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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第五章 兄妹編
118/212

92 Fight C/ Love6

 腕を振る。その動きを後追いするように帯を描きながら黒が世界を侵食する。

 荒野の土がガリガリと抉れ、少し離れた場所にいるガラニカを捉える。

 純粋な魔力は【刀剣化】の対象にすることができない。当たれば死ぬ。なら彼は避けるしかない。


 見慣れた、というには見れていない目に留まらないほどの動き。身体強化。私の魔力が届くより前にその場から消える。後に残るのはその踏み込みの力強さを物語る欠けた地面。


 ガラニカは果敢にも魔力の波をかいくぐって斬りつけてくる。私もそれに合わせて攻撃を加えるけど当たらない。当たりそうになっても聖剣で上手く流される。

 明後日の方向へと飛んだ力が余波となり地形を変える。強いものなら遠くの山に当たって土砂崩れを引き起こすほどに。


「いいねぇ! ヒリヒリすんぜ!」


 白が世界を穿つ。聖剣アンジェリカの形が変わる。

 蕾から開く花のようになったかと思えば、そこから飛び出してくるのは蔓。4本もの蔓は生き物のように有機的な動きをしながら私に殺到する。

 私も地面が欠けるほどの力を足に込めてそれを避けた。同時に足を襲う激痛の度合いが増す。崩壊と再生の均衡が保たれてはいるが、体を動かせば簡単に崩壊の痛みが勝ってしまう。



 私もガラニカも、離れた位置から敵を攻撃できる。

 しかしそれは互いに望むところではない。私は奴の死を、奴は死力を。求めるものは違えど全霊のぶつかり合いに至るのは互いに求めるからだ。


「その翼、重くねぇのかい!」


 もう遥か上空にまで届く馬鹿みたいな大きさではないけれど、私の何倍も大きな翼はいまだ背中から放出され続けている。

 重さは感じない。これは攻撃に使ってもなお湧き続ける余剰分の魔力なので特に意味はない。背中を向けて突撃したら相手は助からないだろうなってくらい。そう考えると背後をとられないという強みな気がしてきた。


 余計なことは考えないようにしよう。

 やるべきことに集中して暴走状態を保つ。ブチギレ続けなければこの状態は保てないのだ。


「シ、ねえぇぇぇ、エ えぇぇっ エエ エエエエ!!」


 やっぱり戦いながら喋るのはできない。体が動くに合わせて崩壊が進む。


 正面から突っ込んでくるガラニカに向かい、両腕を向ける。

 手を崩壊させながら吹き出る魔力が高波となり左右から挟むように前方を塞ぐ。距離は関係ない。目に見える範囲すべてが魔力の奔流にさらされて破壊されていく。


 ガラニカは上に跳んで避けた。同時に何股にも別れたリボン状の聖剣アンジェリカが私の四肢をくるみ、締める。ただでさえ崩壊で脆くなっている私の体はいとも簡単にその刃を通した。


「チッ、すり抜けるか」


 刃は通った。文字通り通っただけ。通り抜けた。紙以下の耐久性でありながら最低限の形状を保ち続ける私はもはや水のようなものだ。

 その程度のダメージは何の意味もない。かろうじて形状を保っている私の体をいくら傷つけようと、誤差の範囲に過ぎない。


「ならコイツはどうだい!」


 聖剣アンジェリカが器用に岩を掴んで投げつけてくる。

 なるほど、私の何倍もある岩をぶつけたらボフンと弾けることを狙っているのか。

 その見立ては正しいと思う。チマチマ傷つけられるのは誤差だけど、体が吹き飛ぶような攻撃はよく効くから。点や線より面に弱い。


 でもそれは私に岩が届けばの話。

 私にたどり着く前に岩は魔力の波に消える。


「大雑把だなぁ!」

「ア――」


 しまった、目くらましか!


