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花のお江戸のエルフ大名  作者: にいがたさくら
3/5

第三話 吸血鬼の仕業?江戸の街を襲う流行り病

その頃、マリアたちは南町奉行所に呼び出されていた。

「この度は、わざわざご足労いただきありがとうございます」

上座に座っている南町奉行・小平甲斐守は恭しく頭を下げた。

「いえ……それより、お呼びになった理由を教えてくださいませんでしょうか?」マリアは尋ねた。

「はい。実は、長耳藩のエルフの方々にお願いしたいことがありまして」

「なんでしょう?」

「実は……最近、江戸で流行っている病の原因を突き止めて欲しいのです」

「流行り病ですか?一体どのような病気なのでしょう?」

「はい。なんでも、身体中から血が流れ出し、最後には死んでしまうという恐ろしい病だと聞いております」

「それは……」

「私は、この目で確かめていないので確かなことは申し上げかねるのですが……何でも、患者はみな、首に傷があるそうなのです」

「まさか!?」

「はい。恐らく、吸血鬼の仕業ではないかと……」

「そんな馬鹿なことって……」

「私も信じられませんでしたよ。しかし、実際に何人もの人が亡くなっている以上、見過ごすわけにもまいりませぬ。そこで、長耳藩の方に調査をお頼みしたく存じ上げた次第です。なんでも異世界(むこうがわ)にはその吸血鬼の末裔が住んでいるとかで……」

「なるほど……そういうことでしたら、協力させて頂きたいと思いますが、よろしいのですね?」

「はい。よろしくお願い致します」

「分かりました。では、早速ですが、調査に向かわせていただきます。何か分かればすぐに知らせに参りますので……」

「お待ちしております」

そう言って、マリアはその場を後にする。


マリアは次に、浅草にある長耳藩の下屋敷を訪れた。

屋敷の主は、ジョージと言う。ジョージは異世界討伐前からフレデリック家に仕えていた家臣だ。エルフの中でもかなり高齢で、白髪交じりの立派な髭を蓄えている。

マリアの母方の高祖父に当たる人物でもある。

「実は……吸血鬼が出たという噂が流れているのですが」

「ヴァンパイアじゃと?」

「ええ。この噂を聞きつけた者たちが怯え始めていて、調査してほしいと町奉行から依頼を受けまして……」

「なるほど……」

「それで、ひいひいおじいさまはなにかご存知ではありませんか?」

「知らぬな……。しかし、ヴァンパイアなんて久方ぶりに聞いわたい」

ジョージは約百五十年前のヴァンパイアとの戦いを思い出すように遠い目をする。

「ワシが戦ったヴァンパイアは、それは恐ろしい目をした女じゃった」

「女?」

ジョージの話によると、彼は貴族のような恰好をしていたそうだ。しかしその身なりに反して、言葉使いは汚く野蛮だったという。しかも戦いにおいて躊躇なく人を襲い血を吸っていたらしい。

しかし、その言葉遣いとは裏腹にどのヴァンパイアも花が好きで大切にしていたらしい。

そして、彼はいつも赤い薔薇の花を携えていたそうだ。

ジョージは「あのヴァンパイアには赤が良く似合っていた」と言って笑った。

ジョージは「あのヴァンパイアには赤が良く似合っていた」と言って笑った。

ジョージとの会話を終えて、その場を後にすると、今度は別の場所に足を運ぶ。

そこは、吉原遊郭であった。

「あら、マリア様ではありませんか?」

声をかけてきたのは、遊女のメアリーだった。

彼女は、ダークエルフと人間の混血児である。

肌の色は褐色だが、その瞳は黒い。

髪は長く背中まで伸びている。顔つきはどちらかと言えばエルフに近いようだ。

彼女は耳長藩の農民出身であり、今は故郷を離れて、ここ吉原遊郭に身を置いている。

「こんにちは、メアリーさん」

マリアは挨拶する。

「今日は何用でございますか?」

「実は、流行り病のことを耳にしまして……」

「それでしたら、うちでも話題になっていますよ。何でも、若い娘ばかりが次々と亡くなっているとか……」

「ええ。それで、少し調べに来たのです」

「そうなんですか。でも、私なんかは大丈夫ですよ。きっと、元気いっぱいでいられますから!」

「いえ、そういうわけにはいきません。何かあってからでは遅いですし……」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「ところで、流行り病の原因については、何か心当たりはないですか?」

