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第18話「魔王の朝帰り」

「最近魔王の朝帰りがひどい」


 構ってもらう機会がめっきり減ったガーネが不満を垂れた。毎夜ニアの練習を見守ってから魔王島に帰って来るのである。今までの規則正しかった生活がすっかり乱れた。早朝帰ってから昼まで寝るという具合になってしまっていた。そしてまた夜になるといそいそとニアの元へ通うのである。


「大体そこまでニアに肩入れしなくても良いじゃん」


 確かにここで勇者が復活するという民の注目を浴びる展開の冒険になれば、ティグロ王国からの裏金は割増アップになる契約なのだ。だからと言って、このまま本当に勇者が強くなってしまっては魔王自身の身を危険に晒すだけなのである。


「そーんなにあのニアって子が良いのかね。女の子と一緒に遊びたいのなら、あたしに言えばなんぼだって付き合ってあげるのに」


 構って欲しいのはジーヴァも山々である。そもそもおっぱい星人の彼としてはやせっぽっちのニアよりは、大変立派なモノをお持ちのガーネや大きすぎず小さすぎず適度なサイズのハンヌの方がうれしいのだ。なお、残念ながらルダは御察しではあるのだが。


「だけどこのままニアがリタイア、なんてなったらお前らだって後味悪いだろ?」


 そう言い残すとジーヴァは今夜も練習に付き合うため、彼女の待つ宿へ向かうのだった。



「魔王来てくれたか。今日は新しい技を覚えた。是非試してみたい」


 ニアは近頃魔王が来ても嫌な顔をしなくなっていた。それどころか深夜の特訓に付き合ってくれるため、むしろ楽しみにすらしている。


 ジーヴァとしては落ち込んでいた彼女に気合を入れて勇気づけるだけのつもりだった。しかしずるずると剣の練習を見守っている内に、その意に反してすっかり懐かれてしまったようだ。


 怯えるガーゴイルを相手に、素人目にも有利に戦えるようになったニア。そして覚えたばかりと言う新技『十文字斬り』を放ち、ガーゴイルは泥へ戻った。


(すまん、ガーゴイル。お前のことは忘れない)


 手を合わせ、その健闘を称えると同時に冥福を祈った。



「今までは魔王のことを怖い、恐ろしい奴だと思っていた」


 休憩中、ニアはそう語り出した。孤児院の尼僧が教える話ではそのように聞いていたし、それを全くの事実だと思っていた。だからティグロ国王がこっそり自分へ指示した八百長など、とんでもないことだと考えていたという。


「だがこうやって実際会って、付き合ってみるととても良い奴だと思えて来た。最近は段々と貴様を無理に倒したくはないし、八百長だって悪くないと思えて来たのだ」


(良かった~。ようやくここまで面倒をみた苦労が実を結んだ)


 胸をなでおろすジーヴァである。少しずつ激励して彼女の自信を取り戻させ、かつ好感度を上げることで無理なく八百長システムへ復帰させる筋道もついてきたのだ。


 ニアは祖父の面影をあの剣に仮託していた。それは確かに彼女の力になったのだが、同時にそれ無しでは何も出来ないようになる呪縛となっていた。だが彼女は魔王による特訓により、ようやくそのくびきから逃れることができたのだ。


「今まで本当にありがとう。貴様……いや、あなたがいたから私は剣だけでなく精神的にも成長できた。例え祖父の剣が無くても、今の私なら一人の勇者としてやっていける自信がある」


 晴れやかな目でニアは言った。


「フン。私はただ自分の命を狙う勇者が無様な姿で退場するところなど見たくなかっただけだ」


 一方、つっけんどんに返したジーヴァだった。


 しかし今まで硬く強張った表情しかしなかったニアが、ようやく柔らかい年相応の少女らしい微笑みを浮かべたのだ。


「魔王ジーヴァよ。だが私はまだ勇者として半人前だ。明日からも……その、稽古に付き合ってもらえるか?」


 彼女がこのまま八百長システムに同意してくれるのならば、練習の付き添いなど大した苦労ではない。だがここで問題が生じていた。深夜の特訓に対して二人の従者は既に気付いていた。それを見逃してくれている分まだ良い。


 しかしそれ以外の、例えばティグロ国王はこれを問題視していた。勇者の自信を取り戻させるのは実に結構である。冒険物語が再び盛り上がるためには必要なことかもしれない。だが八百長を知らない民、まして週刊新春や文潮のようなマスコミに嗅ぎつけられてはスキャンダルとなる。ただちにやめるように、というお達しが既に出ていた。


「悪いがもうお前とはこれっきりだ。次会う時は我が城での、決戦の時である」


 そう言い残すと魔王は姿を消した。突然また独りぼっちになったニアは呆然とした。そして自分が祖父以外で初めて胸襟を開いて話ができた人物が、皮肉にも魔王であったことにようやく気付いたのだった。


 

 ニアの微笑みを思い出しながらジーヴァは一人物思いにふけっていた。だが彼は勇者の心の氷を融かしてしまったことで、別の感情まで一緒に目覚めさせてしまったことにはまだ気づいていない。


「だから言ったんですよ、陛下。同情は禁物だって。深入りしすぎると例え八百長でも戦えなくなりますよ」


 ハンヌからお叱りの言葉を受けた。それは重々承知していたが、それでも暗い表情のニアは見たくなかったのだ。


「いやー、そう来たか。勇者復活のためとはいえご苦労さん。でも魔王の性癖的には『不幸で可哀想なヒロイン』は許せないタイプだからね。とはいえ全く罪作りな男だねえ、ふっふっふっ」


 例によってガーネがニヤニヤとジーヴァをいじる。


「俺はただ、あの子の剣の稽古に付き合っていただけだぞ」


「それが良くない。あのニアにして見れば生まれて初めて自分を『勇者の孫』ではなく、一人の人間として見てくれた、って思っちゃってるよ。あの子、かなりの世間知らずだからね。その分、反動で情熱的に向かって来るね、こりゃ」


(さすがにそれは無いだろう……無いよな?)


 ちょっと優しくされただけでれてしまうのは自分だけで良い。そんな癒えない心の古傷が少し痛むジーヴァだった。

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