 近付くだけで渦巻く魔力にさらされるというのに、ガラニカは肉薄してみせた。

 そして手には魔法陣。【風砲】だ。


「吹っ飛びな」


 瞬間、私の胴体が吹き飛んだ。

 腰から下を地面に残し、肩から上が残った私はドシャリと地に落ち――ない。


「ア……   アアア     アアァァ ッ     ァ!」

「っ、おいおい……!」


 空白の胴を埋めるように、鎖骨あたりから腰にかけて黒いものが伸びる。遅れて徐々に体が再生し始める。

 もはや骨や血など意味がない。血管の隅々にいたるまで黒で塗りつぶされている私を成すのは魔力のみ。

 こんな私を見たら、誰もが化け物と呼ぶのでしょう。


「アアアアアアアアアアアァァァッッッッッッ!!!!」


 魔力が爆発した。

 翼の余剰分までをも使い果たす勢いの広範囲爆発。【風砲】の要領で凝縮した魔力が一気に解き放たれ、周囲の地面が巨大なクレーターと化す。

 ガラニカは逃げる間もなく巻き込まれた。


 それでも私の魔力は尽きない。どこから来るのか、再び翼を形成する。


「ッ、っつぅ……――!」


 生きているとは思ったが、まだ動けそうなのは頑丈が過ぎる。

 聖剣アンジェリカを盾にでもしたのだろうか。見た目は思ったより軽傷だ。


「ハハハハハッ、『終着点』……よく言ったもんだ」


 ただ彼は一晩中――夜が明けても戦い続けてる。

 疲労とダメージがじわじわと体を蝕み、気力だって本来ならたった数分の瞑想など意味もない。

 私と違いジリ貧。だから残された手段も限られる。


 彼は全力を望み、私は応えた。

 動けなくなる前に、最後に来るはずだ。彼のすべてを注いだ一撃が。そこで勝負が決まる。


「――さて、楽しい時間にゃ終わりが来る……寂しいが、受け入れねぇとな」


 来る。


 彼が少しでも動いた瞬間、私のやることは決まっている。

 容赦なく、手心なく、躊躇なく、魔力を放つ。それだけだ。


「行くぜぇ――」


 消えた。


 現れた。


 これが彼の最大の動き。

 一瞬で距離を詰められる。対応することも許されない。


「ガ    アァァ ァ ア   ア !!」


 腕を前に出し、手どころか肘まで吹っ飛ぶほどの魔力を放つ。前方全てが黒い波に塗りつぶされる。


「オオオオオオォォォォァッッ!!」


 ガラニカも叫んだ。聖剣アンジェリカがグワッと開く。顎のように、濁流を泳ぎ呼吸するように。

 ギャリギャリギャリと削り合う音が聞こえる。黒い波を白い船が突っ切ているような光景だ。

 彼を守る聖剣は硬く、ついに削り切ることはできなかった。


 巨大な顎が私を飲み込む。隙間ない白い空間の中で私は咀嚼される。


「ギ  ャ アアアァ ッ アァァァ  ァッ  ッ!!」


 まるで本当の口内のようにぐにゃぐにゃと歪み続ける空間は、無数の棘のようなものがびっしりだった。

 紙屑のような体はどんどん砕かれて、自分の境界があいまいになっていく。


 それでも私の魔力は止まらない。


 閉じられた空間。限られた空間。

 私だったものからなおも出続ける魔力。

 それはやがて空間を埋め尽くし、隙間もないのに増え続け、圧縮され、増え、圧縮され、増え、圧縮され、増え、増え、増え、圧倒的な物量と化しアンジェリカに負荷をかける。


 ガラニカも聞いたことだろう。

 ミシミシ、ビキビキ、きっとこの聖剣が立てたこともないような音を。

