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1.獅子隊長ソウキ視点


「れー(にぇ)ぇ」

「どうしたの? ソウちゃん」

「何見てたの? れー姉ぇ」

「あら、見られてたのね。ふふ。ほら、あそこ。格好いいなあって思って見てたの」

「だれ? なに?」

「ほら、あそこよ」

「だれ?」

「警備隊さん」

「けーびたいさん」

「そう、制服を着た警備隊さん、格好いいでしょう?」

「かっこういい」

「うふふ」

「……れー姉ぇ、けーびたいさん好き?」

「え? そうね、好きね。街のみんなを守ってくれるもの」

「かっこういい?」

「そうね、格好いいわ」

「わかった。おれ、けーびたいさんになる」

「あらあら」

「れー姉ぇ、まもるからね」

「まあまあ。うふふ。嬉しいわ、ソウちゃん」

「まもるから」

「ありがとう」

「うん」




 + + +




 警備隊の隊長室、その部屋の主である警備隊隊長のソウキは、今日も外回りへ出かける旨をその場に控えていた隊員へと伝える。

「今日も街の巡回、その後は聖樹の警備へ行く」

「承知いたしました。では、サインが完了している書類は各部署へ回しておきます。会議や訓練の行程表は各部隊長へ周知しておいてよろしいですか」

「いつもすまないな。よろしく頼む」

「は、はい!」

 警備隊隊長である彼に直接礼を言われた隊員は、心なしか弾んだ声を出した。


 隊長室を出て、外出の為に通路を歩く。

「隊長!」

 警備隊の訓練所の中、すれ違う隊員たちはソウキの姿を見つけるとバッと背筋の伸びた敬礼の姿勢を取り、挨拶をする。

「ああ、いってくる」

 ソウキもそれに返しながら歩く。

 途中、訓練中の隊員達のそばを通るが、彼らは訓練する手を途中で止めて一列に並び、こちらへ敬礼をする。

 ソウキは以前から訓練中であれば挨拶はせずとも構わないと伝えていたが、訓練の指導をしている隊員までこちらへ走ってきて敬礼をするのだからその挨拶を辞めるものはいない。

 ソウキを慕う隊員は多い。

 熟練の域に達した隊員でさえ、若くして隊長となったソウキに反発するような者はおらず、皆がソウキの下で働けることを誇っていた。

 若い隊員などは、彼を慕って入隊してきた者も多い。

 ソウキは彼ら一人ひとりに挨拶を返すと、廊下にかけられた鏡で髪や隊服に乱れがないかを確認してから街へと出た。


 ソウキを見て声をかけてくるのは街の人間も同じだ。

「獅子隊長!」

 小さな子どもから年配の者まで、年齢を問わずソウキに気が付くとそばへやって来て、一言でも言葉を交わしたいと名を呼び、挨拶をする。

「変わりはないか?」

「はい! 獅子隊長と警備隊のみなさんのおかげで平和そのものです!」

「そうか」

 小さな男の子に声をかけられ、ソウキはいつものように困りごとや変わったことはないかと問いかける。

 男の子の満面の笑顔と元気な返答を確認して、ソウキは「ではな」と歩みを進める。

 彼にとって街の安全は何よりも大切なことだ。

 隊長になった今もそれは変わらない。

 ソウキは、この街の安全を守るために警備隊に、そして警備隊隊長にまでなったのだから。


 それが、彼の”大切なもの”を守ることになるのだから。



 + + +



「ミレーヌ(ねえ)、俺今度、警備隊の入隊試験を受ける!」

「あらあら、ソウちゃんももう十二歳になるのねぇ。もう昔みたいに”れー(にぇ)ぇ”って呼んでくれないの?」

「……! それは! それは舌も回ってなかった頃の話だろ! それより、俺、警備隊の入隊試験受けるから!」

「うふふ、可愛い呼び方で気に入ってたのに。隊員さんの制服を着たソウちゃんはきっと格好いいわねぇ」

「!」

 ミレーヌは片頬に手を添えておっとりと微笑み、ニコニコとしている。

 ソウキは顔に熱が集まるのを感じた。


 ソウキにとってミレーヌは、近所に住む面倒見のいい姉のような存在だった。

 ミレーヌはソウキよりも十二も上で、ソウキがどんなことを言ってもいつも穏やかに笑って許してくれるような、おおらかな女性だった。

 ソウキは物心のついた頃よりずっと、彼女を大切に想い慕っていた。

「俺、警備隊員になって、この街を守るから」

 ミレーヌを守る、とはどうしても言えなかった。

 彼女にとって自分が幼く、頼りないことが分かっていたからだ。

 それでも、これまで彼女に守り許されてきたように、今度は自分が彼女を守り幸せにする存在になりたかった。



 そうしてソウキが警備隊への主席入隊をした年、彼女は結婚した。



 相手は自分にとって兄のような存在の男だった。

 ミレーヌと同じ年で、同じく近所に住む小さな商家の息子。

 彼は優しく、思いやりがあり、そしてミレーヌを大切に想っていた。

 二人が恋仲であったことも知っていた。

 二人が結婚してしばらくして産まれたのは男の子だった。

「おめでとう、ミレーヌ(ねえ)、マーク(にい)

