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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
外伝 泳ぎ疲れて暮れて息をして
122/212

外伝3 思い出す呼吸よ遠くへおいで

 龍神山脈と呼ばれる輪を描くような山々。その内側にある『拳の国』。国土の6割が山であり、中央に向かうにつれてなだらかになっていく巨大な盆地のような地形。

 西南にある『外界門』と呼ばれるこの国唯一の出入り口は、山と山の間を塞ぐように建てられた関所である。他からの侵入は峻険な山脈により不可能。同じ人類大陸にありながら、まさしく陸の孤島。近年に至るまで長らく外界から隔てられてきた国であった。


「止まれ!! ここより先は我らが『拳の国』。無用の立ち入りは遠慮願いたい!」

「私はレンファン・シンウー。代表代行であるヤオハオ・シンテンの命により帰還しました。開門を希望します」

「シンウー……? 確認する、少し待て!」


 閉ざされた鉄城門。門番らしき人物も門の前ではなく、2階のテラス部分からの応答だ。

 その距離ならば人物の判別はつく。門番は確かにレンファンが本物だとし門を開けた。


「おかえりなさいませ姫君。ご帰還をお待ちしておりました」

「姫君のご帰還ッ!!」


 門をくぐってすぐ、関所に詰めている者の全員が整列し迎え入れる。


 中は大した装飾の無い無骨な砦のようだった。

 本来ならここで持ち物検査などがあるが、八家聖(はちかせい)であるレンファンに対しては緩いものだ。


「その者たちは?」

「私が招待した者です。何か?」

「片方は天柱教の修道女と見受けるが、我が国の国教は天柱教ではない。むやみやたらな布教は控えてもらおう」

「んー? マァゼ別にそういうの興味ないのね」


 宗教そのものに興味がないという意味で言ったが、衛兵は布教に興味がないという意味で捉えて無事通る。

 次にナギサなのだが――


「彼女は友人です。控えてください」

「はっ! どうぞお通りください」

「え? はぁ」


 これで危険物持ってたらどうするんだろうと思うナギサは改めてレンファンの地位の高さを思い知った。



 □□□□□


 『外界門』を通って山間の道を馬車で進む。ちらと見えるだけでも面積を取らずに高さでスペースを稼ぐ塔のような建物が目に入る。限られた生活区で多くが住まうための知恵だ。

 見慣れた建物は少ない。木造が多いとナギサは思った。妙に親近感が湧く作りもある。

 主要施設の基礎は石垣というか石積み。その上に木で作られた建物があって、屋根は坂のような瓦屋根。



 まもなく玄関口となる街に着いた。

 エキゾチックな街並みは『柱の国』はおろか連邦でもそうそうお目にかかれない。

 道行く人々は皆レンファンと同じような服を着ており、ナギサとマァゼがひどく浮いているようにも見える。


「ここは中央と同じくどの家のものでもない街だからまだ安心ですね」


 レンファン曰く『拳の国』は八家聖と呼ばれる国の根幹である8つの家からなり、土地もそれぞれの家が治める。言わば封建領主。

 その8つの家の中から10年に一度の武術大会で国家元首を決めるという国だ。


「気を付けてくださいね。この国は自分の家の領地以外は基本危険ですから」

「ええっ!?」

「昔から戦争ばかりしてたんです。今はひとつにまとまってるように見えますがそんなことはありません」


 それに今は国も宙ぶらりんです。と付け加えられる。


 現職の国家元首が死んだことは国を揺るがすに足りすぎている。

 通常ならば何かあった時の為に臨時代行のような者が指名されていて、次の武術大会まで就任するというルールがあるのだが、今回は勝手が違う。


 ウェンユェが臨時元首に指名していたのはシンウー家の者ではなかった。

 名をヤオハオ・シンテン。親連邦のスタンスを取る八家聖シンテン家の当主だ。

 そのことにシンウー家や元々反連邦を掲げる家は反発。

 内乱とまではいかないが、シンテン家は突如回ってきたお鉢に苦労している。


 と、様々な事情が絡み合って現在の『拳の国』は水面下の争いが多発している不安定な政局の国だった。


「この街と中央平野は代々国家元首の家が治めることになってます。言わば直轄領ですね」


 八家聖の領地は中央を取り囲むようにして点在している。

 かつてはこの中央平野を巡って争ったものだが、国としてまとまった現在は国の共有の土地。穀倉地帯であるここは家の違いに関係なく国民のために。よって元首となった家にはここの管理も義務付けられるのである。

