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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
外伝 泳ぎ疲れて暮れて息をして
127/212

外伝8 簡単に有限の息を遠ざけないで

 中央平野にある唯一にして『拳の国』最大の街。名は特になく、中央といえばここを指す。

 上空から見れば綺麗な八角形に区画整理され、その周りには農地が遠くまで広がっている。

 玄関口の街と共に国家元首が代々管理する権利を持ち、この地をめぐって数えきれないほどの戦争もあった。


 そんな街のそのまた中央。8本の大通りが終結する場所にあるのが、様々な官庁が集結する3階建ての建物。『拳の国』の国家としての脳、中央庁舎である。


 ヤオハオが回復した1ヶ月後、ここに各家の代表が結集していた。八席会議である。



 街と同じ形のテーブルを囲む8つの席。座るのはいずれも現当主か、当主から任された者。

 基本的に本人出席を求められるこの場は代理として成人した親族の出席も認められる。


 急遽八家聖全員を招集したヤオハオ・シンテン。


 その原因となったレンファン・シンウー。


 シンロウ家当主ホンボン・シンロウ。


 シンヤン家当主を代理してロンロウ・シンヤン。


 シンピョウ家当主ゼァジョウ・シンピョウ。


 シンエイ家当主ボーハン・シンエイ。


 シンズ家当主を代理してユータオ・シンズ。


 シンチェン家当主を代理してワンシュ・シンチェン。



 主な議題は招集状と共に知らされるので、この場の全員が今日なにを話し合うかを知っている。


 本来ならシンピョウ家に国家元首暗殺の容疑をかけるべきだが、ピンユは物理的な証拠を持っていなかった。いくらでも言い逃れができてしまい時間の無駄になると判断しヤオハオは何も言わない。こうして生きていることがそのままシンピョウ家への意趣返しにもなる。


 さて、本題はシンウー家現当主が家のすべてをシンテン家に譲渡するというものだ。

 既に両家の間で合意されており、会議というより報告の場と表した方が適しているだろう。

 だがそれを認めない家もある。というか大半がそうだ。


「何故隣のわがシンロウ家ではなく離れたシンテン家が治めるのだ」

「空白になるのであればその地は皇族の血を引く我らのものであろう」

「シンテンは何を企んでいる」

「そもそもシンウーの現当主は正式に認められているのか」


 とまぁ紛糾は避けられなかった。

 我が強い上にいがみ合うことが常の八家聖。

 降って湧いたようにシンテン家が力を付けることは気に入らない。

 ただでさえ臨時元首に任命されているのだ。これ以上差がつくのを許さない思惑もある。突き詰めれば僻みもあるだろう。


 特にシンロウ家やシンピョウ家、シンチェン家などは机を叩いて非難している。シンエイ家も良い顔はしていない。


 果てにはシンテン家は国家元首に相応しいのか、勝手が許されるのか、そもそも反連邦が~前元首が~という言い草にうんざりしたレンファンはため息を吐いた。


「ギャーギャーうるさいですね。子供のように喚けば何か変わると思ってるんですか? 八家聖ともあろうものが」


 明らかに挑発する物言い。標的はヤオハオからレンファンに移る。


「小娘が! 何様のつもりだ!」

「同じ八家聖当主のつもりですよ。対等な立場なのに他家の決定に口を挟む図々しさは持ってませんが」

「対等だと? 蛮族のように血を流して簒奪しただけの分際で」

「あなたの自称ご先祖様はこの国を統一する時に血を流さなかったんですか?」


 立て続けにあーだこーだと次々向かってくる否定の言葉を、まだ15歳のレンファンは毅然として煽り返した。

 それは場をヒートアップさせ、どんどん会議らしからぬ罵倒合戦となってしまう。

 ヤオハオは手を叩き、一時休憩を提案した。



 □□□□□


「君がそういう性格なのを忘れていたよ」

「なんですか」


 他の面々が頭を切り替えるためか一服するためか思い思いに退出し、会議室に残ったレンファンはイライラを消化しきれない顔で苦笑するヤオハオを見る。


「まぁ気持ちは分かるけどね……何をするにも否としか言わない他家。正直邪魔だと思うのも無理はない。この国そのものに嫌気が差すよ。まったく新しい国に生まれ変わりたいなぁ」