 無限に増え続ける実体を持った魔力を閉じ込めておけず、内部の圧力がアンジェリカの限界を超える。


 ヒビが入り、割れる。


 アンジェリカが砕け、秘められていた圧縮魔力が解き放たれる。先ほどの魔力爆発よりも巨大なクレーターができるほどの破壊力が全方位に飛び交った。


 黒に紛れて体が形を取り戻し、霧が実体を得るように私が作られる。


 正面にガラニカがいた。


 聖剣アンジェリカの最後の力か、右腕に巻き付いていた残りが盾となって彼の死を一歩だけ遠ざけ、パラパラと散って消えた。

 本人は血まみれでボロボロで、なのに立ってて、消えた聖剣の代わりに【刀剣化】で作り出した金属製の剣を振りかぶっている。


 半ば確信めいたものがあった。最後は搦手や奇をてらったものではなく、真っ向から斬ってくると。

 私もそれをに受けて立とうと思った。

 残った理性を総動員して右手に魔力を集中する。奔流が一振りの剣の形を作っていく。とても剣とは言えない棒状のなにかだったけど、内部では魔力が荒れ狂う圧縮奔流だ。



 同時に振る。

 ぶつかり合う。


 数秒だけ起きた鍔迫り合いが何倍にも長く感じられ、剣越しにガラニカの目を見る。

 光があって、喜びがあって、理性があった。


 結末はあっけなく訪れる。彼の剣は削られ、ついに崩壊した。

 これまでの力の集約がたったひとりの人間へと向く。

 まずガラニカの右肘から先が風化するように消し飛び、次に彼を袈裟斬り。振り抜いた。


 男が倒れる。


 その瞬間、私は理解してしまった。

 彼の目の意味を。



 □□□□□


 暴走していた魔力が収まり、崩壊が止まり、私が正常に戻っていく。

 とてつもない疲労感におそわれる。体のではない。頭、精神。一晩戦い抜いた後の魔力暴走は負担が大きすぎた。



 ガラニカはまだ息があった。仰向けに倒れ、いまだ閉じられぬ目で空を見つめている。

 その胴は斜めに入った傷が痛々しい。皮膚や肉は抉られて、真っ赤な血がとめどなく流れ内臓が露出している。

 通常なら即死する力と傷を受けたのに、なんて頑丈な異常個体なのだろう。


 彼の傍に寄ると、目が合った。


「痛……ってぇ…………強ぇ、なぁ……お前」

「…………」

「ああ……もう一度、くらい……会いたかっ、たな…………ジュニカ……」


 どの口が。と言いたいが、今際の際に出てくる言葉だ。私が否定する気分にはなれなかった。


「まぁ……後は……お前、に、たの、む……わ」

「ええ。クレアは貰うわね、お兄さん」

「ハハハ……ッ、嫌だなぁ……」

「ちょっと」


 ひとしきり笑ったガラニカは、今度は目を閉じる。きっともう見えないのだろう。眩しいのだろう。


「負けたのなんて……久し、ぶりだ…………やっぱ、っ、悔しいな、ぁ……勝ちたかった……な……」


 悔しがる必要なんてない。普通にやればそっちの勝ちだった。


 私が普通の人間なら、初対面の時点で死んでた。

 私が普通の魔族なら、聖剣氣に灼かれて死んでた。

 私が普通の天使なら、魔力切れで再生できず死んでた。


 私が何者でもない私だったから、勝てた。

 そこには何の感慨も湧かない。誇ることじゃない。でも彼にそれを言うのは失礼な気がして、結局何も返せない。


 きっと普段の私なら、この吐露を受け止めることはなかっただろう。

 重すぎるのだ。命を奪ったのだ。

 それはとても痛くて、つらくて、逃げるべきもの。今まではそうしてきたように。私には理由があったのだから。