 この中央こそが『拳の国』でもっとも栄えていると言ってもいい。文字通り国の中心、経済規模はこの国全体の4割を占める。そこからもたらされるものは言うまでもなく莫大だ。故にどの家も国家元首という立場を欲しがるのだった。


 玄関口であるこの街も同様。立地こそ国の端にあるものの少し前までは外界から来る者が必ず立ち寄る街ということで栄えてきた。そこから得られる収入も多く、どこかの家が独占すべきでないとなり直轄領となっている。


「マァゼこの国に来るの初めてなのー! 」

「マァゼちゃん……! あんまり騒ぐと目立っちゃうよぉ……!」

「騒いでいいと思いますよ。一応観光もできますし……観光しますか? 一緒に」

「いいの?」

「まぁ、せっかく来たのですから。最後に楽しむのもいいでしょう」

「急に不穏出すじゃん!?」


 3人はとある宿に着いた。シンウー家の傘下にある家が営む宿屋だ。街並みに負けず劣らず大きい。


「宿屋あるんだ」

「この街だけですよ。それに今じゃガラガラでしょう」


 レンファンの言葉通り、ナギサたち以外に宿泊客はいない。そもそも外国から人が来ない。

 客に対しての愛想をどこかに置き忘れてきたような老夫婦に案内された部屋もまた、異国情緒に溢れたものだった。


「わぁー! やっぱりこういうのってテンション上がるねぇ!」

「なんか落ち着かないのね」

「それがいいんじゃん! 旅行って感じで」

「旅行?」

「あっ違くてね、こういう旅館は否応なしに人をそういう気分にさせるだけでね」

「……その恰好では浮くでしょう。着替えを用意させます」

「え、レンファンとお揃い?」

「お揃いではありませんが、こっちにいるならこっちの服の方がそれっぽいでしょう」

「マァゼはいらないのね。これ着てないと怒られちゃうの」


 ナギサに用意されたのはドレスのような服だった。ただドレスと言っても『柱の国』で見る上流階級の着るそれとはまったく違うものだ。

 帯で体をくるむようなヒラヒラとした服の上に、これまたヒラヒラした水色の羽織。刺繍による装飾も惜しみなく、いいとこのお嬢様のようにすら思える。

 レンファンの着ている動きやすいパンツスタイルに比べて女性らしさが強調され、ナギサは少し恥じらう。


「あんまり似合いませんね。ナギサは合うと思ったのですが」

「髪がなってないのね!」

「どうせ私には似合いませんよっての!」

「……そうか、化粧を忘れてました。髪留めも選びましょう。耳飾りは……」

「いいよいいよいらないって! そんなに着飾っても意味ないし……!」

「最低限のもてなしです。これきりなのにいいんですか?」

「う……だからそういう最後とかこれきりとか怖いってぇ……分かったよお願い」


 部屋の鏡台の前に座らされ、レンファン手ずからナギサを飾り付ける。

 肌はより白く、目元は赤にほんの少し茶を混ぜて柔らかに、キッとしたアイラインはナギサに合わないので控えめ。口紅は最低限に。頬に愛らしい赤みを差し、可愛らしくも美人に仕上げる。