「ご愁傷様です」

「ははは……君みたいにできれば楽なんだけど……ウェンユェから任されてしまったからね」


 山々に囲まれたこの地は物理的にも精神的にも閉鎖的。

 戦争の末にようやく成り立つ今の状況は、当時の人間が求めた平和の形だろうが今を生きる人間にはまた別の負の面が見える。


 旧態依然とした権威にしがみつく保守派、それが八家聖。

 レンファンだけでなくヤオハオも恩恵にあずかりながらどうしようもない閉塞感と先細りを感じる。

 そのつもりはなくても憂国の士にならざるを得ない。


「この国が生まれ変わったら……きっともっと明るい未来になるんだろうけど」

「生まれ変わる?」

「例えば、八家聖そのものが無くなったら」


 凝り固まった血筋ではなく地位に関係ない実力主義。

 連邦の準勇者部隊が分かりやすいか。彼らは身分ではなく純粋な強さで選出されている。

 そういう、この国にとって革新的なものをヤオハオは求めていた。


「少なくとも今の面倒は無いとは思わないかい?」

「考えもしませんでした」


 国民とって八家聖は『そこにあるもの』だ。空が青いように、雨雲から雨が降るように、そこにあって当たり前のこと。

 レンファンもまた根底にあるのは八家聖あっての『拳の国』という当たり前の前提。それが無かったら……と考える者は少ない。


 そして想像しても実際に八家聖を無くそうという者もいない。

 今までこれでなんだかんだ国は続いてきたのだ。

 目に見えない部分がどれだけ汚くても、子や孫の世代以降が心配でも。


 それをやってしまうのが、武力蜂起し連邦から独立までやってのけた『帝国(リャーヴェ)』の連中なのだろう。


 シンテン家もヤオハオ個人も親連邦として知られているし、リャーヴェを肯定することもない。

 しかし彼らの精神だけは感心せずにはいられなかった。



 □□□□□


 八角形のドーナツ状の建物の真ん中。中央庁舎唯一の憩いの場所である中庭。

 内装はよくある庭園だ。マァゼが暴れなければシンウー家にもこういった場所が変わらずあっただろう。


 そのマァゼは庭の一角にある亭で、ナギサの膝を枕に爆睡中。

 この国に来て、何度かの暇な放置生活でマァゼにはお昼寝の習慣が出来ていた。

 一応ナギサに何か危険が近づいたら起きるということだが、目を閉じて無防備な姿は見た目相応の幼い少女そのものだ。


 ナギサもまた眠気が遠くから歩いてきていることを感じている。

 レンファンが会議をしている間は暇だし、かといって街に繰り出すのも気が引ける。

 ここで終わるのを待っているものの、いつ終わるかも分からない。

 無心に美しい庭園を見ながらボーッと過ごすしかない。



 荘厳な建物の中央だからか、街の喧騒は聞こえてこない。鳥がさえずり、池で魚が跳ね、風が吹く。ゆっくりとした時間だ。

 そこに誰かが入り込んで来るのは非常に際立って見える。


「あら、先客がいらっしゃいましたか?」


 気配と声の方を見てみれば、ひとりの女性がいた。


「(うわっ、めちゃくちゃ可愛い人来た……!?)」が第一印象。


 歳はナギサの2~3歳上だろうか。長い薄桃の髪を複雑に編み、見るからに偉そうな服を着ている。八家聖の誰かだろうということはナギサにも分かった。

 翡翠のような瞳と目が合ったナギサは思わず立ち上がりそうになり、マァゼを乗せていることを思い出して頭を下げるだけになった。


「こ、こんにちは。邪魔でした?」

「こんにちは。いいえ、そのままでいいですよ」


 微笑みながら女性はナギサの隣に座る。

 向かいにもスペースはあるのに、距離感の近い人だなとナギサは第二印象を覚えた。

 レンファンがつけているものと違う香袋。髪色と相まって鼻も桃に包まれる。