「うーん。そうですね……吸血鬼の仕業だとか……」

吸血鬼といえば、その名前の通り血を吸う魔物だ。

日光を浴びると灰になってしまうため、日中に活動することはない。

しかし、日の光に弱いと言っても、全く浴びないわけではない。

それ故に、日中の活動ができないということではないのだ。

「やはり、吸血鬼ですか……」

マリアは呟くように言う。

「私の育った村でも、吸血鬼はもうほとんどいないですからね……」

かつて長耳藩がエルフ王国だった頃、吸血鬼は悪魔の一種として恐れられていた。

吸血鬼は人間やエルフの血を好んで吸い、その血を飲み干してしまうと言われているからだ。

そして、吸血された人間は、同じく吸血鬼になるのだと考えられていた。

実際、エルフ王国の黎明期には、かなりの数の人間が犠牲になったという。エルフ王国による支配が始まってからは、領内の吸血鬼は減少の一途を辿り、徳川の世が始まった当世に至っては、その存在すら忘れ去られていた。

しかし、江戸でも僅かながら残っている伝承もあるのだそうだ。

例えば、日光東照宮の境内には、吸血鬼避けのための杭が打たれているという話がある。

他にも、江戸城大奥の至るところに十字架が描かれた絵がかけられていたという言い伝えが残っている。

こういった話は、百年ほど前ならば実際にあった出来事なのだろう。

いずれにせよ、今の時代において、吸血鬼は悪魔のような存在ではなくなっていた。僅かばかり生き残った吸血鬼たちは、小人藩との国境で日ノあちらがわから持ち込んだトマトを栽培して暮らしているという。

マリアはメアリーに別れを告げると、その場を後にした。

長耳藩の屋敷に戻ってきたマリアは、ジョージに調査の報告をした。

「やはり、噂は真実であったか……」

「はい。流行り病で亡くなった方は、全て若い女性とのことです」

「なんと恐ろしい……。しかし、困ったものだな……。このまま放っておくわけにもいくまい」

「ええ。なので、明日にでも、吸血鬼退治に出向こうと思います」

「分かった。くれぐれも気をつけるのだぞ。相手はヴァンパイアだからな……」

「はい。心得ています」

次の日になり、マリアは上野を目指した。

上野は山の手にある街である。

この街には、寛永寺と呼ばれるお寺の境内があり、その周囲には桜の木が植えられており、多少散ってはいるものの、花を咲かせていた。ジョージとエルフ王国で戦った吸血鬼の末裔が江戸に住んでいたとしたら、ここ寛永寺を好むだろう。マリアはそう推理した。