 マァゼが「おおー!」と賑やかし、姦しくも少しだけうんざりする長い時間の末に異国のナギサ姫が出来上がった。


「ふぅ……こんなもんでしょう」

「あははは! ナギサお姉さんキレーになったのね」

「う、うぅぅぅぅぅ……」


 ナギサは鏡に映る自分と目が合わせられない。

 マァゼの言う通り見目麗しくなったその姿は、普段冒険者をしている自分とかけ離れていて慣れる気がしない。


「やってて分かったのは、ナギサは意外と素材が良かったということですね」

「意外とって何さ!」

「ねーぇマァゼも~! キレーになりたいのね」

「この化粧はあなたの顔と修道服には合いません。諦めてください」

「ぶー」

「マァゼちゃんはそのままで可愛いよー」


 化粧箱を片付け、レンファンは一息つくためにお茶を持ってくるよう命じる。お茶ひとつとってもやはり連邦のものとは違う。

 旅行気分は厳禁と言われているが、別世界に来たようなワクワクはナギサの内心で諸手を挙げた。


「じゃあ、ソレで外に出ますか?」

「えっ、こ、これで?」

「はい。多少振り向かれるかもしれませんが、悪目立ちはしないでしょう」


 まだ日は高い。お昼時だ。ナギサもお腹が減っている。しかも宿の食事は夜まで無い。確かにコレで外に出るしかない。


「くっ……分かったよう……お腹空いたし行くよう」


 宿を出る際、老夫婦がレンファンを呼び止める。「先に外で待っていてください」と言った彼女の顔は不機嫌に溢れていた。


「やっぱり実家のこと嫌いなのかな」

「んー?」



 老夫婦がレンファンに告げたのは、シンウー家に先触れを出したから速やかに領地に向かってほしいとのことだった。


「また勝手な……」

「お嬢様のご帰還は皆が待ち望んでおりました。カコウ様もお喜びになります」

「あなた達の忠誠は相変わらず老人にあるのですね。同じ年寄り同士さっさと土の下に埋まってもらいたいものです」

「どう仰られようと、今のシンウー家はカコウ様が仕切っております。お嬢様もまたシンウーの娘……帰る場所はそこしかありますまい」


 レンファンは「分かりました」と言い、背を向ける。これ以上顔を突き合わせての話は反吐が出る。彼女は実家が嫌いだった。



 □□□□□


 赤を基調とした店内、その一席は丸い大きなテーブルを埋め尽くさんほどの地元料理で溢れている。

 特に麺と呼ばれる食べ物にナギサは夢中。さらに米を使った料理も連邦では極めて珍しかったためナギサは涙を流してかっ喰らった。


「うおおぉぉぉん!おおお、お、おおおおお米ぇぇぇ!!」

「ナギサ……色々跳ねてます……」

「ねーねーこれどうやって食べるのね」


 騒がしい修道服の少女、服と化粧を纏った美人、前回の武術大会で優勝を果たしたシンウーの娘。

 3人は非常に目立ち、観光客がほとんどいない半ば国内向け観光街と化した街の人目を集めた。

 食事中に賑やかであることもそうだが、料理人が悲鳴をあげるほどのナギサの大食いは着飾った見た目と大きくかけ離れている。突如現れたフードファイターに人々は注目せざるを得ない。


「失礼、シンウー家のレンファン嬢とお見受けしますが」

「これが見えませんか? 食事中です。どこの家か知りませんが弁えなさい」


 たまになにやら他より偉そうな者に話しかけられても尊大に追い払う。

 この国のすべてが敵かのようなレンファンの態度は地元民であるはずなのにこれまた浮いていた。



「あははっ、お店出てもずーっと誰か見てくるのね」

「ナギサが美人だから振り返ってしまうのでしょう」

「絶対違う理由だと思うなぁ……!」


 その後も3人は街を歩いて回った。


「わー、大きい建物なのね」

「大昔からある由緒ある楼閣なんだって。歴史感じるねぇ」

「これ40年前に建ったばかりのやつですよ。観光客向けに作った子供だましです」

「せこ……」


 特殊な文化圏はどこを切り取っても新鮮で注目できる。すぐに腹が減るナギサのために屋台通りに行ったり、名所と呼ばれるポイントをはしごしたり。

 気分は本当に観光客である。


「ナギサ、土産物屋が向こうにありますが行きますか?」

「うーん……今から荷物増やすのもアレだし帰りにしようかな」

「分かりました。ではあっちの大道芸人を見に行きましょう」

「剣を呑み込むって本当なの!? マァゼ見てみたいの!」


 ただ、ナギサの目に今日のレンファンは不自然に見えた。

 笑顔は一切ないものの、まるで帰郷で浮かれているような行動だ。らしくないし、なにより旅立つときに彼女自身が「旅行気分で行くのは間違い」と言っていた。今の状況はその言葉と真逆を行っている。