「ここ、私のお気に入りの場所なんです。静かで和やかで……」

「あっ分かります。ゆったりできますよね」

「ふふっ、でもここはお役所でしょう? お堅い場所だからそう言ってくれる人はなかなかいないんですよ」


 挨拶もそこそこに、桃色の女性は「自己紹介が遅れましたね」と横を向きナギサと再び目が合う。


「私はユータオ・シンズ。今日は八席会議に当主代理として来ましたの」

「私はナギサ……ナギサ・バーガーバーガー。ええっと、シンウー家の……客人……? でいいのかな」

「レンファン様の? お名前も聞かない響きですし、外からいらっしゃった方ですか?」


 まぁ! と言いそうなテンションでズイッと近づいてくるユータオはやはりパーソナルスペースの狭い人間なのか。


「う、うん……そう、ですけど」

「まぁ!」


 本当に言った。


「私、この国から出たことがないので外がどうなっているか知りませんの! よろしければ教えていただいても?」

「いいですけど……会議とか」

「今は休憩中なので。さぁさぁ外の世界のことを教えてくださいな。シンテン領には何度か行ったことがありますがやはりあんな感じなのですか?」


 ユータオの質問攻めはしばらく続いた。

 土地、文化、人種、仕事、食生活、広義からプライベートまで色々と。

 気付けば自分が冒険者で『港の国』から『柱の国』に移住してレンファンと出会ってここまでついてきたことまで話してしまった。


 そのどれもを子供が絵物語を読むように目を輝かせて聞いている。

 ものすごい話術だ。聞き上手というより引き出し上手。

 自然と「ふんふん、それで?」と言ってくるものだから思ったよりも話をしてしまう。


「冒険者というのは魔物というのも相手にするのでしょう? この国には魔物もいなくてよく分からないのですが……やはり危険なのですか?」

「そうですね。色んな種類がいるし、数も多いし」

「ナギサ様はそんな魔物も相手にするのでしょう? お強いのですね」

「えぇ~そうかなぁ~?」


 手を握られて縮まった距離からの誉め言葉。ナギサは照れ隠しに後頭部を掻く。


「あなたと話していると時間を忘れるわ。もしよければだけど、お友達になりませんこと?」

「えっ、私平民ですけど……」

「他国の方にそういうのは無くてよ。それに敬語、苦手でしょう? 私はお友達に敬語は使ってほしくないわ」


 お友達とは宣言してなるものだっけか、というナギサの価値観は置いておくことにした。


「どうぞ話しやすいようになさって。私も様ではなくナギサさん、と呼びますから」


 おしとやかでありながら甘えてくるようで、距離の詰め方が絶妙に上手い。

 拒む理由も特になく、そんな頼み方をされては断れなかった。


「そ、そう? じゃあ……年上っぽいけどタメ口で……私もユータオさんでいい?」

「もちろんです。ふふっ、ここでのお話も楽しいけど、ぜひお茶をいただきながら話したいわね」

「こっちにはあんまりお茶会的なのないんだっけ?」

「どちらかというと、大卓を囲んでご飯という方が多いわ。お茶会っていうのに少し憧れていたの。立場上誘える方はどうにも見繕えなくて……」


 次第に話は具体的になっていき、いつにしようかどこで会おうか、あれよあれよと進んでいく。

 それをナギサが「あれっ?」と思わない程度に。


「ナギサ?」


 ちょうどそこにレンファンがやってきて、ナギサ越しに桃色の髪が見えたことに怪訝な顔をする。


「あっレンファン」

「そちらは……シンズ家の」

「あらレンファン様。あなたも庭を見に?」

「窓からナギサが見えたので。それで、どうしてたんです?」

「レンファン怒ってる?」

「怒ってませんけど」


