2話「特別なもの」
教会・医務室にて治療開始から約1時間弱。
腕まくりをしたメルがトオルに向かって親指を突き出しニカッと笑って見せた。
「もう大丈夫よ。でも1週間は絶対安静ね。…この胸の傷なんだけど、魔力無効化のせいで魔力による治療が出来なかった。万が一に備えて私、こっそり飲み薬とか塗り薬とか作っておいたの。時代遅れって馬鹿にされると思うけど…。」
「そんな事ない。メルのおかげで僕も…この子も…助かりました。本当にありがとうございます。」
「あわわわ。そ、そんなこと…うぅん、どういたしまして。私もあなたたちを助けられたこと嬉しく思うわ。」
すこし照れくさそうに微笑んだ。そして魔力無効化について切り出してきた。
「それにしても不思議だわ。魔力無効化なんて"上位の天使や精霊、神しか使えない"おとぎ話だと思ったわ。あとは…"神の使いと呼ばれる存在"かな。」
「そういえば…ドラゴンに追われてて、青い炎を纏った尻尾で攻撃されて…この子が怪我したんだ。これが胸に。」
おもむろにズボンのポケットから胸に刺さっていたものを見せるとメルは驚きが隠せないほど動揺していた。
「えっ!?その鱗って、うそ…そんな…。あなた達が会ったのは"聖龍"で間違いないと思う。神の使いと呼ばれる存在で、"神獣"とも呼ばれているわ。魔力無効化の物質を全身に纏っていて、鱗一枚でも大金が手に入ると聞くわ…。トオル、それ触ってるけど大丈夫?」
キョトンとした顔にメルはとても心配そうに見つめてくる。
少し考えてみたが、どこも痛くも痒くもない。
そもそも普通の人間なので魔力なんて物と無縁である。
「ん〜、全然平気みたい。危ないものなの?」
「…?そうね、普通は触ろうとは思わない、かな。体に流れる魔力が使えなくなって、生命維持ができなくなって体が弾け飛ぶって噂もあるし。こういう封印箱で保管するのが常識なんだけど…。噂はデマだったとあなた達が証明になってしまったね。」
「な、なるほど。僕にはちょっと難しい話ばかりだったけど、この聖龍の鱗なんだけど、えーっと…す、スイードル?…その箱で保管しててもらえないかな。」
メルは予想外の出来事に悩みながらも預かることを承諾した。
「わかりましたわ。…トオルは欲がないのね。珍しいというか、とても変わってるわ。」
「あの、実はこの世界の…」
話を続けようとすると、医務室の扉を軽く叩き女性が入ってきた。
「急用の為失礼致します。」
「あら、ポムルさんどうかしましたの?」
「はい、お嬢様。ラルゴ様がお帰りになられました。」
「……。えぇ、わかりました。」
「メル様…。」
「お父さん帰ってきたみたいなの…えへへ、ごめんなさい。お話の続きは後でちゃんと聞かせてね。お父さんに挨拶しにいかなきゃ。トオルはこの子の事見ててあげて。あ、ポムルさん、ここじゃなく客室の方にご案内してあげて。じゃあ、また会いましょう。」
メルは僕に背を向けたまま急いで医務室を飛び出して行った。
「お部屋へご案内させていただきます、ポムルと申します。ではこちらへどうぞ。」
「よ、よろしくお願いします。」
歩きながらポムルさんと少しだけお話をした。
ポムルさん曰く、この教会はメルバート邸の敷地に後から建てられたそうだ。
客室はメルバート邸にあるのでそちらに向かっているが、廊下の絨毯や壁紙も凝っていたり、窓枠やドアノブなど所々に黄金を使っている何という太っ腹な教会だろう。
でもこの煌びやかな教会が村にあるのは正直変な感じがする。
「あの、この教会なんですけど、すごく素敵な建物ですよね。何というか…村とギャップがあるなぁ〜というか、違和感がすごいというか…決して悪口ではないんですけど、この廊下には高価そうな壺や絵が飾ってあったりするのに、村の人たちはあまり裕福には見えないなぁーって…。」
「……………。」