「マァゼ」

「なぁに?」

「あなたはナギサの護衛でいいんですよね?」

「そうなのね」

「なら……いや、まぁ大丈夫ですね」



 □□□□□


 その日、ナギサの寝つきは悪かった。

 知らない国に来て慣れない服と化粧をして歩いて食べてまた歩いて……しかも旅路を終えてのことである。疲れ果てて爆睡するはずだった。

 それでも深く眠れなかったのは、無意識にこの宿この国に対し警戒を抱いていたからだろう。隣で眠るマァゼは気持ちよさそうに寝息を立てているというのに。


「うーん……」


 喉が渇いていた。水を飲むにはベッドから出る必要がある。ナギサは迷う。このまま寝ることに集中するか、面倒だが起きてテーブルまで行くか。

 数秒悩んで後者を選んだ。


「……ん?」


 コップをあおっていると、隣の部屋から物音がした。

 気のせいかもしれない。しかし隣はレンファンの部屋。彼女はひとり。

 気に留めるようなことでもないかもしれないが、これまでの生活が「あの子ひとりで大丈夫かな」という心配を忘れさせてくれない。


 マァゼを起こさないように部屋を出て、隣の扉をノック……しようとして寝てたら悪いなと思いながら、それでいて忍び込むのも変だなと思いながらやっぱり忍び込む。


 部屋の構造は変わらない。この宿で最高ランクの部屋は自分のものと同じ。

 それなのにまず「ヒッ」と声をあげてしまったのは、床に転がる3人の男の存在からだった。


「ッ!」

「れ、レンファン?」

「ナギサですか。夜中に人の部屋に忍び込むのは彼らだけでじゅうぶんなんですが」


 訊けばレンファンは「彼らは他家の手の者です」と答える。「あれだけ目立てば来ると思ってましたからね」とも。

 こんな夜更けに年頃の乙女の部屋に忍び込む輩だ。どう考えても穏やかな訪問ではない。

 見ると男たちの息は無かった。外傷は無く、いずれも首をへし折られている。


「これ、レンファンがやったの?」

「ええ、そうですけど……ん……」


 どうやら直前まで寝ていたらしい。となると寝起きもしくは寝ぼけながら3人を殺したことになる。

 ナギサの住む世界とは何もかもが違う、ドロリとした嫌な気配が蔓延する世界。そこで生きてきたレンファンにとって、これは特別驚くことでもないのかもしれない。


「……レンファン、泣いてたの?」

「え……」


 死体を見たくなくてレンファンを見つめていたら、その目元には泣き腫らしたような痕があった。自覚が無かったのか、彼女自身は確かめるように手でこすっている。


「わわ、乱暴にしちゃダメだよ」


 ナギサは慌ててテーブルの上にあった綺麗そうな布に水をしみこませ、自分より年齢も身長も低い少女の目元にあてる。秋の夜中の水は冷えていてちょうどいい。


 そういえば、リハビリ後の健康な状態で彼女の寝起きを見るのは初めてだった。

 こうしていると年相応の少女だ。『柱の国』で15歳を迎えた彼女はこの国だと成人にあたるが、ナギサにとっては庇護対象に映ってしまう。


「………………夢を、見るんです。今日は、嫌な夢でした」

「夢?」

「毎日、毎日毎日毎日見る……私はそれだけで幸せで、思い出がどれだけ遠くに、行っても、会えるから……目を覚ましたくない。でも、たまに……あの日の、夢を、見る……どうして……どうして、そんな顔をして、私を責めるの……いや、やめて……やめて! 私じゃない、私じゃないっ……!」


