ぬほど痛い。実際死んでる。

 痛みには慣れたけど、慣れて嬉しいものでもないし、ぶっちゃけ嫌すぎる。

 どうして傷はすぐ治るのに痛みを感じる体なのかと、何度も自分を呪うほど。


 【超速再生】で回復し、意識を取り戻すと同時に手をボーデットに向ける。

 どんな強者でも、得物を完全に振り下ろし、相手を仕留めたとする状態には多少の隙が生まれるものだ。

 魔力剣が手のひらから飛び出し、髑髏を穿った。


「あなたも……死なないからって油断しすぎ」


 互いに死なないが故の、茶番のような時間だった。

 敵対したとはいえ、まるで再会を喜んで抱き合うような行為を、私たちは戦いで表したのだ。


「まぁ貴殿は、それでこそ貴殿なのだがな」


 別方向からの声。倒れたボーデットは消え、新しい彼がこの場に姿を現す。

 今戦っていたボーデットは分身だ。

 分身とはいえ、実力は本人そのもの。まったく苦戦させられる。


 ボロボロになったドレスに魔力を通し、元通りにする。

 これで何事もなかったかのような2人が出来上がり。


「しかし貴殿は……そこまで弱かったか?」

「は?」

「いや失礼、誰かと手合わせをするなど久しくなかったものでな。ふむ……」


 突然愚弄されたかと思ったが、どうやらボーデットも少し困惑しているらしい。

 確かに記憶の中の彼よりなんか強くなっていたような感じもするが……


「大きな発見だ。聖剣氣ばかりに気を取られていたが、同化とは力も増すのか」


 できれば聞きたくない言葉だった。

 現在人間を守る立場にいる私にとっては悍ましいはずの言葉だし、相手が強くなっていることを喜べるほど私は戦闘狂ではない。


 スケルトンが使える固有魔法は【分身】。これは変わらない。

 しかし彼は先ほど【分身】を応用させて同化できると言っていた。そんなことができるスケルトンは聞いたことがはい。

 スケルトンロードだからできるのか、それともボーデットが長い時間をかけて研究したのか、わからないがずっと使い続けてきた口ぶりではない。


 確かに【完全分身】を元に戻す時は、2人の別人が1つになるから『同化』という現象も【分身】の一環と言えなくもない。

 しかし【完全分身】は極端に言えば元々100だったものを50と50に分けるようなものだ。元に戻しても100であることには変わりない。

 ボーデットは元々ある100を、他者を取り込むことにより110にも120にも増やせると……今の言葉にはそういう意味が込められている。


「例えばこれは避けられるか?」


 ブォンと勢いよく大剣が振られた。

 試すような攻撃だったが、速度は本気だ。

 私は咄嗟に飛び退こうとしたが、間に合わない。2度目の肉塊の出来上がりだった。


「ぐっ……」

「やはりな。なるほど」


 最悪だ。

 つまりただでさえあった実力差が、さらに広がっているということだ。

 1対1でも勝ち目がない。


 そして、これは1対1ではない。


「それでは、そろそろ互いに本気を出すとしようか」


 まるで同じ絵を描いた紙を重ねたものを、パラパラと広げるように、ボーデットはその場から広がった。

 10、20、50、100……ああ、もう数える気も失せる。


 1人が軍勢レベルに増える、それが騎士(ナイト)ボーデットが『魔王の騎士(デモンズナイト)』として猛威を振るった力。

 敵軍を蹂躙し、常勝を誇った力。それが今、私ひとりに向けられている。


 全方位からの殺意にいまさら萎縮することはないが、私は強がりな笑みを作るのが精一杯だった。


「貴殿が折れるまで、我は貴殿を殺し続けよう」


 ボーデットたちが一斉に私へ向かってくる。

 剣が届く前に私を撃ったのは、彼の放つ【炎柱(えんちゅう)】。魔法陣から相手に炎を繰り出す魔法だ。

 彼の巨体で私ひとりに向かうには数が多すぎて渋滞する。遠距離用の分身ということだろう。


 魔力剣をしまい、【炎柱】を避けながら、私も魔法陣構築を始める。

 戦闘能力では劣るだろうが、魔法技術では負けるつもりはない。私はむしろこっちの方が本業だ。

 まだ私には魔法陣を作る余裕がある。


 私が空中に描いたのは、多数の【雷撃】の魔法陣。

 完成すれば向かってくるボーデットを迎え撃つ雷が迸る。

 それと同時に、私は口頭魔法も使う。


「AMフィールド!」


 私のすぐ周りにドーム状の被膜が出現する。

 魔法攻撃を減衰させる防御魔法だ。

 物理攻撃にはまったく効果が無いが、私の魔力量であれば、大抵の魔法なら減衰ではなく完全に防御ができる。