 ソウキは、彼女を守るのが自分ではなかったことを悔しくも思いながらも、二人の幸せな生活を望み、祝福した。


 それからのソウキはただ我武者羅に彼らの幸せな毎日を守ることに邁進した。

 優秀な彼はすぐ本隊へも昇進し、日々繰り返す厳しい訓練の合間や、業務以外の時間をも使って街を見回り、少しでも怪しい噂があれば真偽を突き止め排除した。

 ミレーヌ達の生活は決して裕福な物ではなく、息子のケンタが育ってからはミレーヌも働きに出た。

 ソウキはミレーヌ達の負担になることの無いよう、彼女達の目には触れないよう、時間帯を変え、場所を変え、昼も夜もなく彼ら家族の身の回りの危険を排し、守り続けた。


 やがてソウキのそうした行動のひとつが街で話題になった。

 ソウキが潰した非合法な魔法組織は、噂の中で悪の秘密結社に姿を変え、非力だった魔法研究員達も魔法士と名を変えた。

 大規模な悪の組織を一人倒した警備隊員としてソウキは警備隊の”若獅子”と呼ばれ一躍時の人となった。

 警備隊上層部や、国の騎士隊はその活躍の実態をもちろん知っていたが、大規模な魔法組織が裏社会で形成されていたことを発見し、彼らの根城を一人で捜索・掃討した彼の功績は大きく評価された。

 街の人々を常日頃から熱心に気にかけ、仕事熱心であった優秀なソウキは彼らにとっても注目の若手であり、彼によって警備隊への人気が高まったことも、上層部にとっては歓迎すべき事態だった。

 ソウキは役職持ちの証明である記章を与えられ、部下を持つことになった。

 役職を得て働き方を変えるよう言われた彼は慌てた。

 これではミレーヌ達を守れない、と。

 しかし、職を辞してしまえば、警備隊への入隊をミレーヌが喜んでくれたことを反故にしてしまう。

 真面目すぎるところのある彼は考え、そして思い至った。

 