 語るうちにレンファンの息が浅く多くなっていく。


「っ、レンファン!」

「わた、わ、わたし、は、なん、ぁ、なん、なんで、生き、息……い……!」


 触れる手は冷たく、歪んだかんばせの双眸からは再び大粒の涙が溢れ出し、放っておいたらこのまま死ぬのではないかとすら思えてしまう。

 彼女がこうなるのは久しぶりだった。慣れたくはなかったが、ナギサは何度も目の前でこうなるのを経験している。

 ナギサに医学的知識は無い。だから経験から手探りで試してきた方法しか知らない。


「お、落ち着いて……! 私も落ち着くから!」


 強く抱きしめ、リズムを導くようにゆっくりと一定間隔で背中を叩き、自身も緊張を抑えるようにゆっくり息をする。


「合わせて。大丈夫だから、お願い、ね?」

「ぁっ、はっ、はっ、ひっ……!」


 泣いた赤子をあやすようにという表現を経験がないなりにやってみる。

 しばらくそれを続け、整わない呼吸にナギサはまずったかと不安になり、いやきっと収まるはずだと続け、ようやく止まる。何度やってもナギサには実際の時間の何倍もの長さを感じてしまう。


「ごめん、なさい……」

「大丈夫、大丈夫だから」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ナギサは自分が謝られているという気がしなかった。この小さな子はまだ夢の中にいるのかもしれない。

 名前を出さずとも、誰の夢を見ているのかは分かった。そしていまだ囚われ続けていることも。彼女自身が囚われることを望み、代償だと言わんばかりの悪夢にまた心を削られていることも。


 たとえ日常生活が送れて会話ができて体を動かせて旅ができても、消えてなくなるわけじゃない。



 1000年もの間、人類は平和を享受してきた。戦につぎ込まれる分のリソースは別のことに向けられ、医療技術もそれまでと比べられないほどに発展した。

 精神科医、心の医者、それらも同様に。

 レンファンも本来ならそこにかかるべきだった。


 しかし大罪人の身内であると同時に討伐の功労者という微妙な立場の人間を受け入れる場所は少なく、時間をかければ見つけられそうではあった可能性も戦争でそれどころではなくなってしまった。

 兵力となる男手と同じくらい、医者も専門を問わず駆り出されたからだ。

 公的な機関がレンファンを扱う余裕がなくなり、結果ほとんど放置になった。戦争という大事の中では、彼女が衰弱しようが自殺しようが些事だった。



 ナギサは何度も何度も何度も何度も味わった無力感に歯噛みする。

 一時的に落ち着かせることはできても、根本的なところにナギサの手は届かない。


「(こうなるって知ってたら、あなたは死ななかった?)」


 そして何度も覚えたウェンユェ・シンウーへの怒りが静かにこみ上げる。抱きしめるレンファンに悟られないように、表情も息遣いも変えずに心の中だけで渦巻かせる。


 事情があって、手段が無くて、その中で最善を尽くしたつもりの彼女。

 しかし結果として彼女は死に、残されたレンファンは苦しみ続けている。これがあなたの望んだ結果なのかと、そんなわけないのに突きつけたくなってしまう。


 墓でもあれば絶対にぶちまけていただろう。大統領を暗殺し戦争の引き金となった彼女の墓は無く、遺体も燃やされ生きていた痕跡を消すように徹底的に灰にされた。その灰も『奈落』と呼ばれる大穴に捨てられている。


 虚しくなってしまう。すべては終わったことで、心は時間が解決するのを待つしかない。

 同時に無理を言ってでもついてきてよかったと思える。こうして助けることができる。根本的なものが無理でも、一時的にでも寄りかかる相手になれる。


「ごめんなさい…………ごめん、なさい……」

「寝よう、レンファン」

「わたし、は……」

「運ぶよ」


 死体が転がっている部屋で寝かせられない。ナギサにも抱えられるほど軽いレンファンはされるがまま、マァゼの寝る隣の部屋へと運ばれる。この部屋は朝にでも老夫婦に頼めばいいだろう。


 ナギサは胸の靄を晴らすために床を見る。

 死体から目を逸らしたくてレンファンを見たのに、別の逃避のために死体を気にする。ままならないものだった。

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