「余所者なのにいろいろ生意気言ってすみませんっ!」
「いえ…………よく見てますね。事実ですので構いませんよ。ここだけ特別扱いなんですよ。プロセニュアム村では何を犠牲にしてもメルバート家だけは、絶対的存在なんですよ。」
「特別…なるほど…。」
沈黙が続くと突然メルについて訊かれた。
「大変失礼ですが、メル様ととても親し気な雰囲気でしたがお客様と一体どういうご関係でしょうか。恋人ですか?はっ、もしかしてこここここ、婚約相手だったりしちゃったりします?!」
「えーー!!いやいやいやいや!ち、違いますよ!僕たち森で獣に襲われてる所メルさんに命を助けて頂きました。この子も傷だらけの所治療してくれて、なので命の恩人なんです!!」
「そ、そうでしたか。さすがですメル様。ゴホン。あのぉ…し、失礼いたしました。」
「あはは。ポムルさんはメルさんこと大好きなんですね。」
「えぇ勿論です。産まれた時から私はお仕えさせていただいてます。とっても可愛いんですよメル様。綺麗な髪にほっぺはぷにぷにで、本当にお優しい人なんです。昔はいつも可愛らしい笑顔で……ッ。」
ポムルは言葉を詰まらせ何かに怯える様に身を震え出した。
「あの、どうかされたんですか?顔色が悪いですよ。」
「いえ。話過ぎました。申し訳ございません。」
それからポムルは一言も発することはなく部屋へ案内し終わると一礼をしどこかへ行ってしまった。
メルたちと別れてから数時間が経ち、猫の意識が戻った。
「みゃぁ…ここはどこみゃ…。」
「気分はどう?僕たちを助けてくれた人のお家だよ。あとで一緒にお礼言いに行こうね。」
「みゃー。優しい人みゃ。」
「それと一つ良いかな。もうあんな真似は二度としないで欲しい。こんな事されても僕は嬉しくないよ。」
「ごめんなさい、優しい人助けたかったみゃ。」
「その気持ちだけで十分だよ。またドラゴンに追われたら今度は僕も戦うよ!超パワーが覚醒してきっと強いよー!」
「みゃみゃみゃ!ありがとみゃ!でもみゃーはもう会いたくないみゃー!」
「それもそうだね!あはは!」
出会って間もないが家族の様な安心感があった。
今生きている事に感謝を込めて2人は笑い合った。
「そういえば自己紹介まだだったよね。僕は八雲トオルだよ。よろしくね!キミの名前はなんて言うの?」
「ととる?ととるよろしくみゃー!!みゃーは、みゃぁ…名前、名前はないみゃー。」
「トオルだよ!んー。そっか。…じゃあ僕がキミに名前をつけても良いかな?」
「みゃーー!!!嬉しいみゃー!嬉しいみゃー!みゃーー!みゃーー!!名前欲しいみゃー!!」
「僕の実家にキミにそっくりな猫がいたんだ。とても優しくて人懐っこくて…っ!その子の名前を捩って"ケレン"ってどうかな?」
「ケレン…みゃ…。」
「ちょっと違ったかな?他に名前候補いくつか考えてみるね!」
「違うみゃ!違うみゃ!ケレン!嬉しいみゃー!嬉しいのみゃー!みゃーはケレン!ケレンみゃー!!」
トオルの周りをパタパタと飛んで喜んでいた。
だがメルからは絶対安静!と言われているので慌ててケレンを捕まえてベッドへ連れて行った。
飛び回って疲れた様だったので、ケレンのお水を貰うため客室を出て人を探していると使用人室と書かれた部屋があった。
その部屋から先程案内をしてくれたポムルの声が聞こえたので、扉を開けようとしたら誰かと話していた内容が聞こえてしまった。
「メル様は、いまどちらにいらっしゃるの?…またあちらの部屋?」
「…えぇ。私…耐えられなくて…逃げ出してしまったわ。」
「救っていただいた恩はあるが…もう我慢の限界ね。」
「ポムル…ついにやるのね。準備は出来てるよ。」
「私が終わらせる。"メルガ・メルバート"をこれ以上…終らせないと。」
「え?どう言う事…。」
訳がわからずトオルは扉の前で立ち尽くす。