 魔法を防いだ次は、本番。迫りくる何人ものボーデットをなんとかしなければならない。

 ハッキリ言って無理。


 至近距離で魔法を撃ち、魔力剣で彼らを斬る。

 囲まれているから、振れば当たる状態だ。まぁ少しでも角度を間違えれば刃の方が砕けてしまうので、神経を使うが。


 ただ数人倒しただけで、この戦闘は終わらない。ボーデットは何人もいるのだ。

 単なる力押しだけで私は簡単に劣勢になる。時間が経つと共に、私は攻撃ではなく回避というカードばかりを切らされていた。


「【雷撃】を好んで使うのも変わらぬな」


 こうなると魔法陣を作る余裕もない。

 口は動くがひとつだけ。口頭魔法は喋らなければ発動できない。喋っている間、それ以外の魔法が使えない。

 それは絶え間なく魔法を撃ち続ける必要がある局面で、致命的な隙になる。


「ガ……っ!?」


 ついに回避ができなくなり、攻撃をまともにくらう。

 それでもタダでやられてはやらない。

 先ほど同様、相手が攻撃を当てた瞬間の硬直を狙う。それは私の反撃の糸口。

 腕を伸ばし、私は魔力剣ではなく、魔力弾を放った。


 拳大の大きさの、魔力を固めて出来たつぶてのようなもの。それが魔力剣と並ぶ、魔族の中で私だけが使える『固有魔法ではない魔法』。

 単発で撃つこともできるし、連射も可能。対多数戦闘ではかなりお世話になった。


 私がまだ幼く弱い頃、私には魔法の師がいた。

 師匠の教えは「美しく魔法を使え」というもの。魔法陣を描き、踊るように魔法で敵を殲滅する。それが至上と教えられてきた。魔力剣は唯一の近接武器として例外的に使用が認められているが。

 だから魔法陣を使わずに魔力をそのまま放つ魔法弾の使用は「美しくない」と極力禁じられていたし、その頃の習慣が今でも私には染みついている。

 しかし美しいだのなんだのの価値観で無様にやられてしまったら意味がない。


 つまり魔力弾を使うということは、かなり追い詰められたということだ。

 私は元々大雑把な気性だと思っているから、狙いとか精緻さとかは二の次にすることが多い。

 底を知らない魔力量に任せた力押し。ボーデットが【分身】を使って数の利を活かしてくるように、私もとにかく多量の魔力弾を全方位にばら撒く。


「ぬっ、流石だ……!」


 私を中心とし、袋から豆を放るように撒かれる魔力のつぶて。

 私に殺到するボーデットたちの足が止まり、近くにいた何体かが魔力弾をまともにくらい倒れる。

 しかし流石は『魔王の騎士(デモンズナイト)』。結構な弾幕を張っているつもりなのに、大剣で防いだり避けたりと、その包囲が緩むことはない。

 このままでは抵抗むなしく、私はまた押しつぶされるだろう。


 だが攻撃は止んだ。好機だ。

 【転移】を使い、私ははるか上空へと瞬時に移動。岩場全体を見渡せるほど高い位置に来た。

 私に滞空能力はないので、すぐに重力が私を捕まえる。

 相手が私を見失っているうちに、2つの魔法陣を構築する。


 ひとつは水を出す魔法の【流水】。

 魔法陣は、岩場全体を覆うがごとく巨大なものだ。

 先にこちらを放ち、湖をひっくり返したような量の水がボーデットたちのいる岩場に降り注ぐ。


 もうひとつの魔法陣は、私がもっとも使う【雷撃】。

 放った雷は、水を通じて岩場全体へと広がる。

 魔力量ならば誰にも負けないと自負する私の全力の【雷撃】だ。目に見えるだけでも、地上にいるボーデットが次々とやられていくのが分かった。

 倒された分身は消滅するので、岩場には誰一人として残っていない。


 自由落下に身を任せ、地面と激突する直前に【烈風】で急減速。

 風の魔法にぶつかるのも痛いが、潰れたトマトになるよりはずいぶんマシ。


「にしても……どこにも無かったわね」


 私は魔法陣を構築すると同時に、空中から地下への入り口を探していた。

 しかし上から見てもホロナス砦へ通じる穴らしきものは見当たらなかった。どこかに横穴があるのだろうか。


「早く見つけないと……」

「砦への道か」

「ッ、流石……」


 私の周りには、先ほどと同じように無数のボーデットで埋め尽くされる。

 まさかこうも早く分身を再展開できるとは。

 また空中から【流水】【雷撃】コンボを放っても、着地した途端狩られるだろう。


「(これなら、人間に戦争を仕掛けた方がマシだったかもね……)」


 心の中で冗談を言いながら、私は強がって笑った。

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