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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第五章 兄妹編
114/212

89 Fight C/ Love3

 ガラニカを尻目に、私は振り向いて彼女を見た。

 正面から相対する。本当の私とクレア・プレトリア。


 彼女の表情は、予想よりも驚いていない。そこにあるのは困惑。

 それもそうかも。現実味がないものね。髪と瞳の色が変わったくらいでは、彼女の中のミア・ブロンズがこの場から消えたわけじゃないのだろう。

 ただ色が変わっただけ。変装魔法で存在感とか威圧感とかが変わるわけではない。


「ミア……だよね?」

「そうよ。ミア・ブロンズ……アイリア学園の入学式の日、あなたと出会った人間。その正体がこれよ。驚いた?」

「え……いや、驚いた、っていうか……魔族って、御伽噺だよね……?」

「ソイツぁ本物だぜ。1000年前の生き残り、『魔王の騎士(デモンズナイト)』、『終着点』……どれもソイツを表す言葉だ。魔族エレーナ・レーデン……いや天魔族って言った方がいいか?」


 よくもお詳しいことで。

 まぁそこはぶっちゃけよく分からないから省いてもいい。

 私の記憶の中の両親は天使でも魔族でもない、ただの人間なのだから。ただ私が天使と魔族の特徴を持っているからそうなのだろうというだけで。

 1000年経ってもそれだけはいまだに謎だ。


「なんでもいいわ。何をどう並べようと、これから起こるのはひとつだけ。あなたの死よ、ガラニカ・カンカリオ……私はあなたの戦いを否定する。あなたの闘争心(つるぎ)を破壊する!」


 魔力剣を出すと同時に【転移】でガラニカの背後に回る。

 音が出てしまうこの魔法は見慣れてしまうとむしろ分かりやすくすらあるんだけど、私の殺意を認識してもらえればそれでいい。


 思った通り、ガラニカは素早く背後に剣を振った。いつの間に持っていたのか。それほどに【刀剣化】の生成速度は速い。


 魔力剣が砕け、ガラニカの剣は私を捉える。

 普通ならそれで終わり。だけど終わらない。斬られたそばから再生し、振り終えた硬直を狙う。

 再び魔力剣を出し、ガラニカの顔目掛け突き出し、頭をズラされ避けられた。


 目が合う。歓喜の感情を見た。

 殺すと決めた本気の私。旅の道中のような容赦はそこに無い。


「【雷墜】」


 距離はほとんど無し。密着状態での魔法。

 私の魔法すら【刀剣化】でガラニカの手に収まってしまう。ならばそれよりも速くガラニカ本人にダメージを与えればどうか。


 その目論見は半分成功した。

 感電も破裂も炎上も通り越してすぐさま相手を消し炭にする私の本気の【雷墜】。ガラニカの苦悶に歪む口元に手応えを感じると同時に、ダメージを少し与えたところで瞬時に【刀剣化】させられてしまう。