 警備配置を決められる役職になってしまえばいい、と。


 それからのソウキの勢いはまさに”若獅子”そのものだった。

 規律通りに仕事をこなし、業務を終えると自主的に街や、聖樹を管理する仕事をしているミレーヌの職場の警備をした。

 訓練の量もベテランの隊員達が思わず止めるような量をこなし、彼はたった数年で二つ目の記章をその胸に飾ることになる。


 妬みや嫌がらせの類はなかった。

 周囲は実力と努力で彼がそれを手に入れたことを知っていたし、彼の実直なところも、街の人を思い、日々その身を削っていることも知っていた。

 そうしてソウキが二十四になった年、周囲の後押しもあって彼の警備隊隊長への就任が決まった。


 そんな時だった、彼の元をミレーヌの夫、ソウキが兄と慕うマークが訪ねてきたのは。


 + + +


 彼は開口と同時にただ一言、「ミレーヌとケンタを頼む」と言った。

 訳が分からなかった。

 ずっと彼らの目に触れないように彼らを守ってきたソウキにとって、マークと直接話すのも十年ぶりのことだった。

 問いただすソウキへ しかし、マークは知っていたのだと語った。

 ソウキが未だミレーヌを慕っていることを。自分たち家族をソウキがずっと守っていたことを。

 だから力不足の自分は身を引くのだと。


 ソウキは必死に止めた。

 自分が彼ら家族の幸せを壊してしまうなんてことは、真面目な彼には決して受け入れられなかった。

 マークは言う。

 もうミレーヌも納得したことだと。ケンタも分かってくれたと。

 嘘だ、とソウキは思った。

 十年ぶりに話す彼だったが、嘘をつくときの彼の癖は、幼いころ見たそれと変わっていなかった。

「俺が勝手にした約束であっても、お前は守ってくれるだろう」

 ソウキの言葉も聞かずマークは苦笑いを浮かべて一方的にそう言うと、「彼女たちを幸せにしてやってくれ」と告げて去っていった。

 ミレーヌとマークが離婚したということを、風の噂で聞いた。


 + + +


 隊長としての仕事を片付け、ソウキは今日もミレーヌの働く仕事場の警備の配置につく。

 ミレーヌの職場は、朝と夕方の決まった時間以外でそこで働く者が出入りすることは無い。

 ソウキはいつも、彼女の出勤が終わってから守衛に就き、彼女の退勤の前に他の者と交代していた。

 昔一度飲んで以降、たまにちょっかいをかけにここへやって来る悪友のロキは、ソウキのことを”付き纏い”と笑った。

 今や”獅子隊長”と呼ばれ、誰からも慕われるソウキをそんな風に悪く言えるのは、唯一”友人”と呼べる彼だけだった。


 今日もロキがやってきたのが見え、ソウキは顔をしかめた。

 またちょっかいをかけに来たのか、と思う。

 彼とはもう付き合いも長く、彼のことは信用しているつもりではいるが、女性と見れば誰彼問わず軽い態度で声をかけるこの男を、ミレーヌのいるこの場所に近づけるのはいい気がしなかった。

 ソウキの嫌そうな顔を面白そうに見た彼は、同行者を指して「今日はこの子の案内だから!」と胸を張った。

 きちんとこの場所の管理のための許可も得ていることを書面で確認したソウキは、嫌々ながらも彼らを中へと通す。

「あのさ~」

 通り過ぎ際、ロキがまたソウキに向かって何か軽口を叩こうとしてきたのを同行者が止めていた。

 同行者は常識人のようだと少しは安心して彼らを見送った。


 あと小一時間もすればミレーヌ達が退職し始める時間になり、ソウキが次の守衛の者と交代しようとしていた時だった。

 ロキが出てきたのが見えた。

 相変わらず機嫌が良さそうにこちらへ歩いてくる彼は、いつも以上に何か企むような悪い顔をしている。

 ソウキが顔をしかめてそちらを注視していると、ロキの影から誰かがひょこりと顔を出した。


 ミレーヌだった。


 ソウキがぎょっとし、体を強張らせている間にも、ミレーヌは嬉しそうにこちらへ手を振り、トテトテと駆けてくる。

「ソウちゃん! 久しぶりぃ」

 昔と変わらずおっとりとした優しい笑顔がこちらに向けられていて、頭が真っ白になる。

 年齢を感じさせない彼女は、ソウキが十二歳の時に結婚を祝った時のまま、時が止まったように美しいままだ。

 ケンタが生まれて以来、十年ぶりだというのに昔と同じままの慈しみを持ってソウキへ笑いかけ、そして隊長への昇進を知っていたのだと言って褒められた。

 「ミレーヌ」とかしこまって呼んだソウキに、「昔みたいに”れー姉ぇ”って呼んでくれたらいいのにぃ」とすねて見せる姿が可愛らしくて、愛おしくて、たまらなくなる。


 警備隊の隊長であるソウキへの伝言があるのだと言い、彼女はキリリと顔を作って話し始めたが、すぐに口調が砕けて親密に話をしてくれる。

 彼女との会話はまるで時間が巻き戻ったようで嬉しくて、しかしここにいるのはあの頃とは違う、彼女を守れるだけの力を持った自分だということに気付かされた。

 己の胸で三つの記章が揺れている。

 あの頃なりたかった姿でミレーヌと向き合っている自分がいた。


 もう、自分を律することはできなかった。


「ミレーヌ、少し、話をいいか」


 次の守衛担当者へ一応の引き継ぎを終えていたソウキは、話を終え立ち去るミレーヌを引きとめた。

 ロキたち同行者が、その様子を見て察したように「先に行っている」と言い歩いて行く。

 大人しく立ち止まりこちらの話を待つミレーヌは、少しだけ何かを期待しているようにも見えた。

 呼び止めたものの、まだ、決めかねていた。

 最後に会った時のマークの顔が思い起こされる。


 その時、去っていくロキが振り返った。


「ソウちゃん〜!」

 ソウキを愛称で呼んだ彼はソウキに向かって口をパクパクと動かして見せた。

「あいつ……ッ!」

「ソウちゃん?」

 カッと顔を赤くさせたソウキだったが、ミレーヌが不思議そうにしているのに気づいて慌てて彼女へと向き直る。

 不思議ともう気持ちは落ち着いていた。

 彼女へ、想いを告げることを、決めた。


「ミレーヌ、俺にお前たちを守らせてくれないか」


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