 今回だって、クレアを守るために殺した。だから私は悪くない。私は……


「――あり、がと……な………………」

「っ、何を……」


 殺されて礼を言うなんて、普通ないでしょ。

 でも言われて、さっきの目を思い出して、これまでの戦いで理解はできないけど納得した。そういう男だと。

 だからそれで終わり。礼も受け取る。無言で見つめ、彼の最期を焼き付ける。


 彼は事切れた。どこか満足そうな顔で命を終えた。


 言葉として出てこなかった中に、彼の思いがどれだけあったか。私が知ることはない。

 でも、真っ直ぐな彼の死は、私に実感させる。私が彼を殺したのだと。

 つらい、痛い、重い。

 涙が出そうになるが、気合で押しとどめる。すべてを出し尽くした男の前で泣くなどできない。

 ただ受け止める。強制されてではなく、自分の意思で命を奪った事実を。



 □□□□□


 しばらく彼と向き合った。

 風が吹き、土埃が舞い、髪と肌が汚れていく。そんなことも気にせず立ち尽くした。


「……行かなきゃ」


 『贄の国』王都に戻ってリーパーとラルを拾って、『柱の国』に飛ぶ。やるべきことはそれだ。

 でも、目の前の男をどうしようかと迷った。


 このまま何もない上にさらに破壊を重ねた荒野が彼の墓標となるのだろうか。

 遺体を放置すべきか、どこかに届けるべきか、

 でもここは『帝国(リャーヴェ)』で、届けたらそのまま皇帝暗殺犯として扱われてしまうかもしれない。うーんそれはちょっと。


 とまぁ色々と悩んでいるうちに、誰かが来るのが分かった。

 この場所にわざわざ来るのは誰だろう。

 っといけない、変装魔法で色をミアに戻さないと。


「君は……?」


 現れたのは青い制服らしきものを着た2人の女。

 どちらも只者ではない。一目見ただけで強者だと分かった。


「何者だ。帝国の人間か?」

「そっちこそ、何者?」

「拙者はリズ・モアサファイア。準勇者部隊の隊長をしている」

「わぁ~リズちゃん真面目に答えちゃった!」


 リズと呼ばれた彼女が、あの準勇者部隊か。ということは同じような服を着てるピンクブロンド女もそうなのだろう。


 知った私が真っ先に思うのは、「来るの遅すぎ」。


「ちなみにあーしはパスパ・アーササイヤね!」

「私は……ミア・ブロンズ」

「……ガラニカ・カンカリオか?」


 自己紹介もそこそこに、リズの目は私を越して倒れるガラニカに向く。


 なんとなく彼女らの目的は分かる。準勇者部隊という肩書で、なにより血生臭い。

 皇帝暗殺にでも来たのだろう。連邦も停戦して早々ずいぶんとまぁ。


「…………君がやったのか?」

「えっ?」


 見つめられた瞳には、激しい感情が渦巻いていた。

 なんかこう、発散する場を失った感じというか。返答によってはひと悶着ありそうな。


「えっと……」

「さっき遠くから見えた魔力の翼……あれも君か?」


 あー忘れてたー!

 そりゃそうよね、あれだけ大きな力をひけらかせば誰かに見られるのは必至。

 ただでさえ今までゴタゴタしていたのだ。さらなる面倒ごとは避けたい……


「て、天使が現れたのよ」

「ハァ? 何言ってんの頭大丈夫?」


 なんだこのピンク女。おい。

 実際デタラメ言ってるけど魔力実体化は天使くらいしかできないでしょうが。

 もしかしてあまり知られてない?