 思った通り有効だったけど、思ったよりも有効ではなかった。

 でもこれを繰り返せば――


「【風砲】ッ!」


 一瞬のうちに視界が遠くに飛ぶ。いや、飛んでいるのは私。

 胴体が上と下で引きちぎれるほどの威力をまともにくらい、壁すら行き止まりにならず血と中身を飛び散らせながら私は数部屋をブチ抜いた。


 意識が数回飛び、勢いが止まる前になんとか【転移】を発動。

 ふたたびガラニカの頭上に躍り出て【風墜】。

 私がすぐ戻ってくることを予想していたのかあっさり【刀剣化】で無力化され、その風圧を閉じ込めた剣によって私の体は真っ二つにされた。

 これだから『異常個体』と戦うのは骨が折れる。


「ッ、まだ!」


 振り抜かれたガラニカの右手を掴む。再び肉薄。

 再生も終わっている。手始めの魔法の攻防はこれまで。


「ダンスでも踊ってくれるのかい!」

「足を踏ませてもらう! ミアッ!」


 私の右手に顕現する白の力。

 一度は敗れたものの、【砕魔結界】の魔法否定はガラニカの手数を奪う。いまだ彼に有利だと信じたい。

 そしてこの距離。柄から形作られていく模造聖剣ミアの向きはガラニカの胸元。完全にその姿を現せば、何もせずとも切っ先が男を貫く。

 勝負あったか、ガラニカ・カンカリオ。


「軽いねぇ!!」


 掴んだ手が無理やり動いた。

 腕一本で私を持ち上げ、振り回し、ミアの切っ先が虚空に逸らされる。


 くそっ、小柄な自分を呪うわ。


「往生際がっ!」

「もう遅ぇ!」


 この距離で大剣が有利だったのは不意討ちまで。

 今はもう不利だ。大きな得物はインファイトに弱い。そしてガラニカの左手は武器を持たずとも、拳だけで私を殺せる。

 【砕魔結界】で【超速再生】も無効化されている。攻撃を受けることはできない。


 ミアを維持したまま手放し、足に力を込めて地面を蹴る。

 ガラニカの意識は一瞬だけ床に落ちたミアを追い、その隙で私は体全体で彼に絡みついた。

 こういう時に小柄でよかったと思う。大人の男相手に対しての身長差は時として武器になる。小柄万歳。


 傍から見て肩車のような姿勢になり、ガラニカの首に腕を回し全力で絞める。

 ただの人間相手なら一瞬にして首をへし折る私の膂力。やることは地味だが首を折られて生きていられる人間などいない。


「死っ、ねえぇぇぇ!」

「ぐ、ぎっ……!」


 腕に全力を込めてるのに、首が折れない。

 頑丈さも異常だ。


 手こずるとは思っていたけど、本当に手こずるとそれはそれでうんざりする。

 ガラニカが私の腕を掴んで引きはがそうとし、私はそれに耐えながらも絞め続ける。

 ここで殺しきらないと、いつ気が変わってクレアに手を出されるか。


「やああぁぁぁーーーーッ!!」

「っ、クレア!?」

「な、に……!」


 私たちが地味な攻防をする中に突如としてクレアが突っ込んで来た。

 ガラニカに言わせれば一対一に割り込むなど無粋だろうが、なるほど確かに隙だらけだ。

 いくら異常個体でも身体強化で振られる大槌をまともに受ければ尋常でないダメージを負うはず。


「ガアアッ!」


 なりふり構っていられない。

 逃がさないため、私はガラニカの頭に文字通り噛り付いた。

 クレアのものとよく似た――同じにしか見えない赤毛ごと頭を噛む。口は小さいけれど魔族の咬合力だ。

 頭皮に歯が引っかかり、血の味を感じた。


「だっ、づあああぁぁっ」


 痛いでしょう。でも離してあげない。それにこうしている間にもクレアが振りかぶっている。


「なッ、めんなぁぁァァァァッ!!」

「ッ!?」


 私の腕を掴む力が増した。今までの何倍にも思える。

 なんだ、この力は。

 命の危機に引き出される馬鹿力なのか、それにしても強すぎる。魔族と人間という種族差を無視している。

 簡単に腕を剥がされ、投げ飛ばされた。


 ガラニカの手は次に向かってくるクレアの大槌に向かう。

 拳と大槌。この2つがぶつかり合ってどちらが勝つかなど、誰もが同じ答えを出すだろう。


 それが覆るのを私は見てしまった。

 ガラニカの拳が真正面から大槌を砕いたのだ。馬鹿な、と何度思っても現実は変わらない。


 クレアは柄だけになったもはや棒としか言えないものを握り続けている。

 大槌を破壊されたことに驚いているようだけど、それだけじゃない。もう一度振りかぶっている。

 棒きれとなってもなお、クレアはガラニカにそれを振った。それは脇腹に吸い込まれ、バキイッと痛そうな音を鳴らす。


 一撃が入った。肋骨が何本か折れててもおかしくない攻撃が。


「ガッ、ぎ、やるなぁ!」


 だがガラニカもただで攻撃をくらわない。

 すぐさま繰り出された足でクレアが蹴り飛ばされる。残った柄を手放してしまうほどの威力だった。


「クレア!! 大丈夫!? しっかりして!」

「ったく、せっかくの戦いを邪魔するもんじゃねぇよ。それでも俺の妹かぁ?」


 追撃はなかった。

 頭から流れる血を鬱陶しがりながらも、ガラニカは大して怒る様子も見せていない。


 床に転がるクレアには大したダメージを受けていないようだ。呻きながらも起き上がってくれた。


「クレア、下がってなさい。あなたでは奴には……」

「……嫌」

「クレアっ」

「分かってるよ! でも動かないと頭がおかしくなりそうなのっ!」


 言うや否や、クレアは床に転がる模造聖剣ミアを拾って駆け出す。


「やめなさい!」


 しがみついてでも止めようと思ったけど、クレアはそれよりも速かった。

 どうする。ミアを消すか。

 でもそうなればクレアは丸腰になり、ガラニカには魔法が戻る。

 かといって丸腰のガラニカにクレアが勝てるか、そんな光景は想像できない。


「ミアがよく分からないのは前からだった! 何か隠してるのも知ってた! やっとちょっとだけ分かった! でも信じられないよっ!」