 いつもより声に棘がある気がした。

 身内以外には基本この態度だったような気もするが、会議で疲れてるのかもしれないとナギサは思っておく。


「ずいぶん近いようですが……」

「ナギサさんとは先ほどお友達になったのです。ね?」

「え、うん」

「会議が終わって時間が出来たら2人でお茶にでもと」

「ナギサは私の客人です。勝手な約束は困ります。あなたもなに寝たふりしてるんですか!」


 レンファンが強引にナギサの肩を掴み、ユータオから引き剥がす。

 その拍子に膝に頭を預けていたマァゼが落ちるかと思いきや、落ちる直前に全身をバネのように跳ねさせ立ち上がった。


「マァゼちゃん起きてたの!? いつから!?」

「その人が来た時からなの。危険はなさそうだし放置してたのね」

「この節穴が。八家聖は基本危険だと教えましたよね」


 他と一緒くたにされて危険人物扱いされるユータオは「あらあら」と離れた手を惜しんでいる。


「ともかく、そろそろ休憩時間も終わりです」

「あら、もうそんな時間ですか。ではナギサさん、また後でお会いしましょうね」

「"後で"はありません。さっさと戻ってください」


 去り姿も優美な彼女を見送り、レンファンは手の甲で鼻を塞いだ。


「甘ったるい……嫌いです、この匂い」

「あはは……レンファン基本他の人嫌いだよね」

「警戒してるんです。あなたは無警戒すぎる! 何がお友達ですか、そうやってほいほい……」

「レンファンは戻らなくていいの~?」

「うるさい戻りますよ黙ってなさい役立たず」

「お……怒ってる?」

「怒ってません!」


 ここで怒ってるじゃんと言ってはいけない気がしたナギサは「そ、そう……」と切り上げることにした。

 どちらにせよマァゼの言う通り戻らなくてはいけないのだ。


「いいですか! 今度は知らない人に話しかけられても無視するように」

「ええーっ!?」

「マァゼも今度は壁になりなさい!」

「えー」


 休憩を過ぎてもレンファンの頭が冷えることはなかった。



 □□□□□


 クールダウンしたからか、会議の再開は滞りなく。

 まずヤオハオが続きを切り出そうというところで、シンチェン家当主の弟ワンシュが手を挙げた。


「考えたのだがね、我らには意見が割れた時に多数決をとるやり方があったじゃないか。今こそそれをやってみては?」

「多数決、ですか」

「然り。ただ重荷だからと簡単に家そのものをポイと投げ出されるのは、同じ八家聖として、この国に住む者として、認めるべき所業ではない。そうでなければ何のために法によって義務と権利を与えられているのか」


 厭味ったらしい言い方だが、ワンシュの言葉は間違っていなかった。

 レンファンのやり方もまた間違ってはいない。彼女がなにかの法律に反しているというわけではない。当主が家を潰すと宣言すれば潰せるのは本当だ。


 ただ「まさか八家聖が自分たちのすべてを手放すわけがない」という無意識の前提で作られた法典に無い部分、解釈が委ねられる部分をワンシュは突いた。


 確かに譲渡は違法ではないけど、国を成す重要な要素を軽々しく潰すのはどうなのか。誰もが首を捻るだろう。


 両家の間で合意があり、既に決まっていることをあたかも議題のように扱う話術はさすが八家聖といったところだ。

 場の雰囲気もそれで決めようというようになってくる。


「ハァ……この場の何人殺せば私の意見が通るのですかね」

「この場でそのようなことを発言して許されると思っているのか! 脅迫にあたるぞ!」

「だからなんですか? 私は反対する人たちを瞬時に殺せます。もし罪に問い捕えようとしても、この国の誰も、何人束になってかかってきても、私を倒せる者はいないでしょう」