その近くの道端に、マリアは腰掛けて休憩していた。

するとそこに、一人の女が現れた。

年齢は20代前半といったところだろうか? 顔つきは中性的で、目鼻立ちははっきりとしている。

髪は黒く、肩まで伸びていた。

服装は、着物の上に羽織を着込んでいる。一介の花見客ではないだろう。

肌の色は白く、口元には牙が見える。

一見したところでは、普通の人間のように見えるが、その瞳は赤く輝いていた。恐らく吸血鬼だ。

「お前、何者だい?」

吸血鬼の女が尋ねてくる。

「私は……言えません」

「ふーん。そうかい」

「あなたこそ、ここで何をなさっているのですか?」

「別に、何もしていないよ」

「そうですか……」

マリアは吸血鬼の方を見つめる。

「どうしたんだい、そんなに見つめちゃってさ……」

「いえ、何でもありません。少し考え事をしていました」

「そうかい?」

「ところで、一つ伺いたいのですけど、最近若い娘ばかりが亡くなったという話を聞きませんでしたか?」マリアが尋ねる。

吸血鬼の女は、マリアの顔を見ながら答える。

その表情はどこか嬉しそうだった。「ああ、聞いたよ。それがどうかしたのかい?」

マリアは吸血鬼に向かって言う。

「いえね、もしよかったら、そのことについてもう少し詳しく教えてほしいと思ったものですから……」

「いいよ。でもタダじゃあ嫌だよ。情報料を貰わないとねぇ……」

吸血鬼の女はニヤリとした笑みを浮かべながら言う。

「分かりました。それで、いくら払えば良いのでしょうか?」マリアは吸血鬼に尋ねた。

「そうだねえ……お金は要らないかな。その代わり、あたしと一緒に遊んでくれないかい?」

吸血鬼は笑いながら言った。

「遊ぶというのは、具体的にどのようなことをするのですか?」

マリアは吸血鬼に質問を投げかける。

「そうだねえ……。とりあえず、あたしの住処に行こうじゃないか。それからゆっくり話をしよう」

吸血鬼はマリアに背を向けると、歩き始めた。

マリアは吸血鬼の後を追うことにした。

吸血鬼はマリアを連れて、ある屋敷の中に入って行った。

そこは、かなり古い武家屋敷であるようだった。

マリアは、吸血鬼に案内されて、とある部屋に入った。

その部屋には布団が敷かれており、そこには裸の少女が横になっていた。

少女はまだ幼い印象を受ける。

年齢は10歳前後といったところだろうか? そして、少女の首元には真新しい噛み跡があった。

「この娘は、流行り病で亡くなったんですか?」マリアは吸血鬼の女に尋ねる。

「あたしが見つけた時には、もう死んでいたよ……」

吸血鬼の女は答えた。

「流行り病で亡くなったってことは……この娘も例の噂の犠牲者なんですね」

マリアは吸血鬼の女に尋ねる。

「まあ、そういうことになるねぇ」

吸血鬼の女が答える。

「流行り病は、若い女性しかかからないはずですよね? この娘の母親も家族も、みんな感染しているのではないですか?」

マリアは吸血鬼の女に尋ねる。

「ああ、その通りさ。たしかにこいつの親は流行り病に罹っていたさ」吸血鬼の女が答える。

「でも、なんでこの子をここに運んできたのですか?」マリアは尋ねる。

「」


無言の時間が過ぎた、その時であった。

部屋の扉が開き、別の女が現れた。

服装から察するに、20代前半くらいだろう。

先ほどと同じ、中性的な顔つきであり、肌の色は白い。

口元には牙が見える。瞳の色も同じ赤色をしていた。恐らく吸血鬼であろう。

だが、彼女だけは何か少し違っている……そんな雰囲気を感じていた。

服装は普通の侍のような格好をしており、腰には日本刀を差している。どうやら帯刀許可を得られているようだ。

「おやおや、那由多さん、客人に失礼ですよ?」

「はっ、お館様。申し訳ございません……」

那由多と呼ばれた女が頭を下げる。

お館様と呼ばれた女性は、マリアの方に向き直る。

彼女の目は赤く光っていた。吸血鬼特有の目の特徴でもある。

そして、鋭い眼差しでこちらを見つめていた。

「申し遅れました。わたしは幕府に御様御用として仕えております。名は、阿佐ヶ谷七瀬と申すものでございます。以後、よろしくお願いいたします……」

七瀬と名乗る吸血鬼が丁寧に自己紹介をしてくれた。御様御用といえば、人間の死を司る役職だ。

彼女は礼儀正しい性格のようだ。マリアに対して丁寧な言葉遣いで話しかけてくれた。

