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第15話「勇者、強さの秘密」

「しっかしなぁ。これさ、どうしたものかね。ねーハンヌ?」


 ガーネが『それ』を指さして言った。おっかなびっくり、指先でつんつんと突いてみる。


「今更本人に返す訳にもいかないし……どうしましょう、陛下?」


「そうは言われても……。というかこれなんなんだろう?」


 三人の間で会話のパスが続き、結局結論が出ない。テーブルの上に置かれた『それ』の扱いであった。


「なら私が調べても良いか?」


 珍しく居間に上がって来たルダが言った。彼女は三度の食事も寝るのも魔法工房、と言われるくらい一日中地下に入り浸っている。だがこういうものの扱いに関しては大魔導士である彼女が一番の最適任者と言えるのかもしれない。


 『それ』とはニアの剣……の刀身だった。正確には先日の戦いでジーヴァがへし折った剣の切っ先側およそ三分の一といったところであろうか。


 相当の業物であることは事実である。そして本来の実力では大きく劣るはずの勇者ニアが、魔王軍団一の戦力である(はずの)ガーネを一方的に窮地へと追い込んだ存在でもある。そんじょそこら、普通の鋼鉄の剣であるはずが無かった。


「では鑑識に回します」


 なぜか白衣を着たルダが刀身からサンプルを採取すると、彼女の領域である地下室へ潜って行った。


「あたしとしてはどうして人間、それも経験の浅いニアがここまで戦えたのかという点が気になる訳よ」


 確かに普通の人間なら剣士になって到達するのに一〇年や二〇年はかかるレベルに既に達していた。冒険に出て数か月も経っていない彼女では到底あり得ないはずなのだ。それを身を持って体験したガーネが言うだけに説得力があった。


「どうせ最近遊んでばっかで体がなまってたんじゃないのか?」


 ジーヴァの辛辣な反論に対してガーネが猛抗議をする。


「あたしはこう見えても、人から見えないところでちゃんと鍛錬をやってるってば!」


「そうか、最近ちょっと太ったように見えるがな」


 魔王はガーネの腹の肉を摘まんだ。


「ちょーっと、こら。いちいち触るな。少しくらい格好良くあたしを救ったからといって調子に乗んな!」


 将軍と魔王のじゃれ合いを見ながらも参謀は考え込んでいる。どうしても気になる点があるのだが、どの道鑑識の結果次第になるのだろう。


「はい、鑑識の結果。お待ち」


 ルダが帰って来た。三人の注目が一斉に大魔導士に集まる。


「これ、やっぱりただの剣じゃないね。成分は……魔法銀」


 魔力に影響を受ける魔法金属は各種知られている。その中でも魔法銀は人間の魔力の波長と共鳴しやすく、武器や防具、装身具などに加工される。純度が高い魔法銀はわずかな人間の魔力でも反応し、持つ者に絶大な加護と力を与える。


「この剣、どうやら魔法銀の塊みたいなものだ。こんなもの人間が扱えばそりゃ強くなるのも当然」


 つまり勇者ニアの常識外の強さの秘密は、実はこの剣によって下駄を履かされていたということになる。謎が解けてホッとするガーネだった。


「じゃ、この剣が無けりゃあのニアだって化けの皮が剝がれたようなもんだ。次会った時はこのあたしがどんな目に遭わせてくれようか。ふっふっふ……」


 邪悪な笑みを浮かべるガーネに対してジーヴァは浮かなかった。勇者が弱体化してしまえばこの後は楽勝である。まずは手堅く一勝で金貨一枚はゲットできるのだ。だが、一つ引っかかってしまったことが彼にはある。


(ニアにとっては自分の存在意義、精神的支柱であった剣が失われてしまった。このことで、一体どんな悪影響が彼女に出るのか?)


 ジーヴァは一度対峙した勇者のことを考え出してしまったのだ。まして相手は年端も行かない少女なのだ。ガーネを護るためだったとは言え、その彼女に涙を流させてしまったことを魔王は悔い始めていた。


「陛下、我々は我々です。相手に同情は禁物ですよ」


 それを鋭敏に察したのか、参謀ハンヌははっきりと釘を刺した。



 勇者ニアの剣が折れる。この報せはティグロ王国とドゥラコ王国双方へ直ちに伝わった。ティグロ王国側の反応は手紙の通りで、劇的なターニングポイントとして扱われた。ここまでは順調だったニアの大ピンチを国王自ら民と一体となって心配し、今後の勇者の冒険物語を応援する雰囲気が出来つつあった。


 一方でそう受け取らなかった者もいる。ドゥラコ王国国王である。前任の勇者が惜しくも相討ち、という結果で大変盛り上がったことで支持率が急上昇した彼だった。だがニアの冒険が始まってからは再び下落傾向にある。一度良い思いをした彼は何とか手を打ちたかった。


「国王陛下、お呼びでしょうか?」


 全身黒服の男が国王執務室に入って来た。棒のように細身で陰険な印象を受けるが、それ以上に驚くほど存在感が薄い、いや無いのだった。


「ああ、ティグロ王国の勇者の件だが」


 ドゥラコ王国国王は見た目こそ極めて温厚そうな中年男である。だがその内面はひどく冷酷なところがあり、口調もどこか突き放したような雰囲気をまとっている。

夕日の差し込む豪華な造りの部屋には彼と黒服の男の二人だけである。国王が黒服の男との会見のために、わざわざ人払いをさせていたからだ。


「はい。剣を失ったとのことですが」


「今がチャンスだとは思わんか?」


 国王は微動だにせず、表情一つ変えない。


「計画をおやりになるのですか?」


 白銀の仮面のような顔を持つ黒服の男。その口が裂けるように笑った。


「我々ドゥラコ王国の新しい勇者は既に選定が終わり、旅立ちの準備もできている。ならばティグロ王国の任じた今の勇者には交代してもらわねばならん」


「御意」


 国王の言葉に対し、それだけを返事すると、一瞬にして黒服の男は部屋から姿を消した。まるで煙のような男であった。


「二〇〇年に及ぶ魔王討伐の歴史で、魔物に襲われ途中退場した勇者は沢山いる……」


 まるで自分に言い聞かせるように一人呟くドゥラコ王国国王であった。

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