 感情的に振られる白の大剣。ガラニカは難なく避ける。


「魔族だって言って、こんなの出して、凄いのにっ! 凄いミアに全部任せて、見てろって、やっぱりできないもん!!」


 言葉を聞いても、よく分からなかった。

 多分クレア自身何を言っているのか分かっていないのかも。溢れる感情を言葉が制しきれていない。


「だからこの人は私が倒す! やらなきゃいけないことを、押し付けられない! じゃないとミアの隣にいられないっ!」


 さっき私にガラニカを殺せと言った彼女が、今度は自分でやると言う。

 どういう変化と爆発なのだろう。私にはあの子の胸の中が読めない。


 当のガラニカは涼しい顔をして避け続ける。反撃もせず、ただギリギリで避けるだけ。


「下がれジュニカ。俺はエレーナ・レーデンと戦ってんだ」

「うるっ、さい!」


 大振りの連続。普段から大槌を使っているからか大剣を振るのも様になっているけど、当たらない。


「そいつぁお前の武器じゃねぇだろ。返してやんな」


 振り切った時のクレアの腕が掴まれる。

 そのまま捻り上げられ、たまらずミアを放してしまった。


「あっ、ぐ……!」

「もう少し遊んでやりてぇが……後で時間があったら、なっ!」


 投げ飛ばされて壁に激突したクレアが血を吐く。


「クレア!」

「心配いらねぇって。ほらっ」


 一気に私の頭に血が上るのを感じた。

 咄嗟に駈け出さなかったのは、私に向かって投げられたミアに気を取られたからだ。

 私に当てるわけでもなく、あくまで投げて返してきた。足元に重い質量のものが突き刺さり、頭が少しだけ冷やされる。


「貴様……!」


 まだミアは維持できる。わざわざ武器を返してもらったが、ここからどうするか。

 勝ち筋を組み立てられない。もうミアを消していつもの戦い方に戻ろうか。【刀剣化】をはじめとした魔法が奴に戻るのは癪だが、私の手段もミアによって潰れているのは事実。


「楽しかったぜ。さっきのは痛かった。てかまだ痛ぇや」


 頭を押さえながらガラニカが笑う。

 痛みを感じて笑うなんてこと、私にはできない。

 理解できないながらも、彼が本当に戦いが好きなのだというのが嫌というほど伝わってきた。


「魔法を封じられてんのも楽しいなぁ! やっぱりついつい使っちまうからよ、久しぶりに苦戦っぽい苦戦を味わった。だからこれは礼だと思ってくれ」


 瞬間、ガラニカの纏う気配が変わった。

 言葉にできないけど、威圧感が増しているというのが近いだろうか。


「ここからが本気だ。楽しもうぜ!」


 喉が渇く。嫌な予感しかしない。

 ガラニカの本気……これまでの戦いで引き出せなかった男の真の実力、想像するだけでも圧倒的な力。そのすべてが私にぶつかってくるのだ。


 未知は怖い。初めて見るものは怖い。

 これから見せられるのが優しいもののわけがない。

 どう転んでも私にとって良いものでないものが、わざわざ予告付きでお出しされる。今さらながらすべて投げ出して帰りたくなった。

 でも帰ることはできないし、帰るわけにもいかない。


 私に出来るのは、何が来ても戦い続けること。だからミアを構えて、どこから何が来ても対応できるように――



「聖剣解放――」



 白が舞った。



 目の前に刃があった。



「聖剣アンジェリカ」



 今まで見たことのない速さ。

 一瞬で間合いを詰めた男の白い刃が、私の眼前に突きつけられている。


「えっ…………」


 ガラニカの手にあるそれは、見るだけでそれが鋭利なものだと分かる攻撃的な形状の剣。

 見て、それが何かを認識する。認識してから、頭が理解不能を吐き出す。


 男はこう言った。『聖剣解放』と。


 彼の右手に絡みつくように顕現した剣。

 形は違えど私の持つミアと同じ物。

 聖剣氣で形作られた、真っ白な剣。


 状況のすべてが私にひとつの答えを押し付ける。



 あれは――聖剣だ。



「コイツを誰かに見せるのはお前で2人目だ。ジュニカも含めて3人か」

「聖剣氣……」

「ご名答ってな」


 さっきの馬鹿力は身体強化によるものだったのか。

 いや、それよりも……


「何よ、聖剣って…………なんで……」

「お前が持ってるのと同じようなモンだよ。なんだ、自分以外の聖剣見るのは初めてか」


 どういうこと、なの。


 聖剣って、アイリアの持っていたミアだけじゃないの?

 本当にアレが聖剣?

 だとしたら、なんて……なんて悍ましい。

 あんなものが、ミアと同じ代物が、何本もあるというの?


 アンジェリカ。

 それが聖剣の――()()()()()()()の名前なのか。


「おいボーッとすんなよ。斬っちまうぞ」

「ッ……」


 ……考えるのは一旦やめよう。

 事実だけを受け止めよう。


 まぁ、事実だけを言うなら最悪の一言。


 異常個体で魔法使いで、聖剣氣持ち? しかも聖剣? 馬鹿げている。反則だ。

 ただでさえ手に負えないほど強いってのに。


 聖剣氣持ちの異常個体と相対するのは初めてではない。勇魔大会で戦ったレンファンもそうだった。


 でも彼とあの子には決定的な違いがある。

 レンファンは幼かった。身体強化した自分の体を制御しきれない節があった。

 ガラニカはどうだ。戦士として完成された彼が、未完成の力を"本気"と表現するだろうか。そんなわけがない。


 それらを鑑みて、私自身の記憶すべてと照らし合わせて、結論に至る。


 この男は――


「使うのは久しぶりだ。簡単に倒れてくれるなよ?」


 私がこれまで戦ったどの人間よりも、単純に強い。

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