「本当よ。天使が出てきて、魔力武器を使って倒したのよ」

「ならその天使はどこにいる?」

「飛んで行ってしまったわ。天使だし」

「ていうか~天使って実在するの? 前にアイリア学園の生徒が天使に招待されたってのは知ってるけどデマっしょ?」


 デマじゃないんだけど……なるほどそう思う人もいるでしょう。


「仮に天使が来たとして、君はここで何をしていた? まさかそのナリでここの住人というわけでもあるまい」

「うっ」


 確かに荒野に黒ドレスは似合わないけど……

 通りかかった? 実は天使でした? どれも荒唐無稽。


 返答に困り訝しむ2人の視線を受けていると、遠くから馬車がかなり急いでこっちに来てるのが分かった。


「んん~? リズちゃんなんか来たよ~?」

「あの紋は『戦の国』の……パスパ」

「はいは~い」


 パスパと呼ばれたウザピンク女が腰にさげていた二振りの短剣に手をかける。

 にわかに場が殺気立つ。ここは帝国領で、私と彼女らは侵入者。やってくるのはなにやら帝国の人みたい。敵同士だ。


「ここか! ガラニカは!?」

「殿下ぁ! そんなに激しく動かないで! って準勇者部隊!?」


 扉を蹴破らんほどの勢いで開けたのは、ひとりの女性だった。あの肌の色は『砂の国』の出身だろうか。

 連れていた侍従は2人にビビッて馬車の陰に隠れる。


「あの女は……やはり帝国の者か」

「久しいな。だが再会の言葉と槍は持ち合わせていない。そこをどけ」

「はぁ~? どけって言われてどくわけないジャン」


 一触即発。空気が一気にピリピリする。

 パスパは今にも抜きそうだ。でも褐色女は武器を持っていない。私たちのすぐ目の前まで歩いてきて、立ち止まってじっとこちらを見る。


「……どいてくれ」

「リズちゃぁん、やる? やっちゃう?」

「…………」


 女は態度こそ大きいが真摯だった。それが分かったのだろう、リズは1歩横にずれる。


「ちょっと~?」

「パスパ、戻って皆に伝えるんだ。帰る準備をしろとな」

「え~! なんでなんでなんで!」

「拙者らがここですることはもうなくなった。ならいつまでも居座れん」

「む~~~……分かったぁ。リズちゃんは?」

「拙者は後から戻る」


 準勇者部隊が1人になったことなど、女は気にしていないようだった。

 ガラニカの傍に膝をつき、じっと見つめるばかり。


「大馬鹿、者が……」


 …………くそっ。


 見たくなかった。聞きたくなかった。

 彼女の目はもう動かない男にしか向いていない。なのに私を責めている気がした。

 私は背を向けて数歩離れる。物理的に離れても心を蝕む罪悪感は変わらないというのに。


 死を悼む者がいて、悲しみを作り出したのは私で、どのような事情があろうと事実は変わらなくて。

 これが人を殺すということ。1人を殺せばもっと多くの悲しみを引き起こす。

 私がやったから。私のせいで。


 昔は逃げていた。気にすることもなく別に目を向け、心をごまかしていた。

 でも、それは嫌だ。私は正面からぶつかって殺したんだ。今さら逃げたくない。顔を歪めてしまう胸の痛みをごまかしたくない。


「……我が夫を討ち倒した者は誰だ? 準勇者部隊お前か?」

「拙者ではない。来た時にはもう……彼女がいた」


 また私に疑惑の目が向けられる。

 言うしかないじゃないか。準勇者部隊ならともかく、彼の近しい者に嘘なんてつけないじゃないか。


「…………ええ。私よ」

「そうか……本来なら仇討ち、『戦の国』なら高い地位……そのどれもする気にはなれんな……夫は持ち帰らせてもらう」


 女はガラニカを繊細な細工を扱うように抱き上げる。


「名を訊こう。強き者よ」

「……ミア、ミア・ブロンズ」

「そうか。ミア・ブロンズ……その名は忘れん。夫の顔は安らかだ。満足して逝ったのだろう、お前には感謝したのだろう…………しかし私は、今生の限りをもって恨み続けよう」

「っ……! っ、ごめ――」


 駄目だ、謝るな。なに逃げようとしてるの。私は駄目な奴だ。すぐ楽になろうとする。

 この戦いは私とガラニカのもので、完結している。

 私は自分の意思で、こうなることも納得して彼を殺した。縁者に恨まれることも込みで。だから受け止めるんだ。

 謝って許してもらおうなんて甘い考えは捨てろ。無理でしょそんなの。


「――ええ。いつでも、殺してちょうだい」

「…………フン」


 結局目は合わせられない。私は後ろを向いたまま、彼女が去るのを待つ。

 しかし準勇者部隊が止めてしまった。「待て」と呼び止めたせいで女の足が止まる。


「『帝国(リャーヴェ)』皇妃なら知っているだろう。そちらに寝返った準勇者部隊のうち2人のことだ。何故殺された? 何故処刑されなければならなかった。拙者はそれを訊きにここまで来たんだ」

「私が知るか。だが我が夫は政争に関心がなかった……大方、寝首でもかこうとして失敗したのではないか?」

「そんな……ことが……?」

「私は行く。準勇者部隊よ、お前たちもさっさと帝国を去れ。これ以上兵を殺されてはたまらんからな」


 今度こそ女は馬車に乗った。御者と侍従があわあわしていたけど、私はもちろんリズも何かするつもりもない。

 ふたりきりになったところで、私はどう見逃されようかと考えている時のことだ。


「さて、何者か訊こうか」

「うっそれはー……」

「……答えたくないのであれば、今問うことは控えよう。だが別にも訊きたいことがある。拙者らは昨晩王城に乗り込み、そこで2人の男を見つけた。ウチの元隊員のクレット・ルノーギーと戦っていたらしいのだが……2人が誰か分かるか?」

「っ、それって……!」


 私はリズ・モアサファイアに連れられて、『贄の国』王城へと引き返した。

誤字報告ありがとうございます

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