「そういう野蛮な思考も当主になったからには捨てよと習わなかったのか! その服は、その席は、いつお前が自分の力で作り上げたのだ!」


 またヒートアップしそうな場を鈴の鳴るような声で制したのはユータオだった。


「では、まず多数決でシンウー家の今後を決める……というやり方にするかどうかの多数決を取りませんこと?」


 ややこしくなりそうだったが、流石にレンファンひとりがどうこう言ったところで場はそういう風に決まる。


 ヤオハオも「レンファン、今は……」と宥め、結果的にシンウーとシンテン以外の6票賛成で可決。

 これでシンウー家がシンテン家に譲渡されることを認めるかどうかも多数決で決まることに。

 ワンシュは気をよくして仕切り始める。


 これで否決になったらいよいよこの部屋を血に染めるかとレンファンは頭の中で殺人計画を練り始めた。



「通常通り、4対4の半々だった場合は否決とする。それではシンウー家譲渡に賛成の家はまず手を挙げてもらおう」


 まずレンファンとヤオハオ。シンウーとシンテンの2票。


 これ以上挙がらないだろうと思われていた手は、もうひとつ挙がった。


「……ロンロウ殿、それはシンヤン家の総意か? それとも個人のものか?」

「どちらもだ。僕は当主である父に全権を任されてこの場にいる。つまり僕の意見は家の意見……何があろうと父はそれを認める」

「馬鹿な!」


 まさか追従してくる者がいるとは思わなかったワンシュは少しだけ眉間に皺を寄せる。

 同じ領地を隣接するという立場のホンボン・シンロウも非難の声をあげた。


 レンファンもその真意が気になったが、協力してくれるというのなら敢えて訊くこともあるまい。

 しかし3票。賛成には遠く及ばない。


「あー、わが家は棄権とさせてもらう」


 そこでボーハン・シンエイが手を挙げた。

 否決ムードになっていた中での棄権は実質的に賛成と同じ。

 ゼァジョウが責めるように馬鹿にするように鼻で笑う。


「どういうことだ?」

「貴様は反対らしいからな。シンエイ家としてシンピョウ家と同じ立場に立ちたくない。しかしワンシュ殿の言うことにも道理がある。故に棄権だ」

「そんなんだからテメェの家はいつまで経ってもウチに勝てないんだよ」


 シンエイ家はシンピョウ家とライバル関係にある。シンウーにとってのシンロウと言えるかもしれない。

 当主ボーハンにとって、シンウーの行く末などよりもシンピョウ家が嫌がってるからこっちにしようという嫌がらせ根性もあった。



 賛成のシンウー、シンテン、シンヤン。

 明確に否を突きつけるシンピョウ、シンロウ、シンチェン。

 棄権のシンエイ。


 これで賛成と反対が3対3。

 となると残りはシンズ家。ユータオ・シンズの決定がすべてを決める。


 彼女にはこの件に関する因縁がない。どちらを選んでも不思議ではない。

 しかし才媛で国内に知られるユータオのことである。理性的にまっとうな方へ着くだろう。つまり反対にするか、しなくても棄権だろうとワンシュたちは踏んだ。

 反対なら言わずもがな、棄権なら同票で否決なのだ。


 全員の視線が集まる中、ユータオはプレッシャーを感じないのか余裕をもって口を開く。


「レンファン様、少しふたりでお話したいことがあるのですが……よろしいですか? これは私の意思決定に関わることです」


 即決しなかったことに皆が驚く。

 反対派は「なにをモタモタしている!」と声をあげ、当のレンファンも身構える。


「ついてきていただけなければ……反対に入れましょうか。あなたもここで反対派を皆殺しにするほど理性が失われているわけでもないでしょう?」

「…………分かりました」


 会議は一時中断。2人が戻ってくるまで待つことになった。



 □□□□□


 2人が来たのは会議室の隣の部屋。壁の分厚い建物なので聞き耳をたてられることもない。

 ユータオは微笑みをもって、レンファンは警戒をもって対峙する。

 甘ったるい嫌いな匂いだと言った桃の香りが鼻についてしかたがない。


「それで、話とはなんですか」

「まず最初に、私はひとつあなたに要求します。その要求を呑んでいただければ、賛成に票を入れましょう」

「要求?」

「はい。ナギサさんのことです」


 一瞬、なにを言っているのか分からなかった。

 ここは政治的な場だ。要求なら、普通はシンテン家に譲渡される権利や土地の何割か~とか、そういう話になるはずだ。


 なのに、どうしてここで個人の名前なのか。どうしてナギサの名前が出てくるのかレンファンには理解が遅れる。


「…………は?」

「ナギサさんを、私にくださいな」


 この要求は絶対に通る。そう信じて疑わないユータオの頬は期待と高揚で赤く染まっていた。

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