マリアも彼女に挨拶をする。

「初めまして。私は耳長藩でお預かりになっています、侍医の娘です」

マリアの身分は一応、まだ浪人という立場である。本当はもっと大仰な肩書があるのだが、ここではあえて隠した。

「あの……質問しても良いでしょうか?」マリアは七瀬に尋ねた。

「何なりとお聞きくださいませ……」

「えっと、噂では、若い女性ばかりが罹る流行り病があるという話を聞いているのですが、本当なのですか?」

マリアは、丁寧な吸血鬼に対して単刀直入に尋ねてみることにした。すると、案外簡単に答えが返ってきた。

「はい……事実……、というのは正確ではありませんね」

「どういうことですか?」

「実際に流行り病が起こっているわけではないんです……」

「それは、つまり、誰かが流行っているという噂を流したという事ですか?」

マリアは質問を投げかける。

「いいえ、噂だけではありません……。亡くなった女性たちの遺体を、こっそりこの屋敷まで運び込んでもらっていて……、遺体の一部を使って、病気の症状を作ったうえで流行り病に見せかけて遺体を処分しているというのが現状ですね」

「なるほど…… じゃあ、この少女も流行り病にかかって死んだように見えるように偽装するために連れてきたというわけですか?」

マリアは、七瀬に尋ねる。

「はい……その通りでございます……」

「流行り病で死んだようにに見せかけるために、死亡した人を攫って血を抜き取ったというですね……?」

マリアは冷静に分析しながら、七瀬に問う。

「どうしてそのようなことを……」

「吸血鬼は若い娘の血を好みます故、死体とは言え、このような綺麗な肌の若い女性を見たらきっと喜ぶでしょう」

七瀬が言う。彼女の話では、亡くなったすぐ後の血を啜るのは特別に御公儀に許されている特権なのだそうだ。むしろ死体の腐敗を防ぐため、喜ばれるとのこと。死体処理の役目を担っている御様御用の七瀬にとって、死体は単に血を供給するものでしかないだろう。

「ではなぜ流行り病の噂を作っているのですか?」

マリアは真剣に質問する。彼女の疑問は当然だ。

御様御用の女侍が吸血鬼で、しかも死んだ女の死体を使った流行り病の偽装が行われているなどと聞けば誰だって驚くことであろう。なにかしらの目的があるはず……マリアはそう考えた。

「それについて話すと長くなりますが……」

七瀬は少し話し始めた。彼女が語った話を要約すると、以下のようになる。

1吸血鬼の先祖返りを起こした男が女性を襲った際、女性は流行り病で亡くなった事にしてほしいと言われた。

2それを了承した幕府所属の吸血侍(後に御様御用と呼ばれる役職となる)の七瀬は、流行り病で亡くなったことにすれば死体は有効活用されると考えた。

3その後、流行り病の原因となった吸血鬼の男性を殺害の上、埋葬することで今回の件はすべてなかった事になる……ということらしい。

今回、死んだ娘たちの身元を隠したのは幕府の指示でもあるようだ。

どうやら人間社会の中に隠れ潜むため、普通の人間が起こした事件のように偽装する必要はあったようである。

長耳藩の村でトマトを栽培している吸血鬼と違い、江戸という都市で暮らす吸血鬼にとって、血は重要な食料である。それゆえ、できるだけ表立った行動を控える必要があるらしい。

ちなみに、阿佐ヶ谷家自体は吸血鬼の中でも幕府に仕える由緒ある家柄で、特に吸血鬼の間では名家の1つであるのだそうな。七瀬もまた例外ではなく、幕府から直々に御様御用の称号を拝領している程だという。

余談であるが、現在の阿佐ヶ谷家の当主は代々女性のようで、先祖返りしてしまう可能性がある男子は家督が継げず、養子によって成り立っているらしい。

阿佐ヶ谷家は、百二十年前の異世界征伐でも、幕府方として出陣しており、戦の中で大きな戦果を挙げた事もあるという。

話が脱線してしまった事を恥じているのか、七瀬は頭を下げながらこう言った。

「申し訳ございません……。つい関係のない話までしてしまいました……」

マリアは謝罪の言葉に首を振った。

「いえ、こちらこそ無粋な質問をしてすいませんでした」

マリアは素直に謝った。

七瀬はほっとしたような表情を浮かべ、「わかってもらえて何よりです……」と呟いた。

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